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地底妖怪トーナメント・5:『1回戦5・西行寺幽々子VS少名針妙丸』

2014/10/17 16:56:10
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 ふと、博麗霊夢は観客席を見回して疑問に思う。
「増えて来たわね、観客」
 霊夢の問いに「この次の試合が鬼の試合だからじゃないかしら?」と風見幽香は返す。
「ああ。そういえば藍もそれらしい事を言ってたわね」
「あなたと私の本命株である小さな鬼と、人形使い。どう見繕っても鬼が優勢だけどね」
「そうね。でも、何が起こるか分からないものじゃない?」
「あなたにしては珍しい事を言うのね」
「萃香とアリス、じゃなくて、この試合でそんな気がするのよ」
「? それこそ圧倒的じゃない。死を操る亡霊と小人。これはどう考えても――」
「何なら賭ける?」
「……まさか」
 霊夢は小人を買い被り過ぎではないかと思う中、幽香は辺りを見回す。
「そういえば、魔法使いは何処に行ったのかしら」
「さぁ」
 もうすぐ第五試合が始まるにも関わらず、近くに霧雨魔理沙の姿はなかった。

「何よ魔理沙。私は忙しいのよ」
 霧雨魔理沙は八雲紫の座る最下段の観客席まで来ていた。
「いやいや。一観客として意見を伝えに来ただけだぜ」
 魔理沙はどっかりと二つ隣の席に座った。
「弾幕のルール、曖昧じゃないか?」
「……ふむ。まぁ、さとり妖怪は判断に困っていたわね」
「いや、あの弾幕合戦もそうだけどさ。布都が舟を造るために放った火の玉。あれも場合によっては弾幕じゃないか?」
「言ったでしょう。弾幕を放てば失格。そうでなければなんでもないと」
「私とかならまだしも、弾幕に疎い妖怪もいるだろ? せっかくだし、その線引きをはっきり公開してくれよ」
「……そうね、考えておくわ」
「よし。あぁそうそう、あともう一つあるんだけど……」
「……私は忙しいのよ」
 魔理沙と紫が話し続ける中、勝負の時間は刻一刻と近づいていた。

 選手入場口の通路を歩く彼女は小さな体躯をしていた。
 彼女――少名針妙丸は一人の妖怪と協力して異変を起こし、世界の下剋上を目論んでいた。しかし博麗霊夢を含めた人間達との戦いに負け、それからはまた普通の小人として日々を送っていた。
 ――やはり観客として大人しくしてるのも良かったかな。
 そんな事を思いながら入場口の通路に辿り着くと、そこには一人の妖怪が待ち構えている。かつて行動を共にした天邪鬼――鬼人正邪が背を向けた状態で選手入場口を見つめていた。
「何してるんじゃ、正邪」
「当然、あなたが負ける様を最も近い場所で見れるようにですよ。おおっと、最も近いのは対戦相手である亡霊の方かな」
 身体を捻り、天邪鬼は針妙丸と目を合わせる。
「それにしても小人族というのは運も悪い。まさか死を操る亡霊の姫君と、よりにもよって一回戦なのだから」
「そうじゃな。まぁ、やるだけやってみるよ。霊夢の話では、亡霊の得意な弾幕は禁止だから、案外何とかなるかもしれないし」
 横を通り過ぎる針妙丸に向かって、正邪はにやけた笑みを浮かべる。
「起こしてみせてくださいよ、とびっきりの下剋上を……」
 針妙丸は一瞬反応する。
「私含めて亡霊が勝つと思っている観客達を嘲笑い、虚仮にしてくださいよ。天邪鬼を親友と言うからには、これくらい容易いでしょう?」
 小人は小さく微笑んでいた。そして、闘技場へ足を踏み入れようとして――
「そうじゃ」
 最後に一つ、会話を交わす。
「今の内に聞いておくが、お前ならあの審判達を前に、イカサマを働けるかい?」
「さぁ……どうでしょうねぇ。絶対的な審判を下す閻魔の目を掻い潜っても、さとりがいますからねぇ」
「そうか……ふむ。ま、仕方ないか。ありがとうな」
「いえいえ。ま、三分耐えたら拍手してあげますよ」
 またも小人は小さく微笑み、今度こそ闘技場へその姿を見せた。
「あらあら。本当にこんな可愛い子が私の相手なのね」
 白玉楼の主である亡霊の西行寺幽々子は、自分のへその位置より少し高い程度の小人を見下ろす。対して右手に小槌を持つ小人は負けじと幽々子を見上げた。
「大丈夫よ。私は亡霊だけど、当たればその小槌は通用するわ。当たればね」
 閻魔によって両者離れるよう指示される。小人が背を向ける中、しかし幽々子は真っ直ぐと下がらず、八雲紫が座る席へ歩いて行った。
「いいわねぇ、そんな所から悠々と見物できて」
「私にとっては、あなたが参加する事の方が意外だったわ」
「流石に、たまには部下の前で優雅な姿を見せておかないとね。まぁ、終わったら、この大会の事を良い肴にでもしましょう」
 紫との会話を終えた幽々子はようやく定位置に立つ。
 やれやれと思いつつも、既に問題は無くなったので閻魔は宣言する。
「一回戦第五試合、始めっ!」
 戦いは始まったが、針妙丸は迂闊に前に出なかった。西行寺幽々子は死を操る事ができる、と霊夢から聞かされている。単純に考えて、触られれば死ぬ、と予想して幽々子の両手に意識を構える。対する幽々子もゆっくり針妙丸に近付いて来るが、特に襲い掛かってくるような雰囲気もない。
 訝しがるも針妙丸は間合いを離すために斜め後方に跳んだ瞬間、幽々子は眼前にまで接近していた。
「!」
 触れようとした右手に対し針妙丸は体勢を崩して避ける。すぐに受け身を取って起き上がるも戸惑いを隠すことができなかった。
「あら残念。最短記録にしようと思ったのに」
 困惑する針妙丸に対し、微笑んでいる幽々子は自分の胸に左手を置き、言い放つ。
「気配を『殺した』。それだけよ」
「……!」
 ――目茶苦茶だ! いやそんなことより、やはり触れられるだけで危ない!
 追撃するために再びゆっくりと近づく幽々子に対し、針妙丸は背を向けて飛び、間合いを離す。
 そのあまりにも露骨な逃げの姿勢から「あらあら」と対戦者である幽々子も笑ってしまう。
 距離を取っては振り向き、幽々子が近づこうとすると再び背を向けて逃げるのを繰り返す。その光景に笑っているのは正邪だけで、試合を見ている妖怪達は針妙丸に野次を飛ばし始めた。
「ま、逃げるって事は、降参する気はないって事だ」
 正邪の予想は当たっていて、針妙丸は降参する気どころか怖気づいてもいなかった。彼女は露骨に逃げる事で、自分が弱者である印象を幽々子に刷り込ませようとしていた。
「うーん。一回戦から時間切れで勝利するのは忍びないわ。悪いけど、少し速く動くわね」
 もう十分か。そう思った針妙丸は一度身を屈め、上空に飛び上がった。
 それを見て幽々子は笑みを浮かべ、同じく飛び上がり針妙丸を追う。
 観客達から不服な言葉を叩き付けれられるも針妙丸は気にせず飛び続け、しかし天井である部分の結界まで到達してしまう。
「さぁ、鬼ごっこはおしまいよー」
 自分を追いかけて来る幽々子を見て、しかし針妙丸は微笑む。相手が自分の真下に来ることを彼女は待っていたのだ。先程屈んだ時に左手で掬った砂の粒を手放し、真下にいる幽々子に振りかける。
 それを見て正邪は感心していた。
 ――なるほど。まぁ、反則ではないな。砂はあくまでそこにあったもので、持ち込んだ道具ではなく、当然弾幕でもない。
 しかし、その砂で幽々子の目を潰すことはできなかった。
「残念」
 針妙丸が屈んだ時、砂を拾っている事を彼女は察知していた。降りかかろうとする砂に対し目を閉じて防ぐ。
 しかし、残りの砂が手から零れ落ちた時、針妙丸は初めて、手にした小槌を振って叫ぶ。
「大きくなぁれ!」
 まさか、と幽々子は思うが、目を開ける前に砂だったもの――岩の塊に襲われる。針妙丸の持つ秘宝である打出の小槌の魔力によって、近くにあった砂粒の一つ一つが手の平程度の岩石に変わる。それらは当然重力によって幽々子のいる真下方向へ雪崩の様に振っていった。
「やればできるじゃん」と正邪が感心する中、幽々子を飲み込んだ岩は闘技場の地面に降り積もった。
 小人の放った奇策に観客席どころか八雲紫でさえ目を丸くしていた。
「幽々子が……。そんなはず……」
 否定する思いが通じたのか、帽子を巻き込まれて無くした西行寺幽々子が岩山の中から姿を現した。衣服はそれほど傷んではいないが、額に大きな痣が一つあった。
「お見事だったわ」
 幽々子は、既に地面に足を着いている針妙丸を称賛した。
「侮っていたとはいえ、まさか一撃を入れられるとは。砂による目潰し、それを防ぐために目を覆う。どちらにせよ私は視界を封じられ、あなたの攻撃に対し一手遅れざるを得ない。私が迂闊だったこと以上に、あなたの奇襲も素晴らしかった。でも、もう手加減はしないわ」
 幽々子の周りに一陣の風が舞う。触れていないにも関わらず、針妙丸はそれがとても冷たい風だと察知できた。幽々子の自分を見る目は、先程のような遊びのそれではなくなっていた。
「いや、その必要はない」
 針妙丸は小槌を振ると、幽々子の背後にある岩が次々と消滅していく――元の塵に戻っていく。
「私はお前に一撃を入れた。しかしお前は、不意打ちで私を出し抜いたとはいえ一撃を入れることができていない。その差だけで十分さ」
 針妙丸は再び小槌を振る。彼女と小槌の力が合わされば物の大きさを自由自在に変えることができる。それは生物――人であろうと例外ではなく、かつて戦った事がある霊夢達は自らを大きくさせられ、しかしそのせいで針妙丸に苦戦したことがある。だが、この瞬間、幽々子に対しては何の影響も起きていない。
 しかし目を凝らして見ると、元々体躯の小さかった針妙丸の身体が徐々に縮んでいくのが分かった。針妙丸の意図が読めず、幽々子はそれをただ見ているだけだったが、やがて小さくなり続けていった針妙丸は小槌を残し、幽々子から見えなくなっていた。
「?」
 攻撃をかわすのが主な弾幕勝負ならともかく、それが禁止されている今で小さくなることによる利点はないと幽々子は思いつつも、もしかすると思いもよらない方法があるのかもしれないと身構える。それでも、自分に何かが近づいてくるような気配はなかった。
 ――まぁ、攻撃してこないのなら、おそるるに足らないけれど。このまま時間切れになれば……。
 しかし、幽々子はある一つの事実に気が付き、先程の針妙丸が言った言葉を思い出す。
 ――お前は、一撃を入れることができていない。その差だけで十分さ。
「判定負けになるのは……私の方?」
 消えた針妙丸に対し再び野次が飛ぶ闘技場の中で幽々子は考える。このまま針妙丸が姿を見せなかった場合、審判の三人はそれを逃げと見做すだろうか。攻撃されないと同時に、自分自身もたかが小さくなった小人一人殺せないと判断されるかもしれない。そうなった場合、有効打を入れた針妙丸が勝ちと判断されるのではないか。
 そう思い、幽々子は結界越しに入る八雲紫の元に歩いて行った。
「ねぇ、紫」
 しかし幽々子は、それとは別の問いを聞きたかった。
「試合終了になってもあの子が現れなかった場合、あの子はどうなるのかしら?」
 問いに対し、紫はうっすらと笑みを浮かべていた。
「さぁ。まぁ、見えないのならしょうがないわね。何らかの方法による逃走と見做し、失格にしましょうか」
 互いにしか聞こえない会話を交わし、幽々子は紫に背を向け歩く。その先にあったのは小さくなった持ち主の手から放れて地面に落ちていた打出の小槌だった。幽々子はそれを拾い上げる。小槌が無ければ元の大きさには戻れないかはともかく、自分が小さくされることはないだろう、と幽々子は思う。しかし、時間切れぎりぎりで、効力切れか何かで何もなくとも戻り、そのまま判定に持ち込まれるかもしれない。そう思い、幽々子は時間切れまで針妙丸に合わせるつもりはなく、小槌を上に掲げた。
「見えるかしら小人さん。あなたが一分以内に元の大きさに戻ったり、自分の居場所を知らせなければ、この小槌の、物としての寿命を迎えさせるわ」
 物の死を操る。そんな事ができるのかと幻想郷の強者達が思う。しかし物には魂が宿っているという考えもある。幽々子自身、そうすれば小槌がどうなるのかは判らない。魔力がなくなり単純な槌になるのか、それとも灰になって消滅するのか。どちらにせよ、幽々子の脅迫に偽りはなく、姿を見せなければ本気で小槌に死を迎えさせようとしていた。
 ――私はここだ。
 ふと、観衆に掻き消されそうな小さい声が聞こえる。それは小槌から聞こえてきた。訝しげに小槌を眺めるも、そこに針妙丸がいるようには見えない。
 ――私は裏にいる。
「裏……?」
 疑問に思いつつも、幽々子は手首を返し、小槌の裏側を見る。
 その瞬間、大きい昆虫程度の大きさをした何かが小槌から跳び、幽々子の口内に入った。
「っ! な……?」
 驚いた拍子に幽々子は小槌を落としてしまうもそれどころではない。小槌の裏にいると聞こえた針妙丸の声、そして今、自分の口に何かが入った。導き出される答えは一つしかない。
 そしてそれは喉元まで行き、生理的な反応で幽々子はそれを飲み込んでしまった。
 ――あの子、私のお腹の中に……!
 動揺と困惑から動きを止める幽々子だったが、相手はすぐに次の手を打ってきた。
「あっ……!」
 自分の胃から響く、くすぐったい程度ではあるが、自分の内側から感じるそれに気味の悪い感触を覚える。それも一度ではなく、何度も、何度も。
「あっ……待って……くすぐった……。そこは……駄目……!」
 幽々子の奇行によって審判達三人も確信する。小人――少名針妙丸は小さくなり、西行寺幽々子の腹の中に入ったのだと。
 ――これは序の口さ!
 突如、自分の中から小さく響き渡る声が聞こえる。言動からして叫んでいるのだと感じる。
 ――お前が降参しないのなら、今度は針の先の方でお前のお腹を壊してやる! それが嫌なら降参するんだ!
 今までの攻撃は針の持ち手側で突かれていたのだと幽々子は悟る。次からは恐らく激痛が来る。それに耐えられるかどうかは分からなかったが、幽々子は一つの疑問を感じた。
「針?」
 不思議と頭が冷静になっていき。そこから導き出される答えに到達する。
「降参よ」
 数十秒程の沈黙の後、幽々子はぽつりと言った。
 ――もっと大きな声で!
「……降参よ」
 その言葉は閻魔の耳に届いた。
「止め!」
 幽々子は腹部に手を当て、針妙丸に伝える。
「参ったわ。だから、私のお腹から出てくれないかしら」
 途中で襲い掛かる喉元の不快感に耐え、幽々子は針妙丸を外に出した。針妙丸はそのまま落ちている小槌に手を触れ、元の大きさに戻った。
「私が……勝った?」
 喜びに打ち震えそうになる針妙丸の後姿を見て、幽々子は微笑んでいた。
「ええ。あなたの……負けよ」
「………………え?」
 途端に困惑した様子を見せる針妙丸を置いて、幽々子は映姫の方を振り向いた。
「あなた、私のお腹を針で刺したのよね」
「そうだ。私はお前の腹を……」
 途端に言葉は止まり、思わず彼女も閻魔の方を振り向く。
「なるほど。それが本当ならば、降参を宣言した西行寺幽々子よりも先に敗北の条件を満たした少名針妙丸の負けと言う事になりますね」
 幽々子の降参宣言によって静まり返る中、映姫は開けられた結界を越えて二人の元に歩んで来ていた。
「違う! 私は針を使ったなんて一言も言っていない!」
 それを聞いて、幽々子は再び微笑んでいた。
「そう。なら、何か別の『道具』を使ったのね」
「……!」
 揚げ足を取ってばかりいる幽々子を相手にすることはやめ、針妙丸は審判長の方を向く。
「予め聞いておくが……あなたはどちらなんだ? 疑わしきは罰するのか、罰しないのか」
「…………。私は審判であると同時に裁判長です。確かな証拠もないのに法に反した者を裁くようなことはしません」
「……それを聞いて安心したよ。私は西行寺幽々子の腹の中にいた。せこい話だが、その中で私が仮に道具を使っても、分からないのでは――」
「しかし」
 針妙丸の言葉を制し、映姫は言い放つ。
「今この場には、審判としても最高の者達が集まっています。あなたが仮に何かを犯している場合、決して逃げられないと思いなさい」
 言葉の重みと同時に針妙丸は別の違和感を感じる。四季映姫は自分の方を向いていない。その視線の先を辿ると、いつの間にか観客席を下りて来ていた古明地さとりがいていた。
「例え私を掻い潜れたとしても、古明地さとりさんの目から逃れる事はできません。八雲紫さんが戦いを見て、さとりさんが心を見る。そして私が審判を下すのです」
 映姫の言葉により、悔しそうに歯を食いしばる針妙丸を見て、唯一観客席に座っている審判の紫は噴き出すように小さく笑っていた。
「では古明地さとりさん。お願いします」と言う映姫の言葉に促され、さとりは針妙丸の顔を見る。
「目を逸らしても無駄です。隠そうという意識の心までも私には見えるのです。どんな捻くれた者であろうと。私の第三の目から逃れる事はできません」
 悔しそうに身体の力を抜く針妙丸を見て、幽々子は扇子を開いて口元を覆っていた。
「審判が優秀でなければ、確かにあなたの勝ちだったかもしれない。あなたの不運は、まず私が相手だったこと、審判が優秀だったこと。そして――策に溺れたこと。それだけよ」
 幽々子が言い放つと共に、古明地さとりは閻魔の方を向く。
「全て見えました」
「分かりました。では、私はそれを元に判決を下します」
 幽々子と針妙丸を閻魔は一度定位置に戻し、そこから言葉を促されたさとりは、言う。
「少名針妙丸は道具を『打出の小槌』。……以上のものしか使用していません」
 ――はぁ!?
 幽々子と紫が同時に驚嘆する中、審判長である映姫は宣言する。
「了解しました。よって、西行寺幽々子の降参宣言により、勝者、少名針妙丸!」
 自分の物言いが取り消され困惑しつつも「ちょ……ちょっと待って!」と幽々子は言葉を絞り出した。
 幽々子の言いたいことを何となく察知した閻魔は「どうぞ」と返す。
「確かにこの子は私のお腹の中で針を使用したはずよ! 刺された感触もあった……」
 幽々子に対し閻魔は冷静に「直接聞いた方が早いでしょう」と促す。
 視線を向けられた針妙丸は自信ありげに開いた左手を幽々子達に見せる。覗くと、その手の平には一粒の小石があった。ほんの少し尖っているだけで、数ミリ程度の大きさしかない。
「あぁっ!」
 しかし、幽々子は針妙丸の右手に握られている小槌を見た時に悟った。先程自分の腹を突いていたのはその小石だったと。
「あの時屈んでいたのは目潰しのための砂を拾っただけじゃなかったのね。……いや、待って。じゃああの時の、『針の持ち手の方で突いてた』というのは……」
「石の先で突いてたさ」
 針妙丸は小石に向けて小槌を振り、手の平程まで大きくする。しかしそれはお世辞にも刃や針と言えるような鋭さは微塵もなかった。幽々子は裁縫針の持ち手部分を想像するが、下手をすればそちらの方が巨大化した小石の尖った部分より鋭く細いだろう。
「勝負を焦っていたのは……私の方だったのね。弾幕を封じたこの大会でも戦略と駆け引きで勝つなんて……見事だわ」
「いや、すべて自分の都合の良いように当て嵌まったに過ぎないさ。お前が小槌に近付く、口に入るまでに私が叩き落とされない、降参する。全部賭けだった」
「それこそ、運も実力の内、ね。……あーあ、妖夢に怒られちゃうわ」
 微笑みつつも溜息を吐く幽々子は針妙丸に右手を差し出した。
「握手しましょう。もう触れても死なないから大丈夫よ」
 差し出された右手を針妙丸は両手で握りしめる。
「うーん。本当に恰好つかないわねぇ?」
 苦笑いしながら幽々子は退場し、それに合わせる様に針妙丸も退場するべく選手入場口へと戻る。
 先程まで野次を飛ばされ、勝った今も観客はざわついていていたが、突如観客の一人から針妙丸に言葉が贈られる。
 ――いよっ、一寸法師!
 かつて同じように小さくなって中から鬼を成敗した先祖の名で称えられた事を皮切りにようやく針妙丸の活躍を妖怪達は認め、称賛していく。そのせいで誰が言葉を言ったのかはもう分からないものの、針妙丸は口元の吊り上がりを抑えきれないまま退場していった。
 通路の先にいた妖怪も力の抜けた拍手で針妙丸を迎えた。
「いやぁお見事。相手に自分が失格だと思い込ませて油断させる。着物を溶かしてまでそんな危険な賭けに出るなんて、とても一回戦でとる戦法とは思えない」
 言われるまで、針妙丸は自分の着物の裾に虫食いのような跡があることに気付いた。幽々子の腹にいる時に溶かされたのかは分からないが、笑みを浮かべていた針妙丸の表情はどんどんと青ざめていた。
「ま、何にせよ一泡吹かせられたから結構結構。あの亡霊は八雲紫の友人らしいから、あいつを虚仮にできたと考えるのも楽しいか……な……」
 正邪の様子がおかしい事に気付き、針妙丸は後ろを振り返る。
 そこには八雲紫が立っていた。
 あまりに突拍子のない事態に針妙丸も言葉を発せない中、紫は微笑んでいた。
「二回戦おめでとう、少名針妙丸」
 その称賛の言葉を正邪は当然、針妙丸も素直に受け取る事はできなかった。
「見事だったわ。私が思い描いてたものとは違う、なんとも消極的な勝ち方」
 その紫の言葉に正邪は難色を示した。
「けっ。審判の癖に大人気ないね。負けた奴が悪いんだよ。勝てばいいんだよ勝てば」
「その通り」
 即座に肯定した紫に正邪達は困惑していた。
「だからこれは、審判ではなく、幽々子の友人としてあなた達の前に来たの。幽々子が油断してしまったとはいえ、打つ手がないわけではない状況にも関わらず降参を言わされるという酷い負かされ方をしてしまった。だから私は、敵討ちをしたいのよ」
 対して正邪は鼻で笑う。
「大会の妨害は、『八雲紫』が嫌う行為だよ? それにあんたはこの大会に参加者として出てない。手出しする資格はあんたには――」
「でも、代理はいるわ」
「……は?」
「少名針妙丸。仮にあなたが二回戦も勝ち上がり、三回戦で私の部下である八雲藍と戦う場合、代わりに私が出ましょう」
「かっ! そんな方法、観客達が認めるってかい」
 馬鹿馬鹿しそうに笑った正邪に対し、あくまで紫は小さく微笑んでいた。
「幸い、藍はあなたの後に二回戦を戦います。ならば、二回戦で相討ちになるよう仕向けるだけ。試合進行を含めた審判の一人は私であることをお忘れなく」
 針妙丸が息を呑み、正邪が言葉に詰まる中、紫は二人に背を向ける。
「楽しみにしているわ。せいぜい鬼に勝ってみなさい。その後に、やすらぎの殲滅を……」
 未だ盛り上がる観客達のいる会場とは裏腹に二人は静まり返っていた。
「けっ、友人が負けるのが嫌なら、始めから自分で戦えっての。……ん?」
 正邪は自分に背中を見せている小人が震えている事に気付く。
「おいおいどうしたんですか。まさか怖気づいたって言うんじゃ……」
 しかし正邪の予想とは裏腹に小人はにやけていた。それこそ、天邪鬼である自分が浮かべるような笑みを浮かべて。
「正邪や」
「お、おう?」
「こういう事を……何と言うのかね」
「え? えーと……『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』ですかね……いや、なんか違うな」
「ふふ。本当は、お主を止めて終わりのはずだった。それがまさかこんなことになるとは。しかし今、私にはこんなにもはっきりとした下剋上の機会が再び巡ってきたではないか」
「……なるほど。博麗の巫女達はいませんが、確かにあなたははっきりと、八雲紫と大衆の前で戦う機会を得ましたね」
「正邪や」
「はい?」
「楽しいな。私は今、心からそう思ってるよ」
「それは何よりで。ま、その前にあなたは鬼に勝たないと……おっと、そういえばあなたの末裔は鬼を倒したことがあるんでしたね。これは愚問だった」
「そう言うお主こそ、二回戦で地底の鬼と当たるのだぞ。勝算はあるのかい?」
「ははは、勝算ですか。あちらは幻想郷を含めても指折りの実力者である鬼。比べて私など一人の天邪鬼でしかありません」
「……つまり?」
「……楽勝ですよ」
 一人の小人と一人の天邪鬼は、いつかの異変を起こす前の如く、怪しく微笑み合っていた。



コメント



1.非現実世界に棲む者削除
うーん、ゆゆさま負けちゃいましたか。残念。
でも慌てふためくゆゆさまも可愛いから満更でもないです。
次はいよいよ小鬼の出番。はたしてどうなるやら。
2.名前が無い程度の能力削除
面白かったです