Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

月の民と地上の翁

2010/03/03 20:12:38
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※オリジナル要素・設定が多分に含まれています。
そういったものを好まれない方は読まれない事をお勧めします。





















彼は人であって人でなかった。
彼は神と人と、その別が無い頃から生きていた。
やがて彼は駆逐された。
それから彼は、一つの処に留まるということが無くなった。



翁には一所に住む事が出来ない訳があった。
神は記憶の中に生き、人の生涯は短いものとなり、その者達の混沌とした有様は
人々の記憶からもとうに失われてしまっていた。
彼は太古の時代の残渣。
普通の人間と彼の時間とには大きな隔たりがあった。
時代が下るにつれて彼の存在自体が世の中では異質なものに成っていった。

彼は竹を取って道具を作り、それを売り歩きながら日々を送ってきた。
そうすれば、彼の存在が怪しまれる事がないからである。
それでも社会からはみ出した者が好意的に見られることは無かった。


そんな日々を過ごすこと幾星霜、何の因果かある日彼は月よりの罪人を拾うことになった。
月の民に思うところが無いわけではなかったが、彼はその子を慈しみ育てた。
月の都の罪人は、彼にとっては寧ろ同情すべき者であったのだ。
その子を拾ったことで、彼は多くの財宝を手に入れることとなったが、
それらは全てその子の華美な生活のために当てられた。
罪人にとって似つかわしくない生活を送らせることが、
彼が月の民に対して出来る精一杯の事であった。

その子はすぐに成長し、その美しさは衆人の知るところとなった。
幾人もの貴族が彼女に求婚しては、恥をかいて引き下がり、
ついには帝からの求婚もはねつけた。
翁は内心、愉快でならなかった。
自らを世界の片隅に追いやった者達の裔に対し、
わざわざ月の民が代わって意趣返しをしてくれていたからである。


さて、そんな日々にもいよいよ終わりを告げる日がやって来た。
その子が月からの迎えがやってくると言ったのである。

月の民に一矢報いるまたと無い機会である。彼はそう考え、手を打つことにした。
まず、これを帝に伝え護衛の兵をよこさせた。
そして、彼は自らの技術の粋を注いで屋敷にある仕掛けを施した。
舞台を整えれば、あとはその日を待つだけである。


満月の夜、果たして月の使者はやって来た。
六衛府の兵達は案の定何もすることが出来ず、見守るのみであった。
彼らは舞台に上がる役者ではない。観客である。

月の使者―― 八意永琳が門の中に足を踏み入れた。
翁は平伏している。
「翁よ、姫をお出し申せ。」彼女は語気を強めて命令する。
「貴方様方のお姿を見たところ、あまりの神々しさに力も萎え、
こうしておるより他に出来のうなっております。
この上は姫を庇い立てする事もありませぬ。
ご随意にお連れになって下さい。」
翁は自分の言葉に歯が浮きそうになるのをこらえつつ、あえて平伏したままで答えた。

彼が仕掛けたのは、つまるところ不浄な結界である。
穢れのつかない注連縄は不浄な者の出入りを禁じるための結界を形成することが出来るが、
彼は正反対の性質を持つ物を使い、清浄な者を拒む結界を結んだ。

彼が日頃萬の事に使っていた竹は、化学的な処理を施す事で繊維として利用できるようになる。

竹は生命力の旺盛な植物であり、他の木々とは比べ物にならない早さで成長し、地表を占有してしまう。
穢れとは生命力の枯渇を指すものでもあったから、この点では穢れとは縁遠いものと見做された。
だが月人にとっては、他者を圧倒する生命力は穢れと同義であった。
地下茎を広げて一帯の地面から他を締め出し、急速な成長によって日光を木々から奪う。
生存競争を体現したようなこの植物は、月人の嫌う穢れに特に親和性の高いものなのだ。

よってこの繊維で作られた縄は穢れを良く含み、
穢れ無き月人が近寄れないほどの禍々しい結界、そして無理に足を踏み入れようものならば
二度と月の都に入ることが出来ないほどの穢れに蝕まれる領域を作り出すことが出来た。



「そうか、ならば仕方が無い。」
月の使者は翁を一瞥してそう言い、屋敷に入ろうとする。
彼女はそこで罠にに気付き、慄然とする。
月の使者は観衆の前で地上の民に失態を演じる。 ――筈であった。


「何故だ!」
「何故この屋敷に足を踏み入れる事ができる!」
面食らった翁は叫び声を挙げた。
八意永琳は易々と屋敷の中に進んだのである。

彼女は先程までの居高気な態度を改めてこう言った。
「…地上の民よ。いや、これからは私達も同じ地上の民となりますが…
私が連れ戻しに来たのがこの姫でなければ、貴方の目論見は成功していた事でしょう。
ですが、私この度は月の都に帰るつもりはありません。
姫と同じ不死の禁薬を飲み、これからは永劫この地上で暮らすことに決めました。」

それから彼女は微笑を浮かべてこう付け加えた。
「このような結界は、最早姫と私を隔てる物とはならなくなったのです。」
そう言うと彼女は屋敷の奥へと入って行った。


翁は完全な敗北に打ちひしがれた。
何万年に一度と言う様な好機がふいになったのである。
だがそれ以上に衝撃を受けたのは、この姫を拾った時点で彼には勝ち目など無かったという事実である。
月の使者の決意の前には、自らのささやかな復讐など取るに足らない物のように感じられた。
彼のやった事は全くの徒労だったのである。

やがて姫を連れて戻ってきた月の使者は翁に話しかけた。
「長い間姫をお守り下さり、本当にありがとうございました。
姫もあなた方と過ごされた日々はとても楽しく、幸せなものであったと仰っています。
御身を大事に、これからも健やかに過ごされますよう。」

『御身を大事に』と言ったところに若干の皮肉を感じないでもなかったが、
彼の心中に屈辱の気持ちは最早無かった。
「貴女と姫の行く末に幸多からん事を…」
彼は心からそう言った。



竹取の翁はそれから暫くして忽然と姿を消したという。
「不浄な者を、ねえ…… 土着の神様もその縄で縛ってきたくせに」
「察しのとおり 正確に言うと月の民に逆らう者の動きを封じるのに使ってきたのよ」
三日星
コメント



1.ずわいがに削除
まさか翁の方に視点を当てるとは思いませんでした。短いながらも面白かったです。
2.奇声を発する程度の能力 in 携帯削除
凄い斬新な設定ですねw
それでいてスッキリと読めて面白かったです!
3.名前が無い程度の能力削除
この発想は凄いと思いました
内容もとても面白かったです
4.名前が無い程度の能力削除
予想外に面白かった
5.名前が無い程度の能力削除
後の玄爺である

・・・浦島が鶴になったんだから亀になってもいいよね!
6.名前が無い程度の能力削除
そういえば原作の翁って年齢不詳なんだよな……
とても面白かった