Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

Border of life (60th Remix)

2012/12/02 00:30:31
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 春の陽気に誘われて、幻想郷に花が溢れだした。
 例年通りのことである。しかしその数はいつになく多かった。去年の約五倍は下らない。その数というのがまた単に個数を差すのではなく、品種の数でもあった。中にはこの季節に咲くはずのないものまで含まれていたのだから不可思議である。
 それも六十年周期で見れば平常なのであるが、人生五十の人間達(歴史書を読まない、という条件が付く)にとっては異常なことに映った。曰く――

「大変だわ大変だわ大変だわ……!」

 ブツブツ呟きながら幻想郷の外れ博麗神社へと続く山道を駆け上る一人の少女がいた。この神社の巫女である。息を切らしながら住処に戻ってきた彼女を、賽銭箱に乗っかってお茶を飲む図々しい参拝客が出迎えた。

「あらあら靈夢、どうしたの?」
「どうした、のって、どうもこうも、ないわ! 大変なの! 暢気にお茶飲んでる場合か魔理沙ァー!」

 魔理沙と呼ばれたその客は博麗靈夢と同じくらいの年に見えた。濃紫の服に大きな帽子を深々と被るその姿はまるでおとぎ話の魔法使いだが、事実そうであった。人間と人外が共生するファンタジア、ここ幻想郷では彼女のような存在も珍しくはない。
 湯呑の中を空にすると、魔理沙は賽銭箱から降りて訝しげに靈夢を見つめた。

「んー確かに大変かもね。あんたの格好は」

 靈夢の巫女装束はあちこち擦り切れていてボロボロになっていた。本来真っ白な部分が黒い焦げ跡で斑になっていて、赤との二色だったのが三色に増えている。
 だがそんなことは問題ではないと、靈夢は花が咲き乱れる異変について慌ただしく説明した。それを話半分で聞く魔理沙はあぁ、と気の抜けた声を漏らした。

「だーかーらー、大変なのはこの状況よ、わかる? それで何とか解決しようと犯人のところに行ったんだけど……」
「返り討ちに遭ったと。通りで大変な格好になってるわけね。それで今からこんてぃにゅ~? 修行不足じゃないの靈夢」
「うぐ……それは認めるわ。けど一刻も早くあの悪逆非道な幽香を倒さないと幻想郷が花で埋め尽くされてしまうわ!」
「幽香、幽香ね……プッ」

 魔理沙は盛大に吹き出すと腹を抱える。掛けられた唾を嫌そうに拭う靈夢。その頬はほんのり赤く膨らんでいた。

「何よ、何かおかしいわけぇ!」
「あははっごっめーん。ちょっとした思い出し笑い。でもねぇ、幽香を倒せても花は咲くわよ。だってこれ異変じゃないし」
「ど、どど、どういうことよ?」
「どうもこうもないわ。六十年に一回こういう年があるの。自然現象よ自然現象」
「ほんとぉ?」

 靈夢は疑惑の眼差しを向ける。そんな話は聞いたことがないとでも言うように。

「あれ、八雲紫から教えてもらわなかった?」
「やくも……誰?」
「そうか、靈夢は会ったことないか……ともかく、これはいつものことだし原因も外の世界由来なの。だから仕事する必要なし! せっかくだし花を肴に酒でも飲もうよ、ね!」

 陽気に誘う魔理沙。しかし靈夢はそれを一瞥すると、無視して本殿北側の玄関に回ろうとした。どうしたのと魔理沙は呼び止める。

「寝るの。明朝から動き回って疲れたもの。それに妖怪退治の必要ないなら、境内の掃除か寝るぐらいしかやることないわよ私には」
「……六時間後に付き合ってね。準備しとくから」

 靈夢ははいはいわかったとでも言うように手を振ると、紫がかった黒髪をなびかせて奥に引っ込んだ。
 不意に突風が吹く。トレードマークの帽子が風に攫われても魔理沙は全く動ぜず、ただ神社の方を睨んでポツリと呟いた。

「そんな、悲しいこと言うなよ」





 日が沈み始め辺りがほの暗くなった頃、靈夢は布団を引き剥がした。
 流しで顔を洗い、代えの巫女装束に着替える。その間に魔理沙との約束を思い出し縁側を覗いて見るが、そこに彼女の姿はなかった。本殿の正面に回ってみるが、そこにもいない。どうせ向こうが忘れているのだろうと思い中に戻ろうとした時、遠くから呼び声がした。森の方だ。
 木々がザザッと揺れる。靈夢が音のする方に注目すると、そこに見慣れた顔がひょっこり現れた。

「お待ちしておりました姫。それでは行きましょう」
「気持ち悪いわねぇ。で、行くってどこへ? 宴会ならここでやればいいじゃない」
「そりゃそうなんだけどね……いい機会だし、ちょっと見せたい場所があるの。付いてきて」

 誘われるままに靈夢は神社を取り囲む森の中へ吸い込まれた。魔理沙の衣装は昼前とは違い、白と黒を基調としたエプロンドレスで皮の手袋を身に付けていた。そして花と酒瓶と升が積み込まれた一輪車をガタガタ鳴らしながら押している。それが靈夢には気になるところであった。特にその真っ赤な花が。

「なんで彼岸花ばっかりー? 危ないでしょ」
「毒のこと? 大丈夫よ有毒なのは球根だし」
「でも触るなってよく……」
「それは迷信よ。死への忌避が生み出した幻想。まぁそれには理由が他にあるんだけど、一々説明するのもめんどくさいな。まぁそんなに気にしないで。一応手袋もしてるし」

 そう言うと魔理沙は一輪車を止めて片手をひらひらさせてみたり、彼岸花を無造作に掴んでは放したりしてみせた。しかし靈夢はなお不服そうだった。

「魔理沙が安全だって言うならそれはそうでいいけど、そうじゃなくて、なんで彼岸花なんて辛気臭い花なのよ。これから飲むんでしょ? それに……」

 靈夢は手押し車をチラチラ見て言った。それも不吉だと。

「例のごとく『借りてきた』のね。よりにもよってあいつから」
「しょうがないじゃないちょうどいいのが地獄の猫車しかなかったんだから。使える物は何でも使うのが私のモットーだから」
「盗める物は何でも盗む、の間違いでしょ。悪趣味」
「最近はちゃんと返してるんだけどなぁ……」
「アリスから魔道書の返却要請が再三再四」
「うぐっ」

 魔理沙は逃げるようにまた猫車を押して歩き始めた。ただでさえ薄暗い森の中、日が落ちたなら迷子になることは必至、そういうこともあって次第に早足になる。その後ろを靈夢はおっかなびっくり付いていく。
 確かに博麗神社周辺はこの幼い巫女の管理下にあるのだが、わざわざ参道から外れた森の中へ入っていくことは稀であった。未知の体験に靈夢はドキドキしていた。
 生い茂る草木を掻き分け少し開けた場所に出ると、そこには一本の大木があった。その前で魔理沙は止まって、何かを探すかのように幹に触り始めた。彼女の奇妙な行動の理由を靈夢は訊いてみた。

「あぁ、鍵穴を探しているのよ。結界のね」
「鍵穴?」
「見つけた。ポチッとな」

 魔理沙が幹のある一カ所を押すと、ガッシャーンと窓ガラスが割れるような音がした。すると、奇妙なことに大木がメキメキと姿を変え、鋼鉄からなる直方体と化した。突然の出来事に靈夢は驚いて尻餅を付く。

「え、何、これ……」
「知らないか。エレベーターって言うの。一種の乗り物ね」
「いや、じゃなくてその、何でこんなものうちにあるのよって」
「博麗大結界の中に二重で隠されてた物だからね。巫女ですら気づかないように。私ですらここのコードをハックしたの、ごく最近のことだし。さっ乗った乗った」

 ウィーンガシャン。エレベーターと呼ばれた箱が少し揺れると、ポーンという間抜けな音がして扉を開いた。魔理沙が車を押して中に入ると、靈夢も恐る恐る続く。すると、扉がひとりでに閉まる。

「何これ、鉄の塊が勝手に開いたり閉じたり……! 科学って感じぃ?」
「いや、式で動いてるから式神なんだけどねこれ」
「へぇ~そうなんだ。魔理沙は何でも知ってるのね。やっぱり経験の差ってやつかしら」

 うんうんと感心する靈夢を横目に見て、魔理沙は小声で呟く。

「私なんて、あんたよりちょっとお姉さんなだけの、ガキだぜ」
「何か言った?」
「ううん、今から動くからまた少し揺れるわ。気を付けてね」

 ガコンと鈍い音を鳴らして、二人を乗せた箱舟が降下を始めた。ふらついた靈夢を魔理沙が抱き留める。靈夢は顔をほんのり赤らめると魔理沙を突き放し、壁にもたれかかった。それから少し間を置いて、口を開いた。

「それで、どこに向かってるの?」

 魔理沙は答えない。時間だけが過ぎていく。焦らした靈夢は再度質問をする。

「これ地下に潜ってる? 何があるのよ。教えてくれたっていいじゃない」
「……カタコンベ」
「え?」

 それで会話は途切れた。靈夢には言葉の意味がわからなかったし、何よりも魔理沙があまり話したがらない様子なので押し黙ることにした。
 しばしの静寂。時折鉄の擦れる音だけが個室に響いた。だがそれも、ひときわ大きな揺れと共に終わりを迎えた。扉が開く。目的地に着いた合図だった。

「ここ……? ここ地下よね? なのに空が、空がある?」

 靈夢の視界には満面の星空が映っていた。しかもその空は段々白ずんでいく。ちょうど夜明けの様相を示していた。

「え、日の出? おかしいでしょ外は日が沈む頃でしょ。なんなのよここー!?」
「偽りの空よ。ちょうど外の景色と半日ずらしの、ただのヴィジョン。その証拠にほら」

 鉄の籠から降り立った魔理沙は星形の弾を一発上空に向かって撃つ。すると彼女の身長の約三倍くらいの高さのところでぶつかり、跳ね返って落ちた。

「この通り、天井よ」
「成程……でも」

 靈夢は納得して視線を真上から正面へと移したところ、目の前の光景に少し戸惑った。

「何も、ないんだけど」

 巨大な空洞。空(の映像)と地面だけの原始的な空間。靈夢にはそう見えた。しかし魔理沙は首を横に振って言う。

「何も見えてないだけ。今不可視の結界を解く」

 猫車から放した手を虚空に突き出して、魔理沙はピアノの鍵盤を弾くかのように指を動かす。そこに見えない結界があるのだろうと靈夢は悟った、と同時に驚いた。結界術は巫女の専門である。それについて自分以上に精通しているこの魔女は一体何なのだろうと。
 靈夢にとっての魔理沙という少女は、昔からの遊び相手であり、魔法と神仙術の違いはあれど共に修行する仲間であり、時に喧嘩もするけど仲の良い友達、だった。それが結界が暴かれるとともに、自分の中の魔理沙像が崩れていくような気がして、少し不安を覚えた。

「解除コード入力完了。あと十六秒で開くわ」
「すごいわね魔理沙、私よりソレっぽい。もう代わりに博麗の巫女やったら?」

 不安を抑え込もうと靈夢はいつものように軽口を叩いてみせる。しかし魔理沙の反応は重々しかった。

「代われるものなら、代わりたいさ」

 偽物の日光が差して、靈夢の目が眩む。手で影を作りながらゆっくり瞼を開けると、隠された物の全貌が明らかにされていた。

「みんな、久しぶり」

 魔理沙が懐かしげに呟く。対して靈夢は想像を絶する光景に息を飲んだ。

「これ、全部、お墓……!?」
「そう。代々の博麗の巫女が眠る墓場よ。初代から先代に至るまでの」
「こんなに……こんなところに……」

 中央の巨大な柱を囲むように並び立つ墓石群。その数は裕に三桁を超えていた。幻想郷の墓地というと命蓮寺の墓地があるが、ここまで一つの敷地に密集してはいない。靈夢のみならず、幻想郷の者のほとんどにとっては未知の景色であった。

「元は外の世界に散らばっていたらしいんだけど、今から約二世紀半前、博麗大結界成立時にここに集めてきて備えた、そうだ。ご丁寧に幾重もの結界の中に封印してね」
「魔理沙は、当時のことを知ってるの?」
「まさか。私はこっちの世界に入ってたかだか百数年よ。ここの知り合いもたったの五人ほど……あらよっと」

 ぐしゃっと魔理沙は猫車で運んできた彼岸花を掴むと、それを一番手前の墓から、即ち先代から順に一本一本供えた。
 靈夢はそれを見て先代の墓標を確認すると、その前でしゃがみ拝んだ。

「先代様のお墓、てっきり無いものだと思っていたけどこんな場所に……墓参りに行くのなら最初からそう言ってよ魔理沙! ちゃんとお供え持ってきたのにぃ」
「あぁごめんごめん。でもこれだけでいいんだ。そういう決まりだから」

 そう言って魔理沙は彼岸花をまた一本置く。靈夢は何故この花なのかと問うた。すると魔理沙はいつになく真剣な表情で、その理由を語り始めた。

「紅白の巫女には赤い色の花が相応しい、それが表向きの理由。ただ赤い花なら他にいくらでもある、よりにもよってこんな死を暗示させる毒草じゃなくて、と思うのがまぁ普通でしょう。だが表の理由があるなら裏の理由もある。そしてそれこそが、彼岸花である必要性に直結しているわ」
「裏の理由?」
「赤は血の色。血は凄惨な死をイメージさせる。博麗の巫女の歴史は妖怪との戦いの歴史、血塗られた歴史なの。それはまさしくここの墓の数が証明している」

 最近の一世紀ちょっとで五人、もしこのペースが過去にも反映されるなら、目に映る墓の数は二分の一、いや三分の一になっているはずだろう。それがそうじゃないということはつまり、巫女の短命さを表していた。それも時代が遡るごとに。

「今でこそごっこ遊びに興じていられるが、昔の巫女は命懸けで妖怪と戦い死と隣り合わせの日々を送っていたそうよ。稗田の記録によれば、一年のうちに巫女が代替わりしたこともあったとか。そういうわけでここにあるものの大半は墓石だけで遺体は無かったりする。行方不明になったり、妖怪の腹の中で消化されたり、ね」

 靈夢の表情がたちまち曇る。過去のこととはいえ、自分と似た境遇の少女が妖怪に食い殺されたりするのを想像すればゾッとするのも無理はなかった。それもおとぎ話なんかではないことを目の前の光景が示しているのだから尚更だ。
 そう言えば魔理沙も妖怪だということを思い出して、霊夢は一歩距離を空けた。それを見て、魔理沙は慌てて驚かしてごめんと謝った。

「昔の話だよ昔の話。今の妖怪はそんなことしないだろ? スペルカードルールも百年前からあったんだぜ? 別にお前を煮て食おうだなんてさ……」
「とか言って、影でコソコソ」
「してないぜ! 少なくとも私魔法使いよ! 捨食してるし!」
「……あっ、そう、ね」

 靈夢が一歩足を戻す。

「ごめんね魔理沙」
「いや、いいんだ。いきなりこんな話した私が悪い。それに胸糞悪い話がまだ続くし……あの真ん中の柱を見てくれ。どう思う?」
「柱?」

 魔理沙が指差したのは、墓地中央の巨大な柱だった。天井に映された映像によって、空にどこまでも伸びているように見える。そう靈夢が感想を述べると、魔理沙はその逆だと言った。

「逆に天からここを押さえつけているの。打ち込まれた楔なのよ、あの慰霊塔は」
「どうして?」
「……博麗の怨霊を、鎮めるため」

 吐き捨てるように魔理沙は言う。彼女の拳は震えていた。

「さっき巫女の歴史は血塗られていると言ったが、それは呪われていると言い換えていい。呪われて非業の死を遂げた巫女の中には、死後怨霊と化して人間を、そして次代の巫女を呪う者も現れた。ここはそんな彼女達の怨念を抑え込む場として機能している。周りの勝手な都合で戦わせ、死に追いやり、臭い物になったら蓋をしたんだ。勝手な都合で……全くもってふざけてるわ、ふざけてるぜ!」

 やり切れない怒りが空を殴るという行為に還元された。しかし空しいだけである、そう魔理沙はわかっていたが腕を止めることができなかったのだ。
 靈夢からするとこんな風に激しい感情を表す魔理沙は意外だった。いつもニコニコしていて快活な女の子、という印象が強すぎたためである。けれど悪い気はしなかった。なぜなら彼女は自分達のために怒っているんだということを悟ったからだ。
 魔理沙は少し落ち着きを取り戻すと、話を再開した。

「わざわざ地下深くにこんなものをこしらえた上、結界で隠してあるのはそういうこと。それで話は彼岸花に戻るけど、これもそういう役割を担っているの。毒を以て毒を制す、というわけね。此岸に留まろうとする悪霊には彼岸の花を送りましょう、というのもエスプリが効いてるでしょうよ」

 うふふと嗤う魔理沙。だがそれも次第にシニカルさが抜けて、穏やかな笑みへと変わった。

「でも赤い血っていうのは生命の象徴でもあるし、生きた証とも言えるわ。生と死は表裏一体なのよ、特にこの幻想郷では、ね。死の呪詛があるからこそ生は祝福に値するし、呪われた生を終わらせる死は祝われるべきだわ。それに毒はこうやって消毒してやればいいのよ」

 そう言って持ってきた酒瓶を一本開けると、墓前に供えた彼岸花にとくとくと中身を流し込んだ。アルコールの匂いがにわかに漂ってくる。彼女はそのまま二本目も開けると、今度は墓石に吹っ掛けた。
 唖然として見ている靈夢に、すっかり酒の香りに包まれた魔理沙が質問した。

「なぁ靈夢。死ぬのは怖い? それとも生きるのは怖い?」
「……わからないわ。そんなこと考えたこともなかったから。正直、死んだらここに葬られるって言われても実感がわかない。怖いかぁ、としたらソレかもしれない」
「知らなかったことが、怖い?」

 靈夢は少し間を開けてから頷いた。

「魔理沙は?」
「私か、私はどっちもね」

 死にたくないからこうなったと自分の体に指差してすぐ、今度は生き続けるのがしんどいと肩を竦めてみせる。

「でもまだ生きてやりたいことが、ある。だからこうしてる。そしてその確認の為にここへ来ている。私はな、お前にも知ってほしかった、考えてほしかったんだ。だからここへ連れてきた。悪かったかもな、私のわがままだからこれは」
「いや、ありがとう。嬉しい。それと恥ずかしい。私、何もわかってなかったんだなぁって。流されるまま巫女やってた。それじゃあなんだか、ここにいるご先祖様に申し訳ないわ」

 靈夢の目線が墓の山へと移る。ご先祖様、という言い方には少々語弊があって、実際には博麗の巫女は一つの血族で成り立っていない。その時々の強い霊力を秘めた者が選出され養子相続するのが習わしであったからだ。けれど靈夢には先代を始めとしてここに眠る者達皆と魂の繋がりを強く感じられたのである。
 しかし魔理沙はそれを踏まえた上で、靈夢には博麗の宿命だの何だのに縛られてほしくないという考えを持っていた。だからこう続ける。

「ご先祖様に申し訳ない、か。まぁそんなことはどうだっていいんだ。靈夢は博麗の巫女である前に靈夢なんだから、何事にも囚われず、自由に生き死にすればいいのよ」
「自由に、生き死にする?」
「そう。靈夢が望むままに、やりたいことをやる人生を送るの。そのために手伝えることがあれば何でも言って。力になるから」
「……なんでそこまで私のこと」
「それが私のやりたいことだからなんだぜ」

 そう言う魔理沙が余りにも無垢な笑顔だったから、靈夢はすっかり顔を赤くして俯いた。魔理沙はこういうことには鈍感なところがあって、その理由に覚えがなかった。

「どうしたの? 酒気にでも当てられた?」
「……ばか」
「なんなんだぜ」
「ばーかばーか、口調もなんか変だし!」
「えっうそ、もしかして昔の癖が……靈夢、私語尾にぜとか付けてた?」
「たまに言ってるんだぜ」

 魔理沙の顔にはしまったと書かれていた。それを見て靈夢はニヤリと笑う。つられて魔理沙も照れ笑いをした。おおよそ墓場に似つかわしくはなかったが、ある意味平時のこの二人らしいと言えた。

「ねぇ魔理沙、とりあえず今やりたいことがあるんだけど」
「何?」
「飲みたい」
「おっしゃ!」

 待ってましたと言わんばかりに魔理沙は残りの酒瓶と升を取り出して準備を始めた。その間靈夢は五代前の巫女の墓石をじろじろ見ていた。魔理沙はその理由を察していたが、あえて問いかけるようなことはせずに手を動かす。すると靈夢の方が口を開いた。

「見て見て、この人私と同じ名前だ」
「あぁ、巫女にはよくある名前らしいわ。けど字が違うでしょ」
「いやまぁその……この人も知り合いなんだよねぇ? お供えしてるし。どんな人だったの? 私に似て可愛くて強くて頭が良かったのかしら?」
「さぁ? 昔のことはあまり覚えていられないから。でもあんたに似て怠け者だったことは確かね。反面教師にして励むがいいわ」
「うぐっ」
「はい、靈夢の分。大天狗からかっぱらった酒だ、絶対美味い」

 魔理沙は今にも溢れそうになってる升を靈夢に渡した。濃厚な香りが漂ってきて、思わず唸る。我慢できずに指に一滴垂らして舐めると、目をぱちくりさせた。

「これ、相当いいやつでしょ! しかし、だけに勿体無いなぁ」

 地面に転がっている二本の空瓶を靈夢はチラッと見やる。

「いいじゃないか、『こいつら』だって安酒は飲みたくないだろう」
「死人に口なしでしょ」
「口がなくても鼻はある、なんて……プッ」

 花と掛けたジョークに大笑いする二人。すっかり宴会モードである。地下の空は朝の光に満ちていたが、時間感覚としては夜だから晩酌といったところか。
 魔理沙は自分の升にも酒を注いで仰ぐと、晴れやかに言った。

「それじゃあ、レイム達に乾杯」
おそらく今年最後の投稿です。旧作ネタと見せかけて原作より未来の設定です。魔理沙ちゃん生き長らえろ。
両義性をコンセプトにあれこれしてますがなんてことはない、墓参りして酒飲むだけの話です。それと神社の地下に広大な墓地が隠されているとかだったらワクワクしないかなと……洞窟いいね!
墓前で酒盛りは普通にあるみたいですが、墓石にお酒をかけることは変色や風化の要因となるのでやめましょう。フィクションということでご勘弁を。良い子は真似しないように。
宇佐城
http://tukiusajou.blog.fc2.com/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ところどころでおや?と思ったけどやはり未来の話でしたか。
逆にこういうのは新鮮ですね
2.しゃるどね削除
 興味深いお話でした。想像を掻き立てられる、切ない魅力が溢れていたように思います。
 この魔理沙は幾度の別れに接してきたのでしょうか。なんとも儚いものですね…。

 お話としては、ただ、少々荒削りのようにも思います。設定が物語になるまで昇華しきっていないというか、実験的な色彩が濃いように思います。
 それはそれで面白いのですけども、まだ見えてこない背景が多いと云いますか、なぜ魔理沙がかのような道を選び、
 レイム達がかのように祀られるようになったのか、その経緯が、もう少し納得のいく背景として感じられない部分があるようてす。

 次はどんな幻想郷が待っているのか、とても楽しみです。
 また読ませて下さい。
3.奇声を発する程度の能力削除
あー成程…
これはこれで良いですね