陽射しも幾分柔らかくなり、あちらこちらで昼餉が済んでからの甘味処が賑わう未一つ時。人里には、神社でお神楽の奉納を済ませ、特にあてもなくぶらぶらと歩きまわる奏こころの姿があった。
「はー……」
あの頃の喧騒ほどではないにせよ、穏やかな活気を漂わせながら日々の暮らしを送る人間たちの姿にふむふむと感心しながら、福神面を被りつつ里の通りを練り歩く。なんであれ、こうやって楽しそうにふるまう人間を見て回るのはやはり楽しい。
「おお、いつぞやの。相変わらず調子はどうかの?」
ふと聞き覚えのある声に首をかしげながら振り向くと、丸い眼鏡を目元に携えた、なんとも獣くさい匂いの妖怪が一人。
「……誰?」
「……いい加減失礼ではないかい? 多少世話を焼いてやったというのに」
「そう言われても……」
「……ああ! そうかそうか、なるほどなるほど」
呆れたように首を振るかと思えば得心がいったように頷く妖怪に、なんとも妙な奴と出会ったと姥面を被りながら少し後ずさりするこころ。
「まあまてまて。ちょっとこっちへ来てくれんか」
促されるまま軽く手をひかれ、古書店の裏の暗がりに連れ込まれてしまう。どうしよう、おまわりさんこいつです。
「ほれ、これでどうじゃ?」
「……おお! いつぞやの!」
小さな煙幕とともに、足元に見えた大きな尻尾。そのふさふさなさわり心地かつ見事な毛並みに、目の前の名無しの権兵衛が、あの時出会った狸妖怪と思い出す。
「その節は色々とお世話にー」
「ふむ、苦しゅうない。面を外すがよい」
「落ち着かないからやだ」
「……まぁ、それも個性じゃろう」
勝手に納得したかのように腕を組むと、また人間の姿に戻って煙管を咥える。
「ところで、今日はこれから用事でも?」
「ううん、もう予定は全部済んだから散歩中」
「なら話が速い。さっき昼餉を済ませてどうにも暇でな。ちょっと茶でもしばきに行こうじゃないか」
「へ?」
呆気にとられているうちに、さっと手を取られて軽く握られると、そのまま表通りへとずんずん連れて行かれるこころ。なるほど、これがナンパというものですか。姉さん事件です。姉さんって誰だ。
「ほれ、ここじゃここじゃ」
連れて行かれたのは、茶の一文字が描かれている萌葱色の渋い暖簾が目立つ、こじんまりとしながら趣のある茶屋。『陰間はやっとらんでな』とか言われた気がするが、こころちゃん純真だから何言ってるかわかりません。
「若旦那、夜船を二つな」
「夜船?」
「牡丹餅の別称さね。牡丹餅は普通の餅と違って、搗く必要がないから音を出さなくて済むじゃろう?」
「うん」
「だから『搗き知らず』。それが転じて『着き知らず』。いつ着いたか分からない夜の船ということじゃよ」
「なるほど」
ふんふんと頷きながら、時折香る甘い匂いについ鼻をひくひくと動かすこころ。
「なぁに、甘味は逃げんぞい。茶でも飲んで風情に浸ろうじゃないか」
「……熱い」
「だらしないのう……」
苦笑しながら湯呑を受け取り、軽く吹いて冷ましてやってからまた手渡す。
「どうじゃ?」
「……苦い」
「それが甘さを引き立てるのにいいんじゃろうに」
なんて話していると、店主がいそいそと二人の間に、牡丹餅の載った膳を静かに並べた。
「大きいねー」
「じゃろう? 儂贔屓の店だからと言って、馬糞など出んから安心せい」
膝を叩いてカカカと笑っていたが、きょとんとしたこころの顔を見て口を噤むマミゾウ。
「……古典が通じん新米はやりにくいのう」
「?」
「ああ、気にすることないぞい。ほれ、折角来たんだから味わうがよい」
黒文字を使って器用に一口大に切ると、さっさと口に放り込み顔をほころばせるマミゾウ。その一連の様子がまた手慣れたもので、こころも真似しようとせっせと小皿の上で牡丹餅を切り分けていく。……が、
「あー……」
「あー……」
見事に練られた餡は、時間をかけて切られていく内にどんどん剥がれていってしまい。このままでは折角の牡丹餅が台無しだと頭を抱え、ええいままよと軽く袖を捲って手で側面をつかみ、ひょいと口の中に含ませる。
「……あまーい」
「じゃろう? 餡と塩の加減が絶妙でな。儂のお気に入りの店よ」
マミゾウはにやりと口角を上げながら、手早くこころの分まで切り分けてやって自分も一口堪能する。涼しい風に身を委ねながら、甘味とお茶で過ごすほっこりとしたひと時。
「……私、こういう時間も好き」
「ほう。見どころがあるのう」
嬉しそうに笑うと、残りのお茶をくいっと飲み干しながら頷いて
「こういった日頃の余裕を十二分に楽しむことも、長生きする秘訣……って」
「?」
「口元を汚してしまうのは、余裕があるとは言えんのう」
「え? あ、わ、わ」
慌てて口元を手の甲で拭っていると、店主から手ぬぐいを差し出されて軽く会釈をした後しっかり拭き取る。
「……完璧だな」
「阿呆。唇の下を忘れとるぞ」
「ぐ」
「しょうがないのう」
軽く体を乗り出して、長椅子に左手をついて肘を伸ばし体を支えると、右手の親指で餡子を拭い、そのまま自分の口元に運ぶマミゾウ。
「あっ」
「ふむ。さすが最後の最後まで美味じゃな」
「……」
「……ん? どうした怖い面を被りおって」
「我は知らぬ」
狐の面を被ってそっぽを向き、僅かに赤く染まった色白の顔を隠すこころ。妖怪の総大将とはいえど、一妖怪の繊細な気持ちなど気づくまい。
「はー……」
あの頃の喧騒ほどではないにせよ、穏やかな活気を漂わせながら日々の暮らしを送る人間たちの姿にふむふむと感心しながら、福神面を被りつつ里の通りを練り歩く。なんであれ、こうやって楽しそうにふるまう人間を見て回るのはやはり楽しい。
「おお、いつぞやの。相変わらず調子はどうかの?」
ふと聞き覚えのある声に首をかしげながら振り向くと、丸い眼鏡を目元に携えた、なんとも獣くさい匂いの妖怪が一人。
「……誰?」
「……いい加減失礼ではないかい? 多少世話を焼いてやったというのに」
「そう言われても……」
「……ああ! そうかそうか、なるほどなるほど」
呆れたように首を振るかと思えば得心がいったように頷く妖怪に、なんとも妙な奴と出会ったと姥面を被りながら少し後ずさりするこころ。
「まあまてまて。ちょっとこっちへ来てくれんか」
促されるまま軽く手をひかれ、古書店の裏の暗がりに連れ込まれてしまう。どうしよう、おまわりさんこいつです。
「ほれ、これでどうじゃ?」
「……おお! いつぞやの!」
小さな煙幕とともに、足元に見えた大きな尻尾。そのふさふさなさわり心地かつ見事な毛並みに、目の前の名無しの権兵衛が、あの時出会った狸妖怪と思い出す。
「その節は色々とお世話にー」
「ふむ、苦しゅうない。面を外すがよい」
「落ち着かないからやだ」
「……まぁ、それも個性じゃろう」
勝手に納得したかのように腕を組むと、また人間の姿に戻って煙管を咥える。
「ところで、今日はこれから用事でも?」
「ううん、もう予定は全部済んだから散歩中」
「なら話が速い。さっき昼餉を済ませてどうにも暇でな。ちょっと茶でもしばきに行こうじゃないか」
「へ?」
呆気にとられているうちに、さっと手を取られて軽く握られると、そのまま表通りへとずんずん連れて行かれるこころ。なるほど、これがナンパというものですか。姉さん事件です。姉さんって誰だ。
「ほれ、ここじゃここじゃ」
連れて行かれたのは、茶の一文字が描かれている萌葱色の渋い暖簾が目立つ、こじんまりとしながら趣のある茶屋。『陰間はやっとらんでな』とか言われた気がするが、こころちゃん純真だから何言ってるかわかりません。
「若旦那、夜船を二つな」
「夜船?」
「牡丹餅の別称さね。牡丹餅は普通の餅と違って、搗く必要がないから音を出さなくて済むじゃろう?」
「うん」
「だから『搗き知らず』。それが転じて『着き知らず』。いつ着いたか分からない夜の船ということじゃよ」
「なるほど」
ふんふんと頷きながら、時折香る甘い匂いについ鼻をひくひくと動かすこころ。
「なぁに、甘味は逃げんぞい。茶でも飲んで風情に浸ろうじゃないか」
「……熱い」
「だらしないのう……」
苦笑しながら湯呑を受け取り、軽く吹いて冷ましてやってからまた手渡す。
「どうじゃ?」
「……苦い」
「それが甘さを引き立てるのにいいんじゃろうに」
なんて話していると、店主がいそいそと二人の間に、牡丹餅の載った膳を静かに並べた。
「大きいねー」
「じゃろう? 儂贔屓の店だからと言って、馬糞など出んから安心せい」
膝を叩いてカカカと笑っていたが、きょとんとしたこころの顔を見て口を噤むマミゾウ。
「……古典が通じん新米はやりにくいのう」
「?」
「ああ、気にすることないぞい。ほれ、折角来たんだから味わうがよい」
黒文字を使って器用に一口大に切ると、さっさと口に放り込み顔をほころばせるマミゾウ。その一連の様子がまた手慣れたもので、こころも真似しようとせっせと小皿の上で牡丹餅を切り分けていく。……が、
「あー……」
「あー……」
見事に練られた餡は、時間をかけて切られていく内にどんどん剥がれていってしまい。このままでは折角の牡丹餅が台無しだと頭を抱え、ええいままよと軽く袖を捲って手で側面をつかみ、ひょいと口の中に含ませる。
「……あまーい」
「じゃろう? 餡と塩の加減が絶妙でな。儂のお気に入りの店よ」
マミゾウはにやりと口角を上げながら、手早くこころの分まで切り分けてやって自分も一口堪能する。涼しい風に身を委ねながら、甘味とお茶で過ごすほっこりとしたひと時。
「……私、こういう時間も好き」
「ほう。見どころがあるのう」
嬉しそうに笑うと、残りのお茶をくいっと飲み干しながら頷いて
「こういった日頃の余裕を十二分に楽しむことも、長生きする秘訣……って」
「?」
「口元を汚してしまうのは、余裕があるとは言えんのう」
「え? あ、わ、わ」
慌てて口元を手の甲で拭っていると、店主から手ぬぐいを差し出されて軽く会釈をした後しっかり拭き取る。
「……完璧だな」
「阿呆。唇の下を忘れとるぞ」
「ぐ」
「しょうがないのう」
軽く体を乗り出して、長椅子に左手をついて肘を伸ばし体を支えると、右手の親指で餡子を拭い、そのまま自分の口元に運ぶマミゾウ。
「あっ」
「ふむ。さすが最後の最後まで美味じゃな」
「……」
「……ん? どうした怖い面を被りおって」
「我は知らぬ」
狐の面を被ってそっぽを向き、僅かに赤く染まった色白の顔を隠すこころ。妖怪の総大将とはいえど、一妖怪の繊細な気持ちなど気づくまい。
マミゾウさんは確かにかっこいいんだけど、にじみ出るおばあt・・・年上臭がw