この作品は、前作「上」を取りたいオトシゴロの続きになります。前作(拙作のマリアリ系列作品)を見ると、もしかしたら新たなる発見があるかもしれません。
情け無用の百合成分がふんだんに盛り込まれており、マリアリへの愛情が大量に含まれている可能性があります。服用中に、アリスに介護されたいとか、怪我をしている魔理沙を介護してみたい等と感じた方は、現実にはあり得ない事だと涙を飲んでからブラウザバックをお願いします。
―話をしよう。
これはある冬の幻想郷のお話である。アリスとの交渉に成功して、二段ベッドの上を守れた上に・・・一緒に眠れるというありがたい事もあった日の事だ。
私は、アリスと体温を分け合って心地よい眠りに就いていた。アリスと一緒に眠ると、実に良い寝心地で、最高の朝を迎える事が出来る。
そう、冬場の独りの寝床は特に冷たくて、嫌いだったから。
寝床の冷たさが、自分の体温を奪うだけでなく、冷えた身体の中の心も一緒に寒く・・・寂しくなって行くような錯覚を覚えるのが嫌だった。
でも、アリスと一緒だとそんな事はない。もちろん一緒に寝るのは今回が初めてじゃない。過去何度も寒い夜を二人で過ごした事があるが、独りの時よりとっても幸せな気分になれる。
体温を分け合う事で、自分の身を温めて。
普段はキツイ一面のあるアリスの優しさが、自分の心を満たしていくみたいで。
冷たさと寂しさをシャットアウトする結界、温もりに満たされた小さな世界。
-普段人前で見せないアリスの優しさを感じる事ができる世界。
アリスの手が背中に回ってて、もちろん私もアリスの背中に手を回してて。そこから気持ちが溶け合って混ざっていくような気分に満たされて私は眠っていた。
不意に、冷たい世界に放り出されたような感覚を覚えた。
自分の背中を預けていた天板の感覚が無い。
慌てて眼を開けると、時を操った覚えも無いのにスローモーションの世界が見えた。
―寝返りの影響で、自分が宙に投げ出されている事・・・そう、ベッドから落ちている事を把握した。
「やば・・っ!!」
咄嗟に、近接戦闘で使う魔法障壁を展開するための魔法の詠唱と、空を飛ぶための魔法の詠唱を始めるがこの落下中の数秒の間では間に合うはずが無く、魔法障壁が発動するかしないかのタイミングで私は、床に腰を打ちつけてしまった。
「ぁ・・・いたっ、くそ・・・っ」
腰を襲う激しい痛み、魔法より先に悪態が出てしまった、そして涙も出た。どんなに激しい弾幕ごっこ、近接弾幕戦で美鈴に殴られても泣かなかったのに。背中を襲う鈍い痛みと夜明けの外気の冷たさが、心を鷲掴みにする。
痛い、寒い・・・
痛みで治癒魔法の詠唱もままならず、身体も起こす事が出来ない。足の感覚があるので折れる等といった深刻なダメージは負っていないとは思うのだが、とにかく酷い鈍痛が私の意識と感覚を塗りつぶしていた。レミリアでは無いが、うーうーとしか言えない。悔しいが可愛さは120%減(霧雨魔法店比)、痛々しさがてんこ盛りの呻きにしかならなかった。
「・・・っ!魔理沙!?」
アリスの声だ、気が付いてくれた。痛みで歪む視界の中、半べそのアリスが私を覗きこむ。
「腰を・・・打った。」
「分かった。すぐ見てあげるから。」
背中をまくられて、冷たい外気が私の肌に触れる。風呂場とかで散々見られているのにも関わらず、ちょっとだけ恥ずかしくなった。アリスの長い美しく長い指先が私の背中を滑るたびに、痛みがそこから溶けて行くような感覚。その感覚だけで、少しだけこの痛みに耐える事ができそうな気がしてきた。
アリスが温泉床暖房を作動させてくれたのか、寒さも少しづつ和らいで行くのも分かった。
・・・いや、寒くなくなったのは、アリスが腕の中で私を診てくれているからなんだろうな。
「最期を看取ってくれたら最高じゃないか」昨日の私のセリフが間違いじゃない事は身にしみて分かった。しかし、半ベソになりながら必死に手当してくれるアリスを見ると、冗談でも言うべきセリフじゃなかったな・・・
「ヒーリングかけたから、痛みは暫く収まるわ。」
「っと、助かったぜ・・・。」
「びっくりしたわよ、私の予想通り落ちるなんて。里のコントでもあり得ない展開じゃない。」
「おとぎ話ならありうる話じゃないのか。お姫様はベッドから落ちて、王子様に看取られました・・・なんつて。」
「女同士だから王子様はあり得ない。それに、今回はジョークでは済まない所だったのよ。運が悪かったら、死んでた可能性だってあるわ!」
「・・・そうだな。」
痛みが引いたのに、腰には鉛のような感覚が残った。そして心にも。
アリスは・・・真剣に心配してくれているんだ。いつも人前でサラッと言うような皮肉を言っている訳じゃない。長い付き合いで、それは私にも読み取れるようになった。私といる時にだけ、こんな風に振る舞うんだ。
「とりあえず、朝食取って支度したらすぐに永遠亭に行くわよ。」
「分かった。とりあえず、腹ごしらえだな。上手い朝食をご馳走するぜ。」
「ダメよ、じっとしてなさい。ヒーリングで痛みを抑えてるだけだから、根治はしてないわ。」
止められた。朝食の支度は家主の仕事なのに。アリスは人形を呼び出して、私の二段ベッドの下にそっと寝かせてくれた。
「アンセイニシテタホウガイインジャネーノ?」
「トリアエズキガエテ、シタクセイ。」
上海人形と蓬莱人形を撫でながら、出してくれた着替えに袖を通す。腰を庇って、動きが取りにくい所は的確に人形達がアシストしてくれる。
「大丈夫?」
「ああ、問題ない。人形越しに変な所触るのは止めてくれよー」
「せっかくだから、槍かなんかで刺そうか?針治療って手も無くは無いわよ。」
「いや、遠慮しとくぜ。」
人形から聞こえるアリスの声。それがどれだけ心強いか。身支度を整えると、計算されつくされたタイミングで、アリスが美味しそうな朝食を持って入ってきた。
ベッドの中でアリスお手製の朝食を食べる、ベッドサイドに椅子を持ってきたアリスも一緒に朝食をたべる。とっても美味しくて、今日と言う日が幸せになるような魔法と、元気になる魔法をかけて貰うような気分だ。・・・腰の奇妙な感覚さえなければご機嫌なのだが、それは言ってはならない。とりあえず、食事しながら当面の事を相談する。
「永遠亭に行って、診て貰って・・・多分、折れて無いと思うからそんなに深刻じゃないと思うけど。」
「しかし深刻じゃないとしても、問題はどれくらいかかるかだな。あんまり長くアリスに迷惑かけるわけにも行かないし。」
「魔理沙にしてはありがたいセリフね。完治するまでは、いるわよ?」
「本当にいいのか?」
「独りで身動き取れないままじゃ、何かと大変でしょ?」
「確かにな。」
食事を残さず平らげると、片付けを人形に任せて、私とアリスは永遠亭に向かう。
もちろん、腰に負担をかけてはダメなので、今日はアリスにおぶって貰う事に。昨日のシャンプーの香りが少し残った後ろ髪と、狭くても心地の良い背中の感覚がとても気持ちいい。飛行速度は私に比べると控え目だけど、控え目な速度が寧ろありがたいような気すらしてきた。
「安全運転だが、気持ちいいぜ。」
「いつものアンタが速すぎるのよ。」
「これが春先とかなら、最高だったのになー。」
「そうね、真冬じゃ寒さが厳しいもんねぇ。でも、アンタと飛んでるとそんな風には思わないわ。」
「私は便利な人間カイロだぜ。八卦炉があれば、ぽかぽかだろ?」
「ごもっとも。背中があったかいわ、普段は後ろだから、新鮮な気持ちね。」
「なんならたまには前と後、変わってみるか?」
「考えとく。」
竹林を初めて一緒に飛んだ時は、もっとギスギスした会話をしていたような気がするが、あれから本当に色んな事があったもんだ。異変を解決したりするうちに、自然とつるむようになったのが不思議な感じがした。ココロとココロが分かりあうのには、やっぱ時間がかかるんだな。
そんな事を考えていると、目的地の永遠亭が見えて来た。そっと優しく着地して、診察室の前までおぶったまま移動して、人形にノックだけさせて。まぁ、両手塞がってるから仕方ないねって考えた。
「急患よ。」
「いらっしゃい。禁呪の詠唱組さん。」
「略さなくてもいいだろうに・・・」
「症状は?」
「・・・腰が痛いんだ。」
「昨夜はお楽しみでしたね。最近の子は、若いからって激しく・・・」
・・・チルノがパーフェクトフリーズ使った訳でもないのに、空気が凍った。
アリスは顔を真っ赤にしていたが、私だってその言葉が意味する所位はちゃんと学習している。多分、顔が赤くなってたと思う。しかし、そんな長生きした蓬莱人のジョークに付き合っていては、アリスはともかく私の寿命がヤバい。気持ちを察してくれていたのかどうかは知らないが、アリスがちゃんと病状の説明をしてくれた。
「違う、魔理沙がベッドから落ちたの。腰を強打して、ヒーリングかけて処置したってとこ。」
「ふぅん。分かった、じゃあ、診察して処置をするからアリスは待合室で待ってて。」
「分かった。」
アリスは何度か私の方を見ながら待合室へと消えて行く。その後ろ姿を思い出すと、何故か切なくなった。処置は滞りなく進み、鈴仙がアリスを伴い入ってくる事には、腰の痛み・・・というか、重さは随分緩和されていた。笑顔で手を振ると、アリスのはにかんだ笑みが見えた。アリスが用意された席に座ると、永琳が説明を始めてくれた。
「只の打ち身よ、私の特製湿布を処方してあげるわ。この程度なら、一日で治るわよ。」
「おっ、ラッキーだぜ。一応魔法障壁は効果あったみたいだな。」
「良かったわね、魔理沙。」
安堵の表情がアリスからも零れる。私もほっとした表情を向けた。だが、ここで永琳がトンデも無い事を再び言ってくれるもんだからたまったもんじゃない。
「そうね、これで明日からまた・・・お盛んになっても大丈夫よ。」
「「だから、そんな事はしてないわよ(んだぜ!)」」
完璧なハモリ具合には、正直に驚いた。お正月も確か同じタイミングだったかな?横で聞いていた鈴仙も笑っている。すると永琳は。
「別に・・・若いっていいなって思っただけ、よっ!」
「おうふっ!!」
唐突に湿布を永琳に謎の気合いと共に張ってもらった私は、思わず声を出してしまった。服を着直して、永遠亭からの帰り道。再びおぶって貰いながら私の家へと飛んでいく。
「・・・良かったじゃないの、湿布張って1日で治るような怪我で。」
「悪運だけは強いからな。それに、今は女神様も微笑んでる。」
「女神様?」
「そ、お前。」
「ね・・・寝言は寝てから言った方が良いわよ?」
「ちぇー」
歩けないのに時間だけは過ぎて行くもので、帰ってベッドでゆっくりしているうちに昼食夕食と時間は流れて行って。時間はすっかり真夜中だ。私はベッドで魔術書を読んで、アリスは、横で編み物をしている。
静かな時間が流れていく・・・共同研究している時なんかではしょっちゅうであるが、この二人で過ごす時間は静かな物でもとても好きだった。普段は宴会の幹事ばっかやってて賑やか担当と思われがちな人のセリフとは思えないだろ?そんな静かな時間を楽しんでいたが、腰の痛みが思い出したかのように疼いてきて、痛くなってきた。
「アリス・・・痛い、湿布を変える時間かな?」
「分かった、うつ伏せになってちょっと待って。」
「人形にやらせないのな、それは。」
「至近距離にいるのに。人形にさせる必要なんてないわ。」
アリスは、そっと私の背中に湿布を貼る。永琳の手より優しい手つきで触れて貰うだけでも、それだけで痛みが和らいでいって。湿布を貼った時の特有の身ぶるいをしながら、思わず私は。
「あぁー生き返る。」
「アンタ、それは何て言うか、その・・・年寄り臭くない?」
「しかし、この湿布の感覚を表現する言葉が他に見つからん。アリスも貼ってみるか?」
「どこも悪くないのに?」
「肩とかどうだ?この前揉んだ時、えらいコリが酷かったような気がするけど。」
「あら、そう。個人的には、湿布よりまた肩もみお願いしたい所だけどね。」
「湿布より、スキンシップの方がいいって事か?」
「そうとも言える・・・かな。魔理沙も上手いこと言うわね。」
「言葉は魔法だぜ。」
笑うアリス。この笑顔が一番好きな表情だ。お礼を言って、横を向いて。背中に体重かけたらあんまり良くないし、何よりうつ伏せだと首だけしかアリスの方を向けない。お互いに横向きのまましばらく見つめあって、魔法にかけられたかのような気分を楽しんでいると、アリスがふぅっとため息をついて。
「さぁ、そろそろ夜も遅くなってきたし、寝ましょうか。」
「そうだな。」
本来不眠不休で動けるはずのアリスだが、こうして眠る事がある。人間としての習慣がまだ残っているのだ。背中に手を当てて、何度か撫でてくれて。それがとっても心地よくって。すっかり蕩け切った顔をしている自分をアリスに見せる私がいる。まぁ、これはアリスにしか向けない表情って決めてるから、恥ずかしさとかは全く無かった。
「なんか・・・気持ちいいんだぜ。手当てとは、よく言ったもんだよな。」
「俗説だけどね。でも、心理的な効果もあると思うし。さぁ、さっさと寝ちゃいなさい。」
「そうだな、お休み、アリス。」
「お休み、魔理沙。痛かったら、遠慮なく起こすのよ。」
「私は遠慮なんてしないぜ。」
「それもそうか・・・お休み。」
私が指を鳴らすと、魔法の照明が落ちて、慣れない目で見る暗闇の中にアリスの髪と人形のように整った微笑みを見つけて、私はもったいなさを押し殺して目を閉じる。この優しい温もりに包まれて眠れる幸せを噛みしめながら、私は眠る。
たまにアリスがぎゅーとしてくるのが息苦しい。私も負けずにやり返すからおあいこではあるが、息苦しさなんてすぐに忘れてしまう。
―そこから、痛みと気持ちが溶け合っていくみたいだったから。優しさと温もりと溶け合って、心地よい眠りに落ちて行く・・・
そして、翌朝。
「ふっかーつ!!」
「良かったわ、これで大丈夫ね。」
目覚めると腰の痛みは無くなっていた。アリスに湿布を剥がしてもらって、患部を調べて貰った時に、いつもの綺麗な背中よと言ってくれた時には自然と笑みが出た。
「いやー色々助かったぜ、アリス。」
「どういたしまして、今度はもっと生活に支障が出ないような場所を打ちなさいよ。」
「どうせなら・・・いっそお尻とかがいいか?」
「歩けなくなるわよ、また。」
「アリスに診てもらえるならいいや。」
「・・・もぅ。」
いつものノリだ。軽口と軽口のキャッチボール。こうしたやりとりも大好きだ。ストライクゾーンにアリスの言葉がポンポン帰ってくる楽しい時間。でも、楽しい時間には終わりが来るのもちゃんと知っている。
「・・・じゃあ、私帰るね。家の雪かきとかしないと、大変な事になるかもしれないし。」
「あ・・・あぁ、色々ありがとうな。」
「何かあったら、人形の通信機能使って呼び出して。」
「オーケー。」
踵を返し、空へと舞い上がるアリスの後ろ姿。
引きとめたかった。もっと、傍にいてって。
―独りは寂しいよって。
独りになった家の中、いつもの生活。魔法の研究に勤しむ私。
今日は外出は止めておこう。雪降ってるし、病み上がりだがら無理をするのも良くない。魔法の術式とか、そんなのを考えていると時間なんてあっと言う間だ。研究の傍ら、アリスが作っていてくれた夕食を食べながら、思いついた事を書き連ねて行く。
アリスの事を思うと、不意に心が締めつけられるような気がした。
手を動かして紛らわしていると、時間はもう夜。眠気を覚えた私は、大きな欠伸をして。
「さぁ、寝るかー。明日からまた、頑張るんだぜ。」
歩ける事って、こんなにもありがたい事だったんだな。実際に一日でも歩けなくなった事があると、良く分かる。そんな事を考えながら、痛くなくなった腰を何度か撫でて、私はアリスの言い付け通りに二段ベッドの下に潜り込む。
慣れない寝床の感覚も手伝って、2日ぶりの独りの寝床はひどく冷たい物だった。
寂しさと冷たさが交じった灰色の気持ちに心を凍てつかされて、今日と言う日が終わる。
昨日の温もりを夢に見れたら良いなって思いながら、私は眠りに落ちた。
―それでも幻想郷は平和である。
バレンタインも期待してますよ!
同じく、節分、バレンタイン楽しみにしてます
バレンタインも期待してます。