「おまえ……本当にフラン……か?」
そう聞かずにはいられない。そこにいるのは確かにフランドール・スカーレットだ。けれど、私の頭の中ではそれを認められない。信じられない。
その問いかけを、目の前にいるフラン自身はどう感じたんだろう。まるで三半規管が狂ってるかのような千鳥足でふらりと揺れたかと思うと──。
「うわっ!」
その瞬間、咲夜に力一杯に突き飛ばされ、私は尻もちどころか文字通り転がる勢いで広間の柱に頭をぶつける羽目になった。
「なにす……る……」
んだ、と、言葉が続かない。そりゃあそうだ。顔を上げた目の前に、束ねればイカダができそうな太さのある、剣のようなものが突き刺さっている。
もし咲夜が突き飛ばしてくれなけりゃ、グロテスクなだけのB級ホラーでもかなわないような人体粉砕図が完成していただろう。もちろん、元は私だったこの体を使ってだ。
それをやったのが誰かなんて言うまでもない。こんな建築物破壊を平然とやってのける常識外のヤツなんて、この場ではフラン以外に誰がいるってんだ。
「フラン、おまぅわっ!?」
怒りにまかせてフランに顔を向ければ、そこにアイツの姿はない。わずかに視線を上げれば、それなりに距離が空いていたというのに、一足飛びで私の目前まで飛びかかってきていた。
片手が紅く光っている。
「ふっ」
と聞こえたのは、鋭く吐き出す呼気の音か、はたまた風斬り音がそう聞こえただけなのか、私にはよくわからないが、今まさに紅い手が私を突き刺す直前、自由落下するギロチンの刃のような咲夜の蹴り足がフランの背骨辺りを直撃する。
フランは人じゃないが、それでも人と同じ質量があるであろうその体が、ゴム鞠のように跳ねる。どれほどの勢いで咲夜の足が振り下ろされたのか想像もしたくない。ヒヤリとした汗が背中を流れるのがわかった。
「おい!やり過ぎだろう、いくらなんでも!」
「妹様を前に、手加減する理由が何もないわ」
その妹様に踵落としはいいのかよというつっこみは考えないことにしても、咲夜の判断は正しいと思われる。
私なら間違いなく背骨がポッキリ折れているだろうすさまじい蹴りを食らってなお、フランは何事もなかったかのような無表情でゆらりと起きあがっていた。
モロに受けたんじゃなかったのか?頑丈にも程がある。
「あいつ……いったい何考えてやがるんだ!?」
最初のことといい、その次といい、どっちも私に直撃していれば即死コースじゃないか。しかもあの勢い、途中で止めるつもりはまったくなかったに違いない。
これも何かしらの茶番なのか?それとも、本気で私を殺そうとしているのか?あいつの真意がまったく読めない。無表情だからなおのこと、何を考えているのかさっぱりだ。
「そもそも、あれは妹様なのかしら」
「フラン以外に誰がいるってんだ」
「八意永琳の言葉を思い出しなさい。あれが妹様なのか否か、それはわたしにも判断しかねるけど、少なくとも彼女が関与してるということ匂わせていた」
確かに永琳はそんなことを言っていたが……つまりあれはフランに見えるがフランじゃないのか?それともやっぱりフランだが、誰かしらに操られているとでも?
「どちらであれ、彼女に敵意があり、わたしたちに危害を加えようとしていることは間違いない」
「じゃあどうするんだ。なんとかなるのか、あれを相手に」
「かつて、お嬢様から吸血鬼と事を構えることになった際の秘策を聞いてるわ」
そうか、このメイドはそもそも吸血鬼と身近な存在だ。何かしら情報があってもおかしくはない。
「どうすりゃいいんだ」
「一人で相手にするときは諦めろ。複数で相手にするときは他を犠牲にして逃げ延びろ……と、申していたわ」
秘策になってないと思うのは私の気のせいか?
「いえ、とても理にかなったことだと思うわ。少なくとも、あらゆる事象を『目』として捉え、それを生かすも壊すも自由自在、そんな相手をどう相手にしろっていうの」
「だったら今は……?」
「もちろん、逃げましょう」
その考えに異論はない。どちらからともなく、少しでもフランから離れようと飛び上がる──しかしそのとき、激しい音が周りを包み、広間の扉が全て壊された。
くそ、逃げ場なしかよ。
「メイド、ここからどーするんだ!?」
「こうなったときの対処法も、お嬢様から聞き及んでるわよ」
さすがにピンチの経験がないわけではないから私もそこそこ落ち着いていられるが、咲夜はいつもと変わらぬ冷淡っぷりだ。しかもこういう状況での対処法も心得ているらしい……が、その情報源がレミリアっていうのが胡散臭い。特にさっきの秘策とやらを聞いた後ではなおさらだ。
「密室に閉じ込められたら諦めろ、と」
結局そういうことかよ。
「だけど、ただ座して最後を待つほど、わたしは達観してないわよ」
翻るメイド服のスカート。大腿に取り付けられたナイフを手にとると、手品のように増えていく。
「徹底的に抗わせていただくわ」
その宣言を実行するかのように投擲されたナイフは、飛びかかるるフランの肩に突き刺さる。見事なまでの精密性だ。
一歩後退し、肩に刺さったナイフを物憂げにチラ見したフランは、オーバースローでボールを投げるように腕を振る。再び手が紅く光り始める。
腕が伸びていくように、手先に剣が現れる。二の腕あたりから指先にかけて眩く光り、鞭のようにしなりながら向かってくる。先ほど、私を襲ったのと同じだ、嫌な記憶が蘇る。
「うおおおおっ!」
高く飛んで必死に逃げる私を、いったい誰が笑えようか。当たったら間違いなく命はない。そんなものに向かっていけるのなんてどこぞの頑丈な妖怪か、ここにいるメイドだけだ。
咲夜は前に出てナイフを投げている。どこを狙ったのかと思えば、再びフランの肩部分。光の剣の付け根になっている箇所をずらせば、その軌道も変わる。
空気を切り裂きながら暴れる光の剣をかいくぐり、咲夜はフランに接近。密着するまで距離を詰めて、ナイフを腹に突き刺せば、フランは大きく後ろへ飛び上がり、刺された箇所を押さえて倒れこむ。
「やっ……た……」
のか?しかし吸血鬼の再生能力はすさまじいと聞いたことがある。
早く外に出なければどうなるかわからない。私は咲夜に声をかけようとして──。
「咲夜!」
わざわざ叫ばずとも、このメイドならとっくに察しているはずだ。察していてもなお、対応しきれないこともある。
ぐにゃりと歪む空間は圧縮されているようにも見える、と思った瞬間には、咲夜目がけて頭上から無数の槍が降り注いだ。
樹氷のように数十本の槍が地面に突き刺さり、もうもうと煙を舞い上がらせた。肝心の咲夜はどうなった?フランは?とにかく、もしあの突き刺さってる槍の真下にあいつがいるのなら、無事で済むはずがない。
胸の内に絶望的な気分が広がる中、舞い上がる煙が晴れてゆく。その中で、私は見た。
何を?
無事だったメイドと、そしてもう一人。
「れ……レミリア!?」
何故、とか、どうして、など、そんな考えばかりが脳裏を過ぎる。けれどレミリアは私をちらりとも見ようとせず、かといって咲夜を見るでもなく、その冷ややかな眼差しはフランに向けられていた。
「あなたは、一体誰?」
それがレミリアの第一声だった。誰も何も、そこにいるのはフラン……じゃ、ないのか?やはり見た目は同じでも、そこにいるのはフランじゃないってことか?
「私の妹を真似る、あなたは誰?」
再度問いかけるその声は、いつになく平坦かつ無感情の声音だった。
ああ、これは怒ってるな──と、私は達観の境地で茫洋と判断した。
別に何かがいつもと違うわけではない。ただ声は平坦で、表情も無い。けれど、小柄な姿から放たれる気配、空気は限りなく重い。気配というものに重力があるのなら、ブラックホールのひとつやふたつ、早々に作り出せるような気さえする。
そんな風に感じるレミリアの気配を、ここにいる他の連中はどう察したのだろう。とりあえず咲夜はレミリアから離れている。賢明な判断だと思う。
そしてフランは……まるで空気が読めていなかった。
そのレミリアを前に、どうして手出ししようなどと考えるのかまるでわからない。獲物を狙う蛇のようなしなりを見せて、光る剣がレミリアを襲う。
ばちん、どころじゃない。猛スピードで飛ぶ天狗が壁に激突したような、腹に響く重低音が響き渡った。
モロにレミリアを直撃したフランの攻撃は……けれど何事もなかったかのように、微動だにせず片手で受け止められていた。
無印でもプチでも絶対読みますから
やはり上での指摘の通り
それを生かす物語を完成させることが第一に優先されるべきかなぁ