Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

スイーツは鬼の味

2013/08/31 21:18:18
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 いつも少名針妙丸は霊夢と共に目覚めた。目覚めさせられたというほうが当たっているかもしれない。寝起きの霊夢のドタドタいう足音は横になっている針妙丸にはとても堪えられなかった。いくら注意しても、彼女が気を付けると言っても、次の朝にはまたドタドタした。
 ところが、今日の針妙丸は霊夢より早く目覚めて気分がよかった。今日は久しぶりの外出だ。心がワクワクしていた。霊夢の話を小耳にはさんだのだが、人間の里においしい茶屋があるらしい。この日は必ずそこに出向いてやると意気込んでいた。
 その日の霊夢は朝はゆったりしていたが、昼になってから妙に慌ただしくなった。いつも以上にさわがしい品のない足音だった。タチの悪い地震のようで、針妙丸はちょっと気が気でなかった。だがおかげで霊夢の注意は明後日の方向だ。
 針妙丸は霊夢がいなくなったことを確認すると、昨日のうちにくすねておいた裁縫道具の針を取り出した。虫カゴの蓋くらい朝飯前だ。
 霊夢が香霖堂で買ってきたプラスチック製(どういう意味なのかは知らない)の虫カゴはかたい。しかし針妙丸はもうとっくに攻略法を知っていた。頭上にある蓋に近づいて、隙間に針を差し込んでテコの原理で押し開けると、引っかかっていた爪がパチンと外れた。
 さて、外にでた。網状の虫カゴとはいえ、やっぱり中と外では気持ちがちがう。針妙丸は開放感に背伸びをした。虫カゴの取っ手をつかんで浮かせると、ちょっと目の届きにくい場所に運んでいく。そうすることで霊夢が彼女を見つけづらくなるだろう。
 虫カゴをタンスの上に置いたそのとき、居間に霊夢がやってきた。針妙丸は招き猫の裏にさっと隠れてやり過ごす。霊夢は居間をそのまま横切りかけたが、ふと立ち止まって口を開いた。
「針妙丸はどこだっけ。針妙丸?」
 霊夢は針妙丸を妙に好いていて過保護なところもあったので、見つかると気楽な外出はできなくなる。檻にとじこめられたまま茶屋にいくのはなんて、そんな不作法は針妙丸には堪えられなかった。さいわい、霊夢はすぐに居間から出て行った。
 タンスから畳へと降り立った針妙丸は、大きくなるための打ち出の小槌を探す。居間にないことは分かっていた。まずは霊夢の寝室にでも探しに行こうかな。そう考えていると、だしぬけに背後から何かの気配がした。
 針妙丸は飛び退きながら背後に振り返った。手にしていた針を不届き者にまっすぐ突き構えた。睨みつけると、そこには自分と同じ背丈の鬼が立っている。意外な客人に茫然とする。
 鬼と小人族は因縁浅からぬ関係ではあるものの、小人族と肩を並べる鬼がいるとは聞いたこともない話だ。けど目の前にいる彼女は、立派な二本角を生やしているし、みなぎらせる妖力にも並々ならぬ気配があって、鬼と呼ばずに何と呼ぶ。針妙丸はここが用心のしどころだぞと思い、強い言葉を投げかける。
「何者だ」
「しがない小鬼だよ。とっくり丸というんだ」
「小鬼なんて種族、知らないよ」
「世間は広い」
 とっくり丸とは冗談のような名前だが、たしかに彼女は腰に紫のとっくりをぶらさげていた。そして酒臭い。とっくり丸が口を開くたびに酒気が重たくのしかかってくる。針妙丸は露骨に鼻を手で覆ったが、姫としての立ち振る舞いを思い出してすぐ手をどけた。けどまだ針を構えたままだ。警戒をやめつもりはない。
「小鬼が何の用だ」
「あんた、虫カゴから逃げて何かするつもりでしょ。手伝いたいなと思って。いや、というより、助け合いたいな」
「話が見えないわね」
「ええっと、私はちょっと、霊夢に見つかりたくなくてさ。あんたも何やら逃げたがっているようだし、一緒にね」
「なんで霊夢に見つかりたくないの」
「それはおいおい話してあげようじゃないか」
 そう言ったとっくり丸は針も気にせず一歩踏み込んできて、その切っ先を素手で掴んでどかしてみせた。力んでいた針妙丸とはいえ、鬼の怪力は抵抗を許さない。針妙丸はちょっと驚いたあと、この怪力はひょっとすると役に立つかも知れぬと考えた。
 埃まみれたタンスの裏で、針妙丸は噛んで含めるように言い聞かせた。
「私は打ち出の小槌を探してる。霊夢がどっかに置いているはずなの。まず寝室にいくつもり」
「小槌って貴重品じゃない。倉庫にいったほうがいいんじゃないの」
 これには針妙丸、思わず相槌をうつ。小槌のような特別で危なっかしい品を寝室に置いておくはずがない。倉庫が妥当なところだろう。そして針妙丸は今まで、神社に倉庫があることを知らなかった。なにせ小さな体では行ける場所も限られている。
 けれどなんでとっくり丸が倉庫のことを知っているのか、針妙丸がそんな疑問を覚えていると彼女は先回りするように弁解してきた。
「私は神社に詳しいんだよ」
 倉庫までの案内をとっくり丸は喜んで引き受けてくれた。すると居間に誰もいないことを確認してからタンスを出て、彼女は廊下へ向かっていく。針妙丸はさっそく小鬼を引きとめた。霊夢はついさっき廊下に去っていったはずだから、鉢合わせになるかもしれない。別の道はないのかと問う。とっくり丸はそこで得意げに口を開いた。
「縁側から行けないこともない。けど庭に面しているから、虫や鳥がやってくるかもしれないよ」
「それは、そうだけど」
「廊下はあんがい暗い。私たちなら目立たない」
「本当に?」
「行ってみれば分かるって」
 戸の隙間をくぐって二人は廊下に出ると、とっくり丸の言い分もうなづけた。たしかに廊下は昼に限らず薄暗い。光源が突き当りの小窓しかないせいだ。針妙丸は感心しつつ、ますますとっくり丸の存在が分からなくなってくる。いったいこの小鬼は神社とどういう縁があるのか、想像もつかない。
 二人で廊下の端っこを素早く抜けて行く。とっくり丸によれば、台所の裏口からいったん外に出ることになるが、倉庫にも近い道のりだそうだ。台所の出入り口の前でいったん立ち止まり、左右を念入りに確認してから廊下を横断しようとした。
 二人が廊下をまだ半分も横切っていないとき、とつぜん頭上から乾いた物音が聞こえた。針妙丸が気になって見上げた瞬間、閃く黒い影があった。一族の長年の経験が本能的に影の正体を突き止める。猫だ。
 そいつは黒猫だった。物音はやつが小窓を開いたそれだ。床に滑らかに着地してみせた黒猫は、優雅に振り返って剣のような瞳を向けてきた。針妙丸は腰から針を抜いて、空を飛ぶ準備をしつつ相対した。小鬼の相棒にも戦いの準備を勧めようとして、あたりを見回す。
 相棒がいなくなっている。さっきまで自分のそばを歩いていたはずなのに、影も形も見当たらない。針妙丸は焦って、もしや一番に黒猫に捕まってしまったのではと正面を向いた。するとその黒猫はあっという間に飛び込んで、前足を素早く振り払ってきた。
 眼にも止まらぬ野性の一撃がくる。針妙丸とて対策がないわけではない。針を突き立て反撃を試みる。どんな野良猫でもこれでギャっと鳴いて逃げ帰る。ところがこの黒猫は、殊勝にも前足をひっこめて警戒しはじめた。針妙丸は当てが外れて余計に焦りに呑まれる。黒猫はまた前足を繰り出そうとしては引っ込め、引っ込めてはまた繰り出し、と翻弄してくる。そのたびに針が肉球を貫くよう構え直したが、とうとうタイミングが分からなくなってきた。
 いったいこの黒猫は何がしたいんだ。そう叫びたくもなってきた頃になって、横からの一撃が襲ってきた。これは針妙丸にはすっかり不意打ちで、針を吹き飛ばされてしまった。
 針妙丸は目の前を横切る剛腕と自分の腕を襲った痺れに、前後不覚に陥る。黒猫が口を開けて近づいてくるのはハッキリ見えていたが、体がまるで反応できなかった。服の端を咥えられて、宙ぶらりになってしまう。
「ま、待って、私は小人族の姫の少名針妙丸だぞ」
「あっそう。私はあんたを食べる族の姫のお燐だよ」
 黒猫が喋ったが、喉から出た声ではなかった。どうやら化け猫らしいと気付いた針妙丸は、すかさず説得に入る。
「お燐とやら、私を食べるのは厄介だよ。私はいまこの神社から保護されているんだ。私がいなくなると、巫女が怒るよ」
「霊夢が保護なんてするのかね。まあいいや、そのハッタリに乗ってやろう」
 と言いながも、お燐は針妙丸を離してくれなかった。
「小人族って、一寸法師だろう。願いを叶える小槌があるんでしょ。使わせてくれたら食べないでおくよ」
「オススメできないよ。対価が必要で」
「そういう話はあとにして、ほら小槌を見せな」
 このままでは埒が明かないことは確かだったので、針妙丸は諦めて倉庫に行けと伝えた。もちろん倉庫に小槌があるかはまだ分かっていなかったが、今は他に何と答えればよいと言うのか。
 針妙丸はお燐に咥えられたまま倉庫に行くことになった。非常に揺れて快適とは言い難いが、足の早さは申し分なかった。
 倉庫の戸は堅い閂がしてあったが、猫にそんなものは通じない。お燐は鉄格子のついた小窓から中へ滑りこんだ。まだ針妙丸は咥えられたままだ。
「小槌はどこ」
「どこにあるかまでは分からないわよ」
 針妙丸はちょっと危ぶんでいた。このまま倉庫を探して、もし本当に小槌を見つけてしまったら、お燐の願いを叶えてやらなければならないではないか。かといって彼女がいなければ探す手間が増える。どっちに転んでもため息がでる。
 お燐は薄暗い倉庫の中、棚を乗り越え乗り越え進んでいった。よっぽど暇なのか、とやかく話をふっかけてきて、針妙丸を困らせた。
「霊夢はね、きっと飽きっぽいよ」
「へえ」
「私がこの神社に来るようになってずいぶんだけど、初めは猫かわいがりしてもらったもんさ。猫だけにね」
「ああ、はあ」
「今じゃ近づくと鬱陶しそうにしてさあ。頭も撫でてもらえない。今はあんたをかいわがってるみたいだけど、いつまでもつかね」
 お燐が地面に降りて下段の棚を調べはじめたときだ。とつぜんお燐は鳴き声を上げて棚から飛ぶように離れた。何か動いたと言い出したが、針妙丸はそんなものを見ていなかった。と、するうち針妙丸の体は大きく投げ飛ばされた。洒落にならない勢いで宙を舞う。怖気づきながらもとっさに姿勢を正して減速し、なんとか空中に体を止めた針妙丸は、ひどいことをしてくれたお燐を見下ろした。
 文句を言おうとしたが、かえって言葉を失う。お燐はすっかりのびていた。ふさふさした体の周りには重箱が散らかっている。そっと近づいてひげを引っ張ったが、ウンともスンとも言わない。頭上の棚を見上げてみると、一か所だけぽっかり何も置いていない。重箱は元々そこにあったようだ。
 棚の影で人影が動いた。少し驚いたが、針妙丸はすぐに人影の正体に気がついた。とっくり丸だ。得意げに手の埃を払いながら降り立ってくる。なんとまあ都合のいいときに現れたものだと、針妙丸はあきれながら声をかける。
「どこ行ってたの」
「猫の気配がしたから隠れたの。あんたは捕まったみたいね」
「そうよ。食べられるところだった」
「お燐じゃん。死体だけ食ってんのかと思ってたけど、生きてるヤツも狙うんだ」
 針妙丸はとっくり丸にちょっと不満をもった。猫の気配がしたというのなら一声かけてくれればいいものを、声どころか素振りもみせず霧のように消えた。そういえば、と針妙丸は疑問を抱く。そういえば霧に化けることのできる鬼が幻想郷にいるという話を思い出した。名前が思い出せない。もしとっくり丸の小さな体が、単なるまやかしだったら、そう思うと針妙丸はやるせなくなった。
 二人で倉庫の中を探しまわる。針妙丸は広くて視界の悪い倉庫をくまなく巡っているうちに、もう少し黒猫タクシーにすがっておくべきだったと後悔した。小人二人の眼と足では、倉庫一部屋の探索がとほうもない大冒険になる。針妙丸はたまらず、ため息をついた。
 ヒイヒイ言いながら調べ尽くした結果、小槌はないと分かった。もう一度探してまわる? 二人とも首を振り合った。時間をかけるのは面倒だし、お燐が目覚めるかもしれない。
 倉庫を出た二人は居間に戻った。もちろん家主への警戒はかかすことがない。昼から忙しげにしている霊夢は、さっきまで台所に立っていたらしい。台所に残る彼女の気配が二人を緊張させた。
 針妙丸は次に探す場所を、はじめに予定していた寝室に決めていた。そのことをとっくり丸に伝えながら居間に戻ると、目を見開く。拍子抜けさせられることに、テーブルの上にはぞんざいに小槌が置いてあった。朝、テーブルに何もなかったことは、そこにいた針妙丸がよく知っている。どうやら霊夢は小槌を使えない癖に私物のように持ち歩いているようだ。
 二人は小槌の前に立った。針妙丸は霊夢のことと、今までの苦労を考えて呆れずにはいられなかった。とっくり丸はヘラヘラしている。
「すぐ見つかったじゃないか。やったね」
「信じられない。一族の家宝なのよ」
「大工仕事に使われてないだけマシってもんさ」
 打ち出の小槌は元々鬼が作ったものなので、大きさもそれに準じている。小人一人で持ち運べないこともないが、二人がかりのほうが効率はよい。針妙丸は小槌の頭を持ち、とっくり丸には柄を持ってもらうことにした。
「いい、とっくり丸。せーので持ち上げるよ」
「いいよ」
「せーのっ」
 二人が小槌を持ち上げたそのとき、廊下から足音が近づいてきた。勝手知ったる我が家を歩く遠慮なさ、紛れもなく霊夢の足音だ。針妙丸は驚いて、すばやく頭を回転させる。居間のど真ん中で隠れられる場所はどこか。それはテーブルの下だ。
 とっくり丸に走れと指示を出してテーブルの端まで急いだ。走る勢いに任せて飛行し、テーブル裏に回りこむ。なるべくテーブルの天井につくよう、眼の届きにくい中央に留まるようにした。そんなことをしている間に、霊夢は居間に入ってきたところだった。
 声を潜める。霊夢は居間を横切ったかと思うと縁側へいき、するとまた引き返して隣の寝室を覗きこむ。二人の位置から霊夢の生白い足がハッキリ見える。行ったり来たりして、テーブルに迫ってきたときの危うさと言ったらない。もし彼女が屈みこんでこようものなら、間違いなくバレてしまう。
「あれ、小槌は」
 霊夢がそう呟くきながらテーブルに接近してきた。二人は目前の危機に体をすくませる。しばらく生足はぶらぶらしていたが、ややすると廊下に出て行った。けど足音は遠くに行っていない。針妙丸はこの隙を突くことにした。小声でとっくり丸に指示を送る。
「タンスの裏に行くよ」
「部屋から出たほうがいいんじゃないの」
「タンスの裏ならここより安全だし、縁側も近いじゃん」
「小槌が入るような隙間じゃないって」
 針妙丸はその意見も尤もだと思ってタンスを諦めた。けどどのみちこの場所からは離れたほうがよい。苛立ちつつ部屋を見渡して、居間の隅に姿見があることに気付いた。姿見は斜めに配置されていて、その裏にたっぷりした隙間が見受けられる。
 また霊夢の足音が居間に迫りつつある。針妙丸はとっくり丸に指示を送って姿見へと方向を転じる。息を合わせてテーブル裏から飛び出した。姿見までの道のりで、居間と廊下をつなぐ戸の前を横切ることになって、心臓をバクバクいわせた。何とか霊夢がやってくる前に目標に辿り着き、こそこそ裏に身を潜めた。
 ここは廊下と近いので、隙を見れば逃げ出せそうだが、霊夢に覗きこまれると一巻の終わりだ。なにせ、ちょうど居間に戻ってきた霊夢とは、薄っぺらい鏡一枚しか隔てていないのだから。衣擦れの音が耳をゆすぶり、間近で鳴り響くのは霊夢の声だ。
「萃香いるんでしょ。小槌をとったのはあんた?」
 針妙丸はさいしょ、知らない名前だと思った。それで少し記憶を当たってみて、ふいに気付いた。霧に化けて体の大きさも変幻自在な鬼のことを思い出し、名前も鮮明になってきた。実物は見たことがないが、伊吹萃香という鬼がいたはずだ。霊夢がなぜこの場でそんな鬼の名前を持ち出したのか。少し考えればすぐに分かることだった。
 針妙丸は小槌の柄を持ってくれている小鬼を見つめた。彼女、とっくり丸は目が合うと申し訳なさそうに笑った。
「あなた、伊吹萃香ね」
「そう。たしかに」
「小鬼なんて嘘じゃない」
 針妙丸は怒りに身を任せて、小槌を支える角度を変えた。小槌の重みが萃香にぐっと偏り、彼女が慌てだす。
 例え鬼とはいえ小さい者同士だからと親近感が湧いていた。だがその小ささも、どうやら伊吹萃香の能力によるものらしい。本体は人間と変わらない身長だということは噂で聞き及んでいる。針妙丸はまだ怒り足りなかった。
「私に嘘をついたわね」
「落ちついて。霊夢が寝室にいったから、いまのうちに逃げよう」
 ふと気付くと、もう一人の小さな萃香が姿見から顔を出して居間を観察していた。その光景はかえって針妙丸の熱を上げるだけだった。萃香の正体をハッキリと見せつけられた気分になったからだ。小槌をほとんど垂直に立て、力をぐっとこめる。萃香が押されて、二人の高度が下がっていく。
「小さくなって私をだまして、小人をからかっているんでしょう」
「違うって、小さくなる理由があるの。霊夢に見つかりたくないのは本当。それと、あんたを間近で見たかったの」
「霊夢がドタバタしてるのはあなたのせいか!」
 言い争っていると、霊夢の足音がまたやってきた。しかも今度は明確に姿見へ、つまりこちらへ向かってきている。二人はすかさず黙って身構えた。と、姿見の縁に滑らかな指が絡まり、リボンと黒髪がせり出してきた。
 見つかる。ちょうどいい、萃香を霊夢に晒け出してやろう。針妙丸はそう判断すると、小槌にもっと力をこめて萃香を振り飛ばそうとした。だが萃香もやれぱなしではなかった。彼女からの抵抗力が働いて、小槌は妙な方向に動きはじめ、二人一緒に回転しながら姿見から飛び出てしまう。まったく予想外な出来事に針妙丸は慌てふためく。真横に霊夢の赤いスカートがなびいているではないか。とっさに小槌を操って背後に回りこむが、これは拍子抜けするほどあっさりと成功した。どうやら萃香はそれを見越して抵抗していたらしい。
「萃香! いるんでしょ、出てきなさい。声が聞こえたわよ」
 良いことは続かない。姿見の裏を覗き終えた霊夢が振り返ろうとしている。針妙丸はまだ萃香を振り飛ばすのにムキになっていたが、萃香が巧みに制御してくる。それで二人はトンボのような変則的な飛行をしながら、霊夢の背後を絶妙に取り続けた。
 萃香が片手で合図を送ってきた。針妙丸は彼女を睨みつけたあと、彼女が指をさしている方向を見る。廊下への入り口だ。それでハッとした。いま霊夢はちょうど廊下に背を向けているから逃げ出せる。うまくやり込められている感じが癪だったが、この期を逃す手もないので萃香に合わせることにした。
 邪魔しあっていた力が一つになり、二人は小槌を投げ飛ばしてしまいそうな速さで廊下に飛び込んでいった。霊夢の気が変わって廊下に来ないうちに、お燐が開けて以来そのままの窓から外に出る。
 勢いを維持したまま飛び続けて、近場の林に逃げ込んだ。針妙丸はさっと周囲の安全をたしかめ、通過した小窓から霊夢が覗きこんでいないこともたしかめ、ようやく安堵のため息をつく。
 安心しきっていると、ふいに両腕から重みが失われていく。萃香が一人で小槌を持ち上げてみせていた。彼女はそれを見せびらかしながら顔が触れそうなほど近づいてきた。
「悪かったよ。霊夢の気が立っていたのはたしかに私のせいだ。迷惑かけたね」
「そ、そう」
「小人の真似してたのもさ、すまない。こっちのほうが親しみやすいと思ったんだ」
「あ、いや、えっと」
 危機が去ったあとの静かなひとときに、急に謝られると針妙丸はどうすればいいか分からなかった。さっきまで必死だった自分が急に恥ずかしくなってくる。とりあえず、感謝をすることにした。
「ありがとう」
「それは私が言う言葉だ」
「へ、なんで」
「さっきも言ったけど、私はあんたが見たかったんだ。鬼を倒した小人族をさ」
「言ってたっけ」
「そうだよ。だから満足。特に私はね、お燐と戦ってたときが好きかな。あとあんたと力比べができたのも良かったよ」
 いきなり何を言い出すかと思えば、褒めちぎられたことに針妙丸はうろたえた。萃香の勢いにのまれた節はあるものの、悪い気はしなかった。それでなんと言葉を返そうか悩んでいると、小槌の頭が頭上に近寄ってきた。慌ててそれを支える。さっきのように突き離すのは、さすがにもう躊躇われた。萃香が流し目をよこす。
「これはあんたのものでしょ」
 萃香が小槌から腕を離したので重みがすべて針妙丸にやってきた。ふいをつかれた彼女は小槌を落しそうになったが、踏ん張ってがっしりと抱え込む。すると剛腕だの何だのと囃したてられる。褒めているのか馬鹿にしているのか分からない萃香の態度がやや複雑だ。
 近くの草むらが揺れて、針妙丸は被捕食者としての恐怖をふいに思い出した。ここはもう天然の無法地帯だ。そうと気付いてすぐさま小槌を振るった。小槌の効果はすぐに表れて、彼女の体も身につけているものもみるみる大きくなっていき、瞬きせぬ間に人間と遜色なくなった。針妙丸は御椀めいた帽子の角度をなおしたあと、右手につかんだ小槌を見る。この体ならば、大して重たくも感じない。
「お見事、一寸法師どの」
 そんな声に振り返ってみると、いつのまに変化したのか、針妙丸と同じくらいの萃香が立っていた。いや、針妙丸よりわずかに背が高い。あらためて対面してみると、あふれ出る力は本物だ。これが本来の萃香に違いない。やはり小さくなるのは手品に過ぎなかったのかと分かり、針妙丸は今日で何度目かの失望を味わった。とはいえ、さっきみたいに取り乱しはしない。
 そわそわと神社のほうに目をやる萃香に、針妙丸は疑問を投げかけた。
「ねえ、なんで霊夢に見つかりたくなかったの」
「いや、ちょっとね。お酒のトラブルでね。じゃ、私はこれでおいとま」
「一緒に里の茶屋にいこうよ。トラブルの話、聞かせて。なんなら、一緒に霊夢に頭下げてもいいよ」
「そう……よし分かった。聞かせてやろう」
 針妙丸が飛び上がると、萃香も隣に並んで飛び上がった。針妙丸は萃香の明るい笑顔を見て、鬼も悪くないなと思った。
針妙丸はお姫様だそうです。
彼女を庶民の世界に連れていく王子様は誰になるでしょうか。
もしかそれが萃香であったなら、中々わきあいあいとしそうです。
今野
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
少名ちゃんいいね。公式でも珍しい、いい子っぽいし。
2.名前が無い程度の能力削除
鬼組と絡ませるのはいいアイデア
3.奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.名前が無い程度の能力削除
燐が神社にいる設定のお話は久しぶりです。いいね!
5.名前が無い程度の能力削除
末裔の針妙丸は鬼のことをどう教わっているのだろう、気になるね。