需要と供給、これら二つは商売における絶対の要素である。
これら二つの要素が寄り添う流通バランスのクロスポイント……その前後において必ず発生するかすかな、ずれ。
その僅かな領域に、己の資金、生活、そして誇りを懸けて、カオスと化すその極狭領域を狩り場として生きる者たちがいた。
土曜の丑の日はまさにミスティアにとって稼ぎ時だ。
鰻がもっともよく売れる日。この日ばかりはミスティアは屋台に鰻重弁当を屋台に乗せ、人里までやってくる。
これが飛ぶように売れるのだ。この鰻重弁当が。
去年おいしかったから今年も、今年もおいしかったから来年も。
誰かがおいしいと言ったから自分も、自分がおいしかったから誰かにも。
そうしてミスティアの鰻重弁当は評判と実績により着々と売り上げを伸ばし、人里の外からも様々な人物がその弁当を求めてやってくる。
「今年も大盛況だったな、ミスティア」
「いやー、妖怪の売り物だと警戒されていたのを実食して解いてくれた慧音先生のおかげですよ」
「私はおいしいものをおいしいと言ったに過ぎない。これだけ売れるのはミスティアの実力があってこそだ」
「えへへ、そう言われるとうれしいな。……あっ、と。もう時間ですね」
「時間?」
「いえいえ、こちらの話です。慧音先生もそろそろ帰った方がいいですよ。この時間、このあたりは危ないですからね」
「……いつも思うが、毎晩ここでなにが起こっているんだ?」
慧音は首を傾げた。
そうだ。彼女が鰻重弁当を売りに来る日の夕方、いつも慧音は彼女に帰った方がいいと言われる。
確かに遅い時刻だし、妖怪が出て危ない。だが、現に目の前にいるミスティアも妖怪な訳だしそれを改めて警戒して帰った方がいいとは果たしてどうだろうか。
「慧音さんは知らなくていいことです。ほら、鰻重が冷めてしまいますよ」
「……ああ、そうだな」
残念ながらこの鰻重の前では慧音の知識欲を持ってしても食欲が勝る。
慧音はミスティアに言われるまま、帰宅の途についた。
さて、周りに人気がなくなると、ミスティアは屋台を里のはずれに動かし始めた。
里から少しだけはずれた場所。そこで、ミスティアはピタリと止まり、わずかに積載された鰻重弁当を再び並べた。
ミスティアは、いつも多めに鰻重弁当を作る。それは、売り切れという事態を起こさず全員に売るため。そして、もう一つ。
余ったそれを、売ってやりたい者たちがいる為だ。
ミスティアは屋台の引き出しからある物を取り出した。
それは[表示価格より 半額]と書かれた手描きの丸いシールだった。
それは程なくして現れた。
人里からまっすぐ屋台に向かってくる三つの人影。
一見、それらは皆、みずぼらしい格好をしているが、彼らの眼孔は間違いなく戦士のそれである。
そしてその瞳が見つめるものは一つ。半額となった鰻重弁当だ。
真ん中の男が手を伸ばした。1つしかない弁当は、3人の男ではただ一人しか、手に入れることができない。一度の勝負で、決着が付いてしまう。
その焦りが、男にミスを犯させた。
右の男が一瞬だけ駆ける足を早めつつ身を屈め、無理矢理真ん中の男の懐に潜り込む。
手を伸ばしていた真ん中の男は腹部がガラ空きであり、右の男の肩を腹にモロに受け、呻くような声があがった。
真ん中の男は突然現れた障害物になす術なく乗り上げてしまい、勢いを殺される。腹部への強い衝撃で意識が飛びかける。
右の男はそのまま真ん中の男の腕を掴み、後ろの振り向く。背負っている真ん中の男を左の男に投げつけることで勝利は確かな物になる。
だが、左の男は聡明だった。乱戦に巻き込まれることを避けるため、二人が組み合う前に速度を落とし、被害を受けない程度に、かつ隙を見つけ次第即座に二人を一網打尽にできる距離を空けていた。
そして、真ん中の男が右の男に体を押し上げられた一瞬を、左の男は見逃さなかった。
左の男は地面を蹴った。投げ出した右足が次なる踏み台を狙う場所は、真ん中の男の背である。
真ん中の男は声にならない呻きをあげて気絶、右の男は想定外の左の男の動きに驚き、対処しきれずバランスを崩した。
人間を踏み台にする。真ん中の男が踏みやすい広い背中を見せており、さらに右の男がそれを支える柱のように持ち上げていたからこそ出来る荒技だった。
左の男はそのまま足に力を込め、もう一躍。二人の男は地面に叩きつけられ、左の男は弁当に手を伸ばす。
今度こそ、誰にも邪魔されない。はずだった。
その時男には、弁当しか見えていなかった
右から急遽飛来する黒い影。
視野がすっかり狭くなっていた男は影に撥ねられ姿を消した。
「おいおい、役者も揃っていないのに終幕する訳がないだろう?」
箒に乗った魔女、霧雨魔理沙はニヤリと笑った。
現地の者から見えない距離からの一撃離脱戦法。高速で屋台の正面を横切り、すれ違い様に弁当をさらっていく。
「主演はしがない怪盗魔理沙さんが頂いた。ミスティア、こいつの勘定を……なっ!?」
弁当の代金を払おうとして気がついた。魔理沙が手にしていたのは弁当ではなく、くだらない言葉が書き連ねられた新聞紙である。
魔理沙の一撃離脱戦法は早さが命。つまり、掴むものを選ぶ余裕も、何を掴んだかを確認する余裕もない。
魔理沙が弁当に手を伸ばす直前、間に新聞を投げ込んだのだ。こんな芸当が出来る、魔理沙の全開スピードを捉えられる存在、そして新聞とくれば自ずと誰の仕業かは分かる。
そして、威圧的な地響きとともに一人の天狗が降り立った。
「おっと、お勘定はこちらですよ」
「誰がいるかよこんな新聞」
魔理沙は手にした新聞を目の前にいる天狗、射命丸文に投げつけた。
文は受け取った新聞を素早く広げ、投げ返す。強烈な風とともに。
風で勢いよく吹き飛んだ新聞は魔理沙の顔面に叩きつけられるように貼り付き、くぐもった悲鳴と共に魔理沙を大きく仰け反らせた。
前の見えない魔理沙は箒から地面に墜落する。
「こんな新聞という前にまずは読んでください。さて私はその間に……うわっと!?」
射命丸はとっさに後ろに退いた。歴戦の経験により培われた勘と防衛本能が、触ったら閉じるハエトリソウのように反射的に体を動かしたのだ。
危なかった。もう少し反応が遅れていれば屋台を背後から飛び越えてきた藤原妹紅の踵落としをまともに食らっていた。さすがに天狗でも食らえばひとたまりもない一撃だ。
妹紅は着地して続けざまに次々と手足で連撃を繰り出してくる。弁当はすぐ真後ろだが、弁当に手を伸ばせばそこから生まれる一瞬の隙で文に押さえ込まれる可能性が高いと判断し、文を片づけるのを優先したようだ。やはり彼女も歴戦の猛者というべきだろう。
文は連撃をかわし続ける。かわすことは難しくないが、、攻め返すことは出来ず、どんどん売場から距離を空けられる。
妹紅は背中に炎の翼を展開、さらに文に大振りな回し蹴りを放つ。当然文はかわすが、妹紅は蹴りの勢いで体を回転させ、炎の翼を文にぶつける。高熱と光に包まれ、反射的に目を閉じて防御態勢を取った。
妹紅は正面が見えない文の鳩尾に蹴りを入れ、その反動で正面に跳躍、炎の翼をはためかせ、弁当に向けて加速する。しかしそこには既に新聞を引きはがした魔理沙が向かっていた。
魔理沙は妹紅を視界に捉えると魔法弾をばらまき、妹紅の勢いを殺そうとする。だめだ、不死身の妹紅には威嚇はおろか直撃しても止まらない。
一か八か、魔理沙は弁当に手を伸ばした。
「甘い!」
妹紅の空中ソバットが魔理沙の右腕に直撃し、伸ばした手ははじかれる。
魔理沙の右腕が、高圧電流を流されたかのように痺れ、麻酔をかけたように感覚がなくなった。完全にやられている。
魔理沙は舌打ちすると箒から降り、懐から薬を取り出し飲む。肉弾戦用の身体能力強化薬だ。
魔理沙の高機動スタイルは箒に乗ってこそのものである。
しかし、箒に乗る以上は片腕が塞がってしまうので妹紅のように直接勝負には持ち込めない。その片腕も、弁当を掴むために必要である。
だから魔理沙は一撃離脱を基本戦法とする。相手をダウンさせるのではなく隙をみて直接弁当をかっさらっていくのだ。
しかし今の妹紅のソバットで右腕がやられた。こうなっては弁当に伸ばす腕がない。魔理沙は得意ではない直接対決を挑みにいくことになった。得意でない上に、片腕が使えない、限りなく不利な勝負である。
勝機は薄い。しかし、魔理沙は決して諦めない。
叫ぶのだ。胃が、腸が、食道が、魔理沙の身体中を駆け巡る食欲という名のパトスが、弁当を手に入れろと叫ぶのだ。
魔理沙は深呼吸する。鰻重を食べる自分を想像する。唾液が止まらない。腹が鳴る。その想いが、力になる。
「うおおおおっ!」
それは倒れ伏していた男も同じだった。背中を蹴られた男を押し退け、弁当の前に立つ魔理沙に殴りかかる。
それは妹紅にとっても予想外なことで、とにかく目の前の障害を除くために男の首に一撃。昏倒……しなかった。男は頑丈だった上、突然のことに対して反射的に行ったにすぎない一撃のため威力が足りなかったのだ。
男の殴りかかろうとしていた腕が裏拳となって妹紅に伸びる。しまった、と妹紅は思った。
男は正常に思考が行き渡っていない。ここで妹紅の相手をしてしまうと、最前線に居る魔理沙がフリーになってしまう。
妹紅はしゃがんで裏拳をかわす。魔理沙は既に弁当に手を伸ばし始めている。
(間に合わない……!!)
だが
「っ!?」
斜め上から何かが降ってきて、魔理沙とその位置を取って代わった。しかし、それは倒れたまま微動だにしない。
「椛っ!?」
持ち直し、妹紅の背面にまで迫っていた文が叫んだ。
妹紅は文と距離をとると同時に弁当との距離を詰める。
男は飛来してきた上空を見ている。その脇を抜ける。椛と呼ばれた飛来物は動かない。恐らく意識はないだろう。弁当に手を伸ばす。
が、
「もらった!」
上空にいた博麗霊夢は妹紅の背後に着地し、その後頭部に手刀を強打。不意をついた一撃が綺麗に決まり、妹紅は昏倒し、地面に倒れ伏す。
それを確認することもせず、霊夢は弁当に向き直った。
「……これは何事だ」
「せ、先生……来てたんですか」
「今日という今日は流石に気になってな」
「まぁずっと隠したままには出来ませんよねー」
くすくすと、屋台の奥から乱闘を眺めるミスティアが笑う。
だが慧音の顔は険しいままだ。
「もう一度聞くが……これはいったい何事だ」
「半額弁当の取り合いです」
「…………」
慧音は目を細めて、怪しむようにミスティアを見た。
「えへへ……」とミスティアが頬を掻く。
「その"半額弁当"なるものとはこれか?」
慧音はまさしく半額シールの貼られた鰻重弁当を指さした。
ミスティアは頷く。
「……馬鹿か?」
「大真面目ですよ。みんな」
「いや……いやいやいや、うん。馬鹿だ。いい年した天狗が、大の大人が、博麗の巫女が、妹紅まで、揃いも揃って何をやってるんだ。魔理沙はともかく」
「それは魔理沙に失礼じゃ……いえ、馬鹿なのは否定しませんよ」
「誰から見ても馬鹿だからな」
でも、と、ミスティアは優しく言った。
「いい馬鹿達でしょう?」
「何?」
慧音は呆気にとられたように口を開けた。
「確かに彼女らがとろうとしている物は所詮半額になった弁当にすぎません。真っ当な人から見れば見窄らしい行為に見えるでしょう。馬鹿だと笑う人もいるでしょう。けれど、だからこそ皆誇りを持って戦っているんです。見窄らしい行為だからこそ誇りを持って全力で当たっているんです。たとえ如何なるものであれ、人が一生懸命にがんばっているのを非難する権利は誰にもありません。先生には、あれが半額になった弁当を欲しくてたまらない、卑しい目に見えますか?」
「…………」
「ただ弁当が欲しいなら、わざわざ手に取らなくても私に一声かければいい。かけてくれれば私は売りますよ。霊夢が結界を使えば簡単に弁当を奪取出来るでしょうね。でも彼女らはそれをしないんです。弁当を取りたいからじゃなくて、勝ち取りたいからです」
「…………」
慧音は黙ってミスティアの言葉に耳を傾けている
「魔理沙のさっき使った薬……あれ、マジックアイテムとして売るなら鰻重弁当より高いでしょう。今戦っているみなさんの体中の傷、ボロボロになった服、治療費や修繕費を考えたらとても割に合うものじゃない。それでも彼らが戦うのは、この半額弁当を輝かせる最強の調味料が欲しいからです。勝利という名の一味が」
ミスティアは語り終えて満足げな顔をした。
その顔を見て慧音はため息を一つ。
「高尚かもしれないが、やっぱり馬鹿だな」
「あはは、まぁ否定しません」
吹き飛ばされた魔理沙だったが、その勢いは何者かによって受けとめられていた。
まともに地面に落ちていれば、おそらく意識はなかっただろう。
そして、魔理沙の背には
「……美鈴?」
「ニーハオ♪」
美鈴は魔理沙にウィンク。
「おいおい、敵を助けるとはどういう了見だ?」
魔理沙は帽子をかぶりなおした。
「ふふ、助けてませんよ?」
「……何?」
魔理沙が浮いた。
「終わりかしら」
霊夢は飛んできた文にカウンターを食らわせながら呟いた。
文を遠く突き飛ばすと、次に手をかけるのは弁当だ。
しかしというべきか、やはりというべきか、この戦いは甘くなかった。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「きゃぅっ!?」
今度飛来してきたのはなんと魔理沙だった。
ブレイジングスターにも勝るスピードで飛んできた魔理沙ミサイルには霊夢の回避も間に合わず、ともども吹き飛ぶ。
「ジャックポット!!」
美鈴がガッツポーズをして戦場に飛び込んでくる。
「博麗の巫女!いざ、尋常に勝負!」
「っ……!不意うちしておいて尋常とはよく言うわ!上等じゃないの!」
霊夢は魔理沙を退けて美鈴の方へ走り出す。
二人のハイキックが屋台の前で交差した。
足を戻し、お互いに見つめあう。
弁当は間近、しかし手を伸ばせばその隙がすぐに命取りとなる。
そして何より、勝って手に入れるという至高の調味料、使わない手はない。
先に打って出たのは美鈴だった。
細かなジャブを連続で繰り出す。一撃一撃は威力が低い拳を霊夢は最低限の動きで交わし、受ける。
霊夢には天性の勘と防衛本能がある為、ほぼ反射的に数だけの攻撃は避けられるし、簡単に受け止められる。
(なら、これならどうだ)
美鈴はそれまでのパンチとほとんど同じモーションで威力だけ強力なパンチを繰り出した。
美鈴は霊夢とこのような場で手合わせするのは初めてではない。こういうときの霊夢の動き方をある程度把握していた。
どこを狙えば避けるのか、どう狙えば受け流すのか。
それさえ分かれば、霊夢が絶対受け止めようとするタイミングで強力なパンチを打てば受けきれずに命中するはずだ。
思惑通り、美鈴の本命パンチに対し霊夢は受け止める体制をとった。
が、次の瞬間宙を舞っていたのは美鈴だった。
受けの体制を見せた霊夢は体を少しずらして美鈴の手をとってそのまま背負った。
腕の勢いを利用されたのだ。
威力の低いジャブでは不可能な技だ。つまり霊夢は美鈴の本命を見切っていたことになる。
(これが昨年勝者の実力……けど!!)
美鈴は叩きつけられる前に霊夢にとられた腕の逆の腕を地面に突き立て、そのまま逆立ちの形で身体を支えた。妖怪だからこそできる力技だ。
霊夢が驚きに目を見開く。
美鈴は腕を霊夢から引き離し、身体を支える腕を軸にして身体を回転、プロペラのように足を振り回し霊夢の顔面に打ち込んだ。
「伊達に門番やってません!」
「二人だけで熱くなられては困ります!」
「なっ!?」
文が美鈴が地につけて支点にしていた腕をスライディングで弾く。美鈴は地面に倒れた。
霊夢は地面に尻をつけたままの無防備な文に攻撃を放とうとするが、いつのまにか霊夢の背後に回り込んでいた男が霊夢の右肩に強烈なキックを食らわせる。これでしばらく、両手に負担のかかる投げ技は使えないだろう。
霊夢は男の足を引き寄せ、鳩尾に肘を打つ。さらに顔面めがけて後ろ回し蹴り。男は吹き飛び木に激突。気絶した。
霊夢は叫ぶ。
「しつこいっ!」
「しつこさなら負けてないぜ!」
そう言って魔理沙も立ち上がり、獲物を構えた。愛用の箒を、まるで、勝利を約束されている剣のように。
「そうさ。まだまだ腹の虫は死んじゃいない」
立ち上がった妹紅も、炎の翼を大きく広げた。
そして、そこに入る誰もが笑っていた。
いつの間にか、慧音は半額の弁当の争奪戦に見とれていた。
本当に、これがただの弁当争奪戦なのかと。もっと違う何かを懸けているのではないかと。
そして、それは実際にそうなのだ。
彼らが懸けているのは弁当ではなく意地と誇りなのだと、慧音は理解した。
一人残らず楽しそうな顔をしているのだ。妹紅が輝夜以外とこんなに熱くなってるのを見るのも初めてだった。
別に鰻重弁当が高くて手が出ないのなら、そう言ってくれれば私だって妹紅に奢ってやれる余裕がある。が、妹紅が欲しいのはきっと、そんな弁当じゃないんだろう。
「……見てて少しだけ、理解できた気がするよ」
「でしょ?こういうの見てると応援したくなるじゃないですか。元々はほんとに、たまたま余ったものが売れなくて気まぐれで半額になんてしてみたんだけど、それがいつの間にかこんなことになってて。今ではこれのために一つだけ弁当をとっておいてるんですよ」
「馬鹿には違いないけどな」
「違いないですけどね」
そう言って二人は笑い合い、再び戦いの行く末を見守り始めた。
決着はもう、すぐそこだ。
霊夢は一番弁当に近いところにいる妹紅へ向かった。文も妹紅に向かって駆け出す。
妹紅は防御をとる。距離で有利を得ている為、無理に攻める必要はない。防御と反撃を繰り返し、乱戦の狭間に生まれるわずかな隙を見逃さなければいい。
体力も限界だ。防御ばかりでも、それは失われていく。
チャンスは一度。その一瞬でとらねば、きっと敗北なのだろう。
一方弁当からもっとも離れた位置にいる美鈴は、妹紅よりも近い霊夢に仕掛けた。
妹紅の壁が破られると、距離で不利をとっている美鈴にとって勝利は絶望的だ。
つまり、今は、妹紅には耐えてもらう必要がある。それに霊夢は強敵である。直接勝負なら向こうが上手であることは自分がその身で示した。
ならば、霊夢の注意を引きつけ、妹紅を文との一対一の状況にする。これで妹紅の壁も持つだろう。だが、同時にどちらかが隙を見つけて弁当を持っていってしまう可能性もある。そういう意味では、うかうかもしていられない。
美鈴は霊夢のわき腹にフック。不意打ちだが受け止められる。
しかし、美鈴の目的は霊夢を離すことにある。
力は勝っている。そして、今霊夢は肩の負傷で投げることが出来ない。
美鈴は拳を押し込み、無理矢理に霊夢を突き飛ばした。
霊夢は体勢を崩さず、難なく着地。さらにこちらへ一直線に向かって攻撃を放ってくる。美鈴とて門番だ、そう簡単に破れはしない。
あとは魔理沙の動きだ。わざわざ文を攻撃することはないだろう。妹紅を攻撃するなら先ほど吹き飛ばした霊夢よりも弁当に近い自分が急いでその戦域に飛び込まなければならない。霊夢に来ることはないだろうが、万が一来たら来たで押しつけてやればいい。美鈴に来たなら防戦しながら前線と合流、乱戦に持っていくことになる。
美鈴は魔理沙に、わずかに目を向けた。
誰もが、魔理沙の動向を伺っていた。
そして、魔理沙は誰もが予想しない行動にでた。
魔理沙はまっすぐ、こちらを見、手にした八卦炉を向けていた。
(なんてことを!?)
確かに今、美鈴と霊夢、前線の文と妹紅は一直線に並んでいる。
しかし、ここでマスタースパークを撃てば、屋台が、弁当がもろとも吹き飛ぶ。
それはやってはいけない行為だ。詰んだからと将棋盤をひっくり返すような最低な行為だ。
「魔理沙ッ!?血迷いましたか!」
文が叫んだ。焦りと憤りが混じった声だ。
たまらず文は魔理沙の元へ駆け出す。妹紅がフリーになるが、文か妹紅が行ってくれることを呼んでいた美鈴はすぐに前線へ戻り妹紅を食い止めに────
「なんて声出してんだよ」
その声と共に魔理沙は地面を蹴った。すでに箒にはまたがっていた。
乗せられたのだと分かった。
文に箒をぶつけた勢いで魔理沙は飛び、そのまま弁当へ手を伸ばした無防備な妹紅にドロップキックを食らわせる。
一気に前線にいた二人を処理し、弁当の前に躍り出た。
だが、幸いにも美鈴も前線に手を伸ばしていた。弁当には手が届かないが、魔理沙の服の袖は掴める。魔理沙は強引に手を伸ばすが、力では美鈴が勝っていた。
服が破れる前に魔理沙を抑えようとする。魔理沙は脅かしに使った八卦炉を私の顔めがけて投げた。一瞬、ひるんだ美鈴はその手を払われる。
しかし霊夢が魔理沙にスライディングをかけた。
視野の狭まっていた魔理沙にそれをかわすことはできない。
だが魔理沙はとっさに膝を地面につき、すぐに立ち上がれる姿勢をとり、なおも弁当へ手を伸ばす。
霊夢も足を伸ばしつつ弁当へ手を伸ばした。
美鈴は霊夢に拳を繰り出すが、それを呼んでいたのか、天性の勘なのか、目もくれず受け止める。
手を引いている暇はない。
美鈴も、弁当へ手を伸ばした。
(届け……!)
三人の意志は同じだった。
「ありがとうございまーす!」
ミスティアは笑顔で霊夢に半額になった鰻重弁当を手渡していた。
「ま、今回はひやっとしたけどこんなもんかしらねー」
「くっそー、次は勝つぜ」
そう言って霊夢と魔理沙はその場を後にした。
「椛。やられるの早すぎです」
「そんなこと言ったってあの巫女強すぎですって……」
文と椛ももとの場所へ戻っていく。
美鈴もまた、ため息を一つついて帰っていった。
門番の仕事はいいのだろうか。
慧音は帰ろうとした妹紅に声をかけた。
「お疲れ、妹紅」
「げ、いたの、慧音」
「ああ、見てた。弁当ぐらいおごってやってもいいんだぞ?」
「……見てたんだろ?」
「ん、そうだな。やはり無粋か」
「来年、勝てばいいだけの話さ」
そう言って妹紅はその場を離れようとした。
「ところで妹紅、実はあわてて飛び出してきたから家に弁当の残りがあるんだが……」
そう慧音が言うと、妹紅はピタッと足を止めた。
時間が止まったかのようにぴったりと体を止めた妹紅が慧音は面白くて、追い打ちをかけるようにもう一声。
「いや、いらないのならいいんだが……おいしかったぞ?」
精一杯悩んだような間があって。
「……ひ、一口だけ……貰おうかな」
そう言って顔を少し赤らめた妹紅が慧音の方に向き直った。
なんともその姿がかわいい。
「はははっ、プライドもいいが、正直なのが一番さ。」
それが素直な慧音の気持ちだった。
そしてもう一つ。
「ただ、次は勝つんだぞ?」
「もちろん!」
妹紅は笑って頷いた。
面白かったです。
来年までに幻想入りしなければ
美鈴は霊夢に拳を繰り出すが、「呼んでいたのか」←おそらく誤字と思われ。
いやーすげぇー面白かった!!
電車の中で笑い堪えるの必死だったーw
こんなバトルものが書けるなんて羨ましい……。