フランドールは狂っている。
狂っているから地下室に監禁されている。
監禁したのはレミリアだ。
そうしないとレミリアの貞操が危ないからだ。
もう一度言う。フランドールは狂っている。フランドールはレミリアを想いすぎて狂っている。
紅魔館住民にいわせると正しく狂っているということになる。
数百年も地下にいられるのは、レミリアに頼まれたからだ。ちょっと地下で大人しくしてて、と。
それをフランドールは放置プレイと解釈し、数百年楽しんでいた。
でも最近飽きてきた。
「愛しい愛しいお姉さま、こんなに愛らしい寝顔を晒していては悪い妹に食べられてしまうわよ」
吸血鬼にとっての夜明け、つまり地平線に夕日が沈む頃。寝室に忍び込んだフランドールが体重をかけないようにレミリアに馬乗りになっている。
眠りが深いのか、妹の気配だからか、レミリアはフランドールに気づかずいまだ夢の中。
それにやや不満そうな顔をフランドールは見せるも、レミリアの口の端から垂れたよだれをみつけると小さく笑みを浮かべた。そして人差し指でそれをすくいとり、舌でなめた。極上の蜂蜜であるかのような甘さを感じ、陶酔した表情となる。
「……もっと」
そう呟いて、さらに味わうためフランドールはレミリアの顔に静かに近づく。
フランドールの目にはレミリアのぷっくりとした桃色の唇しか見えていない。
なにをするかといえばディープなキス。それしか頭になくなったゆえに、かけないようにしていた体重がレミリアにかかる。
さすがに寝苦しさを感じたレミリアは起きて目を開き、間近に迫った妹の顔を見ることになった。
「ちょっフラン!? 近い近いっ」
フランドールは己の欲望を満たすことしか考えず、レミリアの声は聞き流す。
ならばとレミリアは全身から魔力を迸らせ、フランドールを吹っ飛ばした。
「いったーい。なにするのよお姉さま」
「それはこっちのセリフよ。寝室に忍び込んでなにしようとしたの」
「ディープキス」
隠すこともなく照れることもなく言い切った。
「淑女がそんなはしたないことを言うものではないわ!」
「初心ね、お姉さまは。そんなところも好きよ」
「好いてくれるのはありがたいわ。だからといって寝込みを襲われるのは迷惑よ」
「じゃあ、起きてるときに襲うことにする。
ということで続きをしましょう? 四百年以上我慢してきたから、全身しゃぶりつくす程度はしてもいいよね?」
なんとなくそれだけでは終わりそうにないとレミリアは感じとる。あとそれをその程度と言うのなら、それ以上はどんなことをされるのかと不安も湧き上がる。
「ス、スキンシップがとりたいなら付き合うから、もっとほかのことをしない?」
「ほかのこと? 例えば?」
「テラスでお茶会なんてどう? 今日は満月でしょう? 吸血鬼にとってはこれ以上ない月見日和だわ」
「そうねぇ。お姉さまの唾液でいれられた紅茶がでるのなら」
「…………」
「あ」
どうしようこの妹と悩みその結果、レミリアは寝室から逃げた。
パチュリーもレミリアが好きだ。もちろんLOVEの方で。
本とレミリアどっちを選ぶと聞かれれば、レミリアの観察日記をレミリアの前で読み上げることで妥協するくらい好きだ。
パチュリーが著者のレミリア観察日記(写真つき)は今年で三百冊を突破した。本として形を整えたのは小悪魔だ。
その日記は常に紅魔館内での貸し出しトップを誇っている。
そんなパチュリーが最近魔理沙と仲がいいように見える。
美鈴の提案した『幼馴染に他人が接近!? 意識させ気を引こう作戦』なのだが、レミリアはたいして反応していない。
真剣みが足りないのかしらとパチュリーは悩んでいる。
バタンと勢いよく開けられた図書館の扉の方向を、パチュリーは本から目を離しいらだたしげに睨む。
だがそれをなした人物がレミリアだと知ると、扉の開閉音はたちまち繊細な音楽のように思えてきた。
「どうしたのレミィ? 起きるには少しだけ早くないかしら? それに寝巻きのままじゃない」
「フランから逃げてきた」
「どうりで。とりあえずこっちにきて落ち着きなさい」
「そうさせてもらうわ」
小悪魔にお茶を入れるように命じ、本を閉じたパチュリーは魔法を使う。
何の魔法を使ったのかと首を傾げるレミリアに、たいしたことではないと告げる。
パチュリーが使ったのは映像記録の魔法。レミリアが寝巻き姿で図書館にいるというレア映像を記録しているのだ。
内心パチュリー大興奮だが、それを一切外には出さないところはさすがクールビューティ。しかしパチュリーの視線は、レミリアのはだけた胸元から見える鎖骨に突き刺さっている。走ってきたのだろう、うっすらと滲んだ汗が鎖骨を艶かしく輝かせ、その魅力に目を奪われずにはいられなかった。
「妹様はなにをしたのか聞いてもいい?」
「寝込みを襲われかけたのよ」
「襲われ!?」
落ち着くために素数を数えて続きを聞く。
「襲われてはないのね。なにをされかけたの?」
「ディ、ディープキス」
恥じらいから頬を赤く染め視線を逸らすレミリアの様子は、パチュリーの理性をがりがりと削る。
「そ、それは過激なスキンシップね」
「そ、そうね」
唾液紅茶のほうはフランドールのことを思ってか話すことはない。
「あの子は昔から変わらないわ」
「そう聞いてるわね。でもレミィが魅力的すぎるから」
後半は聞こえないように付け加えられた。目には情欲の炎がちらりと揺れた。
「一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たりは姉妹のスキンシップでいいんだけど、そのときに体まさぐってきたわ。
私の服や下着を気に入ったからって、いろいろともっていったりも……どうしたのパチェ?」
レミリアの話に出てくる場面を想像したり、自身に置き換えたりしたせいで、パチュリーは萌え血が鼻から漏れ出るのを必死で防いでいた。
理性が削られ続けていることもあって、我慢がきかなくなる。もとよりレミリアに関することでは我慢はできない性質なのだ。
「もうあれよね? 我慢しなくていいわよね? する気もないけど」
「パチェ?」
「レミィ貴方が悪いのよ? そんな艶かしい鎖骨を見せつけているんだから。私を誘っているんでしょう?
その鎖骨に舌を這わせたら、今回はどんな味がするんでしょうね」
ぺろりと舌で唇を舐める。以前味わった極上の味を思い出し、瞳の中の炎は大きくなる。
「…………」
くすくすと妖艶に笑いつつ自身に近づいてくるパチュリーから、フランドールと似たようなものを感じ取る。
すくっと椅子から立ち上がり、レミリアは机と椅子を弾き飛ばして走る。
そのあとをパチュリーはゆっくりと追っていく。
美鈴は謀っている。
フランドールの攻勢をどうにかできないかと相談され、隔離を提案した。
レミリアの気をもっと引けないかと相談され、意識させてはどうかと作戦を立てた。
結果、ライバル二人のレミリアと接する時間が減った。
かわりに美鈴とレミリアの接する時間が少し増えた。
常にすべてを抱擁するかのような笑みでレミリアと話し、裏ではもっと接する時間が増えないかと考える。
昔はライバル少なくてよかったなぁと懐かしみながら。
「美鈴!」
「おわっ!?」
門番中に、背後から抱きついてきたレミリアに驚いた声を上げる。
これは演技だ。誰かが近づいてくる気配を察することなど容易なのだから。
それが力のかぎり愛でているレミリアのものならば間違えようがない。
「どうしたんですお嬢様?」
向き合い問いかける。
美鈴はレミリアの寝巻き姿に、理性がかりかりと削られる音を聞く。
「フランとパチェが!」
「ああ、いつもの病気ですね」
「病気とは違うのだと思うけど」
「病気でいいじゃないですか。それで通じるんですから」
「通じるけど、病気って言い方は二人に悪いわ」
「お嬢様は今日もお優しいですね」
言いながら美鈴はそっとレミリアを抱き寄せる。
フランドールやパチュリーのように邪まなものを感じさせないので、レミリアは安心して抱きつく。
邪まなものを完璧に隠しきっている美鈴の内心は役得といった思いで一杯だ。表情も誰かに見せるのに適さないほどに弛みきっている。
レミリアの背中に回している手をお尻へと下げ揉みしだきたいのは、気力を振り絞って我慢した。
「美鈴、ありがとう。落ち着いたわ」
「もう少しこうしててもいいんですけどね」
レミリアが美鈴を見上げると、盛大に弛んでいた表情は瞬時に引き締まる。
「当主として示しがつかないわ」
「そうですか。またいつでも抱きついてください」
「いつかね」
落ち着き当主としての顔で答えるレミリアの凛々しさもいいなと思いつつ、美鈴は頷く。
美鈴は欲張らない。欲張るとレミリアが逃げることは先の二人が実証しているからだ。それにレミリアが己に求めているのが癒しの雰囲気とわかっている、それを崩し不快感を与える気はない。
欲望に負け積み上げた好感度を台無しにするほど、美鈴は愚かではないのだ。
こつこつと好感を積み上げていくことで、いずれ大きな利益を得ることができると信じているのだ。
レミリアと微笑みを交わす美鈴の即頭部にスコーンとナイフが刺さる。
咲夜は今日も完璧だ。
レミリアの身の回りの世話を完璧にこなす。
すべてはレミリアへの愛がなせるわざだ。
レミリアは咲夜を人間と思っているが、実際はそう見えるように擬装しているだけだ。
その正体は紅魔館住人のレミリアへの想いが凝固し誕生したレミリアLOVE具現体だ。妖精や精霊に近いのかもしれない。
体の隅から隅までレミリアへの愛のみでできているので、身の回りの世話に力が入り、結果ミスがなくなる。
ミスとはレミリアに不快感を与えることに等しい。ミスなど己の存在を否定するようなものだ。
咲夜は今日も紅魔館住人のレミリアLOVEを吸収し、瀟洒に働く。紅魔館からレミリアへの愛がなくなることはないので、館内にいるかぎり咲夜が疲れることはない。紅魔館の最終兵器、無限エクステンドの二つ名は伊達ではない。
「咲夜!?」
「はい、お嬢様」
「どうしてナイフを刺したのよ!?」
「仕事をさぼっていると判断いたしました」
レミリアに抱きつくという役得に対する嫉妬が九割ということは、咲夜だけの秘密だ。残りの一割はさぼりと判断したことと気まぐれの半分ずつだ。
「私から話しかけたのよ? 一時的に仕事を中断するのも仕方ないことではない?」
「美鈴の仕事は門番、加えてお嬢様の警護。一瞬の油断が万が一の事態を引き起こし、お嬢様に災いとなることもあるのです。どんな状況であろうと、常に気を張っておかなければいけないということは、お嬢様もおわかりでしょう?」
「一瞬の隙をつかれて私がどうにかなると? それは私に対する侮辱ではないか?」
ぎらりと光る鋭い視線を咲夜に向けた。いらだちから発せられた魔力が周囲の草花や咲夜の髪を揺らす。
ぞくりと咲夜の背に寒気と快感が走る。
「私がお嬢様を侮辱するなど、生涯ありえませんわ。
一瞬の隙をつかれるような事態を作り出す、そのような事態を起こすことが門番失格だと申し上げているのです。
美鈴の仕事ぶりを指摘したまでで、お嬢様を侮辱など」
そう言って一礼する咲夜に鼻を鳴らしレミリアは高めた気配を解く。
「部屋に戻るわよ。いつまでもこの姿のままではいられないわ」
「急いで戻りましょう」
今咲夜の意識はレミリアのセミヌード一色だ。
手ずから寝巻きを脱がして、服に隠された白磁の肌を舐めるように観賞し、着せ替えを手伝っていく。その作業は誰もが羨ましがるもので、咲夜にとっても誇りある作業でかつ日々の労働の報酬となっている。うっかり指先が肌に触れることもあり、そんな日は咲夜の機嫌が上向きになることが多い。
時間をとめて触れることは咲夜自身が禁じている。偶然触れることが大事なのだ。チラリズムみたいなものだろう。
館に足を向けていた二人はすぐに止まる。館の中からフランドールとパチュリーが出てきたからだ。
「お二方、用事がないのでしたらそこをどいてもらえませんか?
これからお嬢様は着替えなのです」
「着替えね、たまには私が手伝おうと思うけど、レミィどう?」
「私の仕事ですので」
「私はレミィに聞いてるのだけど?」
パチュリーと咲夜の間で視線がぶつかりはじけた。
「お姉さまつづき~」
にらみ合う二人を無視してフランドールがレミリアに抱きついた。
「「妹様っ」」
二人はにらみ合いをやめ、レミリアからフランドールを引き剥がす。
フランドールはぷーっと頬を膨らませ、魔力も膨らませる。
それに応じるようにパチュリーと咲夜も力を膨らませていく。
「三人ともやめなさい!」
レミリアの制止が合図となり、破壊の魔力が、ナイフが、炎が庭に吹き荒れる。
「美鈴!」
自分一人では三人を止めるのは難しいと判断したレミリアは、美鈴に手伝ってもらおうとナイフを抜いて起こそうと体を揺らす。
だが殺す気で投げられたナイフは大ダメージを与えていて、復活にはもう少し時間がかかる。
こうしている間にも庭では破壊の嵐が吹き荒れる。
妖精メイドは慌てず、いつものことだとレミリアの慌てる様子を愛でていた。
レミリアは今日も変わらず貞操の危機を迎えていた。
この紅魔館はもうダメだ。
レミィ愛されすぎww
一つだけ気になったのが、咲夜の部分で「己を自己否定」って意味重複してないですか?
この紅魔館wwww
>「私にレミィに聞いてるのだけど?」
私の?
衝撃の事実wwwww
素晴らしいレミィ総受け。つづけ!
おもしろいwww
もちろんシリーズ化ですよね?
変態という名の紳士
美鈴
紳士という名の変態
そんな違いがよく分かるお話でしたwww
今回は紅魔館の住人しか出てこなかったが,果たして紅魔館の外はまともなのだろうか.