死が穢れとするならば、その穢れを齎すのみの容れ物が即ち、フランドール・スカーレットという名の獣である。
戯れで他者の命を奪う獣に良心の呵責などあるものか。罅割れ変色しきったその歪つな心は狂気を孕み、深い紅色と、孤独だけをその内に湛える。
そもそも、自らが孤独であることすらも彼女は気づけやしない。孤独は不安を呼び、不安は弱さを生むのならば、獣はそれが欠如している。
狂気の瞳に木偶人形の如く映る其れか、それらと同じようには触れぬ己。
壊せるか壊せないか、その程度の差異でしか自己を認識することができぬ盲人。
今日も彼女は、紅い屋敷の中を独り闊歩する。遠い昔にこびり付いた、拙い歌を歌いながら。
「あーお姉さま死なないかなぁ」
フランドール・スカーレットは割りと発言がファンキーである。
油断してるとポロっと口から零れだすせいで、常々周りを驚かせるのだが、当人はまったく意に介さない。
ラーメン屋で塩ラーメンを注文した次の瞬間に「東京のウドンって汁が黒いらしいよ」と言い出すぐらいに空気が読めてない。
そのいい感じに蕩けた脳内では、実の姉といえどもよく灰になっている。
今回のシチュエーションは、十二人のイケメンが力を合わせて太陽の力を放って蒸発する姉。
ちなみに美鈴は牛の格好をしていた。決して乳がでかいからではない。
「お人形遊びも飽きたしなぁ」
そういってフランドールは、キン消しを壁に放り投げた。1200万パワーの光の矢となって壁を突き抜けていくウォーズマン。
その直撃を受け、こいしの第三の目が開眼したのだが、それはまた別のお話である。
「ぶー、誰も遊びにこないしー」
地下室に軟禁されているとはいえ、屋敷の中ならば自由に出歩いていいことになっている。
しかし外に出るのはノーだ。外に出れば、キュってしてドカーンと人工太陽を作るわよ、と実の姉に脅されている。
それで大猿になれればいいのだけども、残念ながら太陽の光を浴びれば灰になるだけである。最高に灰って奴だ。
「聖人死すごっこも飽きたしなぁ……」
そう言って、フランドールは壁にかけてある十字架をみやった。
たまに分身をして、自分で磔になって悦に浸っているのだが、その目的は自分でも謎である。
同様の遊びとして、一揆を企てた農民が一族郎党皆殺しゴッコも存在している。
おかげで独り芝居がえらい上手くなってしまった。冒頭のナレーションも、フランドールがノートに書き殴った黒歴史の一つだ。
ぶつぶつ小言を呟きながら、何をして暇を潰そうかと考えるフランドール。
その頭の中では、実の姉が今日十二度目の灰化落ちを迎えていた。
別バージョンとして、咲夜が寿命を迎える、美鈴が外敵の侵入を命がけで阻み散る、パチュリーがドーピングに失敗し死亡なども存在している。
そのいずれの場合も、フランドール自身がおいしい役を引き受けているのだった。
食事時などに、その妄想を姉に披露するのだが、たいていの場合白い目をされるだけである。紅い目の癖に生意気だ。
「こう、魔理沙とかがパチュリーを夜這いしにくればいいのに」
ピンク色の妄想ぐらい少女であれば当然の嗜みであるが、ここで大切なことが一つ。
フランドールは父親の顔すらも曖昧にしか覚えておらず、生まれてこの方女性としか触れ合ったことが、ない。
つまり女性同士の絡みがヘテロなのだと考えており、平然と核地雷を踏み抜いていく。
全員でチャブ台を囲んでいるとき「お姉さまと咲夜はどんなプレイしているの?」とハンバーグをほお張りながら言い放ったときは、洋画で毎回ある濡れ場以上の気まずさが流れた。あれ何なの?
それに対しレミリアは「バカねフラン、コウノトリさんやキャベツさんを知らないの?」と大人の余裕を見せつけつつ鼻で笑った。
咲夜は「違いますよお嬢様、色とりどりのヨッシーが……」と諌め、パチュリーは鼻から付け合せのスパゲッティを垂らしていた。美鈴は味噌を舐めていた。
というわけで、スポンジな脳みそをしているフランドールの頭の中では、常にエキセントリックな絵図が繰り広げられているのだった。
こうして独りの夜は更けていった。
次の夜のことである。お櫃からご飯を盛る咲夜へと、フランドールは無邪気に話かけていた。
「咲夜、昨夜花咲爺さんを読んだの」
「ええ、そういうベタベタなことを言うのはやめてください。パチュリー様に読んでもらったんですか?」
「うん。それで思ったんだけど、お姉さまの灰を枯れ木に撒いたらお姉さまが咲くのかな?」
「それはそれは素敵なことですね。今日はお赤飯にしました」
咲夜の盛っていた白米は、いつのまにか真っ赤に染まっていた。
「日本人はやっぱりお米よね」
「まったくです、日本人万歳!」
パチュリーと美鈴はそう言いつつ素麺を啜っている。
レミリアは色の違う麺を探して箸を動かしていた。
しかしなんとなくいつもの紅魔館っぽく感じてしまう…ビクビク