お菓子な二人

「アリス、頼みがあるんだ！私に…私にお菓子の作り方を教えてくれ！」

魔理沙は家で出迎えたアリスに真剣な顔で言った。
真顔で何よそれ。私の心配返せ！
そんな小言を呑み込んで、アリスは答える。
「いいけど…珍しいわね、貴女がお菓子なんて。いつも食べるばっかりなのに」
「私だって作ってみたくなることもあるさ。でもうまくいかなくてな」
へへっ、という感じに魔理沙は笑ってみせる。
アリスはこの悪戯っぽい笑顔が大好きだった。
そんな顔されたら、手伝ってあげたくなっちゃうじゃない。
「そう。じゃあ早速始めましょうか」
「おう。よろしく頼むぜ、先生」




「ところで魔理沙、何を作ろうとしたの？」
道具を出しながらアリスは尋ねた。
「…ミルフィーユ。」
魔理沙は何故か不機嫌そうに答える。
ミルフィーユ？いきなりそんなの作れるわけないじゃない。
そう思いつつ、アリスは魔理沙を気遣いながら言った。
「あー…いきなりミルフィーユは難しくない？まずはもっと簡単な」
「私は！私はミルフィーユが作りたかったんだよ！」
ああ、またいつもの意地っ張りか。
ここは私が諭してあげなきゃね。
「でもね魔理沙、一言でお菓子って言っても色々な種類があるでしょ？やっぱりいきなり難しいのを作るのは無理よ。」
「だけど…」
「何事も基本が大事。でしょ？」
「…そうだな。じゃあ何からやるんだ？」
「ショートケーキよ」
「おお、基本だな」


　　　＊　　　＊　　　＊


「準備はいい？」
「ああ、ばっちりだぜ」
「まずは生地作りよ。さあ混ぜて」
アリスの手際は実にすばらしかった。
さっと生地の材料を入れ、丁寧かつ素早くかき混ぜた。
魔理沙は、というと…

「うおおおおお！！」
生地の入ったボールを力いっぱい混ぜまくった。
当然、勢い余って生地がぼろぼろこぼれる。
「ちょ、駄目よ魔理沙！」
「ん？うわっ！？」
気づいてなかったのか…なんでこいつはこうガサツなのか。
生地を拭き取りながらアリスは魔理沙に言った。
「力任せにやっては駄目よ。もっと丁寧にやらなきゃ」
「難しいな…」
そう言いながら、今度はゆっくり混ぜる。
「それじゃ遅すぎよ、貸して」
「わっ！？」
びっくりしたのか、魔理沙は泡立て器から手を離してしまった。
不意に触れる二人の手。
「ご、ごめん」
「わ、私こそ」

魔理沙の手に触れちゃった。
どうしよう、どきどきしてきた。
落ち着け、落ち着くのよ私！
そう自分に言い聞かせ、アリスは口を開いた。
「そ、そうだったわ、もっと早くかき混ぜなきゃ。このくらい」
「おお！こうか？」
「…こうよ」
アリスは魔理沙の手を掴み、手本を示した。
触りたかったわけじゃない。絶対に！
魔理沙は真っ赤になりながら、黙って私に手を委ねている。
きっと私の顔も、同じくらい赤いのだろう。


　　　＊　　　＊　　　＊


意外なことに、ケーキの出来はよかった。
生地もきちんと混ぜたし、焼き加減もうまくいった。
ショートケーキとしては、かなりいい部類に入るだろう。
「やったな！アリスのおかげだよ、ありがとな！」
「どういたしまして。せっかくだし、食べてみる？」
「そうだな。ではさっそく…いただきまーす！」
おいしそうにケーキを食べる魔理沙。
かわいいなぁ。
アリスの口元が自然と緩む。
「どうかしたか？」
「な、なんでもないわ」
我に返ったアリスは、慌てて紅茶を口にした。
そして、いつもの調子でまた余計なことを言ってしまった。
「ただ、別にミルフィーユじゃなくてもいいんだなぁと思って」

急に魔理沙の表情が変わった。
それまでニコニコしていた彼女の顔はみるみる暗くなっていった。
それに気づいてあげられず、アリスは続けてしまった。
「しかしいきなりミルフィーユとか馬鹿げてるわよ。絶対出来るわけない…」
「私の気も知らないで…」
そう呟いた魔理沙の瞳には、涙が溜まっていた。




何かまずいこと言ったかしら？
魔理沙はただミルフィーユが食べたかったんじゃないの？
アリスは色々と考えたが、どうにも訳が分からない。
何故泣いたんだ、魔理沙は。
「ご、ごめん。私、何か酷いこと言った？」
魔理沙は下を向いたまま、何も話そうとしない。
「もしかして…ミルフィーユの事？」
その言葉に反応したのか、やっと顔を上げた魔理沙は呟くように言った。
「なんで私がミルフィーユを作りたいって言ったと思う？」
「え？食べたかったからじゃ…」
「…アリスに、食べて欲しかった。」





そうか。だから魔理沙はあの時ムキになったんだ。
私の為に作ろうとしたのに、無理って言われたから。
そういえば、あの時魔理沙はミルフィーユを作りたかった、と言った。
食べたかった、とは一言も言っていなかったっけ。
「でも、どうして…」
「前言ってただろ？ミルフィーユが一番好きだって」
確かに、昨日そんな話をしたかもしれない。
でも、他愛もない日常会話にすぎないはずだ。
魔理沙はわざわざそれを覚えていてくれたのだろうか。
「魔理沙…」
「でも、だめだ。結局アリスに手伝ってもらわないと作れなかった。これじゃあ、アリスのために、なんていえないもんな…」
そう言うと、魔理沙はまた俯いてしまった。


本当に不器用な娘だな、この子は。
仕方ない、こういう時はこれが一番だわ。

アリスは立ち上がった。
そして、きょとんとしている魔理沙をそっと抱きしめた。

「ア、アリス！？」
「ほんと不器用ね。そもそも私に聞いたら意味ないとか思わなかったの？まったく…ありがとう、魔理沙。すごくうれしいよ。」
魔理沙の髪を優しく撫でながらアリスは言った。
魔理沙は照れくさそうにしたが、すぐにアリスを抱きしめ返した。
「…そう言ってもらえると、私もうれしいぜ。」
「魔理沙…」

自然と重なる唇。
香るのがケーキの味だからだろうか。
ふんわりと甘い空気が二人を包み、
時がゆったりと流れていく。
外で聞こえたシャッター音も気にならないくらいの、甘い暖かな世界。

穏やかな春風が優しく吹き渡る、そんな或る春の日の事であった。










翌日の文々。新聞一面は濃厚なキスシーンだったそうな。

最近マリアリを書いてなかったのでお菓子なお話を書きました。
ミルフィーユとか見るからに素人じゃ作れなさそうですよね。おいしいですけど。
ちなみに僕はタルトが好きです。