三寒四温。
今の時期ほど、この言葉の意味を噛み締めることはないだろう。本来の意図からは外れてしまってはいるが。入口を開けると、ストーブが全力活動していた昨日とは打って変わっての陽気が漂っていた。
段々と寒い日が少なくなり、気がつくと花のつぼみが膨らんでいる。そうして桜咲く春へと日々は移り変わっていく。
「そろそろかな」
この暖気ならば、彼女たちが来るかもしれない。そう思いながら茶の準備をしていると。案の定か、ベルの音と共に彼女は現れた。
どうやら、もう一杯入れる必要があるようだ。
いつからだろうか。具体的な時期は覚えていないが、この季節になると春告精が店に現れるようになった。理由を聞いたことはないし、聞こうとも思わない。きっと、妖精なりの気まぐれなのだろう。
生来が寡黙なのだろうか、それとも極度の人見知りなのか。ほとんど言葉を発さない理由が僕には判断ができなかったが、差し出した茶をぺこりと一礼してから受け取る様を見れば、悪い子ではないということぐらいはわかる。
黒い衣装に身を包んでいながらも、薄暗い店の雰囲気に溶け込まないその存在は、やはり春の使いだということを感じさせた。
「今日っていう約束なのかい?」
僕の問いにやはり彼女は言葉を出さず、首肯した。だが、久しぶりに二人で春を告げることが嬉しいのか、その羽は、ぱたぱたと上下している。
記憶にある限り、彼女はいつも先に来ていたし、待ちぼうけをくったことも無い。ならば、もうすぐ後一方が現れるだろう。
「はるですよお」
やはりというか、なんというか。新しい茶を準備している間に、もう一方もやってきた。
差し出された湯飲みを啜り、にへらと笑顔を浮かべる様子は、間の抜けた感があるが、どこか馬鹿に出来ない表情だ。
湯飲みを盆の上に載せ、彼女たちは店を出て行く。茶葉ごと持っていくどこぞの巫女や、気がついたら物を取っていく妹分に比べたら、なんとも慎ましやかな存在だ。
それに、彼女たちがやってきたということは、あと少しで本格的に春がやってくるだろう。お茶の代金はそれでチャラだ。
久しぶりに掃除でもしようかと考えを巡らせていると、出て行ったはずのリリーたちが入口に立っていた。僕に手招きをしているようにも見える。つられて外に出ると、彼女たちは店の前にある木の先端まで飛んでいった。
「ひとあしさきの、はるですよお」
瞬間、桜の花が咲き乱れた。
よほど呆けていたのだろう。僕の顔を見て、リリーたちはまるでいたずらを成功させた子供のように、いや、まさしく二人の笑顔はいたずらっ子そのものだった。
「一足先に花見で一杯、かな」
いいものを見させてもらった。今度来た時は上等な茶葉を出さなくてはならないだろう。遥か遠くに飛んでいく彼女たちを見送りながら「営業中」の札を立てかけた。
また、春が来る。