※ この作品は、春のマリアリ連作の五作目に当たり、今ある「日常」と過ぎゆく「日常」と愛のゴリアテ人形の続きのお話になります。魔理沙の過去に対する独自の解釈が含まれる点に注意して下さい。
―新緑萌える頃の幻想郷。
詳細続々! 霧雨魔理沙・アリス=マーガトロイド両氏の結婚式・結婚披露宴!
先日の突撃取材により、霧雨魔理沙・アリス=マーガトロイド両氏の結婚披露宴の内容が少し明らかとなった。まず明らかになった場所であるが、結婚式が博麗神社、披露宴が守矢神社との事、また、両神社の参加者の移動は聖輦船が行う手順となっている。
また、参加できなかった人妖の為に、全幻想郷中に八雲紫氏の協力によって隙間による実況中継も行われる模様。
仲人は、かつては人間、今は高名な魔法使いでもある、人間と妖怪の共存を説く命蓮寺の住職、聖白蓮氏と何でも白黒付ける四季映姫氏が務める。
また、紅魔館のレミリア=スカーレット氏、白玉楼の西行寺幽々子氏、永遠亭の蓬莱山輝夜氏、地霊殿の古明寺さとり氏も、全面的に今挙式の開催に協力する事を明らかにしており、幻想郷史上稀に見る、大々的な結婚式になる事は予想に難くない。
もちろん、この挙式の様子は射命丸文記者と姫海堂はたて記者が総力を上げて取材する予定である・・・
―文々。新聞・花菓子念報、合同号外一面記事より抜粋
「魂の抜ける時間が、規則的になってきていますわね・・・」
「前みたいに不規則なのよりはマシなのだが。夜の晩酌の際ににあの症状に苛まれるのはかなわん。」
「最近、夜から朝になると沢山の神霊が出ます。それに引っ張られているかと。」
「ふむ、天狗の新聞によれば欲望の塊がこの神霊で、何かに吸い寄せられているのではないかと言う報告も上がっているではないか。私の魂も欲の塊・・・・と言う事なのかな。」
「欲望は、生きとし生ける物・・・いや、この幻想郷に存在する万物が持っている物ですわ・・・。その強弱は異なりますが。」
「それは違いない。」
「・・・八意先生、娘は、本当に結婚するのか?」
「ええ。宴会の時、本人がそう言ってました。」
「そうか・・・相手は?」
「同じ魔法の森の人形遣いですわ。」
「ああ・・・あの子か。妻も言ってたな、魔法使いみたいに長命だと、同性婚もアリよって・・・それにしても、めでたい事だな。式は何時かね?」
「来月の予定ですが・・・参加されるおつもりですか?」
「いや、参加してやりたいのは山々だが、娘とは魔法の事で色々揉めてな・・・聞けば相手も種族魔法使い・・・・そう、私の妻と同じでね・・・」
「・・・それで、魔理沙を?」
「ああ・・・既に娘の事だから分かっているとは思うが、私が万が一くたばってしまった時、この経緯だけは・・・先生から娘に伝えて欲しい。」
「それは不可能ですわ。私の患者である以上は、そう簡単に死なせはしませんので。」
「私から伝えても、娘は嘘だと言って余計に反発してしまう。しかも、私と同じで意見を曲げない・・・・・まったく、私に似て頑固な娘だよ。」
「・・・素敵な娘ですよ。魔理沙の結婚式を見るためにも、早く治しませんとね。」
「・・・そうだな。隙間の実況中継でもいい・・・娘の幸せな姿を見てあげなくては、な。」
ミ☆
「ぶぇっくし!」
「やだ、魔理沙。大丈夫。」
「誰かが噂したな・・・全く、やんなっちゃうぜ・・・」
アリスの家の私の研究室で、私達は一つの大きなアイスティーに二つのストローを刺して飲んでいた。この前喫茶店でやったアレだな、上海の視線がすこーし気にはなったが、相手は人形、別に恥じる内容では無いし、隠す必要も無いしな。
「最近遅くまで一緒に研究してるけど、ホントに大丈夫?」
「・・・まぁ、魂が定期的にどうこうしてる親父よりは、この位は何ともないぜ。」
手紙に書いてあった親父の病気。この病気を魔法によって治してあげる事によって、魔法を否定した親父に魔法の素晴らしさを教えて、関係を修復出来るのではないか、と?普段は絶対意見を曲げない親父でも、命を救われたとなれば、流石に感謝するだろう。
短絡的かもしれないが、普通に行くよりは恩を売った方が話はしやすいという発想は確かにあった。でも、な、そんな事を考えていると、ココロの中の私の本心がそっと私にこう囁きかけて来た。
親父は・・・いや【お父様】は私にとって生きている唯一の肉親だから・・・
最悪、嫌われたままでもいいから、死んでほしくない・・・・・長生きして欲しい。
それに、アリスの事だって紹介したいし、やがて生まれるであろう私の子供も見て欲しいし、幸せに生きる私達の姿を見届けて欲しいんだ。
だから私は身体の無理を推して、魂に関する魔法をアリスから学んでいるのである。
「魔理沙は魔力のアシストだけしてくれたら大丈夫よ。私が術者になれば、より高精度な呪文を使えるわ。」
「いや、それじゃ意味がないし、私が治してあげるって決めたんだ。アリスの気持ちは嬉しいけど、それだけは譲る事ができないんだぜ・・・」
アリスが私の事を気遣ってくれているのはよく分かる。甘えてしまえばそれでいいのかも知れない。でも、自分の事だから、いくら嫁さんでも手伝って貰うのは忍びないと思うんだ。自分が始めた事だから、自分で何とかしたい。ただその一心で、私は、アリスの説明を聞き、呪文の詠唱方法等をその身に叩きこんでいった。
「うん、良い感じよ。魔理沙、流石に早いわね。」
「いつも以上に気合いが入ってるからな。」
ありがたい事に、魔法の方の習熟はアリスが驚くようなスピードで進んでいる。でも、まだ足りない、時間的な余裕はないのだ。もし、親父が死んだが最後、私の願いは・・・・・全て無に還ってしまって、そこに残るのは悲しみだけになる。
年齢を考慮すると死別は避けられないと思う。でも、その時には、ちゃんとおじいちゃんと呼ばれるようにしてあげたい。幸せで、未練のないようにして、お母様の元へ旅立って行って欲しい。今みたいに喧嘩してて、勘当したまま死別したらお母様もきっと悲しむだろう。
―悲しみに包まれた死なんて、許されてなる物か!
「・・・オッケーよ。基本的な事はこれで問題無いわ、後は、練習をしておく事ね。」
「サンキューなアリス。私のワガママ、聞いてくれて。」
「ううん。普通の人間ならまぁ、間違いなく2カ月はかかっていた所よ。それを三日で済ませちゃうなんて。」
「先生が最高だからな。アリスの教え方、すっごく分かりやすかった。」
「ありがとう、魔理沙。」
ソファーに飛び込んで背中を預ける私。アリスにも来て貰って、身を寄せ合う。伝わる体温は生きている事の証、触れ合う肌の感触はここに存在する事の証明。
「さぁ、おやつにしましょうか。今日は良い物を用意したのよー」
「おっ、何だ何だ?」
「柏餅よ、魔理沙も好きでしょ?」
「甘い物は、アリスの次に好きなんだぜー。ありがとう!」
人形が柏餅を持って私達の前に置いた。私は近くにあった急須を取って沸かしてあったお湯を注ぎお茶を立てる。そうだ、里の方でも鯉のぼりが立っていたな。もうそんな時期なんだな・・・こうした季節を象徴する物を見ると、時間の経過を強く感じる。付き合い始めてもう3カ月。既に、事実婚の関係になって、来月下旬には挙式も控えている。霧雨魔理沙で居られる時間も、あと僅か。
代わりに愛するアリスの姓を名乗る事ができるようになるその日が待ち遠しいのはあるが、その日を笑って迎えられるようにしないとな。
「お茶が出来たんだぜ。」
「うん。じゃあ、頂きましょうか。」
「「いただきまーす」」
挨拶一つももどかしく、私は柏餅にかぶりついた。甘い餡子の味が口の中に広がって舌の上で溶ける、美味しい。自然と表情が柔らかくなって、にまぁとなる私。
「ホント、幸せそうな顔ね。」
「大好きな人の傍で食べる甘い物は最高なんだぜ。」
「それは結構だけど・・・餡子、口の周りについてるわよ?」
「おっと、いけねぇ。餡子たっぷりだったんだぜ、コレ。」
「んもぅ、仕方無いわねぇ。」
アリスの指が私の口元に伸び、すっと滑る。綺麗な長い指が滑るその光景に息を呑む私であったが、何度もこうした事を経験しているので何を今更と思う自分もいるが、やっぱりドキドキするもんはドキドキするんだよ。
そして、何度か私の口元を滑った指が、アリスの口に伸びた。食べさしてくれるんじゃないのか。
「甘いわね。」
「そりゃ、餡子だもんな。」
「ううん、魔理沙も、ね。」
「私は、アリスにならいつでも甘いんだぜ。」
事実そうだ。ここ3カ月の私は、アリスに対して物凄く優しくなった。それでも、議論をしてヒートアップして、言い合いになる事はあるけど、それは真剣に議論をしているだけであり、いがみ合っている訳ではない。全幅の信頼があるからこそ、真剣にぶつかっていけるのも事実だしな。
そんな甘くて、素敵な時間の異変を感じた時はちょうどそんな時。もぐもぐと柏餅を頬張っているときに、ぐらりと視界が揺れた。
「あれ・・・?」
「ど、どうしたの魔理沙?」
「立ち眩み・・・か、頭がボーっとするんだぜ。」
「ちょっとおでこ貸しなさい!」
アリスがおでこをくっつけて来た。顔が火照っているが、顔を近寄せられて、照れただけじゃないよ うだ。顔を近付けられるのには、慣れた筈なのにな。
「熱があるわね・・・過労がたたったのかしら?」
「大丈夫だ・・・アリスと一緒に居たら愛の力ですぐ直る。」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。すぐに氷嚢とお薬用意するから、部屋でゆっくりしてなさい。」
「分かった・・・大丈夫だ自分で行けるんだぜって、あらっ?」
立ちあがろうとしたが、カラダが付いてこない。フラフラっと視界が数度揺れ、カクンと宙を仰ぎそうになったが、途中でそれが止まった。
「んもう。無理しちゃだめよ。」
「悪いな、アリス。」
アリスにお姫様抱っこされちゃった。腰を怪我した時以来・・・では無いんだけど。アリスがリードしてくれる日は、だいたいこうしてくれるんだけど・・・って、何を言わせるつもりなんだ?
兎に角、思考力の低下が著しい。手で眩暈を起こした顔を覆って、その隙間からアリスを眺める。心配そうな眼差し、優しさと慈愛に満ち溢れた目の輝き。自分の窮地にこんな瞳で見つめてくれる人のありがたさがココロに染みていく。
「この前のお姫様抱っことは趣が違うな。」
「今度は患者と医者って所かしらね。」
「そうだな、頼んだぜ・・・アリス。」
「ええ、すぐに良くなるように手を尽くすわ。」
キスをしようかとも思ったが、もしこれが風邪だったら移すのも忍びない。私は、体力を温存してカラダを早く治そうと思い、目を閉じて、意識が落ちるのを待った。目を閉じてもくるくる眼球が動くような錯覚がしたが、ふかふかの寝床の感触と繋いだアリスの手の優しさがすぐにそれを忘れさせてくれた。
もう片方の手で、顔を撫でてくれるのがとっても気持良くって、その方に意識を集中していると、睡魔に意識が包まれて私は、眠りに落ちた。
ミ☆
「・・・ただの風邪ね。まったく、若いのにお盛んなんだから、もう。裸で寝てたんじゃないの?」
「そんな事させないわ。私の前で、裸で寝させるもんですか・・・寒い時は人形でちゃんと服、着させるし。」
人形を使って往診に来て貰った永琳に少しだけジト目を向ける。全く、病気を見て貰う度にこれでは、ねぇ。ただし、医者としての腕は幻想郷最高なので、文句は絶対に言えない。様子を窺っていると、バックから注射を取り出して、薬品をいくつか混ぜ始めた。寝ている魔理沙の右手の袖を捲くり上げて、血管を浮き出させるその一連の動作に迷いなど微塵も見られない。
「特製の薬を注射しておくわ。早く良くなって、元気なお世継ぎを作って貰わないとね。」
「それは・・・まぁ、その。」
「魔理沙、チクッとするわよ・・・っても、寝てるから分かんないか。」
そう言って、素早く魔理沙に注射を済ませると部屋を後にする永琳。そんな彼女を見送りながら、そりゃアンタの基準で行けば、誰だって若いわよ。と、しごくもっともなツッコミを入れつつもそれを口に出さないようにする私。出して、何かあってからでは遅いものね。
・・・鈴仙なんかは、実験体にされる事がたまにあるそうだが、ここでは全く関係ない話になるので割愛させてもらおう。
「あ、そうだ・・・これを魔理沙に。」
「何、コレ?」
「口に出して言えない物では無い事は確かよ、それじゃあ。」
手紙を受け取った私は永琳の後ろ姿が消えるのを見届ける。しかるのち、大慌てで、かつ静かに魔理沙の眠る寝室へと戻った。すぅすぅ、と静かな寝息を立てて眠る愛しの魔理沙の寝顔。首元にかかっていた、片方だけお下げの魔理沙独自のお洒落の象徴を梳いて、耳の横に落としてあげた。
数えきれない程見つめあって、幾度となく口づけをして、過ぎた日の数だけ愛を語り合った、その均整な顔立ちが歪まぬように。私は、そっと横で見守り続けていた。
「・・・でも、あの魔理沙が魔法を教えてくれ、だなんて。」
魔理沙は、魔法を人のを参考にして独学で盗む事はするが、こうやって他人に直接教えを請うのは珍しい。付き合う前ではとても、考えられなかった事の一つだ。
―そのお願いをされた日は・・・ゴリアテ人形の起動実験の日の夜の事だった。
ミ★
「なぁ・・・アリス。」
「なぁに、魔理沙。」
「頼む、私に魂に関する魔法を教えてくれないか?」
「あら、珍しい。魔理沙が私に教えを乞うなんて・・・どうしたの」
「実は・・・親父が病床に伏せってて。永琳に往診に言って貰うように頼んだんだけど・・・中々良くならないの・・・どうも、魂に関係することらしくってー」
魔理沙らしからぬ震える声で、普段の男言葉もどこへやら。そこに居るのは、年相応・・・いやそれ以下の、人の身を真剣に案ずる女の子の魔理沙だ。どんな魔理沙も大好きなので、他人に迷惑をかけない用途であれば、どんな魔法でも教えてあげるつもりだったので、私はすぐに承諾の意を返す。
「分かった、喜んで。」
「ありがとう、アリス。」
表情に光が差す、いつもの魔理沙だ。その姿に少し安堵した私は、魔理沙の方を向いてゆっくりと顔を向かい合わせる。
「・・・これが、魔法による治療が上手く行けば、魔法が嫌いな親父を思い直させる事が出来るかもしれないって。」
「お父さん・・・魔法が嫌いって?」
「うん、いろいろあってね・・・」
愛しの人の過去に何があったのかは、私もあまり知らない。本人がこうやって話してくれるのを待つしかないのだ。でも、付き合い始めてから、命からがら明日を繋いでいた時期もある事を教えてくれたのを考えると、あまり思い出したくない内容なのだろう。傷をほじくり返すマネなど、私に出来る物か。魔理沙が話してくれたら、それを聞いて、考えて、その感情を共有する。そして、魔理沙の+になるようにアドバイスしたりするのが、嫁・・・一生のパートナーになろうとしている私の役目なのだと思う。
「・・・今日はここまでにしていいか?」
「ええ、ありがとう魔理沙。」
私に擦り寄って来た魔理沙を抱きしめる。触れる肌から伝わる熱と生命の鼓動が共鳴して、高まっていく。この目の前にいる魔理沙と一緒に居たい、傍に居てあげたい・・・傷を癒してあげたい。そんな感情が、次々に私のココロから溢れ出して、カラダを動かしているのだ。
穏やかな雰囲気に包まれている二人だけの世界で、色んな感情を共有する私達。付き合い始めて、こうなって、どんどんお互いを深く知って行く度に、私達の絆は強くなっていった。
そして、今日、魔理沙について一つ知る事が出来た、夫婦へ一歩前進である。
「さぁ・・・そろそろ寝ましょうか。」
「待って・・・アリス・・・・・お願い」
「・・・うん。」
触れ合う唇、触れあう肌、触れ合うココロ、愛する大好きな魔理沙を私はそっと優しく受け入れた。
―お互いにお互いを満たしあって、幸せな心地良さの中、私達は明日へと旅立ってゆく・・・
ミ☆
そんな昨日のやりとりを思い出しながら、人形に家事をさせつつ、魔理沙の様子を見ていた私は軽い睡魔を覚えていた。既に夜の帳が降りている外を眺めながら、人間だった時の記憶が呼び起こされたのかと自問する。
欠伸を一つして、大きく伸びをして、魔理沙の横に入ろうと思って、お気に入りのケープのリボンを解こうとした瞬間の事である。
・・・おかあさま。
突如、静かな部屋に響いた声に反応した私は、辺りを見回した。人形が喋ったわけではないし、私が独り言を言った訳でもない。となると考えられる事は一つで・・・
・・・おかあさま、どこ?
やっぱり魔理沙だ、魔理沙の声だ。慌てて顔を見ると、目の端に涙を溜めている。慌てて涙を梳くって、手を握ってあげる。跳ね返る魔理沙の握力が予想以上に強い、箒で懸垂したまま派手な急上昇をしてもその身体を支えるだけの力を魔理沙は持っている。流石に身体にダメージは無いけど、ぎゅうって握りしめた手の痛みが、魔理沙のココロの痛みを代弁しているかのようだ。
「いやぁああああああ!!」
「魔理沙っ!?」
跳ね起きた魔理沙を慌てて抱きとめた私、呼吸が荒い。そして、すすり泣く声が聞こえる。余程怖い夢を見たのだろう。いつもの威勢のいい元気な起床の挨拶の変わりに、ただ私の胸元に頭を埋めて、泣いている魔理沙。恐怖に震える彼女を、包み込むようにそっと・・・優しく、受け入れる。かつて、私がそうして貰った時、優しさと力強さが魔理沙から伝わってきて、凄く落ち着いた自分が居た事を思い出した。
悪夢に苛まれた私を救ってくれた、愛しの人のために・・・魔理沙に安らぎを与えてあげようと、私は魔理沙を抱きしめる。
そうするうちに荒い呼吸が少しずつ収まって行って、落ち着きを取り戻していく魔理沙。涙で真っ赤になった目を向けて、何回か目をパチパチっとしてから、か細い声を出して私に。
「アリス・・・ごめん。」
力なくそう告げる魔理沙。弱弱しい声、震えるカラダを押さえながら私は魔理沙に答える。
「うなされてたけど・・・どんな夢を見てたの?」
「・・・お母様の夢、見てた。」
お母様、その一言に私は反応した。魔理沙も人の子である以上は何処かに母親がいる必要がある。父親は・・・まぁ、今私達が目指してる例外もあるし、魔理沙自身がお父さんと喧嘩していると言っているため存在は知っている。この機会なので、私は、これまで魔理沙が話してこなかったお母さんの話題に付いて触れてみようと思った。
無論、拒絶される可能性はあったし、魔理沙が話したくないならそれはそれでいいのである。でも、これを知っておけば、魔理沙の家庭の問題の解決に寄与できる部分があるかも知れないと思った。
だから、私は勇気を振り絞って、魔理沙に語りかけた。
「魔理沙のお母さんってどんな人だったの?」
暫くの間が私達を満たす。でも、魔理沙はどこか寂しさを讃えた表情を少ししてから私の方を見て、いつもの口調でこう、話しかけてくれた。
「そうだなぁ・・・とっても綺麗で優しくって、お菓子作るのが上手で、凄い魔法使いだった。私はお母様に似てるって、良く言われてたなー」
そうか、それが魔理沙の芯の部分のルーツなんだ。
何となく私はそう感じた。今の魔理沙に当てはまる部分がとても多い。豪快だったり、男勝りだったりするのは、独りの恐怖を撥ね退けるための自衛手段だとは聞いている。それを必要としない時の魔理沙は、とても乙女。
きっと魔理沙のお母さんも、凄く良い人だったのだろう。そうした事が、読み取れる魔理沙の話し方。その話し方が、また少しダウナーになっていく・・・
「そんなお母様が・・・大好きだったんだぜ。」
「だった?」
だった・・・その一言に背筋に冷や汗が走った。もしかして、お父さんだけじゃなくて、お母さんとも喧嘩をしてしまったのか?その続きを聞くのは怖かったが、知っておきたい事であるのも事実。そんな魔理沙は、私に対して、静かにこう返してくれた。
「・・・私が幼い頃に病気でな。」
魔理沙の表情から察する事が出来る事実・・・初めて知った事実に私は言葉を失った。そう、魔理沙のお母さんは既にこの世には居ないのだ。私の母親は未だ健在だが、もし何かあった時は、身を引き裂かれるような思いと想像を絶する喪失感をきっと体験する事になるだろう。今の私では、そんな苦痛に耐える自信はない・・・それをこの魔理沙は子供の時に体験して、乗り越えて来たのか・・・
私はそんな魔理沙に擦り寄る事しか出来なかった。こうすることで、少しでも・・・楽になれたらって、そんな事を思いながら。魔理沙も擦り寄ってきて、言葉もなくただこうしてくっついているだけで、色んな気持ちが伝わってくる。
お互いに落ちついた所で、私は兼ねてから抱いていた疑問をぶつける事にした。正直、種族魔法使いの目から見ても、普通の人間では考えられない魔力を操る魔理沙。その魔理沙の資質について、今の話で少し、答えが見えて来たのもあったからだ。
「魔理沙が人間なのに魔法に強いのは、もしかして・・・」
「ああ、アリスの想像しているので間違ってない。種族魔法使いのお母様から、教えて貰ったのと・・・受け継いだのと。パチュリーから貰った例の本にも書いてあったろう?魔力は受け継がれる物だって。」
「・・・それなら、辻褄が合うわ。」
種族魔法使いと人間、いくら魔法使いの素養があっても捨食・捨虫の魔法を習得しない限りは、只の人間。人の身でありながら、強大な魔法が使えるルーツはここにあったのだ。
しかし符に落ちない点が一点。種族魔法使いは、怪我や病気を自前の魔力で治癒してしまう。パチュリーのような先天性のものであれば、どうにもならないケースはあるが、殆どの場合は治癒してしまう。私も例外ではなく、自分の病気やけがで永遠亭のお世話になった事は無い。
故に、病気で死亡したと言う点が符に落ちない、という訳である。その疑問を魔理沙に聞くのは彼女を傷つけてしまうと思った私は、押しとどめようとしたが、知的好奇心の塊である魔法使いの自分が・・・また、状況によっては捨食の魔法を解呪しようともしている自分の衝動を抑えきれずに、私は、魔理沙に質問をぶつけてしまった。
「ちょっと待って、種族魔法使いは病気になっても、自前の魔力で治癒出来るわよ。病気で死ぬなんてありえない・・・」
ハッとする私、傷口を掘り返してしまったかも知れない。謝罪の言葉を出そうとするも声が出ないもどかしさ。でも、魔理沙は穏やかな顔のまま、私の頭をぽむぽむと撫でてから答えてくれる。
「それな、亡くなった時に親父は教えてくれなかったが、今の私には分かる・・・お母様は多分、捨食の魔法を、解呪して人間に戻ったんだ。前から、それとなく寿命の事は気にしていたしな。親父と一緒の時間を歩みたいって。」
何と、今の私と一緒ではないか。魔理沙が望めば、魔理沙の時間に合わせるつもりだった私と、愛する人と共に天寿を全うしようと思っている私と何ら変わりはない。そうなの・・・と小さく返事をすると魔理沙がコクリと頷いて、口を開いた。
「アリスなら分かってくれると思うが、人間に戻った直後の、魔力に依存していた身体の抵抗力は人間のそれより弱い。その時に風邪を拗らせてしまったんだ、後は・・・もう言わなくても良いだろ?」
そう、これが私も危惧していた捨食の魔法の解呪に伴う最大のリスクである。それを魔理沙は身をもって知っているのだ。最愛の母親の死別という形で・・・その事を実感した私は、ただ頷く事しか出来なかった。そんな私の目を見ながら、魔理沙は話を続ける。
「お母様が死んで、私も親父も、凄く悲しんだ・・・いっぱい泣いた。それからだ・・・親父が、魔法に対して拒絶の意思を示し始めて・・・マジックアイテムを処分し始めたのはな。」
魔理沙の涙声が、静かに部屋に染み入った。魔理沙の震える身体を抱き締めて顔を密着させる。唇が震えているのが見えて、苦しそうな魔理沙の表情が見える。妻の魔理沙のこの苦しみを受け止められるのは、妻である私だけだ。だから、そっと、優しい声でこう言った。
「大丈夫よ・・・全部受け止めるから。全部・・・教えて。」
その一言から少しの間を置いて真一文字になった唇が、開いた。震える声で、最初はぽつぽつと、そして徐々にまくしたてるような口調で、私に教えてくれた。
「・・・私は、家族三人、仲良く暮らしてた時の思い出を棄てようとする親父が許せなかった。そして、愛していた筈のお母様を否定しようとした事が許せなかった、お母様に倣って魔法使いを志した私を否定しようとした!それで、喧嘩して、家を飛び出したんだっ!!」
魔理沙が大声を上げて泣きだした。自分に溜まっていた居た物を吐き出すかのように。
魔理沙が力いっぱい私を抱きしめる、私も魔理沙を思いっきり抱きしめる。私の頬を魔理沙の涙が濡らして、落ちてゆく・・・涙は止まらず、次々と私の頬に落ちて河を作っていく。
―ココロの中に溜まっていた物を、濁流のように押し出そうとする愛しの人を受け止めようと、私は、優しく、力強い抱擁で魔理沙を包みこんだ。
やがて、落ち着きを取り戻したのか、魔理沙が離れて私の方に向き直って目をこすった。私はハンカチを出して、魔理沙の目に当ててあげる。瞼が少し腫れていたけど、表情自体はとっても晴れ晴れしたものであった。
「・・・あぁ、話したら、スッキリしたんだぜ。話そうか話すまいかずっと悩んでたけど・・・アリスに聞いて貰えて、本当に良かったんだぜ。」
いつもの元気な笑みを浮かべる魔理沙。そのふっ切れた表情は、これまで見たどの魔理沙よりも、爽やかだった。目の端の涙をそっと拭ってあげると、いつも以上に凛とした眼差しが私を射抜いた。が、そんな魔理沙はすぐにフラフラっと私の方へ倒れかかって来た。
「大丈夫?」
「ちょっと、まだフラフラするかも・・・なぁ、アリス。」
「なぁに、魔理沙。」
「一緒に、寝ようぜ?」
「良いわよ。でも・・・その前に。」
人形にタオルとパジャマを持ってこさせた。魔理沙、汗だくだもの。そのまま寝て、体調崩したら元も子も無いわ。
「汗びっしょりのままじゃ、ぶり返すわよ。拭いてあげるわ。」
「ありがとなぁ、アリス。」
汗を拭いてあげて、お揃いのパジャマに袖を通す私達。寝支度が整ったら、そっと二人で寝床に潜り込む。
抱き合って、ゆっくり呼吸をシンクロさせていると不思議と心地良い安らぎが私達を包み、魔理沙も穏やかな寝息を立て始めた。私も、思いだした眠気に従って、眠りに落ちてゆく・・・
―その夜、魔理沙がうなされる事は無かった。一緒にすやすやと寝息を立てて、新しい朝を迎えた。
ミ☆
「・・・ん、朝か、良く寝れたんだぜー」
朝の眩しい太陽が寝室に差しこむ。光に照らされた私は身体を起こした、眩暈も無く身体が軽い。ボーっとしてふらつく昨日の状態から解放された私は、すぅっと息を吸って、声を上げた。
「よし、完璧だぜ!」
非常に体調がいい。アリスと一緒に爆睡出来たという精神的なファクターが凄く大きい。もぞもぞと横で動いて、頭を出したアリスが寝ぼけ眼をこすりながら、大きな欠伸をした。
「あら、魔理沙・・・早かったのね。」
「普通だぜ、おはよう。アリス。」
「おはよう、魔理沙。もう大丈夫なの?」
「ああ、快調そのものだ。やっぱり私達の愛の力は凄いんだぜ。」
そう言って、9色に輝く指輪をアリスに見せた。アリスが横に寝ているので、身体は嫌が応でも密着する。供給された魔力が、指輪にかけてあったヒーリングを常時発動させていたため、私の体力は常に回復し続け、結果として全快したようだ。
―やっぱり愛の力は偉大なんだぜ。私達の愛の力は・・・な!
「なるほど・・・自動ヒーリングか。」
「そうなんだぜ。ずっとヒーリングをかけてたら魔力が持たないが、アーティファクトがもたらす効果だもんな。アリスのお蔭なんだぜ。」
「魔力自体は、私達の共有だけどねー」
おはようのキス、今日は少し時間を長めに取る。きゅっと抱きしめて、看病のお礼だ。感謝の意を伝えるように、優しく、ゆっくりと。静かな時間が私達の間に流れていく・・・
十分スキンシップを重ねた所で離れて、ニコッと笑い合う。いつものように身支度を協力して行う。お揃いの金色の髪を綺麗に梳いて、整えて今日の支度も準備完了。そんな時、アリスがスカートのポケットに手を突っ込むのが見えた。
「あ、そうだ・・・魔理沙。これ・・・」
「む・・・永琳からだな。どらどらっと。」
アリスが取りだした永琳の手紙に目を通す私、文面を目で追うと親父の病状がよーく分かる。一日に数時間意識が無くなってしまうのだが、その時間帯に規則性が出て来たらしい。どうやら、夜から早朝にかけて意識を失うので、何らかの手段を講じるならその時間に。という結論を出してくれている。
流石は月の頭脳だ。私を見るなり、子作りは順調かとか聞いてくる只の助平では無いと言う事か。
「夜から早朝にかけて、親父の魂はどうこうしてしまうらしい。対策を講じるなら、この時間帯がいいって言ってる。」
「成程・・・分かりやすいわね。」
完治せずに悪化させるだとか、そもそも親父と喧嘩になる可能性があるリスク等々を考慮して、二の足を踏んでいたが、より確実な方法が提示されたとあっては、行かなきゃ霧雨魔理沙の名がすたる。私は僅かに残った不安を吹き飛ばすために、ココロを精一杯振るい立たせて、威勢のいい声を出した。
「昨日の夜はダウンしてたから無理だったが・・・今日の私なら大丈夫なんだぜ。」
「それに、魔理沙は独りじゃないわよ。私が、何時だってついてるもの!」
アリスの頼もしい笑顔が、私の残った不安を完全に払拭してくれた。もう、何も怖くない!二人で、乗り越えよう・・・決意を込めて、私はアリスに告げる。
「行こうぜ!!」
「行きましょう!!」
答えるアリスのタイミングもばっちりだ。その一言で勢いを付けた私とアリスは、手を繋いで、寝床を飛び出して食事の準備を始める。
―お母様・・・見てる?私の奥さんはこんなに素晴らしい、お母様のような魔法使いだよ。今日も、私達の行く先を見守っていてね・・・
空の青と雲の白、差しこむ太陽の光が映し出す私達の黒を私達の服の色になぞらえて、そっと、祈りを捧げる。
―さんさんと輝く晩春の太陽は、今日も私達を照らしていた。
To be continue…
後書き読んだ時、頭の中に流れてた某魔理沙合同誌に納得ですw
二人の絆は固いですね