レミリアは首を傾げた。
無理もない。レミリアと同じ状況に立たされたのなら、誰だって似たような反応をする。
紅魔館の廊下。特に何があるわけでもない、ごく普通の場所にそれはあった。
絨毯や館にも負けない赤々した光沢を放ち、なで回したくなるような丸いフォルムで壁に張り付いている。表面にはただ一言、押すなの三文字。これを一般的な常識と照らし合わせるのなら、きっとスイッチと言うのだろう。
それぐらいの知識、いくら幼いとはいえ知らないわけがない。問題は、これが廊下にあるということだ。
扉の前にスイッチがあるのなら、ああこれは開けるための装置なのだと分かる。
だが、何の変哲もない廊下にあっては何の為のスイッチだかわからない。ひょっとしたら隠し通路を開く為のものかもしれないが、そんなものは紅魔館に有りはしないのだ。いや、それを言うならスイッチ自体があるわけない。
レミリアの記憶が正しいのならば、こんなスイッチは昨日なかった。
一体誰が、何の目的で。
レミリアは再び首を傾げ、腕を組んだ。
「考えられるとすれば、パチェあたりが何かしたか……」
咲夜や美鈴がこんなことをするとは考えられないし、フランにしては手が込みすぎている。こういう事が可能なのはパチュリーしかいないが、だからといって何の目的も無しにこういうことをする親友ではない。
話を聞いてみるか。レミリアは組んでいた腕をほどく。そして右腕はふらふらと、スイッチに向かって進んでいた。
「っ!」
慌てて腕をひく。
何を、しようとしていたのだ。
無意識の行動に、己を疑う。ただのスイッチだと思って侮ったのが間違いだった。いま、レミリアは確実にスイッチを押そうとしていた。
何が起こるのかもわからないというのに、無意識のうちに。
丸いフォルムがそうさせたのか、それとも押すなという文字が背徳感をそそったのか。いずれにせよ、これが危険なものであることに変わりはない。
右腕を押さえながら、レミリアはスイッチから距離をおいた。
「ふふふ、たかが無機物と思って侮っていたわね。だけど、こうして距離をおいてしまえば意味はない。残念だけど、私の勝ちよ!」
勝ち誇ったかのように笑みを浮かべ、効果音が聞こえそうなほど勢いよく指を突きつけるレミリア。
慣性の法則が関係しているのか、そのままの勢いで指先がスイッチに伸びる。
「危ない!」
バッタじみた背面飛びで、あわやの危険を回避した。
勝利の余韻に浸っていたところを狙ってくるとは、なかなかどうして策士なスイッチである。何故か口元から垂れた血を拭い、レミリアは立ち上がった。
「なかなかやるじゃない。こんなにも苦戦したのは、霊夢の時以来よ」
褒められて気を良くしたのか、スイッチの光沢が増したような気がする。
しかしこうなると、迂闊にパチュリーの所へ行くわけにもいかない。なにせ、レミリアですら苦戦するほどのスイッチだ。うっかり咲夜や妖精メイドが見つけようものなら、確実に誘惑に負けて押してしまうだろう。
レミリアだからこそ、こうして辛勝を重ねているのだ。
「これは長期戦になりそうね……」
拭った血を舐める。汗のようにしょっぱかった。
「何してるんですか、お嬢様?」
スイッチとのにらみ合いが始まって一時間半。レミリアの精神力にも僅かな陰りが見え始めていた頃、やってきた小悪魔が不思議そうな声で尋ねてきた。
「見てわかるでしょ、こうしてスイッチを見張っているのよ」
思わず指で指し示したくなるが、ここは我慢のしどきである。迂闊に指そうものなら、そのまま押してしまう可能性も否定できない。
小悪魔は首を傾げ、視線をレミリアからスイッチに移した。
「この自爆スイッチを見張ってるんですか?」
「そうよ、その自爆スイッチを……なんですって?」
きょとんとした顔で、小悪魔は答える。
「いやですから、自爆スイッチを」
「自爆スイッチ!?」
見ただけで効果が分かる類の装置が、スイッチの正体だったらしい。レミリアの頬に、新たな緊張の汗が流れる。
「ど、どうしてそんなものが紅魔館に付けられているよ!」
「ああ、パチュリー様が魔理沙対策として何か良い案は無いかと言われたので、私が提案してみました」
魔理沙対策なのに、どうして自爆スイッチを付ける必要があるのか。理解不能だ。
そういえば、最近のパチュリーの疲れ具合は酷いものだった。人間も魔女も、疲れは脳にくるらしい。マトモな精神状態だったら、小悪魔の提案もはね除けただろうに。
「それで、どうしてあなたは自爆スイッチを付けようと思ったのよ。魔理沙対策にしては、随分と意味不明じゃない」
「いえいえ、昔からよく言うじゃないですか。それならいっそ、自爆しようって」
どこの偉人だ、そんな過激派みたいなことを言ったのは。
「まぁ、私もさすがに自爆スイッチを付けるのはどうかと思ったんですが、何だかパチュリー様が了承しちゃったんで、冗談ですと言うに言われずそのまま河童にお願いを」
「河童もおかしいと思いなさいよ……」
技術者に倫理を求めても無駄だと、レミリアはこの時初めて知った。
「とりあえず、これはすぐさま撤去するよう河童に言っておきなさい。自爆スイッチが館内にあったら、おちおち夜も眠ってられないわ」
「そりゃあ吸血鬼ですからね」
「たまには夜に寝ることだってあるのよ!」
怒鳴りながら、肩を怒らせレミリアは小悪魔と別れる。レミリアはどうにも、あの小悪魔というのが苦手だった。まだフランの方が、何とかできる気がする。
「まったく……」
自室の扉に手をかけて、ふと動きを止めた。
待て、と。
撤去を命じたからといって、何も今すぐあのスイッチが消えるわけではない。そして、レミリアという見張りもいなくなった。
だとしたら。
踵を返す。もてる力の限りを尽くし、レミリアはスイッチのある場所へと戻った。
「何かしら、これ?」
恐れは現実となっていた。不思議そうにスイッチを見つめる咲夜の人差し指が、いままさに誘惑の調べに負けそうになっているところだ。
「咲夜!」
「はい……ぐうっ!」
ブレーキのことなど考えていない突進が、咲夜めがけて突っ込んでいく。可愛らしいフリル付きの帽子に包まれた頭が、咲夜の左脇腹に命中し、身体ごと吹き飛ばした。絨毯に叩きつけられた従者は、出してはいけない色の液体を耳やら鼻から滲ませている。
「咲夜の馬鹿! 危ないじゃないのよ!」
どっちがです、と咲夜が健康ならツッコミを入れたことだろう。だが、生憎と出てくるのは鉄臭い水分。それに紛れて、透明な咲夜も口から漏れだそうとしていた。ひょっとするとあれを、霊魂と呼ぶのかもしれない。
「さ、咲夜?」
返事はない。
慌てて抱き起こすも、息すらしていなかった。
「咲夜! 嘘でしょ、嘘なんでしょ! 目を覚まして!」
必至の訴えも空しく、透明な咲夜は閻魔上等と口ずさみながら、どこぞへ消えようとしている。
レミリアは目尻に浮かんだ涙を拭い、殺気の籠もった視線をスイッチに向けた。
「あなたさえ、あなたさえいなければ!」
いなくても、多分いつかやった。
「咲夜の仇!」
恨みと憎しみで振るわれた拳。
それはそのまま、吸い込まれるようにスイッチに向かう。
そして、ポチッという軽い音が紅魔館の廊下に響いた。
小悪魔の言葉に、にとりは渋々といった感じで頷く。
「やってくれと言われたら断らないけど、でもあれは割と最高傑作だったんだよねえ。出来れば、残しておきたいなあ」
自爆スイッチを外してくれとの頼みだったが、にとりはあまり気乗りしないらしい。言い出した小悪魔が言うのもなんだが、その辺りの気持ちは全く理解できなかった。
「それで、いつ頃?」
「ん、じゃあ今日からでも取りかかるよ。でもさあ、一度くらいは押しておきたいと思わない?」
そりゃあ、小悪魔だって自爆スイッチを押したいという欲求がないわけじゃない。
だが、それが自らの住居となれば話は別だ。
苦笑しながら、手を振る。
「さすがに紅魔館を吹き飛ばすのは抵抗ありますから」
にとりは動きを止め、眉をひそめた。
「えっと、何で紅魔館が吹き飛ぶの?」
「は? だってあれ、自爆スイッチなんでしょ」
にとりは頷く。頷いて言った。
「自爆スイッチだよ。魔理沙の家の」
その瞬間、魔法の森あたりから耳をつんざくような爆音が聞こえてきた。
おまけに、森から煙がのぼっている。
小悪魔はしばし考え込み、尋ねた。
「どうして魔理沙の家に自爆スイッチを?」
にとりは答えた。
「だって、魔理沙対策なんでしょ?」
鳥たちが逃げるように飛び立ち、更に煙を濃くする魔法の森。
それを見ながら小悪魔は、ああだったら自分が押せば良かった、と後悔するのであった。
どっちがです、の誤字ですか? 違ったらすみません。
来週からホームレス魔法使いが始まるよ
つうか咲夜さん完全に死に損じゃないかwww
えーき様逃げてーーー
それ自爆じゃないから!単なる破壊工作だから!
>~精神状態だった、~
精神状態だった「ら」、という脱字ですかね?
全力で予想の斜め上に投げ飛ばされました。お見事!!
後書きの切れがまた良いですね!
期待していいスか?
よく魔理沙にばれずに仕掛けられたなw
爆発物を本に紛れて置いておけば、そのうち勝手に持って行ってしまう魔理沙が目に浮かんだ。
にとり流石w
咲夜無駄死に乙www
二度見返してきちんと季語が入ってる事に気づいて更に笑ったwwww
はぁ~お腹痛いwww
爆発は芸術だ!!
気持ちはわかるお嬢様、私もたぶんきっと押したくなるwwww
脱帽です。吹っ飛びました。
新しい……。