伸びろ 伸びろ ぐんぐん伸びろ
追いつけ 追い越せ、伸びろや伸びろ
伸びろ 伸びろ ぐんぐん伸びろ――――♪
昼の、太陽の畑。
ヒトリの少女が咲き誇る花々を見上げ、感嘆の声をあげる。
その少し後方で、もうヒトリの少女は目を細め、僅かに口を綻ばせた。
少女たちの頬を柔らかく凪ぐ軽やかな風が吹き、花――向日葵を揺らす。
「うわー……おっきい……」
「もっと大きくなるわよ」
「そーなのかー!」
見上げたまま声を返す少女は、‘闇の妖怪‘ルーミア。
すぐ後ろで微笑みを浮かべているのは、‘四季のフラワーマスター‘風見幽香。
彼女たちが『知り合って』から約一年が経ち、少女は少女たちの来訪を、心から迎え入れるようになっていた。
幽香は、そんな自身の心境に微苦笑を浮かべる。
かつては邪険に、弾幕さえ撃ち、追い返した。
それが今はどうだ。
(随分とほだされたものね)――表情から、苦さがかき消える。
「ねぇね、幽香」
「……なに?」
「えっとね」
唐突に振り向くルーミア。
平素の落ち着いた態度で、幽香は問う。
しかし、言葉は続けられず、暫く頭が左右に振られていた。
(貧血を起こさないといいけど……)――内心で心配する幽香に、ルーミアが首を傾げる。
「この子たちと幽香、どっちが大きいの?」
一瞬、幽香は目を瞬かせる。
質問の意図が掴めなかったのだ。
一拍後に理解して、顔全体に手を広げた。
幼くも可愛らしい質問に、どうしようもなく表情が緩む。
「さて……どうかしら。見てわからない?」
「うむむ、同じくらいに見える」
「そう」
小さく頷き、幽香は、ルーミアの視線に合わせる様、腰を屈める。
なるほど、確かに低い位置からの目測ではわかりづらい。
その上、僅かとは言えど、向日葵は風で揺れていた。
「ちょっとだけ、動かないでね」
言った数秒後、幽香はルーミアの腰に両腕を回し、抱く。
陽の光をこれでもかと吸収した黒いベストは、熱を持っていた。
金色の髪も同じく熱かったが、少女特有の甘い香りの方が、感覚をより焦がす。
そんな幽香の思惑など知る訳もなく、ルーミアは腕を上下に振って喜んだ。
「高い高い! あ、幽香の方が大きいのね!」
「その子とはね。じゃあ、この子とは?」
「幽香よりも大きい! 凄い!」
生長した向日葵は三メートルほどまで伸び、さしもの幽香と言えど、そこまで高くはない。
凄い凄いと連呼するルーミア。
その周囲で、向日葵は咲いている。
彼女が望んだ、‘向日葵のように綺麗な‘笑顔も、咲いていた――。
「飛べるじゃんルーミア」
「うんまぁ、私も思ったけど」
「抱っこしたかっただけだよねぇ」
「ルーミアはさ、ほら、ふわふわしてるから」
「お姫様抱っことかじゃなくて、ほんとの抱っこの辺り、業が深い」
少女が迎えたのは、少女たち――つまり、ルーミアだけではなかった。
「しかも、今はお日様の恩恵付きよ。
私が抱きあげるのも致し方なし。
そうは思わなくて、リグル?」
表情を一転させ、幽香は振り向く。
「私は最初からそう言ってるんだけど……」
「ふふ、そう思うわよね、リグル」
「意図的に無視すんなぁ!」
頬を掻き曖昧に笑うのは、‘蟲の王‘リグル・ナイトバグ。
両手を握って激昂するのは、‘夜雀‘ミスティア・ローレライ。
ルーミアと同時期に、二名も、幽香の『知り合い』となっていた。
「てめ、こっち見ろ!」
頑なにミスティアを視界に収めようとしない幽香。
その腕に抱かれているルーミアが顔をあげる。
頬が、ぷっくりと膨らんでいた。
「幽香、またミスチーに意地悪しているの?」
「いえいえそんな。ねぇ、ミスチー?」
「オーイエス、幽香りん」
ミスティアが首をカクカクと縦に振る。
その背を、向日葵を思わせる弾幕が焦がしていた。
言葉なく腕すら振るわず形成できるのは、幽香が大妖だからという証に他ならない。
「幽香、もうっ」
苦笑いを浮かべるリグルが人差し指を弾き、漸く、幽香は、そして抱かれるルーミアも、二名へと向き合った。
「へぇ……随分と集めたわね」
ルーミアを下ろしつつ、幽香は称賛の声を挙げる。
ミスティアとリグルの手には、ほどほどの大きさの革袋が握られていた。
よほど詰めたのだろう、袋のあちこちが歪な形をしている。
中に入っているのは、向日葵の種。
幽香とルーミアが戯れている間、二名は、ミスティアの屋台で振舞う付け出しを収穫していた。
「コストのかからない原料だからね。有り難や有り難や」
「や、ミスチー、メインもかかってないんじゃない?」
「むぅ……言ってくれたら、私も手伝ったのに」
嬉しそうに袋を振るミスティアにリグルが突っ込みを入れ、ルーミアは口を尖らせる。
やり取りに、幽香は三名から目を背けた。
二名の視線から逃れるためだ。
口笛さえも吹く。
「だってルーミア、着いた矢先に飛びついてたでしょ?」
「幽香も、挨拶もほどほどに行っちゃったしねぇ」
「そうだったー」
聞こえない聞こえなーい。
幽香は少女たちを向日葵畑の中心で迎えた。
しかし、ルーミアを招いた場所、つまり此処は少し離れた所だ。
先ほどから騒いでいた通り花は生えているが、中心部のように‘至る所‘と呼べるほどではない。
勿論、考えがあってのことだった。
幽香は、ブラウスの胸ポケットに手を当てた。
長く白い人差し指に、硬い感触が伝わる。
一つ、二つ、三つ……。
「幽香?」
気付けば、ミスティアとリグルのみならず、ルーミアの視線までもが向けられていた。
首を横に振り、息を吸う。
緊張が自覚できた。
故に、苦笑する。
未だ解れてはいないが、幽香は、吐くと同時――
「え、乳に触れて溜息って、賢者はがぁぁぁっ!」
――ぽかんと口を開けた。
「ミスチー! いきなり変なこと言わないで!!」
「や、絶対に何人かはそう思ごはぁ!?」
「駄目ったら――駄目!」
繰り出される追撃。
その度、蟲たちがミスティアに群がる。
場所もあってか割と本気で痛そうだった。
「ねぇね、幽香」
呆然とする幽香の袖を引いたのは、ルーミアだった。
「『賢者』ってなぁに?」
いつものように、小首を傾げて問われる。
向けられるのは余りにも純粋な瞳。
きらきらしている。
幽香は、目を細め、頷いた。
「教えてよぅ!」
頷いただけだった。
「疑われる私も私だけど、わかるリグルも、意外と……」
「う。い、言わないで、幽香」
「もう、なんなのよぅ!」
腕を振り上げぷりぷりと怒るルーミア。
頬を赤く染め、もじもじと俯くリグル。
そして、落ちてくるミスティア。ぐき。
幽香は、掌で口元を隠し、言う――
「よかったら、だけど。
貴女たち、種を植えてみない?
此処はほら、幾らか空いているから」
――張りつめていたものは、とうに解れていた。
「繰り返すけど、よかったら、よ?
向日葵は強い花だから、然程手間をかけないでいいし。
加えて、取りいだしたるこの種は、私が厳選に厳選を重ねた超優良種。
なんとなんと一週間に一度水をやるだけで適度な成長をしていく優れものなの。
あ、勿論、基本的には私が世話をするわ。
貴女たちのような素人に任せきりな訳ないじゃない。
か、勘違いしないでよね、私は花を咲かせたいだけで、あ、再三言うけど、良かったら、だからね」
とは言え、話し出したら止まらなくなった。
「幽香?」
呼びながら、背伸びをしてルーミアが種の一つを掴む。
「えっと、幽香……?」
少しばかり心配げな声で呼び、リグルもまた、種を手に取る。
「しょうがないなぁ……、泌にょごふぅ!?」
最後に掴んだミスティアは、放たれた右ストレートで‘くの字‘になった。
「げふ、けふ、長いっての」
「悪かったと思っているけど、何故、立っているの……?」
「来るのがわかってりゃ防御もしやすいし。ほんとは避けるつもりだったんだけどね」
バックステップしていたらしい。
腹をさすりながら解説した後、ミスティアがすぐ後ろにいるルーミアとリグルの方へと振り向く。
「普通の向日葵は、ちゃんと一日三回水をやらないと駄目なんだよ。……なにこの化け物種」
「だからって遠投の構えをしないでよミスチー。超優良種って話なんだし」
「あ、そう言ってたんだ。早くて聞き取れなかったわ」
その間際に贈られたウィンクが意味するものは、向日葵の種の対価。
「言ってたんだよ、ルーミア。くふふ、だから、きっと種もたくさん落とすはず!」
「わー、悪い顔。取らぬ狸の皮算用、かな」
「ミスチー、雀よ?」
ミスティアは、残り二名の視線を請け負った。
「や、忘れたりはしてないけど……じゃあ、剥がぬ雀の皮算用?」
「美味しそうっ! 甘だれを一杯塗って……あぁん!」
「剥がないでリグル!? ルーミアも、涎、涎!」
その僅かな時間に、また、向日葵の花が咲く――。
「因みに、向日葵の花言葉の一つに『いつわりの富』と言うものがあるわ」
「もっとポジティブなものもあるでしょう!?」
「『私の眼は貴女だけを見つめる』」
ルーミアの両肩を柔らかく掴み、幽香はミスティアに視線を向ける。食糧的な意味だ。
それから暫く、三名は種を埋める場所を話し合った。
太陽の畑は土壌もよく、何処に埋めようが生長は見込めるだろう。
しかし、自分たちで考え選んだ方がよく育つのではないか、と少女たちは思っていた。
――そんな彼女たちに横やりを入れるほど、幽香は無粋ではない。
「それじゃあ、ここでいい?」
リグルの提案に、ルーミアとミスティアが頷く。
「指で土をすくいだして」
「ぐいぐいと種を押し込める」
「その上に土を戻して――できたぁ!」
快哉を挙げるルーミアが、満面の笑みを浮かべつつ、続ける。
「きっと、私のが一番大きくなるわ!」
根拠のない宣言。
加えて、人差し指が突き出された。
共通の友達を彷彿とさせ、リグルとミスティアは笑いあう。
勿論、ルーミア御立腹。
「なによぅ!」
「やっぱり幽香の方が」
「うん、伸びそうだよねぇ」
頬を掻くリグルに、ミスティアが続いた。
「……え? 私も埋めるの?」
唐突に振られた幽香は、目を瞬かせる。
自身の種など用意していない。
予想外だった。
けれど、少女たちは顔を見合わせて――
「んだこら保護者気取りか」
「ミスチー、口が悪いよ」
「埋めるの!」
――当然のことのように、笑顔を咲かせて言うのであった。
「あ、花には音楽を聞かせてあげるのがいいって言うよね?」
「そーなのかー?」
「真偽はともかく、此処の子たちはプリズムリバーの合奏をよく聞いているわ」
「んじゃあ、呼んでこよっか」
「あの子たちも忙しそうだから、どうかしらね」
「そーなのかー……」
「いや、あの、ミスチー、歌おうよ」
リグルがミスティアの、ミスティアがルーミアの、そして、ルーミアが幽香の手を取り――
「正直、頭になかった」
「……ミスティアに同じく」
「もぅ幽香、酷い!」
「や、ルーミア、当の本人も忘れてたし」
――少女たちは、それぞれの喉を、楽しげに震わせた。
伸びろ 伸びろ ぐんぐん伸びろ
追いつけ 追い越せ、伸びろや伸びろ
伸びろ 伸びろ ぐんぐん伸びろ――――♪
<幕>
追いつけ 追い越せ、伸びろや伸びろ
伸びろ 伸びろ ぐんぐん伸びろ――――♪
昼の、太陽の畑。
ヒトリの少女が咲き誇る花々を見上げ、感嘆の声をあげる。
その少し後方で、もうヒトリの少女は目を細め、僅かに口を綻ばせた。
少女たちの頬を柔らかく凪ぐ軽やかな風が吹き、花――向日葵を揺らす。
「うわー……おっきい……」
「もっと大きくなるわよ」
「そーなのかー!」
見上げたまま声を返す少女は、‘闇の妖怪‘ルーミア。
すぐ後ろで微笑みを浮かべているのは、‘四季のフラワーマスター‘風見幽香。
彼女たちが『知り合って』から約一年が経ち、少女は少女たちの来訪を、心から迎え入れるようになっていた。
幽香は、そんな自身の心境に微苦笑を浮かべる。
かつては邪険に、弾幕さえ撃ち、追い返した。
それが今はどうだ。
(随分とほだされたものね)――表情から、苦さがかき消える。
「ねぇね、幽香」
「……なに?」
「えっとね」
唐突に振り向くルーミア。
平素の落ち着いた態度で、幽香は問う。
しかし、言葉は続けられず、暫く頭が左右に振られていた。
(貧血を起こさないといいけど……)――内心で心配する幽香に、ルーミアが首を傾げる。
「この子たちと幽香、どっちが大きいの?」
一瞬、幽香は目を瞬かせる。
質問の意図が掴めなかったのだ。
一拍後に理解して、顔全体に手を広げた。
幼くも可愛らしい質問に、どうしようもなく表情が緩む。
「さて……どうかしら。見てわからない?」
「うむむ、同じくらいに見える」
「そう」
小さく頷き、幽香は、ルーミアの視線に合わせる様、腰を屈める。
なるほど、確かに低い位置からの目測ではわかりづらい。
その上、僅かとは言えど、向日葵は風で揺れていた。
「ちょっとだけ、動かないでね」
言った数秒後、幽香はルーミアの腰に両腕を回し、抱く。
陽の光をこれでもかと吸収した黒いベストは、熱を持っていた。
金色の髪も同じく熱かったが、少女特有の甘い香りの方が、感覚をより焦がす。
そんな幽香の思惑など知る訳もなく、ルーミアは腕を上下に振って喜んだ。
「高い高い! あ、幽香の方が大きいのね!」
「その子とはね。じゃあ、この子とは?」
「幽香よりも大きい! 凄い!」
生長した向日葵は三メートルほどまで伸び、さしもの幽香と言えど、そこまで高くはない。
凄い凄いと連呼するルーミア。
その周囲で、向日葵は咲いている。
彼女が望んだ、‘向日葵のように綺麗な‘笑顔も、咲いていた――。
「飛べるじゃんルーミア」
「うんまぁ、私も思ったけど」
「抱っこしたかっただけだよねぇ」
「ルーミアはさ、ほら、ふわふわしてるから」
「お姫様抱っことかじゃなくて、ほんとの抱っこの辺り、業が深い」
少女が迎えたのは、少女たち――つまり、ルーミアだけではなかった。
「しかも、今はお日様の恩恵付きよ。
私が抱きあげるのも致し方なし。
そうは思わなくて、リグル?」
表情を一転させ、幽香は振り向く。
「私は最初からそう言ってるんだけど……」
「ふふ、そう思うわよね、リグル」
「意図的に無視すんなぁ!」
頬を掻き曖昧に笑うのは、‘蟲の王‘リグル・ナイトバグ。
両手を握って激昂するのは、‘夜雀‘ミスティア・ローレライ。
ルーミアと同時期に、二名も、幽香の『知り合い』となっていた。
「てめ、こっち見ろ!」
頑なにミスティアを視界に収めようとしない幽香。
その腕に抱かれているルーミアが顔をあげる。
頬が、ぷっくりと膨らんでいた。
「幽香、またミスチーに意地悪しているの?」
「いえいえそんな。ねぇ、ミスチー?」
「オーイエス、幽香りん」
ミスティアが首をカクカクと縦に振る。
その背を、向日葵を思わせる弾幕が焦がしていた。
言葉なく腕すら振るわず形成できるのは、幽香が大妖だからという証に他ならない。
「幽香、もうっ」
苦笑いを浮かべるリグルが人差し指を弾き、漸く、幽香は、そして抱かれるルーミアも、二名へと向き合った。
「へぇ……随分と集めたわね」
ルーミアを下ろしつつ、幽香は称賛の声を挙げる。
ミスティアとリグルの手には、ほどほどの大きさの革袋が握られていた。
よほど詰めたのだろう、袋のあちこちが歪な形をしている。
中に入っているのは、向日葵の種。
幽香とルーミアが戯れている間、二名は、ミスティアの屋台で振舞う付け出しを収穫していた。
「コストのかからない原料だからね。有り難や有り難や」
「や、ミスチー、メインもかかってないんじゃない?」
「むぅ……言ってくれたら、私も手伝ったのに」
嬉しそうに袋を振るミスティアにリグルが突っ込みを入れ、ルーミアは口を尖らせる。
やり取りに、幽香は三名から目を背けた。
二名の視線から逃れるためだ。
口笛さえも吹く。
「だってルーミア、着いた矢先に飛びついてたでしょ?」
「幽香も、挨拶もほどほどに行っちゃったしねぇ」
「そうだったー」
聞こえない聞こえなーい。
幽香は少女たちを向日葵畑の中心で迎えた。
しかし、ルーミアを招いた場所、つまり此処は少し離れた所だ。
先ほどから騒いでいた通り花は生えているが、中心部のように‘至る所‘と呼べるほどではない。
勿論、考えがあってのことだった。
幽香は、ブラウスの胸ポケットに手を当てた。
長く白い人差し指に、硬い感触が伝わる。
一つ、二つ、三つ……。
「幽香?」
気付けば、ミスティアとリグルのみならず、ルーミアの視線までもが向けられていた。
首を横に振り、息を吸う。
緊張が自覚できた。
故に、苦笑する。
未だ解れてはいないが、幽香は、吐くと同時――
「え、乳に触れて溜息って、賢者はがぁぁぁっ!」
――ぽかんと口を開けた。
「ミスチー! いきなり変なこと言わないで!!」
「や、絶対に何人かはそう思ごはぁ!?」
「駄目ったら――駄目!」
繰り出される追撃。
その度、蟲たちがミスティアに群がる。
場所もあってか割と本気で痛そうだった。
「ねぇね、幽香」
呆然とする幽香の袖を引いたのは、ルーミアだった。
「『賢者』ってなぁに?」
いつものように、小首を傾げて問われる。
向けられるのは余りにも純粋な瞳。
きらきらしている。
幽香は、目を細め、頷いた。
「教えてよぅ!」
頷いただけだった。
「疑われる私も私だけど、わかるリグルも、意外と……」
「う。い、言わないで、幽香」
「もう、なんなのよぅ!」
腕を振り上げぷりぷりと怒るルーミア。
頬を赤く染め、もじもじと俯くリグル。
そして、落ちてくるミスティア。ぐき。
幽香は、掌で口元を隠し、言う――
「よかったら、だけど。
貴女たち、種を植えてみない?
此処はほら、幾らか空いているから」
――張りつめていたものは、とうに解れていた。
「繰り返すけど、よかったら、よ?
向日葵は強い花だから、然程手間をかけないでいいし。
加えて、取りいだしたるこの種は、私が厳選に厳選を重ねた超優良種。
なんとなんと一週間に一度水をやるだけで適度な成長をしていく優れものなの。
あ、勿論、基本的には私が世話をするわ。
貴女たちのような素人に任せきりな訳ないじゃない。
か、勘違いしないでよね、私は花を咲かせたいだけで、あ、再三言うけど、良かったら、だからね」
とは言え、話し出したら止まらなくなった。
「幽香?」
呼びながら、背伸びをしてルーミアが種の一つを掴む。
「えっと、幽香……?」
少しばかり心配げな声で呼び、リグルもまた、種を手に取る。
「しょうがないなぁ……、泌にょごふぅ!?」
最後に掴んだミスティアは、放たれた右ストレートで‘くの字‘になった。
「げふ、けふ、長いっての」
「悪かったと思っているけど、何故、立っているの……?」
「来るのがわかってりゃ防御もしやすいし。ほんとは避けるつもりだったんだけどね」
バックステップしていたらしい。
腹をさすりながら解説した後、ミスティアがすぐ後ろにいるルーミアとリグルの方へと振り向く。
「普通の向日葵は、ちゃんと一日三回水をやらないと駄目なんだよ。……なにこの化け物種」
「だからって遠投の構えをしないでよミスチー。超優良種って話なんだし」
「あ、そう言ってたんだ。早くて聞き取れなかったわ」
その間際に贈られたウィンクが意味するものは、向日葵の種の対価。
「言ってたんだよ、ルーミア。くふふ、だから、きっと種もたくさん落とすはず!」
「わー、悪い顔。取らぬ狸の皮算用、かな」
「ミスチー、雀よ?」
ミスティアは、残り二名の視線を請け負った。
「や、忘れたりはしてないけど……じゃあ、剥がぬ雀の皮算用?」
「美味しそうっ! 甘だれを一杯塗って……あぁん!」
「剥がないでリグル!? ルーミアも、涎、涎!」
その僅かな時間に、また、向日葵の花が咲く――。
「因みに、向日葵の花言葉の一つに『いつわりの富』と言うものがあるわ」
「もっとポジティブなものもあるでしょう!?」
「『私の眼は貴女だけを見つめる』」
ルーミアの両肩を柔らかく掴み、幽香はミスティアに視線を向ける。食糧的な意味だ。
それから暫く、三名は種を埋める場所を話し合った。
太陽の畑は土壌もよく、何処に埋めようが生長は見込めるだろう。
しかし、自分たちで考え選んだ方がよく育つのではないか、と少女たちは思っていた。
――そんな彼女たちに横やりを入れるほど、幽香は無粋ではない。
「それじゃあ、ここでいい?」
リグルの提案に、ルーミアとミスティアが頷く。
「指で土をすくいだして」
「ぐいぐいと種を押し込める」
「その上に土を戻して――できたぁ!」
快哉を挙げるルーミアが、満面の笑みを浮かべつつ、続ける。
「きっと、私のが一番大きくなるわ!」
根拠のない宣言。
加えて、人差し指が突き出された。
共通の友達を彷彿とさせ、リグルとミスティアは笑いあう。
勿論、ルーミア御立腹。
「なによぅ!」
「やっぱり幽香の方が」
「うん、伸びそうだよねぇ」
頬を掻くリグルに、ミスティアが続いた。
「……え? 私も埋めるの?」
唐突に振られた幽香は、目を瞬かせる。
自身の種など用意していない。
予想外だった。
けれど、少女たちは顔を見合わせて――
「んだこら保護者気取りか」
「ミスチー、口が悪いよ」
「埋めるの!」
――当然のことのように、笑顔を咲かせて言うのであった。
「あ、花には音楽を聞かせてあげるのがいいって言うよね?」
「そーなのかー?」
「真偽はともかく、此処の子たちはプリズムリバーの合奏をよく聞いているわ」
「んじゃあ、呼んでこよっか」
「あの子たちも忙しそうだから、どうかしらね」
「そーなのかー……」
「いや、あの、ミスチー、歌おうよ」
リグルがミスティアの、ミスティアがルーミアの、そして、ルーミアが幽香の手を取り――
「正直、頭になかった」
「……ミスティアに同じく」
「もぅ幽香、酷い!」
「や、ルーミア、当の本人も忘れてたし」
――少女たちは、それぞれの喉を、楽しげに震わせた。
伸びろ 伸びろ ぐんぐん伸びろ
追いつけ 追い越せ、伸びろや伸びろ
伸びろ 伸びろ ぐんぐん伸びろ――――♪
<幕>
夏だなぁ
みすちー自重w
賢者がなにかこのルーミアに聞かれたら爆発するしかない。