それは満月が紅く輝くある夜のこと。
世界の境にある神社の上で私と彼女は舞い踊る。
「くっ…はぁ…ふふ…残りいくつあるの…?」
息も絶え絶えになりながら、しかし不敵な笑みは絶やさずに私は問う。
「はぁ…はぁ…ひとつよ…」
それは彼女も同じで、いくら疲れていても、その綺麗な漆黒の双眸から闘志は消えなかった。
「それじゃ、次で終わりね…」
「そうね…後腐れなく全部出し切って終わりにしましょうか」
私は彼女と視線を絡ませ合う。
彼女の瞳はこれ以上ないくらい楽しそうで。
そして、どこまでも淋しそうだった。
私はこの宴に終止符を打つために最後の札を取り出した。
最後にあがったのは終焉を意味するお互いの宣言。
「『レッドマジック』!!!」
「『夢想転生』!!!」
符の力を全て出し切り、弾幕が流れるとちょうど重力を取り戻して、落ちていく彼女の姿が目に入った。
私は疲れた体に鞭打って、彼女のもとへ飛んで、空中で抱き留めた。
彼女は目をつむっていた。
死なない程度には手加減したつもりだ。
落下して死ぬつもりだったのだろうか。
私に抱かれた彼女はゆっくりと目を開いた。
「あぁ…ありがとう…」
「礼を述べるくらいなら、自分で降りなさい」
「そのまま、墜としてくれてもよかったのに」
…どうやら、本気だったらしい。
「そんなに苦しいの…?」
「…まあ、ね…ゲホ…」
私は地面に降り立つと彼女を近くの鳥居に寄り掛からせてから、隣に座った。
彼女はひとつため息をついた。
「あ~あ、あんたに負けるなんて、ね…」
「別に今日が初めてじゃないでしょう」
「それはそうだけど…」
彼女は不服そうだったが、負けは負けだ。
私は彼女の手に自分の手をそっと重ねた。
彼女の手は激しく動き回った後だというのに少し冷たかった。
「ねぇ、約束忘れてないわよね?」
「勝ったら相手に命令できるってやつ?」
私は頷いた。
「まぁ、約束は約束ね。いいわ、なんでも命令しなさい。…ただし、今の私にできることでね」
私から彼女への命令。
願いと言い換えてもいい。
私が彼女に願うこと。
そんなこと、とうの昔に決まっていた。
でも、きっと彼女は私の願いを受け入れてはくれない。
それは彼女のアイデンティティにも関わる事柄だから。
『吸血鬼になれ』
それが私の彼女への願い。
しかし、前に同じことを聞いて断られたのだ。
私は人間であることに誇りをもっている、最期の最後まで人間として生き抜いてみせる。
その時、彼女はそう言っていた。
それ以来、同じことは聞かなかった。
もしかしたら、心変わりしたかも知れないと考えないでもないが、彼女は芯の強い女だ。
きっとそんなことはないだろう。
そんなことを考えていると、なにも言わない私に痺れを切らしたのか、彼女が口を開いた。
「ねぇ、あんたは私に何を望むの?」
そういう彼女の瞳はとても切なそうで。
「意地悪ね、分かってる癖に」
そんな目で見られたら、こっちまで切なくなってくるじゃない。
「私は第三の眼なんか持ってないわ。言わなきゃわからない」
「……」
「ほら、もう…時間が…ないんだから…」
聞いてもいいだろうか。
少しでも、希望があるのなら。
「き……」
「き?」
「き…キス…して」
そんな私の答えに拍子抜けしたのか、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「……」
「な、何よ」
今度は一転して笑い始めた。
人の気も知らないで…
「いいわよ、それくらい。お安いご用」
彼女は優しく微笑んだ。
私は彼女に聞くのはやめた。
この期に及んでそういうことを聞くのは無粋だと思った。
彼女に対する冒涜だ。
彼女は人間として生きると言っているのだ。
彼女の意思を尊重するのが私にできることではないだろうか。
「ありがとう…」
私が礼を述べると彼女はゆっくりと目を閉じた。
「ん…んぅ…」
「ふ…」
静かに触れ合う唇同士。
まだ、足りない。
私は舌で少し強引に彼女の口を割り開くと口内に侵入した。
「んっ…!?んむ…」
「んぁ…ちゅ……ふぅ…」
彼女は驚いたようだったが、拒絶はしない。
それをいいことに私は彼女の口内を犯すように味わい尽くした。
歯、歯茎、上あご、舌の裏まで舌を伸ばして。
動きの鈍い彼女の舌に自分の舌を絡めた。
「ん…ふ……ちゅる…んん」
「ぅぁ……ちゅ…」
お互いの口の端からもはや、どちらのものともわからない唾液が伝う。
それでも、構わず私は舌を絡ませ続けた。
出来るだけ長く彼女のぬくもりを感じていたかった。
しばらく、そうしているとどちらからともなく口を離した。
「ん…はぁ……はぁ…」
「…く…ふぅ…ふふ…」
私はそのまま彼女に抱きついて首筋に顔を埋めた。
また、首筋にキスを落とす。
彼女はそれがくすぐったいのか身をよじって逃げようとした。
「なに?血、吸いたいの?」
「えぇ、吸わせてくれるのならね」
「ダメよ、それは前に言ったじゃない」
「……」
「それに、私みたいな年寄りの血なんて吸ったって美味しくないでしょ」
「そんなこと…言わないでよ…」
私の声は自分でもわかるくらい情けない涙声になっていた。
「泣かないでよ、あんたが泣いてたら、私が笑えないじゃない」
彼女は困ったように言うと私の頭を撫でた。
「私の…」
「ん?」
「私の笑顔を見たいって言うなら、それなりの代価が必要になるわよ」
こんな時まで素直になれない自分自身が恨めしい。
そんな私の戯れ言にも彼女は律儀に応えてくれた。
「あら、困ったわね…。もう、私のあげられるもの全ては貴女にあげちゃったわ」
「私は貴女の身も心もあげられるものもあげられないものも全部が欲しいのよ」
我が儘で傲慢な私。
「ダメ、『人間』だけはあげられないわ」
「わかってる、だから、もし貴女が私の許から離れるというのなら…」
なのに、臆病で
「去っていった後に貴女の身体を頂戴」
欲張りな私を愛してくれた彼女。
「…あんたも物好きねぇ…、ネクロフィリア?」
「貴女のだったら、それもいいかもねぇ」
「やめてよ、いなくなった後までぞっとしないわ」
「…ダメかしら?」
「…まぁ、あんたにならいいか」
「感謝するわ」
「ほら、契約は済んだわ。あんたの笑顔、見せてよ」
私は彼女の為に今できる最高の笑顔を贈った。
でも、それはきっと普段の笑顔に比べたら、涙でぐちゃぐちゃだったろうし、無理矢理作ったからひきつっていただろうけど。
「うん、可愛いわ。やっぱり、あんたは子供らしく笑ってるのが一番よ」
彼女はそう言ってニッコリと笑った。
「子供じゃ…ないわよ…」
幼いまま五百年を生きた私。
私と目の前にいる彼女との矛盾があまりに滑稽で可笑しくて。
私はまた泣きそうになった。
泣きそうになっているのが、知られたくなくて、私は彼女の胸に顔を埋めた。
「また、泣いてるの?」
「泣いてないわ」
「寒くない?」
「寒くないわ」
「月が綺麗ね」
「そうね」
「……」
「……」
「ねぇ…レミリア」
「何、霊夢?」
「……」
「……」
「愛してるわ」
「私もよ」
私は彼女を抱きしめたまま、動かなかった。
彼女は私を抱きしめたまま、動かなくなった。
紅い満月が沈み、東の空が白む頃、彼女はゆっくりと眠りについた。
私は彼女の首筋へと歯を突き立て、冷たくなった血を啜った。
初めて味わう彼女の血は鉄の味に混じって塩の味もした。
次もよろしくお願いします。
ありがとうございます。
また機会があれば書きたいと思いますのでよろしくお願いします。
>奇声を発する程度の能力様
いい意味で切なかったなら嬉しいのですが・・・
もちろん、いい意味で。
いい意味で何か感じていただけたなら幸いです。