Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

雨中のカフェ

2011/07/07 22:17:55
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 あ、これは降るな。そう思ったのが先だったのか、ぽつりと来たのが先だったのか。どちらにせよ、豪雨に捕まったのは確かだ。
 この季節は昼間にいくら晴れていようと、いや晴れていればいるほど、夕方には激しい雨が降る。昔はちょっとした土砂降り程度だったみたいだけど、今ではゲリラ豪雨と呼ばれるものばかりだ。たまには夕立程度の可愛い雨も降ってくれてもいいと思うわ。
 まあ、そんなわけで今は動くことが出来ない。大抵豪雨は数十分で止んでくれるので、大人しく近くのカフェで雨宿りをしている。
(流石に時間通りは無理よね……。一応メリーに連絡しておこうかしら。)
 そんなことを思い、ポケットからスマートフォンを取り出す。21世紀初めの情報化時代に加速度的に流通したらしいが、今では半ば消えつつある。まだまだ私みたいな懐古趣味な人には根強い人気があるのだけれど。スイッチを押すと、ブルッと震えて、画面にブランド名が表示される。
 もしや、と思ったけど、果たしてその通りだった。ホーム画面には数秒の間『充電して下さい』と表示された後、画面はまたも真っ暗になった。電池切れだ。  はあ、と溜め息をついてポケットにしまう。普段からあまり端末に触らないからこんな羽目になるのよ、と自分を毒付く。当然充電器を持ち歩いてもいないし、備え付けの物も屋内では使い物にならない。
(まあ、遅刻はいつものことだし別にいっか。)
 我ながら酷い理屈だとは思ったけれど、どうすることも出来ないのでさっさと諦めた。
「あ、すいません。タオルありがとうございます。それから――」
 流石に席を借り、タオルを使わせて貰っておいて、水だけで居座るのも気が引ける。メニューを眺め、適当にコーヒーとタルトを頼んだ。
 店内をぐるっと見渡す。駅から割と遠いせいか、豪雨で誰も外にいないせいか、とにかく客が少なかった。私の他に男女の組が一組と、カウンターに静かにカップを傾ける男性が一人、可愛らしいモンブランを口に運ぶ少女が一人の五人だけしかいない。ウェイターの人を数えてもたったの6人だ。瀟洒な店内は優雅な音楽と雨や雷の降る音、それからカップルの会話が聞こえるだけ。時間が本当に進んでいるのかが疑問に思えるくらいゆったりとした空気だった。
「お、美味しいね、このケーキ。」
「……うん。」
 今ではなかなか珍しい、やけに会話が少ないカップルだった。男の方は緊張のあまり言葉が続かない、という感じで、女の方は元々口数が少なそうな印象だ。男の問い掛けにも一言二言で返事をするばかり。でも嫌そうな感じではない。
「お待たせ致しました。」
 ウェイターさんがコーヒーとタルトを運んで来た。頼んでから全然時間が経っていないようにも、とても長い時間が経っていたようにも思えた。どちらにせよ、あまり待っていた実感はなかった。
「ウェイターさん、あの二人ってよく来るの?」
「そうですね、それなりの回数来ているように思います。最初に来たのは、確か3ヶ月ほど前だったと思いますが。」
 なんと。てっきり初デートなのかと思っていた。
「あの二人、3ヶ月も付き合ってあんな感じなの?」
「はい。男性のお客様は酷く奥手、女性のお客様は酷く寡黙なようで。それでも、仲は大変宜しいものと存じます。」
「今時珍しいわね。でも焦れったいわ。」
「私としては昔の恋愛映画を見ているようで良いと思いますが。」
 なるほど、確かに。
 運ばれて来たカップを傾ける。中々の味だ。タルトを口に運ぶ。こちらも美味しい。何より、コーヒーがタルトを、タルトがコーヒーを引き立てるような絶妙のバランスが取られている。これは確かに何度も足を運びたくなる。
 再び店内を見渡す。カウンターに座る少女は、今度はシュークリームを美味しそうに頬張っている。よく見れば空の平皿が何枚も重ねてあった。一体どれだけのケーキを食べているのだろうか。対照的にカップルの座るテーブルに置かれたケーキが減っているようには見えなかった。折角頼んだのに勿体無い、と思う私をよそに二人はケーキに目を向けてもいなかった。そういえばカウンターに座っていた男性はどこに行ったのだろうか。彼のいた席には文庫本が置かれているので、帰った訳ではなさそうだけど。
「ユ、ユキ。」
カップルの男の方が呼び掛ける。彼女はユキという名前なのか。
「……どうしたの、マコ。」
彼はマコという名前らしい。或いは愛称なのかしら。
「あ、あのさ、その、ええと、」
 マコがやけに吃る。何となく察しがついたのか、ユキの顔が紅潮した。マコが口をぱくぱくと開閉するが、声が出てこない。ああもう、焦れったいなあ。物申したいような、お邪魔しては悪いような居心地の悪さを感じていると、ユキはケーキを一口大に切ってからフォークの先に差し、開閉するマコの口へと入れた。
「マコ、慌てなくたっていいよ。落ち着いて。」
マコは頷くとゆっくりとケーキを飲み込み、それからカップの中身を口にした。ふう、と息をつき、それから、声を出した。
「ユキ、僕と、結婚してほしい。」
 おお、言った!
 ……あれ、結婚?
 ユキは自分のカップを傾け、一息ついてから答えた。
「……不束者だけど、よろしくね。」
 直後、店内に拍手が響く。音のする方を見れば、先ほどのウェイターとシュークリームを頬張っていた少女が彼らを祝福していた。つられて私も拍手をする。
「サービスだ。食べていきなさい。」
 カウンターに座っていた男性がショートケーキを持って現れた。
「よろしいんですか?」
「いつも贔屓にして貰っているからね。私にはこれくらいしか出来ないから。」
「とんでもない。ありがとうございます、マスター。」
 なんと、彼はマスターだったの。さっきは休憩中だったのかしら。
 ふと気付けば、私は席を立って二人の席に近寄っていた。
「おめでとうございます。」
「あはは、ありがとうございます。初対面の方にも祝って頂けるなんて、僕は幸せ者ですね。」
「そうですね。末永く爆発しろ、くらいは方が良かったでしょうか?」
「その方が印象に残ったかもね。」
「ちょ、ユキ、冗談でもやめて。」
 店内に笑い声が響く。ふと意識を遣ると、雨の音は聞こえなくなっていた。窓の方へと目を遣ると夕焼けの光が射し込んでいた。
「すいません、会計お願い。」
 マスターに声を掛け、現実とは思えないほどゆったりとした時間の代金を支払う。幸せそうな二人に手を振り、店を後にした。空にはぽつぽつと星が見えるようになっていた。
「7月12日、午後6時15分。完全に遅刻ね。」
 そんなことを呟きながらメリーの待つ場所を目指す。そうね、明日はメリーも暇だろうし、今度は二人でさっきの店に行こう、そんなことを考えていて、驚いた。
(店の名前、なんだったかしら?)
 全然思い出せない。どんな場所にあったかも思い出せない。財布を開いて、領収書を貰っていないことも思い出した。白昼夢? そんなばかな。
 そんなことを考えていたら待ち合わせの場所に着いていた。流石に不満そうな顔だ。髪が濡れていないのは、元々屋内にいたのか、雨が降ったところから既に夢だったのか。
「53分と20秒の遅刻よ。」
「ごめんごめん。それより、今日は私の話を聞いてくれない?」
「話って?」
「ひょっとしたら夢かも知れないカフェの話よ。」
初めまして、mistと申します。お付き合いいただきありがとうございました。
コーヒーを飲みに行けるような気持ちのゆとりが欲しいです。
mist(桶住人)
http://mistypail.blog108.fc2.com/
コメント



1.名無し程度の能力削除
雨の季節もいい出来事がありそうですよね。
良かったです