Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

光の花のプロローグ

2011/03/18 22:30:51
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このお話は、ジェネリック82「闇の中の光の花。」「闇の中で光の花は咲く」の、
幽香とアリスが初めて出会った頃の話になっています。
※独自設定をしておりますので、ご注意ください。


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その日は雨が降っていた。


私は頬杖をついて、ぼんやりと窓から外の景色を覗く。
霧が処かしこから立ちこめていて、じっとりと重そうな、
薄暗い雲が空を埋めつくしていた。

窓に付いた水滴に指を這わせ、ツー、となぞる。

冷たかった。

私は何を思ったか、カーテンを閉じ、長靴を履き、玄関に置いてある傘を手に取った。
いつもお供に連れている上海人形を呼び、その子には可愛いお手製の雨合羽を着せて。


今は梅雨の時期だ。
普段は余り外出しないのだけれど、今日は何だか雨の世界を歩いてみたい、
そんな気分。
私もなかなか気まぐれな妖怪だなあ、と思いながら、玄関のドアを開けた。

パタ、パタ、パタ。

雨と雨がぶつかり合って奏でられるメロディーは、物悲しくもあり、
力強くもある。
その音楽に合わせるかのように、遠くの方では、蛙の鳴く声が幾つも聴こえる。



パタ、パタ、パタ。
ケルル、ケルル、ケルル…



自然の音を聴きながら、私は目を瞑った。

色が無くなる。
ただただ、音の中心に私は一人佇んだ。




パタ、パタ、パタ。
ケルル、ケルル、ケルル…


…シャ…、…ハーイ
ケルル、ケルル。


シャンハーイ。


どれくらい経っただろう。

上海人形がけたたましく鳴くので、長らく瞑っていた瞼を開けた。

「上海、どうしたの?」
「シャンハーイ!」

まどろみかけた意識の中で、上海人形の指先の行く末を見る。
すると灰色一辺倒の色の中に、場違いな程はっきりとした別の色が混じっている

赤、緑、白、黄。
目を凝らして良く見ると、それらの色と目が合った。



「…誰?」

声を掛けると、色は動き出して徐々に人間の形になって
私に近づいてくる。


端正な顔立ち。
水滴の付いた真っ白な肌。
若草色の濡れた髪。
雨の中でも凛とした姿。
真紅色の瞳。

…そして、ふわりと香る微かに妖しい花の匂い。

外見は、私より少し年上位だろうか。
こんな鬱蒼と覆い茂った森に、人が来るなんて珍しい。
しかも、こんなに雨が降っているのに、傘はどこにも見当たらず。
何かあったのだろうか。

「貴女、ずぶ濡れじゃない。風邪引くわよ」

私は自分の差していた傘を差し出したが、その人はふるふると首を横に振り、笑った。

(まるで、お人形みたい)
一瞬だけ、目を奪われた私は、一つ控えめな深呼吸をした。



「貴女、名前は?」
「貴女に名乗る名前なんてないわ」

開口一番、その人はそう言うのだった。

「そんな事よりも…」
彼女は忙しなくキョロキョロと辺りを見渡し、こちらを向く。


「この辺りに、花は咲いてないのかしら」
「花?」
「ええ。この辺りに花が咲いてるって私のカンが言うものだから、来てみたのだけれど」

おかしいわねえ。
と首を少し傾け、考えるポーズをした。

「この森には初めて来たの?」
「そうね」

初めて来たのなら、知らないのも無理はない。
心の中に浮かぶ親切心から、私は彼女に伝える。


「だったら、教えてあげるけど。この森は魔法の森と言って、花は咲く事が出来ないの」
そう私が言い切った途端。

しぃん…と辺りの空気が静まり返った。


「…どうして?」

目の前に居る彼女から、異様な空気が一斉に放たれる。
先程の柔らかい笑顔から一変、その顔は一瞬にして不気味な笑いに変わった。
目を細めて鋭く光る瞳に、私はウゾゾッと背中に悪寒が走るのを感じた。



返答を間違うと、ヤバい。


ビリビリとした、体に刺さるような空気に当てられて、私は己の身の危険を感じる。


「おかしいわねえ。私のカンは今まで外れた事がないのだけれど」
「えっ、えっと…」

私がまごついていると、彼女は私の前に手のひらを見せ、目を瞑った。

すると地面の中から蔓が勢い良く現れ、私の周りをぐるぐると巻き始めた。
思わず、手から傘が離れる。

「えっ、ちょっと!」

ぐるぐると巻き込んで私の目の前に蔦がくると、シュルシュルと花が咲いた。


「ふむ…咲く事は出来るけれど、この森を避けてるのね。不思議な力が宿ってるわ」

咲いた花にそっと手を伸ばし、撫でる細い指。
その手を睨み、私は言う。


「貴女、妖怪ね」

「そうよ。それがどうかしたのかしら」
「外しなさいよ、これ」

蔦はとても強い力で巻かれていて、ちょっとやそっとでどうにかなるような代物ではない。

「嫌よ。貴女にプレゼントするわ」
「何よそれ!…っ、上海!」
「シャンハーイ!」

私の声に反応した上海人形はすぐさま一直線に妖怪に突っ込んで行った。
かなりの猛スピードでの体当たり。
当たるとひとたまりも無いのだが、当の妖怪は片手であっさり上海を掴まえた。

「…!」

「シャ、シャンハーイ・・・」
「私に勝てるとでも思ったのかしら」
「…この!」

新たな人形を呼び出そうと声を出そうとすると、しっ、っと唇に人差し指を置かれ、
静止させられた。

「止めておきなさい。ここでやると森を傷つける事になるわ」
「ぐっ…」

ニコリと妖怪が微笑むと、代わりに睨みをお返しした。

「後ね、風邪は弱い者が掛かるのよ。せいぜい風邪引かないように気をつけなさい」
雨に濡れた重いスカートを翻し、妖怪は森の奥へと姿を消した。




パタ、パタ、パタ。
ケルル、ケルル、ケルル…

雨に濡れて、体が冷えてくる。
上海人形を呼び蔦を切ろうとすると、蔦はしゅるしゅると逃げるように地面に戻っていった。



「何よ、あの妖怪女!!」

理不尽。
本当に、意味が分からない。
私は何もしてないのに、何故こうもあしらわなければならないのか。
イライラが募る。

イライラするのには他に訳がある。
あの妖怪は強い。
一瞬の事とは言え、私は全く動けなかった。
力の差を見せつけられ、私は思わず叫んだ。

悔しい。
こんなに気持ちが高ぶるのは久しかった。

私はずっと、もう消えてしまった妖怪の面影を睨みつけた。



あの日から暫くは何をやっても、あの名の無い妖怪の顔が頭から離れず、
イライラして手元が狂い続けた。

人形が、うまく作れない。


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季節は夏の終わり。
カンカン照りの太陽光は、ここへ来てほんの少しだけ、その力を弱める。


人里に買い物に来た私は、新しく作る人形の材料や、
少ししか食べなくていい自分のご飯の材料を探す所だった。

人里というのは、いつ来ても酷く賑やかにしていて、
その中を歩いていると何とも落ち着かない気持ちになる。

だから用事が済むといつも決まってまっ直ぐに家へ帰る。


今日もいつものように目当ての店を目指していると、
いつぞや嗅いだ事のある花の匂いが鼻を掠めた。


「…!?」
一番会いたくない相手が、私の行く先に居る。
あの緑色の髪をした赤チェックの妖怪の後ろ姿だ。
雨の日には傘をしていなかったのに、今日は日傘を差しているようだ。

見つかりたくないので、すぐさま回れ右をして今来た道を引き返した。



「あら」

後ろから、声がする。
あの、忌々しい声が過去の記憶とだぶって聞こえる。

「…」

「誰だったかしら」

「…」

忘れているのなら、声を掛けないで欲しい。
私は奴の問いかけに全くの無視を決め込み、スタスタと人混みの中へ突っ込んでいく。


という事をしようとしたら、ガッと肩をひっつかまれ、瞬時に方向転換させられた。

「痛っ!離しなさいよ」

「無視するなんて酷いじゃない、人形遣いさん?」

あの時の整った顔立ちもそのまま、ニタリと悪どい笑顔もそのままである。
第一印象は大事だというけれど、この妖怪にはそんな言葉は通用しない気がする。


「そういえば、貴女の名前を聞いてなかったわね」
「貴女に名乗る名前なんてないわ」

あの時の言葉を、そっくりそのまま返してやった。

「あらそう。私は風見幽香」
「貴女の名前なんて聞いてない」

私は言葉で思いっきりあっかんベーしてやった。
幽香と名乗る妖怪は、きょとんとした顔をしたかと思うと、
すぐさまニタリと企んだ顔になった。


「もしかして、私に喧嘩を売ってるのかしら?」
「そうね」

私はフンっとそっぽを向いた。
するとクスクスと笑う声が聞こえてくる。

「貴女、なかなか面白いわね」
「それはどうも」

「お茶なら付き合ってあげてもいいわよ」
「嫌よ」

「つれないわね」

妖怪の顔が近付く。
肩をつかんでいる力が少し強くなった。

「…そろそろ開放してくれないかしら、痛いから」
「嫌よ」
「…」

ああ言えば、こう言う。
私はイライラして、このニタリと笑う顔に弾幕を放ちたくなってきた。

そんな私の心情を知ってか知らずか、妖怪は、んー、と考える素振りを見せ、こちらに向き直った。

「弾幕勝負だったら、付き合ってくれるの?」
「そうね」

「でも残念。言ってみただけ。今は弾幕出してまで争う気は更々ないわ」
「貴女ねえ…」
「それよりも、いらっしゃい。人形遣いさん」

肩は開放されたが、その変わりに両手を掴まれ、抵抗虚しくぐいっと引っ張られ空を舞った。

「ちょっと、離しなさいよ。私まだ里に用事があるんだから!」
「いいじゃない、後で済ませれば」
「よくないっ!」

力が異様に強くて、振り解く事も出来ず私はズルズルと彼女に引っ張られ
やむなく里を離れる事となった。

・・・理不尽だ、全く。




移動すること数十分。

妖怪に連れてこられたのは、ひまわりの花・花・花。
辺り一面、黄色だらけの見事な花畑だった。
ざあっ、と風が吹き、
その流れに乗って花の匂いが舞う。




「…綺麗」


私の口からは、素直な言葉しか出てこなくなった。

「でしょう?私の自慢の花畑よ」

嬉しそうに笑いながら、ひまわりの花をそっと撫でる幽香。
愛おしそうに花を見つめる彼女は、先程まで傍若無人な振る舞いをしていた妖怪だ、なんて一切感じられなかった。


「…ふーん」


それにしても、本当に綺麗なひまわりの花だ。
太陽の光を浴びて、自身も太陽に成らんとするような。

そんなひまわりの姿を見ていると、何だか元気が出てくる。

あの悪どい笑顔から、どうやってこんな綺麗な花を育てることができるのだろう。
私はただただ、風に揺れるひまわりの動きを眺めていた。

ひまわり畑の中や周囲をゆっくり回り、そのまま幽香の家に案内され、
毒気を抜かれた私はボーッとしたまま木の椅子に座って、差し出されたあたたかい紅茶を飲んでいる。


(…美味しい)
私の入れる紅茶も、我ながらまあまあな腕だと思っていたけれど、
幽香の入れる紅茶も香り豊かでなかなか美味しい。

いい香りに包まれて、夢心地な気分に浸りながら、
窓から見える花畑を眺める。


「気に入ってもらえたかしら」
「さあ…少しね」

本当はとても気に入ったのだけれど。
認めるのは何だか悔しいから、返答も控えめだ。


「それと、もう一度聞くけど」
「何かしら」
「貴女、名前は?」

「…アリス、マーガトロイドよ」
「さっきは教えてくれなかったのに、ヤケに素直ね」
「知らない」


真正面に座る幽香の顔をマジマジと見る。
もう、腹は立たなかった。

そのままじーっと見ていると、
どうしたの、と聞かれて。

私は、何でもないと答えた。


「ところで。私のカンは、やっぱり外れないと思うの」
「・・・カン?」
「アリスに初めて会った日の事よ」

初めて会った日…。

腹立たしかった、あの雨の日。
あれだけイライラしていたのに、
いつの間にか薄くヴェールの靄が掛かって、穏やかな色になっていく。


「ああ。…花を探しにきたのよね」
「そう。鬱蒼とした森の中へね」

紅茶のカップを置き、私をまじまじと見つめながら、幽香は言う。


「花はあの森のどこかにきっと咲いていて、私はそれを見つけると思う」
「…そう」
「いつになるかしらね」


楽しみだと言わんばかりの幽香のその瞳には、
強い輝きが宿っている。

私には無いもののような気がして、思わず目を逸らした。

「…長年あの森に住んでいるけれど、花は一度も見たことがないわ」
「そう」
「だから、釘を刺すようで悪いけど…。見つからないと思う」




「見つかるわよ。私が見つける」

力強い声。
幽香の瞳を覗き込むと、
その輝きは一層光って見えた。

その光が、何だか、少し眩しい。



「かなりの自信を持ってるようだけれど、何か根拠があるの?」
「…、私だから?」
「何よ、それ」


私は、少し声を出して笑った。


「ねえ、そんなに花が好きなの?」
「ええ、大好き」


花の事になると、身振り手振りを使って賢明に話し込む幽香の顔は、
見た目相応の女の子にしか見えなかった。



何だろう、少し、楽しい。

こんな風に感じる気持ちも随分昔に置いてきた事に気がついたのは、
ぬるくなった紅茶を飲み干した後だった。
読んで頂き、どうも有難うございました。
皆さんの心の中に、太陽の花が咲きますように。
KTKT。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
心の中で花が咲き乱れました!
2.名前が無い程度の能力削除
貴女のぉ 捜してる花わぁ 目の前に咲いてますよおォ!
3.いっちょうめ削除
満開になりました。出会いっていいですね。
4.名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんが花だと認識してくれたら優しくしてもらえるよ!
よかったね、アリスちゃん
5.KTKT。削除
読んで頂き、どうも有難うございます。

>>1さん
どうも有難うございます!咲いてもらえて、大変嬉しいです。

>>2さん
有難うございます。そうですね、この話では気づいてない事になってますので、
早く気づいてほしいと思います!>探してる花は目の前に

>>いっちょうめさん
有難うございます!そうですね。
最初は嫌な出会いに思ってたけど、段々と打ち解けたり、仲良くなっていったりすると嬉しいです。

>>4さん
有難うございます!花にはめっぽう優しいゆうかりんだと思うので、
アリスも大いに可愛がられると思います。>花だと認識してくれたら