痒い。頭の中と胸の奥が痒い。
うぅ、おろしたてのテーブルクロスにミルク紅茶をこぼした様に、ころころと落ち着かない。あぁ、かりかりしたい。かさぶたみたいに気になるところ、爪先で取ってしまいたい。
でも駄目。心は止まらない。みんな動いて私の中で跳ね回る。
頭の中に入ってくる人の心のむず痒さ。言葉に出来るのなら伝えて回りたい。そして願わくば私が過ぎ去るまでみんな思考を止めて欲しい。一時的に呼吸を止めるように。
愛しむ思いはお腹の中にスポンジが入ったみたいにもどかしい。
惚気る思いはピーナッツクリームの様に喉に貼り付いてうにうにする。
妬む思いはタマネギを切っている時の様に目に染みる。
落ち着けみんな。
そんな私は里を往く。
するとどうだ、道具屋の店主が声を掛けてくる。
「さとりちゃん。相変わらず気分悪そうだね」
「えぇこれでもかというほど」
返事も胡乱に返すと、私はとてとて里を往く。
するとどうだ、そこらの人が声を掛けてくる。
「お、さとりちゃん。相変わらず駄目そうだね」
「えぇこれでもかというほど」
横を通り過ぎてさっさと歩む。
私は紅茶を買いに来たのだ。だが、なんということだ、この人の量。知ってはいたが、心に酔いそう。もう十二分に苦しい。私を助けなさい。みんなシンキングストップ。
と、魚屋の店長が声を掛けてくる。
「おいおい、さとりちゃん。おっちゃんの心は覗かないでくれよ」
「お願いですから親馬鹿と惚気のダブルパンチは勘弁してください」
もたれます。甘すぎます。とろんとろんです。うぅ、甘味酔い。
そんな感じで、ふらふら揺れながら私は紅茶を買い、ふらふら揺れながら地霊殿に戻るのでした。
死ぬ死ぬ。
いつも戻り道、誰かを買い物に往かせれば良かったと後悔する。
何せ人の心が判る私。キツいのよ、これが。
しかしあれ。何故かそんな私を受け入れてくれる快活な里のみんな。困ったことに、むしろ私に心を見せつける人までいる始末。代表格は魚屋のおっちゃん。
くらくらする。
それでなんとか地霊殿に戻ると、私のくらくら具合を心配してくれるペットと妹。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「比較的駄目」
「さとり様、お水飲みます?」
「今飲むとブレストします」
「果物食べますか?」
「今食べるともんじゃになります」
嘘です。そこまで酔ってません。
しかし、心配されるのは良いのですが、心配する気持ちが伝わるとなんともちくちく。
あぁ、落ち着くのですペットたち。いがいがするから。
とりあえず水を受け取り一気飲み。ぶふぅと噴きかけたけど堪える私は瀟洒。
ぷはぁと一息吐いて口を拭う。自身の心をしっかりと見つめて、このごわごわする心の起伏を抑える。
「お姉ちゃん、人里好きだね」
妹が心配そうに、そして呆れた様に言う。
かつて、少し人里で暮らしたこともある私。だけど、一週間と経たず離れた私。
「そうね。好きなのかも知れない」
「でも、ほどほどにね」
心の読めない妹の心配を快く思いながら、私は更にお燐が注いでくれた水を飲む。ぐいっ。しまった飲み過ぎた。
思う。幻想郷の人間は希少だと。
彼らは私を嫌わない。
そんな相手を嫌う理由はない。
むしろちょっと嬉しい。
嘘吐いた。かなり嬉しい。
だから、私は人里から離れた。いらいらして嫌いになる前に。
だからたまの人里への買い物は、どうしても私が往きたくなる。
彼らは私を見ると、普通に声を掛けてくれる。初めての経験だった。さすがに時が経ちもう慣れてしまったのだが。
そんなことを思うと、また人里に往きたくなる。
なんど吐いても懲りずに酒を飲む気持ちに近いのかも知れない。これは中毒なのかも知れない。
む。自分が中毒というのは面白くない。自制ができてない証拠。むむ。
でも、まぁいいか。
そんな風に後悔をすぐに忘れ、私はまた人里へ往く。
「お、さとりちゃん。元気かい?」
「かなり気持ち悪いです」
「口の悪いのが来たな。どうだい、新しい酒でも」
「今お酒なんて飲んだら私のもんじゃを披露しますよ」
「はっはっはっ、おっちゃん新しい娘が生まれたから心を覗かないでくれよ」
「お願いです一里ほど向こう往ってください甘すぎるんですあなたの砂糖頭はっ」
道を往き、いつも通りの後悔をする。
「うぅ、やっぱり頭がむず痒い」
それでも、人里が好きな私なのでした。
一理→一里
なかなかなごみました
幻想郷の人里はこんなにも優しい
でもさとり様の頭とお腹には優しくない
電車の中なのに…