☆同作品集内、拙作『憎々しいなら墓場まで』の後日談です☆
☆こちら単体でもお楽しみ頂けると思いますが、両方読むことによる相乗効果が、とある学会で証明されたとかされないとか☆
☆それでもよろしければ☆
「いらっしゃい、いつも道案内ご苦労様」
「ん、ああ」
診療所に隣接する休憩室で、あいさつを交わす二人。妹紅は、差し出されたお茶をちびちびと飲んでいる。
永琳は、鈴仙に向かって処方する薬の指示を出し終えると、妹紅の合い向かいに腰掛ける。
「ところで、新婚生活の方はどうかしら?」
前触れなく、永琳が切り出す。妹紅に嫁いだ輝夜を案じて、というよりは、興味が先に立っているようだ。
「どうって……まぁ、私への嫌がらせって意味なら成功してるんじゃないか? 周りに傅かれて暮らしてきただけあって、基本的に我儘だしな、あいつ」
それほど困ってはいないのか、単に慣れの問題なのか、妹紅は平然と答える。
「この間も、あいつが無駄に高価な屏風とか買ってきてさ。返品する、しないで殺し合いだった」
それを聞いて永琳が苦笑する。
「笑うな。原因の一端は、あんたにもあるんだぞ。結納の品だかなんだか知らないけど、あんなに大量の家財道具、ウチに入りきるわけないだろ」
「あら、姫の輿入れなんですもの。永遠亭の総力を挙げて準備するのは当然よ」
結婚の知らせを受けた永琳は、イナバ達や人里の人脈を最大限に使って結納品を用意した。
妹紅の家を増築する話も持ちかけたが、それは家主に全力で拒否された。
結局、家に納まりきらない品々は、披露宴とは名ばかりの宴会の参加者に振る舞われたりしたのだが。
「やっぱり、こちらに来るつもりは無いの?」
「そういう狙いがあるんだろうな、とは思ったけどね。私は、今の生活を変える気はないよ」
きっぱりと、永琳の誘いを断る妹紅。言い方は悪くなるが、妹紅を永遠亭に取り込もうとする動きは、今までも幾度かあった。
その計画の発起人は大抵輝夜だったのだが、その度に、妹紅と壮絶な殺し合いを繰り広げた。
「それにしては、今回随分あっさりと姫を受け入れたわよね。どういう心境の変化?」
「……いつもみたいに、ぶっ飛ばすか、ぶっ飛ばされるかすれば、諦めると思ってたんだよ」
言いにくそうに、少々の照れ臭さも混ぜて、妹紅が言葉を紡ぐ。
「でも、あいつ、本気みたいだったから」
「ほだされたのね」
思いつきの冗談みたいな提案で、永い人生を使った最高で最悪な嫌がらせ。それに乗っかってみよう、なんて思えたのは。
憎んではいても、嫌ってはいないのかもしれない。そう、感じたから。
「あいつには言うなよ、絶対調子に乗るからな」
「安心しなさい。医師として、患者のプライバシーくらいは守るわよ」
「誰が患者だ」
「……自覚症状もないのね、重症だわ」
永琳のカルテには、きっと『恋の病』と書かれているに違いない。
お茶は、いつの間にか冷めていた。
※
※
※
「ただいま」
「おかえりなさい」
この言葉がこの家で交わされるのも何度目の事か。二人の新生活は、憎まれ口を叩き合いながら、時に殺し合いながら、平穏に過ぎていった。
妹紅が、里の仕事を手伝ったり、自警団の仕事をした謝礼などで、ある程度の収入を確保し、輝夜が妹紅の留守を守る。
姫として生活していた輝夜が、掃除や洗濯を人並み以上にこなせる現実に驚きはしたものの、どちらから言い出すともなく二人の役割分担は決まっていた。
「ずいぶんと早かったのね。依頼人が野良妖怪に喰い殺されでもしたのかしら?」
「なんでそうなる。お前んとこの兎が、置き薬の補充ついでに送るから、もう帰れって言われたんだよ」
「そう。これでまた一人、永琳の被験者が増えたのね」
「嫌な言い方するなぁ、お前」
悪事の片棒を担いでいるような気分にさせられた妹紅は、少し疲れた様子で座り込む。
この生活が当たり前になってから、妹紅は時々考える。輝夜憎しで蓬莱の薬を飲んだ自分。沸き上がる感情に目が眩み、後の事など考えもしなかった自分。
そして今、宿敵と同じ屋根の下で暮らす自分。なんだかとても可笑しくて、妹紅は噛み締めるような笑みを零す。
「面倒な考えに囚われているわね」
「すごいな。いつの間に、覚りの能力を手に入れたんだ?」
「貴女の宿敵は、いつでも貴女の心の隙間を狙っているの。だから、顔を見ればすぐに分かるわ」
まるで妹紅の全てを理解しているかのように、輝夜が断言する。
「そいつは厄介な話だな」
妹紅の笑みは崩れない。ぐるぐると思考は回り、何度も何度も同じ場所に行き着く。明らかなる後悔、心があげ続ける軋み、それは。
『蓬莱の薬なんか飲まない方が幸せだったかもしれないのに』
ぱしん
乾いた高めの音が響き、妹紅は自分が輝夜に叩かれたのだと気づいた。少し遅れて、頬が熱を持ち始める。
何をする、と妹紅が問うよりも早く、輝夜が窘めるような口調で語り出す。
「心を凍てつかせるのは止めなさい。少なくとも、私の前では」
「何だよ、お前なら、嫌ってる相手が沈んでたら手を叩いて喜びそうなもんなのに」
らしくないぞ、と妹紅が言う。
「勘違いしないで。貴女を傷つけて良いのは私だけ、自分で自分を傷つけるような真似を許した覚えなんてないんだから」
「……お前の許しがなくちゃ、おちおち自虐もできないのか、私は」
ともすれば、熱烈な歪んだラブコールにも聞こえるやりとりも、当人達には至極当然な事だった。
ここで妹紅の脳裏に、とある疑問が浮かぶ。
自分には、輝夜を恨む理由がある。遠い過去の出来事であったとしてもそれは変わらない、はずだ。
だが、輝夜は?
いつも突っかかっていく自分に嫌気が差してとか、生理的に気に入らないとか。そういう惰性の混じった答えでも構わない。
輝夜が自分と関わっている理由を知りたくなった。
※
※
※
「無関心。人間の持つ感情の中で、最も恐ろしいものよ」
妹紅の問いに対する答えは、まったく要領を得ないものだった。それでも輝夜は言葉を止めない。
「喜怒哀楽のどれにも属さない感情。『好き』でも『嫌い』でもない、感情と言っていいのかすらわからない代物」
淡々と続ける。
「私にとって世界は永い間、そんな『無関心』の集合体でしか無かったの」
妹紅は何も言えなかった。とてもではないが想像が追いつかなかった。なにより、輝夜がこんな事を言い出す真意が掴めなかった。
「今でも、大部分はそうなのよ。例えば、今この瞬間に幻想郷が消滅しても、私はきっと何も感じない」
なにをいっているんだ。
「気がつけば、この世界に私の心を揺さぶるものは、殆ど存在していなかった」
やめろ。そんな話が聞きたかった訳じゃない。
妹紅が頭を振る。
「でもね」
静かな、透き通った声。そこには、優しげな表情をした輝夜がいた。
「私はいろんな物を、いろんな人から貰っているの。同時に与えてもいる」
ひとつひとつ確認するように。妹紅は、ハッとして顔を上げる。
「永琳からは信頼を。鈴仙やてゐ、他のイナバ達からは畏敬と情愛を、そして」
ひときわ可笑しそうに、嬉しそうに。
「貴女からは、嫌悪と憎悪を、貰った」
「……碌なものを渡してないな」
「いいのよ。これは他の誰に望んでも、与えてくれなかったものだから。本当に、嬉しかったのよ?」
自分に向けられる負の感情を『嬉しい』と表現する輝夜。その瞳に嘘は無い。
「憎まれ口を叩き合うのも、殺し合うのも、貴女の帰りを待つのも、一緒に御飯を食べるのも」
そっと輝夜が妹紅の傍らに寄る。
そして、流れるような動きで口づけをした。
「こういうことをするのも、全部が全部、楽しいの」
不敵な笑みに変わる。してやったり、そんな言葉がぴったりな笑顔だった。
少しの間、呆然としていた妹紅が、顔を真っ赤にして怒り出す。
「お、おおおおおおおおま、なななにを!!」
「あら、お好みなら舌くらい入れてあげるけど」
「百遍死ね!!!!!!」
妹紅はこの日から、輝夜の許し無しに自らを傷つけることが出来なくなった……らしい。
※
※
※
後の博麗神社にて。
「あのねぇ、ここは愚痴と称したノロケ話をしに来る場所じゃないの、愚痴もごめんだけどね。ちなみに素敵な賽銭箱はあっちよ」
律儀にも妹紅にお茶を出しながら、霊夢は嘆息する。まったく冗談ではない、ここは神社であって人妖織り交ぜたかけ込み寺ではないのだ。
もちろん霊夢も鬼ではない。本当に困っているなら助けてやりたい、とは思うのだが。
「どう聞いたら、これがノロケ話になるんだよ!」
「どう聞いてもノロケ話でしょうが!!」
どちらも引き下がらない。得てして常識というものは、自己を基準に考えてしまうものだ。
生まれ方も生き方も違う二人の意見が合わないのも、仕方がないことなのかもしれない。
「あれから毎朝、輝夜が『おはようのキス』で起こしてくるんだぞ! どう考えたって嫌がらせだろ!?」
「うっさい黙れ」
嗚呼、もこたんに幸多からんことを。
なにこの傍から見たらラブラブなカップル
このセリフには、やられました
早く厄神様呼んであげて!
そして霊夢哀れww
やっぱりかぐもこはいいね