「うふふ……。
出来た……! 出来たわっ!」
やたら嬉しそうに、目を輝かせて『やったわ私!』な笑顔を浮かべるのはピンク仙人の茨木華扇ちゃんこと茨華仙こと華扇ちゃん。何かややこしいがこれが本名なので仕方がない。
まぁ、それはともあれ、今、彼女の目の前にはチョコレートが鎮座していた。
繰り返す。チョコレートである。チョコレートケーキではない。
季節はバレンタイン。世の女性たちは己の恋のため、一世一代の大勝負に出るといわれるあの季節。
贈り物の定番、それがチョコレート。それが今、華扇の目の前にもあった。
大きさは直径20センチくらい。高さは10センチ程度。
噂に聞き、そして実際に食べた際、あまりの美味しさに感動した生チョコレートというやつを中心に据えて、その周囲に何重にもチョコレートをコーティングした、まさにチョコの塊。
カロリーぱねぇことになってそうな逸品である。
「はぁ~……。素敵っ! 素晴らしいっ! 食べてしまうのがもったいないくらい!」
部屋中に立ち込める甘い香りと共に、その見事さを示すチョコレートを、どっから取り出したのかカメラでぱしゃぱしゃと撮影する華扇。
と、そんなとき、後ろのドアが(開けっ放しになっている)とんとんとノックされる。
「ごきげんよう。茨華仙さま。
お邪魔してしまいましたかしら?」
「あら、霍青娥」
やってきたのは、青さが目に映える邪仙、霍青娥。
何かと華扇を信奉し、『華扇さまこそ、幻想郷で一番の仙人です』と誰もに公言して憚らない、ある意味、華扇の一番の信者である。
「まあ」
その視線は、華扇が作った、でっけぇチョコレートに注がれる。
「すごいですわね。気合が入っておりますね」
「ああ、これですか。
そうでしょう? 私も、料理くらいは出来ますから」
「素晴らしいですわ。
美味しいお菓子を作れる女性は、とても子供に好かれますし」
さすがは華扇さま、と青娥。
何だか、その言葉に、ちょっと物申したい気配はあったが、今の浮かれた華扇には、それが通用しない。
「何か用事ですか?」
「ええ。
実は華扇さまに、チョコレートのプレゼントに。……と、思ったのですが、このように見事なものをお作りになられる華扇さまには、わたくしのこれなど貧相に過ぎて、少し恥ずかしいです」
「いえいえ、そんなことは」
華扇曰く、甘いものに貴賎はない。全ての甘味は公平に、そして平等に、人々を幸せにするものなのだ。ばい茨華仙説教集第128編『甘味、その幸せと私』より抜粋。
「ああ、ですけれど、ご安心ください。
これは親愛な、あるいは敬愛する方に贈る感謝の気持ちですので」
「そういう風潮もあるのですね」
「山の上の巫女より聞きました。
外の世界では、こういうのを『友チョコ』というそうです」
「外の世界は進んでいますね」
「おかげで余計に、外の世界では、もらえない人ともらえる人の差がはっきりしてきているとかで」
いいんだか悪いんだかわからない、というような口調で青娥はコメントする。
ちなみにこの季節、外の世界では、その『もらえない』側の者達が一大決起して徒党を組み、『バレンタインに死を!』と上半身裸になってとげつき肩パットつけてバギーに乗って街に繰り出す騒ぎがよく起きるらしい。
それはともあれとして。
「よろしければ」
と、青娥が取り出したのは、少しほろ苦いビターの香りが漂うチョコチップ。
きれいにラッピングされたそれは、午後のお茶によくあうことだろう。
華扇は珍しく、素直に『ありがとうございます』とそれを受け取った。
「ところで、このチョコレート。すごいですわね。
華扇さまは洋菓子もお得意なのですね」
「最近、ようやく、まともに作れるようになりました。
和菓子と違って、その作り方にも癖がありますから」
「ああ、確かに。わかります。
わたくしも、あんこは一から練ることが出来るくらいの腕前だと自負しておりますが、洋菓子はまだまだ。
結局、既製品……というか、材料を買って作るくらいにしか」
「仕方ないですね。まだまだ、仙人となっても、学ぶことはたくさんありますし」
「ええ。仰るとおりです」
むしろ、長生きすればするほど、学ぶことが増えてきて困る、と青娥は笑った。
そう考えると、人間の寿命というのは、とてもよく出来ている、とも。
「ケーキですか」
「いえ。チョコレートです」
「え?」
「最初から最後まで、全部、チョコレートです」
「……そ、それは……」
胸を張って言う華扇に、さすがの青娥も苦笑い。
渡される相手が誰かはわからないが、これを全て平らげろというのは、相当な困難であることだろう。
間違いなく胸焼け、あるいは『もう二度とチョコレートなんて見たくない』というくらいの代物だからだ。
美味しいものはいくらでも食べられるといわれるが、実際は、『美味しいものほど、おなか一杯食べたら、しばらくは口にしたくなくなる』ものである。
「作るのは大変でした。
材料チョコにも厳選に厳選を重ね、特にいいカカオから作られたものを選びました。
紅魔館や幽香さんのお店に何度も何度も足を運び、作り方を学び、既製品を食べ、味にも吟味に吟味を重ねました。
いわば、私の集大成です!」
仙人人生長い華扇ちゃんの集大成が、このチョコレート。
仙人どこいったんだとツッコミ入れたくなること請け合いな一言であるが、青娥は『そうですね』と笑顔を浮かべるだけ。
尊敬する相手に対して、ツッコミ入れるのは憚られたのだろう。
「どなたに差し上げるのでしょう?」
「え?」
「え?
……あ、ああ、いえ、もちろん、これは華扇さまにとって大切なイベントですもの。話せないというのは、重々、承知しておりますし、それを考慮してしかるべきでした。
申し訳ございません、ぶしつけな質問をしてしまって」
「何を言っているのですか。霍青娥。
誰かにあげるわけないじゃないですか」
「……………………え?」
「食べるんです。自分で」
「…………………………………………………………………………………………はい?」
胸を張って、さも当然、のように言う華扇ちゃんに、青娥の目が点になった。
食べる。
自分で。
ああ、そうか。
誰かを呼んで、お茶会の時のお菓子にするんだ。
そうよね、そうよ。
だって、ほら、チョコレートって保存が利くし。
華扇さまはわたくしよりも、ずっと交友関係が広いのだから、きっと、お茶会にもたくさんのご友人がいらっしゃるのね。これくらいないと足りないのよ。
ああ、そうだ。そういうことね。何だ、わかってしまえば簡単なことだったわね。てへっ。
「自分で食べたいものは自分で作る。作った後は独り占め。素晴らしいことだわ」
「………………ひ……………………とり……………………で?」
直径は20センチくらい。高さは10センチ程度。見事なホール型のでっけぇチョコレート。
チョコレートは美味しい。確かに美味しい。廟でも主にちびっ子に大人気。
だが、『完全栄養食』というだけあって、カロリーぱねぇし脂分もぱねぇ。しかも『美味しい』チョコレートほど、口の中に味がしつこく残る。
それを一人で食べるのだという。
これを一人で、独り占めするのだという。
「この時期、女性向けにチョコレートなどが安く手に入りますからね!
普段は、チョコレートなんて結構な高級品ですけれど、今回ばかりは庶民の味!
大量に買い込んで、買い占めて、チョコレート三昧! 素敵だわ!」
「……………………」
ちらりと視線を向ける、華扇の家の調理場。
奥の方に冷蔵庫があるのが見えたが、まさか、その中身、全部チョコレートなのだろうか。
いやまさかそんなはずは。
第一、いくらチョコレートの栄養価が素晴らしいといっても、そればっかり食べてたら確実に体を壊す。もちろん太る。それを、日頃、節制と節度ある生活を心がけている華扇がするとはとても思えない。
そうよ、そんなはずないわ、わたくしのいやな妄想よ、うん。大丈夫よ、青娥。気にしちゃダメ。
「あとですね、面白い器具が売ってまして!
これ! 何だと思いますか!?」
「ふ、噴水の……おもちゃ……でしょうか?」
「ぶぶー! 外れです!
これは、『チョコレートフォンデュ』というものでして! 溶かしたチョコレートを使ったおやつを作るものです!
マシュマロとかフルーツなんかをチョコでコーティングした食べることのできるグッズです!
ホワイトチョコのミルクチョコレートがけとか、趣向を凝らしてホットチョコレートとか!
できると思いませんか!?」
目をきらきら輝かせ、まるで子供のような笑顔と共に語る華扇。
一方の青娥は、もはや何ともいえないという表情になっていた。
別に、華扇に対する尊敬がこの程度で薄れるようなことはないが、それにしたって『いやちょっとやりすぎですわ華扇さま』ってツッコミ入れたくて仕方がなかった。
というか、誰か止めないと大変なことになりそうな気がしていた。
「ああ、もう、素敵! バレンタイン最高! こんな文化を輸入してくれた紅魔館には、本当に、足を向けて寝られませんね!
あ、もちろん、ちゃんと普通のご飯も食べますから。その手の心配は無用ですよ!」
「そ、そうですか……。
あの、ですが、華扇さま。
僭越ながら、あまりチョコレートを食べ過ぎると、おなか回りとかが……」
「大丈夫です。毎日8時間、修行しますから。
そして、修行で疲れた体を、美味しいチョコレートで癒す! 完璧だわ!」
それって本末転倒です、と言いたくても言えない青娥であった。
己に厳しい修行を課して、その、ほんの清涼感に幸せを味わう――そう考えるなら、華扇のこの『荒行』というか『ご乱心』というか、まぁ、そんなものも悪くはない。前向きに考えれば。肯定的に捉えるなら。
しかしながら、『普通の生活と修行をして、普通にチョコレート食べる方が健康的なのでは?』という思いは、決して消えることはない。
「……あ、いや、はい。ええ、まあ、はい。
あ、あの、でしたら、わたくしのこちらは、今回は……」
「ああ、お気になさらずに。
相手から勧められるものを断るような失礼は致しません。
あなたからもらったこれも、美味しく頂かせていただきますよ!」
テーブルの上に置いたチョコレートを引っ込めようとした青娥の手を、華扇が、がしぃっ、と掴む。
目を輝かせる彼女の顔を見て、『絶対、体に悪いから』とは言えない。
青娥は黙って、華扇にチョコを渡した。
そうして、『あの、それでは、華扇さま。ごきげんよう……』と頭を下げて、その、チョコレートの香り立ち込める家を後にする。
「……華扇さま、きっと、日々の厳しい修行や仙人としての格を高める修練にお疲れになっているのね」
そんな風に疲れている人の、いっときの、貴重な幸せをぶち壊しにする権利が、今の己にあるだろうか。いいや、答えは否である。
華扇を信奉するのなら、彼女の大切な幸せの時間に土足で踏み入ってはいけないのだ。
それを遠くから見つめるのも、己の役割。
だから、必要以上の言葉はいらない。そう、青娥は判断した。
「……頭痛が」
呻いた後、彼女は『とりあえず、家に帰って頭痛薬飲もう』とつぶやいた。
そうは言っても、色んな意味で受けたダメージは、仙人だろうが癒えるわけもないのである。
「ねぇ、華扇。あなた、何か最近、甘い匂いがするんだけど」
「そう? チョコレート食べ過ぎたかしら」
「どんだけ食べたのよ」
「この一週間、毎日、おなか一杯! 楽しかったわ~! 来年のバレンタインが、今から楽しみね!」
体調を崩すこともなく、虫歯になることもなく、ついでにスタイル崩れることもなく、生き生きとした笑顔と瞳で、その後、ピンクの仙人が神社で目撃されたという。
出来た……! 出来たわっ!」
やたら嬉しそうに、目を輝かせて『やったわ私!』な笑顔を浮かべるのはピンク仙人の茨木華扇ちゃんこと茨華仙こと華扇ちゃん。何かややこしいがこれが本名なので仕方がない。
まぁ、それはともあれ、今、彼女の目の前にはチョコレートが鎮座していた。
繰り返す。チョコレートである。チョコレートケーキではない。
季節はバレンタイン。世の女性たちは己の恋のため、一世一代の大勝負に出るといわれるあの季節。
贈り物の定番、それがチョコレート。それが今、華扇の目の前にもあった。
大きさは直径20センチくらい。高さは10センチ程度。
噂に聞き、そして実際に食べた際、あまりの美味しさに感動した生チョコレートというやつを中心に据えて、その周囲に何重にもチョコレートをコーティングした、まさにチョコの塊。
カロリーぱねぇことになってそうな逸品である。
「はぁ~……。素敵っ! 素晴らしいっ! 食べてしまうのがもったいないくらい!」
部屋中に立ち込める甘い香りと共に、その見事さを示すチョコレートを、どっから取り出したのかカメラでぱしゃぱしゃと撮影する華扇。
と、そんなとき、後ろのドアが(開けっ放しになっている)とんとんとノックされる。
「ごきげんよう。茨華仙さま。
お邪魔してしまいましたかしら?」
「あら、霍青娥」
やってきたのは、青さが目に映える邪仙、霍青娥。
何かと華扇を信奉し、『華扇さまこそ、幻想郷で一番の仙人です』と誰もに公言して憚らない、ある意味、華扇の一番の信者である。
「まあ」
その視線は、華扇が作った、でっけぇチョコレートに注がれる。
「すごいですわね。気合が入っておりますね」
「ああ、これですか。
そうでしょう? 私も、料理くらいは出来ますから」
「素晴らしいですわ。
美味しいお菓子を作れる女性は、とても子供に好かれますし」
さすがは華扇さま、と青娥。
何だか、その言葉に、ちょっと物申したい気配はあったが、今の浮かれた華扇には、それが通用しない。
「何か用事ですか?」
「ええ。
実は華扇さまに、チョコレートのプレゼントに。……と、思ったのですが、このように見事なものをお作りになられる華扇さまには、わたくしのこれなど貧相に過ぎて、少し恥ずかしいです」
「いえいえ、そんなことは」
華扇曰く、甘いものに貴賎はない。全ての甘味は公平に、そして平等に、人々を幸せにするものなのだ。ばい茨華仙説教集第128編『甘味、その幸せと私』より抜粋。
「ああ、ですけれど、ご安心ください。
これは親愛な、あるいは敬愛する方に贈る感謝の気持ちですので」
「そういう風潮もあるのですね」
「山の上の巫女より聞きました。
外の世界では、こういうのを『友チョコ』というそうです」
「外の世界は進んでいますね」
「おかげで余計に、外の世界では、もらえない人ともらえる人の差がはっきりしてきているとかで」
いいんだか悪いんだかわからない、というような口調で青娥はコメントする。
ちなみにこの季節、外の世界では、その『もらえない』側の者達が一大決起して徒党を組み、『バレンタインに死を!』と上半身裸になってとげつき肩パットつけてバギーに乗って街に繰り出す騒ぎがよく起きるらしい。
それはともあれとして。
「よろしければ」
と、青娥が取り出したのは、少しほろ苦いビターの香りが漂うチョコチップ。
きれいにラッピングされたそれは、午後のお茶によくあうことだろう。
華扇は珍しく、素直に『ありがとうございます』とそれを受け取った。
「ところで、このチョコレート。すごいですわね。
華扇さまは洋菓子もお得意なのですね」
「最近、ようやく、まともに作れるようになりました。
和菓子と違って、その作り方にも癖がありますから」
「ああ、確かに。わかります。
わたくしも、あんこは一から練ることが出来るくらいの腕前だと自負しておりますが、洋菓子はまだまだ。
結局、既製品……というか、材料を買って作るくらいにしか」
「仕方ないですね。まだまだ、仙人となっても、学ぶことはたくさんありますし」
「ええ。仰るとおりです」
むしろ、長生きすればするほど、学ぶことが増えてきて困る、と青娥は笑った。
そう考えると、人間の寿命というのは、とてもよく出来ている、とも。
「ケーキですか」
「いえ。チョコレートです」
「え?」
「最初から最後まで、全部、チョコレートです」
「……そ、それは……」
胸を張って言う華扇に、さすがの青娥も苦笑い。
渡される相手が誰かはわからないが、これを全て平らげろというのは、相当な困難であることだろう。
間違いなく胸焼け、あるいは『もう二度とチョコレートなんて見たくない』というくらいの代物だからだ。
美味しいものはいくらでも食べられるといわれるが、実際は、『美味しいものほど、おなか一杯食べたら、しばらくは口にしたくなくなる』ものである。
「作るのは大変でした。
材料チョコにも厳選に厳選を重ね、特にいいカカオから作られたものを選びました。
紅魔館や幽香さんのお店に何度も何度も足を運び、作り方を学び、既製品を食べ、味にも吟味に吟味を重ねました。
いわば、私の集大成です!」
仙人人生長い華扇ちゃんの集大成が、このチョコレート。
仙人どこいったんだとツッコミ入れたくなること請け合いな一言であるが、青娥は『そうですね』と笑顔を浮かべるだけ。
尊敬する相手に対して、ツッコミ入れるのは憚られたのだろう。
「どなたに差し上げるのでしょう?」
「え?」
「え?
……あ、ああ、いえ、もちろん、これは華扇さまにとって大切なイベントですもの。話せないというのは、重々、承知しておりますし、それを考慮してしかるべきでした。
申し訳ございません、ぶしつけな質問をしてしまって」
「何を言っているのですか。霍青娥。
誰かにあげるわけないじゃないですか」
「……………………え?」
「食べるんです。自分で」
「…………………………………………………………………………………………はい?」
胸を張って、さも当然、のように言う華扇ちゃんに、青娥の目が点になった。
食べる。
自分で。
ああ、そうか。
誰かを呼んで、お茶会の時のお菓子にするんだ。
そうよね、そうよ。
だって、ほら、チョコレートって保存が利くし。
華扇さまはわたくしよりも、ずっと交友関係が広いのだから、きっと、お茶会にもたくさんのご友人がいらっしゃるのね。これくらいないと足りないのよ。
ああ、そうだ。そういうことね。何だ、わかってしまえば簡単なことだったわね。てへっ。
「自分で食べたいものは自分で作る。作った後は独り占め。素晴らしいことだわ」
「………………ひ……………………とり……………………で?」
直径は20センチくらい。高さは10センチ程度。見事なホール型のでっけぇチョコレート。
チョコレートは美味しい。確かに美味しい。廟でも主にちびっ子に大人気。
だが、『完全栄養食』というだけあって、カロリーぱねぇし脂分もぱねぇ。しかも『美味しい』チョコレートほど、口の中に味がしつこく残る。
それを一人で食べるのだという。
これを一人で、独り占めするのだという。
「この時期、女性向けにチョコレートなどが安く手に入りますからね!
普段は、チョコレートなんて結構な高級品ですけれど、今回ばかりは庶民の味!
大量に買い込んで、買い占めて、チョコレート三昧! 素敵だわ!」
「……………………」
ちらりと視線を向ける、華扇の家の調理場。
奥の方に冷蔵庫があるのが見えたが、まさか、その中身、全部チョコレートなのだろうか。
いやまさかそんなはずは。
第一、いくらチョコレートの栄養価が素晴らしいといっても、そればっかり食べてたら確実に体を壊す。もちろん太る。それを、日頃、節制と節度ある生活を心がけている華扇がするとはとても思えない。
そうよ、そんなはずないわ、わたくしのいやな妄想よ、うん。大丈夫よ、青娥。気にしちゃダメ。
「あとですね、面白い器具が売ってまして!
これ! 何だと思いますか!?」
「ふ、噴水の……おもちゃ……でしょうか?」
「ぶぶー! 外れです!
これは、『チョコレートフォンデュ』というものでして! 溶かしたチョコレートを使ったおやつを作るものです!
マシュマロとかフルーツなんかをチョコでコーティングした食べることのできるグッズです!
ホワイトチョコのミルクチョコレートがけとか、趣向を凝らしてホットチョコレートとか!
できると思いませんか!?」
目をきらきら輝かせ、まるで子供のような笑顔と共に語る華扇。
一方の青娥は、もはや何ともいえないという表情になっていた。
別に、華扇に対する尊敬がこの程度で薄れるようなことはないが、それにしたって『いやちょっとやりすぎですわ華扇さま』ってツッコミ入れたくて仕方がなかった。
というか、誰か止めないと大変なことになりそうな気がしていた。
「ああ、もう、素敵! バレンタイン最高! こんな文化を輸入してくれた紅魔館には、本当に、足を向けて寝られませんね!
あ、もちろん、ちゃんと普通のご飯も食べますから。その手の心配は無用ですよ!」
「そ、そうですか……。
あの、ですが、華扇さま。
僭越ながら、あまりチョコレートを食べ過ぎると、おなか回りとかが……」
「大丈夫です。毎日8時間、修行しますから。
そして、修行で疲れた体を、美味しいチョコレートで癒す! 完璧だわ!」
それって本末転倒です、と言いたくても言えない青娥であった。
己に厳しい修行を課して、その、ほんの清涼感に幸せを味わう――そう考えるなら、華扇のこの『荒行』というか『ご乱心』というか、まぁ、そんなものも悪くはない。前向きに考えれば。肯定的に捉えるなら。
しかしながら、『普通の生活と修行をして、普通にチョコレート食べる方が健康的なのでは?』という思いは、決して消えることはない。
「……あ、いや、はい。ええ、まあ、はい。
あ、あの、でしたら、わたくしのこちらは、今回は……」
「ああ、お気になさらずに。
相手から勧められるものを断るような失礼は致しません。
あなたからもらったこれも、美味しく頂かせていただきますよ!」
テーブルの上に置いたチョコレートを引っ込めようとした青娥の手を、華扇が、がしぃっ、と掴む。
目を輝かせる彼女の顔を見て、『絶対、体に悪いから』とは言えない。
青娥は黙って、華扇にチョコを渡した。
そうして、『あの、それでは、華扇さま。ごきげんよう……』と頭を下げて、その、チョコレートの香り立ち込める家を後にする。
「……華扇さま、きっと、日々の厳しい修行や仙人としての格を高める修練にお疲れになっているのね」
そんな風に疲れている人の、いっときの、貴重な幸せをぶち壊しにする権利が、今の己にあるだろうか。いいや、答えは否である。
華扇を信奉するのなら、彼女の大切な幸せの時間に土足で踏み入ってはいけないのだ。
それを遠くから見つめるのも、己の役割。
だから、必要以上の言葉はいらない。そう、青娥は判断した。
「……頭痛が」
呻いた後、彼女は『とりあえず、家に帰って頭痛薬飲もう』とつぶやいた。
そうは言っても、色んな意味で受けたダメージは、仙人だろうが癒えるわけもないのである。
「ねぇ、華扇。あなた、何か最近、甘い匂いがするんだけど」
「そう? チョコレート食べ過ぎたかしら」
「どんだけ食べたのよ」
「この一週間、毎日、おなか一杯! 楽しかったわ~! 来年のバレンタインが、今から楽しみね!」
体調を崩すこともなく、虫歯になることもなく、ついでにスタイル崩れることもなく、生き生きとした笑顔と瞳で、その後、ピンクの仙人が神社で目撃されたという。
つか努力のする内容がおかしいよwww
つまりピンクお団子ちゃんも仙人だったってわけだ。
押されている青娥さんが新鮮で良かったです。