「本当にどこにいるのでしょうか」
時刻は黄昏時、空を茜色に染める夕日は沈みつつあった。多くの妖怪たちが活動し始めているこの時間帯、本来ならば私は地霊殿で夕食を食べている時間なのだが、本日はいつもと少し違っていおり、私は一人魔法の森を歩いていた。
「こいし」
そう、まだ妹のこいしが地上から地霊殿に帰ってきてなかったのだ。こいしが地上へ出かけるのは毎度のことで、なんだかんだでいつも定時には帰ってきているだが本日は定時を過ぎても帰ってこなかったので、私は心配になり自ら地上に探しに来ていたというわけだ。
「まったくそれにしても、この森にはこいしどころか生き物の気配すらないですね」
暫く、くしゃりくしゃりと湿った草々を踏む音が続く。まるで森の中の生物全て、いや木々全てさえ呼吸を止めてしまったのかのように魔法の森は静寂に包まれていた。
「あらかた歩きましたし、最後にこの森に住んでいる魔法使いさんにでも話を聞いて他を当たりますか」
私はその場に半ば区切りをつけ魔法使いさんの家へ足を運ぼうとした時――
「もしかして、貴方がさとりさんでしょうか?」
「ひゃっ……んぐ!」
命蓮寺にいる船長であり幽霊の、村紗水蜜さんが唐突に空から現われた。
びっくりして思わず情けない声を出しそうになってしまったが、出しそうになった声を押し殺した私は、こほんとわざとらしく咳をして場を取りなおし問う。
「で、私に何の用でしょうか?」
「あ、実は」
「なるほど、そういうわけですか」
「え、まだ何も」
「私は『サトリ』妖怪、人や妖怪の心を読むことができます。どうやらこいしは地上でふらふらとして命蓮寺に迷い込んでしまい、さらにお世話になっていたようですね。その上こいしは村紗さんを大変気に入ってたようで、お相手ありがとうございます。それにわざわざ……ナズーリンさんですか、ナズーリンさんの力を借りて私を見つけ出しにきてくれるだなんて。手間のかかることをしていただき、重ね重ねありがとうございました」
「あ、はぁ」
「では、時間も時間ですからこいしをむかえに行きましょう。ナズーリンさんにもお礼をしなきゃですしね」
「は、はい! そうですね、日が暮れちゃいますから早く行きましょうか!」
彼女はにこっ!と実に可愛らしい笑顔を私に向け隣につく。その笑顔に先ほどの自分の相手の話を聞かない無礼な態度を思い出させられ、胸がズキリと痛んだ。
そして一方的に重い空気の中、私達は命連寺に向かった。
◆◆◆◆
夕日は完全に山に沈み、月が顔を出し始めたが私達は未だに命蓮寺に到達できずにいた。
「日が暮れてしまったわね」
「す、すいません。もうすこし――」
「『もう少し私が速く見つけていればこんなことにならなかったのに』? いえ貴女のせいじゃないから気にしないでいいんです。あんな見つけにくいところにいた私に落ち度があったんです」
「は、はぁ。あ、そのさとりさん」
「『こいしとは仲が良いか』ですって? ええ、確かにいつも何も言わず勝手に地上に出て行ってしまうのは困りものだけれども、あの子との仲は概ね良好だと私は思っているわ」
「っ。じゃ、じゃあ」
「ああ『姉妹喧嘩とかはしないのかな』ですって? それはたまにであるがしてしまうわね。あの子ったら私の言うことを聞いてくれないことが多くてね」
「は、はぁ」
村紗さんはそこで一旦私に話しかけようとするのをやめ、ぎこちない表情のまま前に向き直る。
「…………」
もう、自分で自分が嫌になる。相手の言葉を待てばいいのに、あんなそっけない言い方しかできないのかしら。改善しよう改善しようといつも思ってるのに直せない。私だって、私だってもっと歓談がしたいのについいつもの癖で心の声を先読みして口に出してしまう。口を閉じる、ただそれだけのことがなんでできないんだろう。と自己嫌悪に陥りまた自分だけ空気が重くなる、こんな有様で命蓮寺まで二人っきりの空気に耐えきれるのだろうか。
そのように気分が憂鬱になった矢先、ふと村紗さんが口を開いた。
「さとりさんは相手の心を読む、というより相手の心を読んでしまうような感じなのですか?」
「そう、ですね。誰かの心を読もうとして読むのではなく、無意識に読んでしまうと言った感じですかね」
そしていつもの悪い癖で「ちなみに貴女が今考えていることも――」と、私は言葉を紡ごうとしたのだが、それは不意に発せられた村紗さんの一言でかき消される
「何というか大変。ですね」
「えっ?」
「だって、心を読んでしまうってことは読みたくない考えや触りたくもないトラウマに触れてしまうってことですよね? 相手の考えや思惑がわかるのは一見して便利に見えますが、つらいことのほうも多いですよね。そういう辛いものに触れてさとりさんが悲しい思いをすると考えると、悲しいです」
「えッ……あっ」
唐突な展開に私は動揺し、少し間抜けな顔をしてしまったかもしれない。しかしそれは不意に優しい言葉をかけられただけから生じたものではない。
何故なら、私が心を読めることを知ってしまった人間や妖怪は、どんなに言葉では飾っていても心の奥深くでは「気味が悪いな」「あまり一緒にいたくない」と思い無意識下で私を忌み嫌うものなのに。なのに村紗さんはなんて――なんてまっすぐ方なんだろう。
「まあそうですね。大変といえば、大変……ですね」
「そう、ですよね」
そこで村紗さんは悲しい表情をすると、心も同様に悲しんでいて。その裏表のない表情はひどく私の心を困らせた。
まったくなんなんだこの人は……貴女にそんな悲しい表情をしないでほしい。初対面の私の境遇なんかに感情移入しないでほしい。押しつけがましい同情なんてしないでほしい。自分の出した推測を私がうわべだけ同調したからって『可哀そう』なんておもわないでほしい。
そんなの、そんなの……困って、しまう。
――でもそれ以上に
「村紗さん」
「ふえっ?」
「ちょっとすいませんが、後ろを向いてくれませんか?」
「? はい」
くるりと『なんだろう』と思いつつも素直に後ろを向く村紗さんに微笑ましさを感じつつも、私は後ろから彼女に近寄りそっと耳元で蚊の鳴くような小さな声で囁く
「ありがとう」
これが今の私にできる精一杯の感謝の表現。本当は抱きついてしまいたいほどなのだけれども、ただお礼を言った今でさえ体中が火照り顔から火が出そうで心臓が言うことを聞いてくれない状態に陥っているのだから、もしそんなことをしたらきっと私は恥ずかしさで死んでしまうから、今は……これだけ
「わわわっ!」
みるみる内に村紗さんの顔がが赤くなっていくのがわかるが、彼女の顔が赤くなるにつれて私の鼓動も速さを増していく。何故なら村紗さんがさっきから『可愛い』と心の中で叫びまくっているのだ。それがずっと頭の中に響き続けていて、もうどうにかなってしまいそうだった。
私はいてもたってもいられず一心不乱にその場から飛び出そうとしたのだが、がっしと村紗さんに腕を掴まれ引きとめられた。
「あ、あのっ!その!わわ、わたしってば!」
「………」
「すいません!勝手にどこかに行こうとし、て?」
最後まで言い終わらないうちに、村紗さんは依然真っ赤な顔をしたままぐいっと自分の懐に私をひっぱる。突然の急接近にさらにドキドキしてどう対応していいかわからなくなった私を見ながら村紗さんは言う。
「貴方は、卑怯です」
「…………」
「あんなことするなんて卑怯です。私は卑怯が嫌いです。だから――」
「っ!」
「正々堂々といかせてもらいます」
そこでさらに抱き寄せられたかと思うと、私はぎゅっと村紗さんに抱きつかれていた。相手の体温が直に伝わってくる。
鼓動が早まる、村紗さんの心の声が聞こえてくる。顔が爆発しそうなくらいに火照る。柔らかい二つの物が身体に触れる。村紗さんの鼓動も聞こえてくる。呼吸も荒くなっていく!
「村紗さん。すいません」
「さとりさん?」
「もう、限界です!」
恥ずかしさが限界を突破し頭がくらくらしてきた。視界が霞み始め景色が揺らいでいく。
しかし朦朧とする意識の中、私は今できる精一杯の力を持って、ぎゅっと村紗さんを抱き返した。
意識が途切れる寸前に私の目に映った村紗さんの晴れやかな笑顔は月の光に照らされていて、とても美しかった。
私の中に何かが芽生えた。そんな気がしたのはきっと、気のせいではないだろう――
「小石」ではなく「こいし」ではないですか?
いい甘さですね、続きにも期待してます!
続きにも期待しますぜ