寅丸星は子供に好かれやすいらしい。
数人の里の子に、肩やら腕やらによじ登られている星の姿を眺めやって、ナズーリンはそんな言葉を脳裏に浮かべた。
寺のそばの林やら川やらで遊んでいた子供たちなのだろう。
近くにあったこの寺に興味を抱いたらしく、一刻ほど前におっかなびっくり、外から寺の本殿を覗いていたのを知っている。
ぴょこぴょこと鈴なりに顔を覗かせる子供たちの姿をみとめたナズーリンは、これは面倒なことになりそうだと早々に退散していたのだが、戻って様子を伺った先で、まさか主人が捕まっているとは思わなかった。
逃げ遅れでもしたのか?
いや、元から逃げはしなかったのだろう。子らの相手をしている星の表情が、「子供の相手は嫌いではない」と教えている。
建前とはいえこの寺の本尊だろうに、随分気安いものだ。
(まあ、たぶん慣れているんだろうね)
ああやって懐かれるのは。
山の妖怪たち、ことさら力のない低級の妖怪たちにも、やはり星は同じように好かれていた。
力の弱い妖怪たちには、力のある星のそばは落ち着くらしい。その力に寄り添っていれば、他者に怯えずにすむ。
山には他にも力ある妖怪がいたろうに、星ほど好かれていた妖怪は他にいなかった。
その違いはまあ、春の陽光のような、星の気質によるのだろう。
嵐のような子供たちが過ぎ去ったのは、それからわずかばかり後だった。
日が沈みかけの時分だったから、星が帰るよう促したのだ。
ぶーぶーと不満をいう彼らをなだめ、「暗くなっては危ないですから。また、明日いらっしゃい」と星が言い、子供たちは口を曲げてさらに不満を表現していたが、態度の変わらない星の様子にやがて諦めたらしい。
「また明日ね」と何度も確認して、連れ立って帰っていった。
「疲れたでしょう?」
皺だらけになった衣装を整えている星に、ナズーリンはそう声をかけた。
ナズーリン、いたんですか、と星が顔を向ける。
「ナズーリンは何時からここに?」
「少し前からですよ」
「ちっとも気がつきませんでした」
「まあ、貴方は忙しそうでしたからね」
星が苦笑する。
「そうですね。よじ登られるとは思いませんでした」
初対面であれほど慣れられるとは、確かに思わないだろう。
「傍から見ていると、まるで木のようでしたよ」
それはただの当たり障りのない感想だったのだが、ぱちくりと星が眼を瞬かせた。
「――――――――――ああ、なるほど。だからよじ登られたんですね」
「? どういうことです?」
ひとりで星が得心して頷く。今のやり取りのどこにそんな要素があったのか。こちらとしては意味がわからない。
眉を寄せるナズーリンに対し、
「覚えていますか? ナズーリン。初めてあったとき、貴方は言ってくれたではないですか『水は木を生ず』」
私はちゃんと覚えてますよ、嬉しそうに星が笑う。
……ああ、だから「木」という表現に納得したのか。
覚えているが、出来れば忘れていて欲しい話題だった。
そう。確かに言ったとも。
だが間違っている。
あの時感じた言い知れぬ感情が蘇る。我知らず、ナズーリンは声を発していた。
「………そんな言い方、しなかったろう?」
その物言いに、星は一瞬きょとんとしたようだ。
「久しぶりですね、貴方がその口調で話してくれるのは」
どうして更に嬉しそうに笑うのか。
「たまには、ね」
「たまにでなくとも、私は構わないんですが…」
「キミが構わずとも、体面というものがある」
「…そうですね」
残念そうな口ぶりの中には、わずかばかりの疑問の感情が伺えた。
腑に落ちない部分があるのだろう。
判らなくもない。他の妖怪たちは星に対して親しげな物言いをするのだから、ナズーリンだけが体面を気にして敬語を使うシチュエーションはどこか不自然だ。
実のところナズーリン自身も、特に敬語を使う必要性を認識している訳ではなく
彼女がそうするのには、体面とは別の感情による所が大きい。
突き詰めればすぐに矛盾が露見する建前に、だがこの虎は、疑問を感じながらも納得してくれているらしかった。
貴方の言うことであれば正しいのだろう、と。
頭は良いはずなのに、それ以上に、人が良い。
だから信頼で眼を曇らせるし、皮肉を皮肉と気付かない。
『水は木を生ず』
ああ、確かに言ったとも。
別の言い回しで、皮肉たっぷりに。
初めてあったあの日、虎にしては随分と穏やかなたたずまいのこの目の前の現主人は
あろうことか毘沙門天の直属の自分に対して心配げに質問を投げた。「ネコ科の自分を、貴方は怖くないのか」、と。
笑ってしまうほど幼稚な着眼点だったし、ただの虎の妖怪に気遣われたという事実が自尊心に触ったという部分もあって
ナズーリンは皮肉たっぷりにこう返したのだ。
―――陰陽五行を知ってるかい?
「おーい、ごはんできたよー」
奥の間のほうから、元気なムラサ船長の呼び掛けが聞こえた。
「行きましょう。ナズーリン」
頭を振って、無理やり、先ほど思い出した感情を振り払った。
こんな感情に捕らわれていても仕様がない、そう自分に言い聞かせて。
先を歩く星の背中についてゆく。
奥の間からは、美味しそうな夕餉の匂いが漂っていた。
―――陰陽五行では、十二支の子は『水気』に位置し、対する寅は『木気』だ
―――『水は木を生ず』、つまりはこういうことだよ。『キミは私に生かされている』んだ
まごう事なき嫌味であったというのに。
言われた虎は頬をほころばせた。
―――ありがとうございます
虚仮にしてやったはずの相手に、心からの礼を言われた時、一体どうすれば良い?
星さんの人柄が私の理想そのままですわ。
ナズーリンも味があっていい感じ、これからも読ませて頂きます
そしておゆはんはきっとカレーにちがいない
というかナズずっと見てたんかいw
また、独自の展開を織り交ぜながらも原作の設定を大切にしている事が感じられ、それも非常に良い。
例えるなら、一口サイズの上質な和菓子の様なSSです。
貴方の様な書き手を待っていました。これからもどうか頑張って下さい。
今回も面白かったですw
次回も楽しみにしておりまする
いいね!凄くいいよ!
また大歓喜だ!
良いお話でした。
パチェ☆とかも期待したいところではあるが。
続きをこっそりですが待たせてもらってもよろしいでしょうか、次なる☆さんはどんな優しさを持っているかはたまたカリスマを持つことになるのかドキドキワクワク。