どうも皆さん。空気が読めるナイスガールこと永江衣玖です。
今日は比那名居の総領娘様に朝から来るようにと前日から言いつけられているのでお屋敷にいるのですが、既にげんなりとしています。
理由としては、なぜか総領娘様はカレーが満たされたお風呂に浸かっているからです。
「なぜカレーに浸っているのですか」
「カレーとは失礼ね。スープカレーよ」
「失礼しました。では改めて、なぜスープカレーに浸っているのですか」
「毎朝の習慣よ」
「……さようですか」
「衣玖も入りなさいよ。生臭さが抜けるかもしれないし」
「私の体臭は生臭くはないので丁重にお断りいたします」
爽やかな晴れの日に朝っぱらからスパイシーなスメルが漂うお風呂に入るつもりなんて毛頭ありません。
というよりもスープカレーに毎日入ってるなんて正気の沙汰ではないです。
胃もたれしそうな光景を見せられる身にもなってもらいたいです。
「何でよ? 同じ食べ物同士なら相性良いでしょう」
「私は食料ではありません」
「衣玖とカレーって相性良さそうじゃない?」
「人の話を聞いてますか?」
「でも衣玖がそこまで言うなら舟盛りでも良いわよ」
「だから食料じゃねえって言ってるだろ駄目娘が!」
人の話を聞かないトンチキに思わず羽衣を床に叩きつけてしまいました。
いけない。空気も読まずにこの場面でぶち切れてしまうなんて永江衣玖一生の不覚。
とりあえず羽衣を拾いなおして何事もなかったように振舞っておきます。
「それで総領娘様は私に何の御用でしょうか」
「あなたを食べたいからお風呂入って」
「入りません」
「チッ」
「露骨に舌打ちしないでください」
「目の前の美味しそうなものをお預けにされたら舌打ちの一つもしたくなるわ」
「まずは私を食料と認識するのを止めてください」
「まぁここまでドッキリだけどね」
「ならカレースープに毎朝入るのもドッキリなのですね」
「いやこれは本当」
「一番嘘であってほしいと思ってたのに!」
知りたくなかった。冗談だと言ってほしかった。
まさか割と頻繁に交流していた人がカレー臭を漂わせる変人であるとは信じたくなかったのに、そんな淡い思いも一瞬で打ち砕かれてしまった。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、総領娘様は空気も読まずに「チョウチンアンコウー」などと言いながら顔芸をしています。
なぜこの場面で深海魚のモノマネをするのか理解に苦しみます。
でもなんだか似てると思ってしまったのは悔しい。
「……せめてスープカレーに浸かる理由を教えてもらいますか?」
「私の出汁でできたスープカレーを衣玖にかけて食べたいからよ!」
やっぱり食べ物扱いじゃないか、そう思った時には平手打ちが総領娘様の頬を直撃していました。
本当に朝からげんなりとします。
§
なんだかんだで今日一日は総領娘様のお供をすることになりました。
本音を言うならば面倒臭いし私を食料として見ている方と一緒にいるのは気分が悪いです。
でも拒否したら後がもっと面倒臭いことになると思い、空気を読んでの決断でした。
まったくもって自分の性質が憎たらしい。
そして当の本人である総領娘様は道端のアリの行列に加わりながら歩いていました。
「なぜそのような行為を?」
「趣味よ」
「変わった趣味をお持ちですね」
「甘いわよ衣玖。これはただの趣味ではないの。とっても大事な儀式でもあるのよ」
「そうなのですか。とりあえず木の枝でアリの行列をつんつんしたりしてないで目を向けて喋ってください」
「目を背けて突付いたらアリに失礼じゃない」
「私には失礼じゃないんですか」
「だって衣玖は食料だし」
「食べ物じゃないって言ってるだろう」
どうしても私を食べ物にしたいらしい。
確かに深海魚の中には食べられるものもありますが、人型をしている私を食べ物として見るのはどうかと思うのです。
さすがは不良天人、考えることが他の天人とは一線を凌駕していて尚且つ平気でやってのけます。
でもそこに痺れもしないし憧れもしませんが。
「仕方ないわね。ほら顔を合わせて会話するからこれで良いでしょう」
「なんで偉そうなのかは置いておくとしてそれで良いです。それで、その儀式とはなんなのですか?」
「実はね、私にはこうしてアリの行列に加わることで龍脈からガイアパワーを身体に取り入れ無限の力を手に入れるのよ」
「……はい?」
「まあ衣玖には何を言ってるのか理解できないだろうけど、これが天人となった私に具わった第二の能力なのよ」
「ならそのガイアパワーとやらを取り入れること具体的にどのような効果が現れるのですか?」
「効果は様々だけど、身近なものなら送りバントの成功率が十割になるわ。これで天界エンジェルスの2番バッターにまでのし上がったのよ」
「物々しい言い方のわりに地味な効果ですね」
「これはガイアパワーを日常で使う為よ。私が定期的にガイアパワーを吸い出さないと大地にガイアパワーが蓄積され、やがて幻想郷を滅ぼす大地震に見舞われてしまうの。そう、つまり私が幻想郷を守っているのよ!」
「はぁ……」
総領娘様はそれはもう自慢げに胸を張って語りますが私にはただのホラ話にしか聞こえません。
というよりガイアパワーとか訳の分からない台詞を恥ずかしげもなく高々と言えるものです。
「でもね、吸い出す度にもある程度の地震は起きてしまうの。あの時、神社を壊してしまうことも仕方がなかったのよ」
「退屈だから壊したのではないのですか」
「ごめんね……幻想郷を守る為とはいえ他を犠牲にしなくてはいけないなんて、私の力が足りないばかりに……」
「加害妄想膨らませてないで人の話聞きやがりなさい」
「そこで新しいスペルを考えたのよ。名づけて極振天上天下粉砕波!」
「全然解決策になってませんし名前からして地上壊しそうですよね。それと危ないので緋想の剣振り回さないでください」
痛い中学生も裸足で逃げ出す厨二病末期の人を相手にするのは疲れます。
知ってますよ? 総領娘様がこっそり痛い名前の必殺技を解説したメモを書き記しているのを。
しかも一番後ろのページに「紫さんをおねえさまと呼びたい」などの願望がびっしりと書かれていることも。
意外と奥手ですね。
結局、読んだ後は色々と切なくなって気付かれないようにそっとポケットに入れ直してあげたものです。
多分、数年後に読み返して死にたくなるでしょうね、あれは。
てか帽子が微妙に斬れてるから本当に剣振り回すの止めろ。
§
「私には個性が足りないと思うの」
「それは気のせいでしょう。今でも総領娘様は近付きたくないくらい個性的ですよ」
「だから語尾に『だ天子』って付けてみることにしてみたんだ天子」
「人の話聞きやがりください。しかもなんですか語尾に『だ天子』って」
「個性だ天子」
「もっと何かまともな個性は考えられなかったのですか?」
「考えたわよ。例えば『むきゅー』に対抗して『てんこー』という口癖とか」
「どこかの狐みたいですね」
「でしょ? だから誰にも真似されないものを選んだの。そっちの方がかっこよさそうだ天子」
確かに誰も考えないでしょうがまずかっこいいとは思えませんが、それを口にするとすぐに怒って拗ねるのであえて口に出しません。
本人が良いと言うならそれで良いのでしょう。
「それとね、今まで黙ってたけど私の本名は天子(あまこ)って言うんだ天子」
「嘘!?」
「本名かっこ悪いし。てんしって読ませた方が良い感じだ天子(あまこ)」
「語尾が思いっきり本名になってますよ」
いつも唐突に訳の分からないサプライズを言い始める総領娘様には困ったものです。
それも私には理解できないものばかりなのだからなお始末が悪い。
この前だって幻想郷にはHR/HM分が足りないと外界の歌に関する熱意を小一時間ほど語っていました。
その後にエアギターなるものでそれを熱く表現してくれましたが、私には闇雲に首を振り回した上に緋想の剣を叩き折るといういかれた行動をしているようにしか映りませんでした。
現在の外の世界は実に理解し難い音楽センスを持っているようです。
ちなみに、叩き折った緋想の剣は我に返った総領娘様が泣く泣くお米粒でくっつけてました。
「個性は大事だ天子(あまこ)」
「確かに個性は大事ですね。あまり突拍子もないものだとドン引きですが」
「でもね衣玖、今の私の中ではとんでもないことが起こってるんだ天子(あまこ)」
「はぁ。それは一体なんでしょうか?」
「わざわざ語尾に天子(あまこ)って付けるのがめんどくさいし飽きたから止めるという気持ちよ」
「すぐ飽きるならやるなよ」
総領娘様が考え実行し飽きるまで、時間して二分四十七秒。
僅かな時間の儚い個性でした。
§
天人となって長らく生きている総領娘様ですが、その性格は天界に昇った時から全く変わっていないのかもしれません。
つまり外の世界風に言うと思春期の女子中学生みたいな性格をしています。
機嫌が良い時にはホクホクとした笑顔で地上の人達にも天界の桃を分け与えたりしますが、機嫌が悪いと何事にも相手が悪いとこじつけて怒鳴り散らす。感情が不安定です。
この前なんて癇癪を起こして自分のお屋敷を半壊させる騒動になりました。しかも騒動の後に比那名居の旦那様が「娘がぐれてしまった」と泣きついてくる始末。
多分叱ってもいないでしょうね、親バカですから。
「ねぇ衣玖。食べちゃ駄目なら味見だけしていい? 少し舐めるだけだから」
甘やかしているからこんな訳の分からないことを言う不良天人になってしまうのです。
こんな感じのノリの人を何日も相手にしていたらさすがの私も苛立ちを覚えます。
溜まりに溜まった怒りも限界を突破して非想非非想天の怒りです。
「ねぇ良いでしょ? 醤油だけで我慢するから」
「何度も申していますが、私は食料ではありません」
「いやそんなことを言わずに――」
「いい加減うるさいですよ総領娘様」
「え?」
「うるさいと言ったのです。確かに私は魚かもしれませんが何度も食料ではないと申してきました。えぇそれはもう耳にたこができるのではないかと思うぐらい何度も何度も……。だというのに総領娘様は人の話を聞こうともせずにいつも人のことを振り回してばかりでしかも言動は支離滅裂。付き合わされる身のことも考えてください。考えてませんよね。なぜなら私の言葉を全然聞いてませんからね。今までずっと我慢していましたがいい加減限界だから言わせてもらいます。今までの行動全てが迷惑でしかたなかったです。もう止めてもらえますか」
「あ、え、その……衣玖?」
「何か反論することでもありますか?」
「……な、何よいきなり。私が全部悪いみたいに言って! もう衣玖なんて知らない! そこら辺のやつに焼き魚にでもされば良いわ!」
まるでりんごのように顔を赤くして激昂した総領娘様はそう喚き散らして走り去っていきました。
だから食料じゃないと言っているでしょうに。
ともあれ、心の内側を吐き出したらすっきりしました。やはり不満というのは溜め込むべきではありませんね。
そもそも総領娘様が悪いのです。人のことを考えずに嫌ってほどに付き添わせるからこれだけ不満も溜まるのです。
――まぁ、長く一緒にいる時間が多かったですから、走り去った後はどうしているのかも大体見当がつきますが。
少し離れた岩の裏側を覗いてみれば、やっぱり。総領娘様が涙ぐみながら膝を抱えていました。
我侭なくせに何か強めに言われるとすぐに内心傷付いて塞ぎ込んでしまう。本当に思春期の女の子みたいですね。
「総領娘様」
「衣玖なんて知らないって言ったじゃない。またいつもみたいに雲の中を泳いでれば?」
「いいえ。拗ねてるお姿を見つけてしまってはほおっておく訳にはいきません」
「どうせ衣玖は私のこと嫌いなんでしょ。だからほっといてよ」
「総領娘様、確かに私はあなたの行動が迷惑だとは言いましたが、あなたが嫌いな訳ではありません」
「嘘吐き。散々酷いこと言ったくせに」
「確かに頭に血が上って心に溜めていた今までの言動に対する思いを吐き出してしまったのは謝ります。しかし、総領娘様自身を嫌いな訳ではありません。楽しい時には無邪気笑う姿はとても魅力的で、そんな総領娘様が私は好きですよ」
「……本当に嫌いじゃない?」
「えぇ本当です」
「ふ、ふん! 別に衣玖に好かれてもどうとも思わないわよ」
そういって総領娘様は頬を赤らめながらそっぽを向いてしまいましたが、照れ隠しなのは見え見えですね。
まったくもって単純で分かりやすいです。
我侭で他人のことを考えない人ですが、その表裏の無い様子を見ていると恨むに恨めないの。
お陰でそれなりに長く付き合うことなってしまいましたが、悪くはない気分がします。
本当に厄介ですね。
「ではお詫びといってなんですが、何か一つだけ言うことを聞きましょう」
「え、良いの?」
「構いませんよ、好きなことを言ってください。私も極力それに従いますので」
「なら一つ聞いても良いかな!? ずっと聞きたいことがあったの!」
言うことを聞くと語ると総領娘様は目を輝かせながら寄り付いてきました。立ち直りも早いものですね。
しかしそれが質問だけで済むというのも意外です。もっと難題とか吹っかけられると思ってたのですが。
「よろしいですよ。質問に答えるくらいお安い御用です」
「じゃあ聞くよ。私はまだだけど衣玖はやったことあるのかな、男の人とセ――」
「龍魚目潰し!」
「おめめが痛いいぃぃぃ!?」
とりあえず何か不穏な空気を感じたのでこの不良思春期天人の目を指で突いておきました。
総領娘様は目を押さえながら仰向けにブリッジしてビクンビクンと痙攣していますがなぜか悪いことをした気になりませんのでそのまま放置することにします。
私もどうして目潰ししたのかうまく説明できませんが、そうすべきなのだと直感しての行動でした。
だって私は空気が読めるナイスガールですから。
それにしても衣玖食べることにこだわるなww
でも、権利は放棄することができ……ませんかそうですか……。
なんというか、お疲れ様でした