罠、というものはうまくいかない。
捕まえてやろう、という気持ちが強ければ強いほど空回ってしまうことが多い。
午後一時
「……」
紅魔館。
ここでも同じような状況が起きていた。
「……なによ」
あろうことか、私が仕掛けた『ネズミ捕り』には七色が掛かっていた。
「ネズミは掛からず、七色の虹が架かったか……」
「うまいこと言ったみたいな顔するな」
さて、この金髪の魔法使いはどうしてくれようか。
「まず聞きたいのだけれど、あなたは何故そこにいるのかしら?」
「そりゃ、貴方が作った罠に引っ掛かったからでしょうね」
「そう。で、煮られるのと焼かれるの、どっちがいい?」
「いきなり話が飛躍したっ!?」
折角私と小悪魔が三日を費やして組み立てた術式であったのに、それを無にするような行為。それは万死に値するであろう。南無三。
「目が、目が怖いわパチュリー!」
「南無、三。南無三ダー。南無サンダー。雷もいいかもね」
「何を言っているの!?ていうか今日駄洒落多いわよ!?」
「全部か。全部がお望みか」
「とりあえず落ち着きなさい!そしてその構えた本を降ろしなさい!」
まさに絶体絶命のアリスに、一隻の助け舟が。
「……お茶が入りましたよパチュリー様」
「良いところにっ!咲夜、ヘルプ!」
「ティータイム前の適度な運動よ、邪魔しないで」
「二人とも客人なのですが、私はどちらを優先すれば……」
「そこかー!」
それは少し天然気味なメイド長だった。
□□□
「はぁ……助かった」
数分前まで死の危機に晒されていた私は、現れた咲夜によってなんとか一命を取り留めた。
まぁ、それでもパチュリーの機嫌はまだ治まっていないのだが。
「それで、どう弁償してくれるのかしら?私と小悪魔の三日間の努力の結晶を」
「それよりまず、ここから出してほしいのだけれど」
「無理よ」
「……え?」
「だから、無理。魔理沙を閉じ込めるために作ってるから、その結界は今日中は解除不可」
「い、いや、作り主なんだから「残念ながら。万が一、魔理沙に口車に乗せられたときに誤って解除してしまわないように」……」
「つまり、私は」
「そこで一日過ごしてもらうことになるわね」
「……えええええ!!!」
ジーザス、なんてこった。
2m四方くらいの空間で一日、二十四時間過ごせだと?
こんな何も無い空間でどう退屈をしのげば……。
あ、でも外からの干渉は
「言っておくけど、本は入らないようにしてあるわ」
質問する前に答えられる。その絶望感は普段の数倍である。
「……じゃあ、私は何で時間を潰せと」
「さぁね。それが無いから罰になってるんじゃないの」
ニヤリ、と笑った顔が目に入る。こいつ、絶対楽しんでるぞ……。
もし殴れたら全腕力を使って吹き飛ばしているところだ。
「まぁまぁ、気を落とさないで」
咲夜が慰めの声を掛けてくれる。
ああ、優しいなぁ咲夜は。
絶望の中だと優しさは倍増すると聞いたが、このことか。
あー咲夜の背中に天使の羽根が見えるー
「あら、面白そうな状況になってるじゃない」
前言撤回。そこにあったのは悪魔の羽だった。
「なんで貴方が昼に起きてるのよ……」
「そりゃ霊夢のところに行くからねぇ。愛のためなら睡眠時間も厭わないわ」
なんだ、ただの変態か。
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
「あっそ。それじゃ私は行ってくるわ。達者でなー」
アハハハハ、と笑いながら飛び立つレミリアを、恨めしい目で見送ることしか私はできなかった。
□□□
午後三時
「ひ、ま。ひま。ひまだ。ひまだーひまだー」
「やかましいわ」
侮っていた。何もしないことがこんなにも苦痛だったとは……。
持っていたもので何とか退屈を凌ごうとしたが、さすがに限界が訪れた。
糸を使ってあやとりしたり、人形で一人劇をしたり「そんなことしてたの?哀しいわね」「あなたのせいでしょうが!」
コンコン
「失礼します。アリス、紅茶を入れてきたわ」
「ああ、ありがとう咲夜。仕事は大丈夫なの?」
「お嬢様がいないからね。適度に力を抜きつつ」
「それでいいのか、メイドよ」
「私はメイドである前に人間ですわ。ちょっとは休まないとね」
悪びれもせず、いけしゃあしゃあと言ってのける。
やっぱり咲夜には『瀟洒』という言葉がピッタリだ。
「はい、紅茶」
「ん、ありがと。……って、あれ?」
何で咲夜はこの中に入れるんだ?
「そこに入れないのは『本』限定。それ以外は普通に出入り出来るわ」
「何故それを先に言わない!?」
なんだったんだ、私の二時間は。
「いや、何だか言わないほうが面白そうだったから」
こいつ、殺してくれようか。
「パチュリー、ただじゃおかないわよ……?」
「別にいいわよ。あの面白い『劇』について咲夜に言うけど」
「劇、ですか?」
「それは、それはやめて!後生ですから!」
精神が消耗してる状態には何が起きるか。
答えは現実逃避であり、人はそれを時に妄想と呼ぶ。
それが反映された人形劇は一体どうなるか。
「むかしむかしあるところに、魔法使いと大きな館に仕える一人のメイ」「ストップ!謝りますからそれ以上は!」
自分の欲望が剥き出しになっていたりするのだ。
「??」
「咲夜は知らなくていいから!」
ポカンとしているメイド長はさておき。
「咲夜、とりあえず裁縫道具持ってきてくれない」
「はいはい、しばしお待ちを」
これからまた長い退屈との闘いが始まるのであった。
□□□
午後五時
レミリアが霊夢のところで夕食を取ると言って、少々暇が出来た咲夜と雑談していた時。
ある重大な問題が、私の前に立ち塞がった
「……ねぇ」
「ん、なに?」
「いや、あの……」
「どうしたの?」
「その……ト、トイレに行きたいんだけど……」
ピシッ、と。
空気が凍ったような気がした。
「えっと、なんて?」
「だから、トイレよトイレ!仕方ないじゃない!生理現象なんだから!」
「だから何でそんなこと宣言…って出れないんだっけ。自然すぎて忘れてたわ」
本当は、私も今の今まで半分忘れていたのだが。
「それよりも、私はどうすればいいの……?」
「うーん……」
「あれね、トイレが無いなら持ってくればいいじゃない」
黙々と読書していたパチュリーが、唐突に言う。
「いや、そんなこと出来るわけ「ああ、成程。その手がありましたね」
「えっ、咲夜、何言って……」
次の瞬間、そこには右手におまるを持った咲夜が。
……いや、おい。
「いつもトレイを持つ手が、今はトイレを持っているってね」
「また駄洒落か。いやいや、そうじゃなくて!」
「「ん?」」
「ん、じゃないわよ!何、その、つまり、私にソレでしろって言うの!?」
「「ええ」」
「できるかー!!!」
なんて、事が起きつつ、時は過ぎていった。(私は我慢の道を選んだ)
□□□
午後11時59分
「あと、10分か……長かったわね」
「お疲れ様」
咲夜が労いの言葉と共に、結界の中に入ってきた。
「あら、仕事は?」
「ん、ちょっとだけ、ね」
「ふーん……」
「それにしても、今回は災難だったわね」
「まぁ、私が悪いんだけどね」
「そういえば、何で貴方が罠なんて掛かったの?普段ならそんなヘマ、踏まないのに」
「いや、それは……」
今日は、一週間ぶりの紅魔館への訪問だった。
中々に大掛かりな実験のため、自分の部屋に長い間引きこもっていたためだ。
だから。
だから、久々に会えると思った。
彼女に。いつも紅茶を御馳走してくれる、彼女に。
それで、浮かれていた、だなんて。
「さぁ、ね。私も疑問だわ」
言えるはず、ないじゃないか。
顔が自然と赤らんでいくのが、自分でも分かる。
「そう」
特に気を止めることも無く、咲夜はスルリと答えた。
二人の間に沈黙が広がり、時計が時を刻む音だけが聞こえる。
「それで、もう遅い時間なのだけれど」
カチッ、カチッ
「もしいいのなら」
カチッ、カチッ
「私の部屋にいらっしゃいませんか?お姫様」
カチッ、ゴーン……ゴーン……
大きな時計が日の移り変わりを伝える中、咲夜は茶化すようにニッコリと笑って、手を差し伸べてきた。
「ええ、喜んで。王子様」
ゆっくりと手を取り、立ち上がる。
こんな事になるなら罠に掛かって良かったかな、なんて思ってる私は、本当に馬鹿だ。
反省するならもっと二人を絡ませろいや絡ませて下さいお願いします
時間になって急に気が緩んだアリスが……いや、何でも無いです。アリスの紅茶ご馳走してもらいたいです。
人前でおまるはちょっと恥ずかしいですよね。でもこれならスカートの中でこっそりできるから恥ずかしくないですよね。 つ(尿瓶)