※この物語は、整体師~霊夢~の世界を受け継いでいます。
※途中で何度か場面が切り替わります。そこで一度深呼吸をしてから次をお読み下さい。
< これは私と貴女の記憶 >
蝋燭の明かりが部屋を照らす。
其処にあるのは、たった一本の小さな蝋燭。
机の上の蝋燭立てに、不動の意思を示しているかのように鎮座していた。
蝋の溶け具合からみて、半分ほどの長さになっているようだ。
残りは時間にして、大よそ3時間といったところか。
パラリ
本が捲られる音がする。
音が鳴るたびに蝋燭の火は揺れ、儚く消えてしまいそうだ。
パラリ
本を捲るのは風ではない。
火の明りに照らされる影が一つ。
髪の長い女性だろうか。
年は30を過ぎた頃のように見える。
だがその雰囲気は、長い長い年月を生きてきた者と同じものであった。
そう、まるで妖怪の大賢者「八雲 紫」のような……
「あら、一枚足りないわ。どこ行ったのかしら?」
彼女が本を置く。
机の引き出しの中を、ごそごそと漁っているのが音で分かる。
蝋燭の明りが届かなく真っ暗なのだが、彼女の動きはまるで白昼の中であるかのようにしっかりとしていた。
「うーん、無いな。ま、いっか。心のアルバムにはちゃんと残っているし……」
言葉とは裏腹に、寂しさの粒子がその声から流れる。
そして彼女は又、本を捲りだした。
パラリ
本の呼応して蝋燭が揺れる。
パラリ
闇に溶け込んだ本の表紙には、その本の名前が書いてある。
パラリ
蝋燭の残りは、大よそ3時間。
パラリ
その本の名前は……
パラリ
「あ……さっきの写真、こんなところに挟まってたんだ」
ウツリコミシハ ハルカナル ゲンソウ
◇ Your memories「ある日」
それは幻想。
暗闇の思い出。
・
・
・
トクン……トクン……
こころのおとがきこえる。
トクン……トクン……
きいてるとあんしんできる
トクン……トクン……
あたたかい。つつまれる。ひかり。
トクン……トクン……
くらいのに。めはみえていないのに。まぶしい。
トクン……トクン……
もうすこししだけ、ねむろう。
トクン……トクン……
おかあさんのおなかのなかで。あえるのをたのしみにしながら。
『女の子なら霊夢ってどうかしら?』
『あら、貴女にしては良いネーミングセンスね』
ちいさいけれど、こえがきこえる。
かべごしに、こえがきこえる。
『紫に言われたくは無いわ。なによ男の子なら幻現(ゆうげん)って。お爺ちゃんみたいな名前じゃない』
『トンヌラよりいいじゃない?』
『そんな名前付ける親の顔が見てみたいわね』
おおおきなこえがきこえる。
かべをつたって、こえがきこえる。
このおおきなこえはおかあさん。
ちいさなこえはだれだろう?
はやくあいたいな。
はやく……はやく……
『あ、いたた……陣痛がはじま、ぐぅっ……』
『――!? 藍、お産の準備を早く!』
あいたい……あいたい……
おかあさんに……あなたに……
「生まれたわ! 元気な女の子よ!」
「あぁ……やっと」
……やっと……
「あえたね……」
あえた……
「霊夢……」
おかあさん……
これは幻想。
暗闇の思い出。
◇ My memories 「お願い」
それは一枚の写真。
人間と妖怪と赤ちゃんの写真。
・
・
・
霊夢が生まれて、私は母となった。
なんて書くと、覚悟を決めたっぽく聞こえていいかな。
正直戸惑っている状態なんだけど。
出すときも、鼻から萃香をひねり出すくらい痛かったし……
「それは角が引っかかりそうね。」
「おっと紫、何時から其処に?」
「ヒッヒッフーから」
「お産真っ只中!?」
「でるぅぅぅでちゃうのぉぉぉ! からだったかしら」
「陣痛の時から!?」
「だって、霊夢を取ったの私じゃない」
「そうでした」
この胡散臭い女は……説明なんていらないわね。
胡散臭い、以上。
「なぜか酷い扱いをされた気がするのだけれど?」
っち、鋭い奴め。
私の心の声も、隙間経由で聞けるのかしら?
「気のせいよキノセー。で、今日は孫の顔でも見に来たのかしら?」
「誰がコンピュータおばあちゃんよ」
「言ってないし。何その、こんぴゅーた?」
「コンピュータとは二進法で演算処理がうんぬんでエロゲがうんぬん……」
めんどくさいなー。
紫は放置して、霊夢に母乳でもあげましょうか。
定期的に出さないと痛いのよね。
自慢のやわらかダブル戦艦(ペガサス級)も、硬くなるし。
てわけで、ペロンっとおっぱい丸出しにして……たーんとお飲みなさい。
霊夢を抱きかかえるように、右のおっぱいを差し出す。
小さな口で精一杯頬張る姿は、すごく可愛いわ。さすが私の娘。
「はむ、ちゅーちゅー」
子供の吸い付く感じって何とも言えないのよね。
「ん~ちゅーはむはむ、ちゅっちゅ」
安心するっていうか、くすぐったいっていうか、気持ちいいっていうか、両方同時に吸われると先っちょが硬くなるっていうか……ぁん♪
「って、何してるのかしら、お・ば・あ・ちゃ・ん?」
「おっぱい美味しい♪」
「孫のご飯を取るな」
「あいたー!? グーパンは酷いのではなくて!?」
そんな騒ぎがあっても、霊夢は口を離さないのね。
将来が頼もしいわ。
なんて思ってると、霊夢が吸ってる反対側から母乳が流れ出した。
さっき紫に中途半端に吸われたせいね……
哺乳瓶でもあったら、溜めておけるのだけど。
残念ながらそんな都合よく手元には無かったりする。
今度から、ちゃんと用意しておかないといけないわね。
というか、元々は持っていたのよ?
なんで携帯しないようにしたんだっけ……あぁ、紫が飲むからか。
「ねぇねぇ、いいでしょ? もうちょっとだけ……」
「あんたは子供か」
「子供の姿がいいなら、そうするわよ?」
「そういう事じゃないでしょ、まったく……」
霊夢が生まれてから、紫の精神年齢がどんどん下がっている気がする。
なんというか……甘えられるのは嫌いではないのだけれど。
その相手が紫だと、ねぇ?
「貴方の愛の雫がほしいの」
「真剣な目で変な事言うな」
「貴方の白い液体を、顔一杯に浴びたいの……」
「退治するわよ、この馬鹿妖怪」
霊夢を抱きかかえていなかったら、間違いなく針千本の刑に処していたわ。
それにしても良く飲むわねこの子。
将来が心配ね。食費的な意味で。
「紫。私の飲んでもいいけれど、条件があるわ」
「条件? 何かしら?」
ここでちょっとだけ真剣な顔つきになる。
さらに自愛に満ちた、母親の目を霊夢に向けながら、紫に言った。
「この子をずっと、私が死んでも……最後まで見守ってくれない?」
「嫌ですわ」
うわ、即答しやがったこいつ。
しかも顔をそらすとき、ぷいって口で言いやがった。
向こう向いたままブツブツ言ってるし。
「貴女は死なないわ。だって私が守るもの」
「はい?」
あれ? 紫ちょっと涙目になってない?
「冗談でも、死ぬなんて言わないでって言っているのよ」
「……ぷっ」
何こいつ可愛い。
妖怪のクセに。
胡散臭いくせに。
あまりにも可愛くて、私まで涙が出てくるじゃない。
「真剣に話しているのに、笑うなんて酷いわ」
「ごめんごめん。本当、紫は妖怪とは思えないわね」
「どういう意味かしら? 返答によっては妖怪の大賢者の力を見せ付けてさしあげますわよ?」
「あんたは妖怪のクセに……すごく優しいわ。傍に居ると安心できるくらいに」
目を見開いて、口をパクパクしてる。可愛いわね。
今度は耳まで真っ赤にして俯いてる。すごく可愛いわ。
肩をぷるぷる震わせてるし。あぁもう求婚しようかしら。そうしたら紫は霊夢のパパね。
今度は急に顔を上げたかと思うと、思いっきり睨みつけてくるし。涙目で。
「はむ!」
「うおっ」
結局最後はそれか。私の胸に吸い付く紫。
勢い良く飛びついたから、金色の髪の毛が霊夢にまでかかっている。
……何時まで飲んでるのかしら、この子。
母乳を吸い尽くすまで?
うーん、94cmの貯蔵庫にはどれくらい詰まっているのかしらね?
むー……雑念が多いわ今日は。考えがまとまらない。
というか、さり気なくお尻を触るのは止めてほしいのだけれど。セクハラで訴えるわよ紫?
「紫?」
「むーちゅーちゅー」
「おいこら。お尻タッチ禁止」
「むー。ちゅっちゅ」
「……はぁ。後で哺乳瓶を出さないと……暫くいらないかもしれないけど」
どうしてだろうなぁ。なぜか今日は殴り飛ばす気にはなれないわ。
たまにはいいか。こんな日があっても……
ため息一つ。二人の子供をいきなり持った気分だ。
私は霊夢が落ちないよう、右手で支えた。
そして左手は、そっと紫の頭を撫でる。
一瞬紫はぴくっとしたけれど、かまわず撫でる。
「子供に嫉妬するな。ばーか」
「むー……」
寂しがりやで、可愛い妖怪さん。
強くて、頼りになる妖怪さん。
これからも、よろしくね。
そして、私と霊夢の事……お願いね。
これは一枚の写真。
人間と妖怪と赤ちゃんの写真。
◇ Your memories「瑠璃色に輝いて」
それは
色あせない思い出。
・
・
・
「久しぶりね」
丘の上にひっそりと立つ墓石。
瑠璃色の花の中に埋もれて、一個だけ立っている。
そして、その前に私は居た。
持ってきた花が風にゆれる。
自慢の黒い髪も、赤いリボンと一緒に揺れる。
「あれから十年以上たつのよね」
墓石に向かって一人話しかける
それは懺悔でも、謝罪でもない。ただの近況報告。
一年に一度の対話。
「私ね、好きな人が出来たかもしれないの。まだ自分でも良く分かっていないけど」
墓石は語らない。ただ聞くだけ。
じっと、私の話を聞いてくれる。
「そいつはね、すぐ寝るし、すぐ泣くし、すぐ笑うし、すぐドキっとすること言うし……そして」
瑠璃色の花は風にゆれ、頷いてくれている。
花びら一枚一枚が、私の声を受け入れてくれているように、強い香りを漂わせる。
「そして……すぐに人の後ろを付いてくるのよね。美鈴?」
「……やっぱり気付かれてましたか」
私の後ろから現れたのは、紅 美鈴。
緑のチャイナ服に身を包む、紅魔館の門番だ。
私の整体師としての師匠でもある。
そして私は、博麗の巫女。名は霊夢と呼ばれている。
「霊夢さん」
「うん?」
「私と付き合ってください」
二人の間を、瑠璃色の風が凪いだ。
ざわめき。
香り。
姦しく。
墓石すらも、息を飲むようにずっと見つめていた。
美鈴の告白に対する答えは、もちろん
「や・だ・☆」
「ですよねー……はぁ。これで50戦49敗かー」
「ちょーっと待った! 私は一回も頷いた事ない……あ~」
そうだった……
一度だけ、私は頷いてしまったことを思い出した。
一緒の布団で寝た、その一回だけ。
何も疚しいというか、やらしい事は無かったけれど、どきどきしたその一回だけ。
「あれはノーカンだから。気の迷い。一生の不覚」
「でも私のおでこにキスしてくれましたよね?」
「!? あんたあの時寝てたんじゃなかったの!?」
「あ……」
オーマイマザー。衝撃的事実に私の顔がスカーレットデビル。
寝てると思ってやった悪戯がバレテマシタ。
この妖怪、どうしてくれよう。
「あ、あははー……では霊夢さんまた来週!」
私の殺気を感じたのか、美鈴は脱兎のごとく逃げ出した。
脱兎といっても某月のうさぎじゃないわよ?
いやいやそんなこと考えてる場合じゃない。
「ま、待ちなさい! その記憶を夢想封印してやるんだから!」
「絶対に嫌です待ちません! あの夜の事をずっとずーーーっと胸に抱いて今を生きているんですから!」
「だから、さらっとドキっとするような事……言うなってんでしょう!」
「ぎゃふっ!」
後頭部めがけて投げた陰陽玉は、見事クリーンヒット。
美鈴はその場にうつ伏せで倒れた。
「鼻打ちましたーいたいれすー」
「どうせ胸がクッションになって、倒れた衝撃なんて無いでしょうに」
「胸はそんなに万能じゃないですよー。むしろ肩凝るし、戦うときは邪魔ですし……目線が気になりますし」
ごろりん
そんな擬音が鳴ったように思えるほど、美鈴は勢い良く横に回転した。
うつ伏せから仰向けへ転じる。
服に草が付いているがさほど気にしてはいないのだろう。
雲ひとつ無い空と見詰め合っている。
「よいしょっと」
「霊夢さん、汚れますよ?」
「いいの。あんたはジットしてなさい」
美鈴の左横に私も寝る。
膝枕でもしようかと思ったけど、今は一緒に横になって空を見上げたい気分だったから。
騒ぎが落ち着いたのを確認したのか、瑠璃色の花も緩やかに揺れだした。
応援されているように思えて、ちょっと恥ずかしいけれど、嬉しい。
「一つ聞いてもいいですか?」
「紫のスリーサイズは上から……」
「あのお墓は、誰のお墓なんです?」
こいつは……いつも遠慮なしだ。
いつも私の心に触れてくる。
そっと撫でたかと思ったら、鷲づかみにしてくる。
そして、掴んだら決して離さない。
私もその大きな胸を鷲づかみにしてやろうかしら。
「あー……言いたくないならいいですけれど」
「そんなことちっとも思ってないくせに」
「えへへ。ばれちゃいました」
屈託の無い笑顔をしているんだろう。
私は空しか見ていないけど分かる。
目を瞑ったら、いつも見えるあの笑顔だ。
私を元気付けてくれる、私の好きな顔。
今すぐ顔を右へ傾ければ、その顔が見えるだろう。
けれど、私は見ない。
だって、話せなくなってしまうから。
恥ずかしくて、見とれて、言葉にできなくなってしまう。
「霊夢さん? もしかして寝ちゃいました?」
「起きてるわ」
そんな私の心も知らず、揚々とした声で私に話しかける。
心が揺さぶられているのが、悔しい。
いつもの私でいられないのが悔しい。
悔しいから、美鈴の腕を伸ばして枕にしてやる。
「れ、霊夢さん?」
「あんたが悪いのよ。だから腕枕しなさい」
無駄な筋肉が付いていないからか、それはしなやかで柔らかい。
いつも使ってる枕とも、紫の膝とも、咲夜の膝とも違う。
一番安定する枕が、美鈴の腕枕だった。
だからかな。口が勝手に開いたのは。
「この花はね。お母さんの香りと一緒なの」
「お母さん、ですか」
「そう。此処もね、お母さんに教えてもらったのよ」
こういう時、美鈴は黙って聞いてくれる。
瑠璃色の花と同じように。
「あの子と出会った時に教えてもらって、そして……」
息が止まる。
5分以上。私は口を開かなかった。
美鈴もずっと待ってくれた。
花も待ってくれた。
私も待った。次の風が吹くのを。
あの子が、いいよと言ってくれるのを。
そして……花が、舞った。
「あの子が死んだのも此処。私の代わりに、あの子は……」
寝てないといったけれど、ちょっとでも気を抜くと寝てしまいそうだ。
何か美鈴が話している。
瑠璃色の花が、私に降り積もる。
断面的にしか聞き取れない……花言葉が、何?
お母さんの香りが鼻をくすぐる。
だめだ、眠い。いや、もう寝ているのかも。
花の香りと太陽の布団に包まれ、お母さんの腕の中で眠る。
考えが混在してる。陰陽玉のように交じり合っている。
あぁ……あたたかいな。
『……私は貴方を許します』
「私は……あり……がとう……」
「この花の花言葉にはですね、私は貴方を許します。というのがあるんですよ?」
「すー……すー……」
「霊夢さん? 霊夢さーん? ……あらら、寝ちゃいましたか」
まだ昼になったばかり。夕方までは寝かせてあげましょうか。
そう言うと、ゆっくりと体を霊夢へ向け、そっと抱きしめる。
そして美鈴も瞼を閉じた。
霊夢の香りを、感じながら。
これは
色あせない思い出。
◇ My memories「可愛い子犬」
それは一枚の写真。
親子と子犬の写真。
・
・
・
「却下」
「お母さんの馬鹿! もう知らない!」
霊夢が怒って、家を出て行ってしまった。
我が娘も、家出をする歳になったか。なかなかに感無量だわ。
霊夢とは幾度もケンカしたけれど、生まれて初めての家出経験か。
まぁ、とりあえず……
「夕飯までには帰ってくるのよー!」
「二度と帰らないんだからー!」
ちゃんと返事をするあたりまだ大丈夫ね。
私がそうだったから分かる。
私のお母さん(霊夢のおばあちゃんね)とは殴りあったし、家出も数えきれないくらいしたし。
でもどれだけ大きなケンカをしても、晩御飯はしっかり用意してくれてた。
暖かいお味噌汁に、ほかほかご飯。そして好物の納豆。
……晩御飯までに買い物を済ませておかないといけないわね。
「はろー、さっき霊夢が石段を駆け下りていたけど、なにかあったのかしら?」
「はろー紫。いつものケンカよ」
「そんな事だと思ったわ。よく飽きないわねー」
「ケンカするほど生傷が耐えないってね」
「仲がいいじゃないの!?」
神出鬼没、お風呂でもトイレでも布団の中でも、時間も場所を選ばず出てくる迷惑な妖怪。
それがこの、八雲 紫。
なんでも妖怪の賢者とかなんとか。
そして気が付いたら、私と友達になっていた、らしい。
ちょっと鬱だわ。
胸も私より大きいし。弾力は負けないけど、柔らかさでは負けるし。
そんな視線をまったく気にしてないのか。紫はにやにやと笑いながら話しかけてきた。
「それで、今回はどうしてケンカしたのかしら」
「霊夢が、子犬を拾ってきたのよ」
「そういえば茶色の何かを抱いていたわね。犬だったのアレ」
「帰ってくるなり輝いた目で私に向かって子犬を突き出してきたから、却下したら何故か怒っちゃったのよね」
「話くらいは聞いてあげなさいな」
確かに「おかえり」も言わずに「却下」は無かったかもしれない。
せめて、おかえりのちゅーは先にしておくべきだったわ。
私、少し反省。
いや、今からでも遅くは無いはず。追いかけて謝ろう。
追いかけてちゅーしよう、ちゅー。
「という訳でで紫、留守番お願いね」
「は? ち、ちょっと!?」
紫に留守番を任せ、私は駆け出した。
太陽が沈むのを背に、霊夢の居るであろう場所へ。
・
・
・
「うぉんちゅ!」
「きゃぁ!? お、お母さん!?」
数秒後、霊夢を無事に捕獲。後ろから霊夢の無い胸を撫でる作業に移る。
「うんうん、日々成長しているようで、お母さんは嬉しいわ」
「娘の胸をさわるな変態母親!」
霊夢の頭突きが、私の顎にクリーンヒット。かなり痛いわ。
いいじゃない、揉まれても減るもんじゃないのにねぇ?
「まだ揉むほど無いけれどね」
「8歳の私に何を望むか」
「成長すると無くなってしまう硬さと、すべすべふにふにの柔らかさかしら」
「霊夢キック!」
今日も親子のコミュニケーションはバッチリ痛かった。
でもお腹を蹴るのは止めてほしい。
出てはいけないものが出てしまいそうに、うぷ……
「それで、お母さんは私に何か用事でもあるのかしら?」
「許可」
「はい?」
不思議そうな顔の霊夢も可愛いわ。
私の娘なのだから当たり前だけど、可愛いものは可愛いの。
初恋の人はお母さん、だなんて言わせてみたいわね。
「お母さん、悪いけど言っている意味が分からないわ」
「だから、さっきの子犬よ」
「フランボワーズ13世の事?」
「ふ、ふわん……ぽ?」
なんだろうそれ。
そんな不思議ワードは初耳よ。
多分さっきの子犬の名前……いやいやありえないわ。
私の霊夢がそんな命名するはずがないもの。
「お母さん、本当にいいの? フランボワーズ13世飼ってもいいの?」
何故にフランボワーズ。
何故に13世。
実は人の家から攫ってきたとか、いやいや霊夢に限ってそんなことはありえないわ。
食料以外は奪い取ってはいけないって、体に教え込ませたもの。3歳のときに。
それはそうと、許可を出してしまった以上仕方が無い。
フランでもレミリアでもどんと来いよ!
「いいわよ。でもちゃんと自分で世話するのよ?」
「うん! よかったねフランボワージュ13世♪」
「じゅ」
「……フランボワーズ」
「ふらんぼわーじゅ」
あぁダメよ私。霊夢はちょっと噛んだだけじゃない。
そこをいじめる様に攻めては……やだちょっとドキドキしてきたわ。
やっぱり私っておかしいのかしら?
でも親なら之くらいの愛は誰しもが持っているわよね。じゅ。
「フランボワーズ!」
「ふらんぼわ~じゅ♪ かわいいじゃない、じゅ♪」
「霊夢キック!!」
「ぎゃふん」
涙目になった霊夢が、また女性の大切な部分を蹴ってきた。
流産したらどうするのよ。あなたの妹か弟が死んじゃうじゃない。
妊娠してないけど。紫との間に子供なんて作るきもないしね。
出来るのかな? ちょっと試してみたくもあるようなないような……とりあえず痛い。
「行こ、フランボワーズ13世」
痛みに現実逃避しつつマットに沈む私を、霊夢は無視して家に帰っていった。
しっぽを振って私の頭を踏みつつ、霊夢に抱きついたフランボワーズを私は一生許さないだろう。
いつか食ってやる。チャウチャウっぽい顔してるし食べれるでしょう。ふふふ。
あ、折角だから納豆買って帰ろう。
震える足に鞭打って、霊夢とは反対方法に私は歩き出した。
一方その頃、博麗神社では。
「♪~」
紅白に身を包んだ謎の巫女が、晩御飯の仕度をしていた。
「にんじんさん~ごぼうさん~すーじのとおったふ~き♪」
「紫様、ご機嫌ですね」
「藍ちょうどいいところに。味見してくれるかしら?」
「よろこんで、ぶふぅ!」
「藍!? そんな噴出すほどおいしいの? ふふ、これならイケそうね、あの子の喜ぶ顔が目に浮かぶわ♪」
「ち、ちが……霊夢達、逃げ……ガクリ」
次の日、謎の食中毒で私も霊夢も倒れるのだが、その思い出はまたいつの日か。
これは一枚の写真。
親子と子犬の写真。
◇ Your memories「馬鹿と馬鹿」
それは幻想。
雨の日の思い出。
・
・
・
その日は雨だった。
どしゃぶりの雨で、目の前にいる人と話すにも、大きな声を出さなければならないほどの雨だった。
「つまんない」
私がそう呟いた言葉も、誰の耳に入ることもなく雨に消される。
はずだった。
「霊夢、そんなところに居たら濡れちゃうわよ」
「お母さん……」
私の声が聞こえたのか、それとも偶々声をかけたのか、縁側でお茶を飲んでいた私を、お母さんが注意する。
既に跳ね返った雨が、随分と足を濡らしていた事に今更気付く。
隣に置いていた煎餅も、きっともう食べられるものではなくなっているだろう。
ふにゃふにゃになった煎餅ほど不味い物は無い。
わざわざ不味いものを食べる人なんて、よほどの馬鹿か、よほど飢えているかのどちらかだ。
そして、私のお母さんは前者のほうだった。
「うわまっず。もしゃもしゃして水っぽくて……霊夢はよくこんなの食べられるわね」
「不味いなら食べなければいいじゃない。もしゃもしゃ」
親子はやっぱり似るらしい。
私もやっぱり馬鹿だった。
又一枚、お母さんは煎餅を摘む。
そのまま流れるような動作で私の隣に座った。
お母さんの足を、雨がここぞとばかりに浸食していくのが、ちょっと悔しい。
「で、霊夢はどうしてわざわざ雨に濡れているのかしら?」
「お母さんだって。私の隣に居たら濡れちゃうよ」
「私はいいのよ。毎晩濡らして……な、なんでもないわ」
お母さんはちょっとエッチだ。
私だってもう8歳。知識としては色々と知っている。
正確には、紫に教えてもらったのだけど……その時の紫の目がちょっと怖かったのは秘密。
「不味い」
「不味い」
煎餅はどこまでも不味かった。
けれど、そのおかげで涙を流すことも忘れられた。
私の代わりに空が泣いてくれている。
だから私は泣かなくていい。
「霊夢、寒いから一緒にお風呂入ろっか」
「ん」
足が冷たい。ちょっと痛いくらいに。
だから、これはそのせい。
目に涙が溜まっているのは、この痛みのせい。
「お母さん」
「なぁに?」
「雨が止んだら、この子のお墓作るの手伝ってくれる?」
私の頭を一回こつくと、お風呂沸かしてくるわ、と言ってお母さんは離れた。
煎餅の入っていた籠は、すでに空になっている。
お母さんの馬鹿さには、私はまだ届かないらしい。
「私のリボン。お母さんからもらったリボン。あんたのお気に入りだったリボン」
雨が私の声を消す。
どれだけ大きな声を出しても届かないけど、私は歌った。
「いつも咥えて走っていた」
籠を撫でる。煎餅が入っていた籠。
あいつは、いつもそこで寝ていた。
私とお母さんが煎餅を食べ終わると、そこに丸くなって入っていた。
「煎餅の籠。ちょっと大きな籠。あんたのお気に入りの寝場所」
足が冷たい。
膝の上に乗せた子犬を、あるべき場所であるように、そっと籠に入れてやる。。
リボンを解いて、子犬に着けてやる。
尻尾に着けたのリボンを、延々と追いかけることも無い。
もう、瑠璃色の丘で、走り回ることも無い。
「おやすみ……」
一粒だけ、子犬の上に雨が落ちた。
今日は雨が降っている……
これは幻想。
雨の日の思い出。
◇ My memories「あたしとあなた」
それは一枚の写真。
黄金色に光る神社の写真。
・
・
・
「かぁらぁすぅ~なぜ泣くの~♪」
「お払い棒の底で、鼻を突かれたらそりゃ泣きますよ……」
「膝枕で寝ている私の霊夢を、勝手に撮った罰よ」
「やけに、"私"の部分を強調しましたね」
私の前で半べそかいているのは、烏天狗の射命丸 文とかいった新聞記者らしい。
なんでも千年生きているとか。
千年も生きて、ミニスカってどうよ。と思うけど、文ほどの美人なら、ありかな?
「白い足も眩しいしね」
「何の話ですか!?」
ミニスカで空を飛んでいるくせに恥ずかしいのか、手で太ももを押さえるように隠す文ちゃん。
これからは文ちゃんって呼ぼう。
「いいわよね文ちゃん?」
「何がですか!? それに文ちゃんってなんですかもぅ!」
いやん、随分とノリノリね。
霊夢もこれくらい元気があったらいいのだけれど。
妖怪退治の時だけ、ウキウキするのは止めてほしいわ。
玄爺も……幻爺だったかしら? それは蹴球か。それは置いておいて、玄爺も注意してくれたらいいのに。
霊夢のお尻の感覚に、息を荒げている場合じゃないわよ。
「なんかもう帰りたいですが、これだけはお聞きしておきたいので」
「あら、ずっと此処にいてもいいのよ?」
すでに逃げ腰の文ちゃんの目を見て言う。
キラキラ輝いていて、チューしたいわね、チュー。
「私の太ももを見ながら言わないでくださいません?」
「そんな!? じゃぁどこを見ろというのよ!」
「目を見てください目を」
太ももほどキラキラと輝いては居ないけど、文ちゃんの目って綺麗ね。
舐めたらどんな味がするのかしら?
「ジー」
「では取材の続きを……先日、娘の霊夢さんと一緒に妖怪を懲らしめたそうですが」
「ジー」
「その時の様子をですね、その……」
「ジー」
「ああ忘れてました! 玄関の鍵をかけ忘れていたのですよ! というわけで私はこの辺で失礼をば!」
「待てい」
「きゃんっ! スカート掴まないで下さい、脱げちゃう!」
必死にスカートが脱げないように抵抗するも、現実は非常なり。
すぽんという音がしたように、私には思えた。
「ぐす……もうお嫁にいけません……」
「じゃぁお婿にいけばいいじゃない。なんなら私の……」
「嫌です」
私まだ話しているのに、それをぶったぎっての即答。
やるわね鴉天狗。最高よ文ちゃん。
「もういいです。吹っ切れました。さぁ取材の続きをば」
「仕事魂がたくましいわね」
「みなさん知りたがっているのですよ。新しい博麗の巫女のことを」
霊夢のことを知りたいとな。
なら軽く72時間ほど語らなければなるまい。
「ではまずぷろふぃーるからね。博麗 霊夢 8才、好きな人は私。好きな動物は私。好きな食べ物も私」
「ふむふむ。現博麗の巫女は超親馬鹿、否、大馬鹿……と」
「体を洗うのは決まって右手から。ご飯のお代わりは3回以上。ドロワーズをこよなく愛する幻想少女」
「やっぱり胸が大きいと、頭が悪いのでしょうか? それだと私も頭悪いことになりますし、うーん……」
あとね、あとね霊夢ったら寝言でおかあさん大好きっ……って聞いてないわねこの天狗。
羽引きちぎってやろうかしら。
霊夢のこと知りたいっていうから、熱く語ってあげているのに。
「あ、終わりました? では昨日のことを詳しくお願いします」
「分かったわよ。昨日の事を話せばいいんでしょ、おふぁんつ丸出し娘」
「脱がしたのは貴女じゃないですか! ってもう話はそらさせませんよ!」
っち、案外頭いいじゃない。なかなかなお胸さまを引き連れてるくせに。
仕方が無い。気が進まないけど取材に応じてあげるわよ。
「霊夢とフランボワーズがピクニックしていると、妖怪が襲ってきてフランボワーズが死んだので、その敵討ちを昨日してきました。終わり」
「すごく大事な内容を簡単に済まされた!?」
めんどくさいなー。
どうせ詳細を希望してくるんでしょ? ほら。
「実はそのあたりは調べがついてまして……できれば、霊夢さんが封印した後の話をですね」
「やだもーん」
「だだっこみたいに言った!?」
ちょっと可愛さアピール狙ってみたけれど、どうやら効果は薄かったようね。
可愛いのは今更だから仕方が無いのかしら。可愛いって罪ね。
それにしてもまだ続くのかしら。
封印しちゃうオーラを出しているのに、このおふぁんつ食い込み娘はなんとも感じてないのかしら。
ペンを回しながら、さらに私を追撃してくる。
あぁもう……メンドウネ
「話によると、霊夢さんを先に帰したそうじゃないですか。そして事後そこにあったのは……」
「そんなに言うなら教えてあげる。ただし、記事にしたら貴女も同じ目にあってもらうわよ?」
「……霊夢さんが見てしまうかもしれないからですか?」
「そうよ」
周りの葉っぱが舞い上がる。
私が真剣になった証に、何枚かの葉っぱが割れて消し飛んだ。
「久々に見ましたね。博麗の巫女の顔を」
「それは良かったわね。最後に見たのが美人の顔で」
「美人? あぁ眠り姫である霊夢さんのことですね」
「どうやらその太ももは節穴のようね」
「だから太ももを見ながら話さないでください」
「あら、目を見ていいなら見るけれど。私の眼力でおしっこをちびっても知らないわよ?」
「烏天狗であるこの私が、人間ごときに恐怖すると?」
「……」
「……」
文の挑発に乗り、私は目を見てやる。
目の奥の、心の奥まで見通してやる。
丸裸にした妖怪を、目で殺す。
刺す、締める、斬る、焼く、吊るす。
「!!」
「あら、人間ごときに恐怖しなんじゃないの?」
「……恐怖というか、その……」
何よこの子。急に顔を赤らめて。
「実は殺されることに興味がある変態さんなのかしら」
「違いますよ! ただ、熱視線が恥ずかしくて……」
「……あぁ、そういうこと」
やっぱり変態さんだった。
霊夢、烏天狗には気をつけるのよ?
「はぁ……分かりました。私の負けです。取材はもうしませんよ」
「ドM文ちゃん。やっと諦めてくれたのね」
「ドMとか勝手に設定を作らないでください! アレ以上見つめられれると、落ちちゃいそうだっただけですよ」
「地獄の底へかしら? 閻魔様にお願いしたら簡単に逝かせてもらえるわよ?」
「なんとかに落ちる3秒前って言いますし」
良く分からないけど、服に忍ばせておいた針を、綺麗な太ももに刺す必要はなくなったわけね。
よかったよかった。
「では明日の新聞の内容は、博麗の巫女、大馬鹿になる!? て決定ということで」
「せめて親馬鹿にしなさいよ!」
「いやですよ~ベー」
「こうなったら、おふぁんつも脱がして帰れないようにしてやるわ」
「え、やだ、本当に引っ張らないでくださいいやぁぁぁぁぁぁあ!」
膝を動かさないで戦うのはさすがに不利だった。
残念ながらおふぁんつは奪えなかったけれど、スカートはこの手の中にある。
……あとでちょっと穿いてみようかしら。
遠くへと消えて行く太ももを見ながら、私はそっと袖へスカートをしまった。
太陽に光る、丸見えの太ももが眩しいわね。
私が今の光景を目に焼き付けていると、膝の上の天使が、ごそごそと動き出した。
「ん……おかあさん?」
「おはよう霊夢。いい夕方よ」
「……おやすみ」
「こら起きろ、爆睡娘」
「むぎゃっ」
また寝ようとする霊夢のおでこに、でこぴんを食らわしてやる。
小さな手、おでこを押さえる様子が愛くるしい。
ついつい甘やかしてしまいそうになるわ。
「おでこが痛いから寝る」
「さぁて晩御飯の準備をしなくちゃ」
ゴンッ☆
「あいた!」
しつこく寝ようとする霊夢を、膝の上から落とす。
スッっと立ち上がっただけだけれど。
後頭部をしたたかに打ち付けた霊夢の涙が、私の心を潤す。
じゃなかった、締め付ける。
でもここで甘やかしてはだめよだめよだめなのよ。
このままじゃ霊夢が、ぐーたら霊夢になっちゃうもの。
さらに此処は追い討ちで、晩御飯は霊夢の嫌いなものにしましょう。
ニンジンとかピーマンとか、アスパラまでつかったグラタンでも作ろうかしら。
「ねぇおかあさん。今日のご飯はなぁに?」
「ニンジンとピーマンとアスパラまでつかったグラタンよ」
「やったぁ! 私の大好物だ♪」
そうでした。ニンジンとかピーマンとか嫌いなのは私でした。
まいっか。霊夢の笑顔が見れたし♪
甘いなぁ私も。
でもまぁ、とりあえずは……
「私も眠いから、あと半刻だけ寝る」
「じゃあ私も寝る」
「ぐーたら親子バンザイね」
「うん、ばんざい~」
夕日が暖かな境内で、霊夢を抱きしめて横になる。
うつらうつらとした意識の中で、私は願う。
出来ることならば、霊夢は幸せに包まれて生きてほしいと。
遠くで、シャッターの音が聞こえた気がした。
○月○日 文々。新聞
「文ちゃん特集! 幸せ家族編。
今日は幻想郷一、幸せな家族の所へ取材に行って来ました。長女の霊夢さんは大変母親に愛されており……」
これは一枚の写真。
黄金色に光る神社の写真。
◇ Your memories「無理と無茶と無謀」
それは幻想。
戦いの思い出。
・
・
・
「うわあああああああぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――キケン
――ケッカイ
――ダケド
(声が……聞こえる)
(女性の声)
(途切れ途切れ)
――イノチ
――ワタシ
――ワケテ
(声が……聞こえる)
(おかあさんのこえ)
(泣いている)
(なんで?)
(ワタシが……壊れたから?)
(あれ、ワタシ、壊れた? なんで?)
(声が……聞こえる)(声が……聞こえる)(声が……聞こえる)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
光りが、私の瞼を透し、目を焼こうとしている。
誰かの手によって、襖が開けられたのだろうか。
「まぶ……しい……」
「おはよう霊夢。今日はいい天気よ」
「うぅ眠い」
「ほらほら、早く起きないと、お尻ペンペンよ?」
お尻ペンペンは嫌だ。
皆にお尻ペンペンされてると知られたら、お嫁にいけなくなってしまう。
仕方が無いからおきよう。
「ん。おはよう、おかあさん」
「あらあら、ふふふ」
目の前の女性が笑ってる。
ぼやけて見えないけれど、この暖かさはきっとお母さん……
いつも優しくて、だけど意地悪で。すぐデコピンする。大好きなお母さん。
そして紫の衣装を着て、口元に扇子を……あれ?
「ゆ、ゆかり?」
「お・は・よ・う・霊夢?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジュージューと音を立ててフライパンが踊る。
卵が二つ、違うタイミングで投入される。。
黄身を生のまま残しておくのが、私。
裏返して、しっかりと焼くのがあいつ。
「ねぇれいむーご飯まだー?」
「うっさい。待てないなら食うな」
「あら~。すっかり母親に似てきちゃって。ゆかりん悲しいわ」
「そういえばお母さんは?」
紫が私を起こしにくるのは珍しいことではない。
9歳にもなって、一人で起きれないというのはやっぱり問題だろうか。
そろそろ一人で起きれるようになりたいのだけど……睡魔には勝てないわ。
「あの子ならお仕事よ。運動不足で腰周りが危険だから、ありがたいとか言ってたわ」
「お母さんらしい」
「私としては、無理をしてほしくはないのだけれど」
「じゃぁ紫が代わってあげればいいじゃない」
「めんどくさいわ」
だったら言うなと、思うのだけど。
無理をさせているのは、私だろうから何もいえない。
あの日、私に命の半分を分けた、らしい。
らしいというのも、私はよく覚えていないのだ。
フランボワーズが死んだ日の事。
妖怪に襲われた私を庇って、あの子は死んだ。
そして、真っ赤に濡れた妖怪の手が、私を掴もうとして……
そこから先は覚えていない。
起きたら自分の部屋にいて、紫から色々説明は受けたけれど。
「霊夢! 焦げてる焦げてる!」
「え? わわわわわ」
……チーン
「えっと、霊夢……これはさすがの私でも無理よ?」
「むぅ。炭の味しかしないわ」
「私が作り直してあげるから、そう落ち込まないで、ね?」
「私は朝ごはんもまともに作れない、だめな子なのよ……紫、今なんて言った?」
「落ち込まないで?」
「その前」
私の記憶が確かなら、落ち込んでいる場合じゃない。
落ち込んでる振りをして、紫に膝枕を要求しようとか考えている場合じゃない。
「私が朝ごはんを作り直してあげ「いいよ私がつくるから! 今度は失敗しないから紫は座ってて!」……そう?」
危ない、危ない。
もうちょっとで永眠するところだったわ。
紫の料理はもはや錬金術だもの。
どうして秋刀魚が、直径1Mの真っ黒な球体になるのかしら。
なにが真球にもっとも近い形よ。
理解に苦しむ。というか理解したくない。忘れたい。
……忘れよう。
と・に・か・く
朝ごはんの準備開始!
~少女料理中~
「完成!」
「おー美味しそうね」
「ふふん。私の手に掛かればこんなものよ」
「では頂きます~って、さっきの炭に絵の具で色つけただけじゃない!」
「ッチ。ばれたか」
「無駄に良く出来ているから、危く騙されるところだったわ」
やっぱり匂いがネックだったか。
炭の匂いと絵の具の匂いがマッチして、作っている最中に軽く意識飛びそうになったものね。
「冗談はさておき。はい、こっちはちゃんとした目玉焼きよ」
「なんだ、ちゃんとあるんじゃないの。では改めていただきますー」
がんばって作った料理を、美味しそうに食べてもらうのって気持ちいいわね。
まだお母さんみたいに、上手にはできないけれど、紫はそれでも美味しいって食べてくれる。
実は、絵の具目玉焼きは私の照れ隠しだったりする。
紫みたいなのが、旦那さんだったら……幸せな家族を築けるのかな……
「? 霊夢どうしたの? 食べないの?」
「!! い、いっただきますー!」
目が合っただけで、どきっとしちゃった。
紫って、大人になったり子供になったりするけど、目だけはかわらないのよね。
綺麗な瞳。全てを受け入れてくれるような瞳。
私も、受け入れてくれるかな。
心が脈打つ事をぼんやりと考えていると、玄関の方で音がした。
お母さんが帰ってきたみたいだ。
「ただいまー」
「おかえりお母さ……」
「お帰り。あら今回は随分と」
「おなかへったー。お、この目玉焼きいただき、ガリッうわ硬! まっず! なによこの匂い!」
「それは霊夢が作った、灰と絵の具を合わせたまったくあたらしいうおおおおって奴ね」
「うぅ~霊夢~。せめて食べれるものを作りなさいよね」
……どうしてこの人たちは普通に話しているのデスカ。
私はもう気が飛びそうなのに。
だって……
「お母さん腕! 腕が無いわよ!?」
「うん、ちょっとドジっちゃって。腕食われちゃった。てへ♪」
「てへ♪ じゃないわよ! 人間はナメクジ星人みたいに緑の血と一緒に生えてこないんだからね!」
「「え?」」
どうしてそこで二人して不思議そうな顔をするのかな。
紫はともかく(なんか普通に生えてきそうだし)、お母さんは普通の人間なんだよ?
空を飛んだり、半分もげた腕も、符を張って直したりするけど、普通の人間なんだよ?
完全に取れちゃったら……直らないんだよ?
「ごめんね霊夢。泣かないで」
「だって、腕が……お母さんの、腕が……」
「……里の子供たちがね。その妖怪に食べられてたの。ちょうど霊夢と同じくらいの歳の子供たち」
お母さんが、傷ついていないほうの手で、私の頭を撫でながら話している。
紫は肘から先がまったくないお母さんの腕を、治療している。
私はただ、泣いている。
「今にも食べられそうな子を突飛ばしたら、そのまま腕を噛み千切られちゃって。血がぶしゅーどばーって、失血死するかと思ったわ」
お母さんはいつもこうだ。
妖怪をどうやって倒しただの、ちょっと失敗しただの、いつも笑って話す。
紫の治療を受けながら、身振り手振りで話してくれる。
私は耳をふさぎたいけれど、それを黙って聞いている。
「でも私はすかさず符を張り巡らせて、止血と一緒に妖怪を封印したわ。1000年くらい閉じ込めたら反省するでしょう」
だめなら1000年後の博麗の巫女がなんとかしてくれるしね。
冗談めかしていつも言う。
私は大丈夫だと。
これくらいの傷で、人の命が助かるなら、安いものだと。
本気で言う。
だからお願いする。聞いてもらえないけれど、祈りながらお願いする。
「お母さん……お願いだから、無茶はしないで」
「霊夢、ごめんね。もう両手で抱きしめられなくて。ごめんね……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ごめんね、霊夢」
暗い洞窟の中
私の目の前で
お母さんが、タベラレタ。
お腹から下が、もうない。
紐のような何かが、妖怪の口から垂れ下がっている。
あはは、あれは。腸かな。長いんだ。腸って。
「霊夢、逃げて……」
誰かが、ナニカ、イッテル。
分からない。
わからない。
ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイワカラナイワカラナイ。
この目の前の肉は、何?
「ごめんね、霊夢。もう、抱きしめてあげられない……わ」
あ、あははは、こんな、ワカラナイセカイ、こんな
「うわあああああああぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
これは幻想。
戦いの思い出。
◇ My memories「さようなら」
それは一枚の写真。
何も映っていない写真。
・
・
・
――このまま死ぬか。娘に会えない苦しみをずっと背負って行くか。選びなさい
「めずらしく……妖怪っぽいじゃない。ごほっごほっ」
――……私なら、貴女が死なないように、結界に閉じ込めておく事が出来るわ
「そうね。お願いしようかしら。死ぬのは怖いもの」
――随分とあっさり決めるのね
「でも、人間らしい答えでしょ?」
――あの子の為かしら?
「さぁ?」
――今のあの子の力では、大きくなった博麗大結界を維持できない。
「私が結界の核になったら?」
――……"人柱"のつもり?
「穿つときは痛くないようにね」
――努力はするわ
「それと……」
「霊夢の……私との記憶を、封印して」
――そんなことしたら
「してくれないと絶好よ?」
――封印しても、いずれ思い出すわ
「それでいいの。でも今の霊夢じゃ、また心が壊れてしまうわ」
――貴女は酷い母親ね
「ふふ。まったく、私もそう思うわ」
――……始めるわよ
「待った」
――何? 今更怖くなったのかしら
「こわいよーゆかりん~たすけてー」
――はいはい……時々、霊夢の写真でも差し入れに持って行くから
「……ありがと」
――どういたしまして……では、さようなら
「またね、紫。そして、さようなら、私の愛する霊夢」
――――
これは一枚の写真。
何も映っていない写真。
◇ Only Your memories「(無題)」
それは
まだ創られていない思い出。
・
・
・
「あっつい」
「すっかり夏ですねー」
「あんたよく門の前になんか立ってられるわね」
「あははー。もう慣れました~」
紅魔館の前で、霊夢と美鈴が話している。
別に特別な用事は無い。
美鈴に会いに来ただけだから。
「暑くないの?」
「暑いですよ。髪の毛なんか燃えるように、ほらほら」
美鈴印の帽子から伸びた、紅い髪の毛を霊夢へと近づける。
太陽の熱気を十分に吸った髪は、いつもよりも紅く燃えているようだ。
「やめい、首に巻くなー! ……あれ、この香りは」
「気が付きました? この前霊夢さんと会った丘。そこに咲いていた花をシャンプーに入れてみました♪」
霊夢の思い出の場所。
そこに咲いていた花を、できるかぎり香りを消さないように練りこんだシャンプー。
最後まで教えてもらえなかった物。
それはまさに、母親の香り。
霊夢が一番安心できる香りだった。
「……今度そのシャンプーの作り方教えて」
「いいですよ~。材料に他の花も使うので……そうですね~、では今夜にでも」
「家に泊まる気まんまんね」
またか、と半分呆れ顔、半分嬉しさを隠しきれてない顔で、霊夢は答えた。
3日に一回は美鈴は霊夢の家で寝るか、霊夢が紅魔館で寝るかのどっちかになっている。
今のところ、霊夢の家にお泊りの率が高いらしい。
「いいじゃないですか。霊夢さんの香りが傍にあると、落ち着くんですよ」
それも、美鈴はさらっとこんな事を言うからだ。
天然か、狙っているのか。おそらく前者だろうが、いつも霊夢はこれにやられてしまう。
そしていつも、気付かされる。
今、自分の隣に居てほしいのは母親ではなく、この天然師匠なのだと。
「美鈴……さっきの話は無しで」
「えーどうしてですか!?」
「あんたのせいよ。でも折角だから家に泊まっていきなさい」
「なんか釈然としないなぁ」
「いいじゃない。ともかく、今日は一緒の布団で寝ましょ」
そして、少し積極的にさせるのだ。
何事にも適当だった霊夢を、素直で乙女な霊夢へと。
「まぁいっか。お泊りできるな・・・らどぇぇえ!? いいいいいい一緒の布団!? いいんですか!?」
「寝る前にちゃんとシャンプーで洗ってからね」
「ねねね寝るまえに体をあらうぇぇぇぇええ! おでこにキス!? いやいやあの時以上のうわぁぁ邪念退散! 邪念退さへぶっ!」
「……バーカ」
壁にガンガンと頭をぶつけたことによる衝撃で、美鈴は地面へと伏した。
頭をぶつけた壁が、血とかひび割れ等ですごいことになっているが、それはそれで置いておいて……
美鈴の突然の奇声に何事かと門番隊も集まってきたらしい。
そんな騒ぎを横目に、霊夢は空を仰ぐ。
雲ひとつ無い空を。
まぶしい太陽を掌で隠し。
まだ青く浮かぶ月に、手を振る。
「もう大丈夫。だから……じゃあね、お母さん」
霊夢の声に答えるかのように、優しい風が霊夢の脇をすり抜けていった。
そして後書き見てついつい探しに戻る罠…
悔しい…でも…
ではでは次回作でまたにてぃ~♪
とはいかずにいつかは明かされ、色褪せて行きますがその時々の面白さがありますよね。
こじろーの世界観はあたたかくて好きです。
誤字かわからないけど。
くらいいのに→くらいのに(暗い)
無双封印→夢想封印
数えくれない→数えきれない
けどわからなくてもいいのかもしれない。
しかしあの親にしてこの子ありとはよくいったもので。
うん、うだうだ考えるのはやめて素直に感じた気持ちのままでいよう。
確かに霊夢の母さんの像が自分の中にもできた気がします。
紫にも似てるし、霊夢にも似てる、でもどちらともどこか違う、そんな感じ。
探し出せたカナ? ヒントは自分の時間をまっすぐに見つめれば、そこに答えがあります。
>こじろーの世界観はあたたかくて好きです。
そういえっていただけると嬉しいです♪
ほのぼの作家目指してみようかなぁ。
そして誤字報告感謝!
>素直に感じた気持ちのままでいよう。
感じ方は人それぞれになるように工夫はしたつもりです。
是非そのままの気持ちでいてくださいです。
>でもどちらともどこか違う、そんな感じ。
母性てなかなかに難しくて、紫がかなり意識しました。
紫と母がいるときは霊夢っぽく、だけどどこか大人な感じに……という。
たぶん、母という形では最終回周辺で出す以外は出てこないかな?どうかな?
最後の方で鳥肌が立った…(もちろん良い意味で
とっても良かったです