山は頂上から色づき始め、頂上から色が消える。霜月の終わり頃から消え始めた山の色は、師走に入り庵にまで届いていた。
私が住む山の中腹にある九天の滝から流れる水は日増しに冷たくなり、それに比例して気温もどんどんと下がっていく。
そんな外出が億劫になる様な寒い中、私ことにとりは外に出てある物を探していた。
「う~ん……やっぱり見つからないなぁ」
探しているある物とは、外で幻想となって流れ着く外界の道具。これは噂だけど、山の中には空洞があって中は外の世界と繋がってるらしい。
そこに行けたらいいんだろうけど、その空洞の入り口が何処にあるのか分かんないし。何より所詮は噂、本気にするだけ時間の無駄だ。
でも、此処には時々外の道具が流れ着く。だから案外本当なのかもしれないけど、この山に長い間住んでいるがそんな空洞は見た事が無い。
所詮噂は噂、という事なのだろう。そんな事を考えている暇があるなら、道具を探して足を動かす方が有意義だ。
「んー……収穫は零かぁ」
今日はもう帰ろう。帰って、炬燵できゅうり食べよう。
そう思って、踵を返した時だった。
「……んっ?」
雪に覆われた茂みの向こうに、銀色に光る何かが見えた。
「……んん?」
よくよく目を凝らすと、それが何なのかはっきりと見えてきた。
「……! こっ、これは!!!」
それは箱と薄い板のような物体で、下の方には土台の様な部分がついていた。以前香霖堂の旦那の所で見た事がある。あれは、確か……
「パソコン……ッ!!!」
そう、パソコン。旦那曰く外の世界の式神らしい。
以前から分解したいとは思ってたけど、まさかそれが手に入るとは。寒い中出向いた甲斐があるってものだね。
「こいつは思わぬ収穫だね」
誰に言う訳でもなく一人呟き、パソコンを持ち上げる。
少し土と雪で汚れてはいるが、きちんと整備すれば大丈夫だろう。
「ふふふ……っと、帰るかね」
さぁて、帰ってから調査で忙しくなりそうだ。
思い、住居へと全速力で飛んだ。
***
「……むむむ」
パソコンを拾って帰ってきて一時間弱。
忙しくなるかと思ったその日は、思いの他忙しくは無かった。
「どうしよっかな……」
呟き、ちらりとパソコンに目を向ける。
土と雪は綺麗に取り払われ、銀色の光沢が美しい。
だが、土を払っただけでそれ以降は何もしていない。
普段の私なら、迷わず解体して内部構造を隅々まで調べる所だけど……
「こういうのを弄るのは初めてだしなー……」
外界の道具を弄ったことは何度かある。
だが、殆どが携帯電話やポケットベルといった小さい物ばかり。
つまり、パソコンの用に大きな未知の道具を弄るのは初めてということになる。
未知に挑戦するのは技術者として楽しみだ。しかし今回は相手が違う。
何せ、数秒で世界中の情報を集めることが出来るという外の世界の式神だ。失敗すれば外の世界の科学に触れるという大きなチャンスを逃したことになる。
そういう時はまた探せばいいんだろうけど、これだってさっき初めて見つけた物だ。そう簡単に見つかる物でもないんだろう。
――香霖堂の旦那は幾つも持ってるけど、何処で仕入れてくるのやら……
……と、そこまで考えて。
「……ん?」
一つの案が浮かんだ。
「……そうだね。半盟友の力を借りるとしようか」
思い立ったが吉日。
パソコンを纏めた風呂敷を背負い、外に出て扉を施錠する。
一時間ぶりの外は、先程よりも冷え込んでいる様に感じた。
「……うぅ、寒い」
呟きながら、光学迷彩のスイッチを入れる。
自分から見て何の変化も無いが、周りから今の私を目視する事は不可能だ。
「さて、早いとこ行くとするかね」
言って、半盟友の店へと飛び立った。
***
師走に入り、幻想郷に本格的な冬が訪れた。
ストーブは店の一角でしゅんしゅんと音を立て、僕に寒くない冬を提供してくれている。
外を見れば、少しではあるが雪が積もり始めていた。本格的に積もるのもそう遠くないだろう。
そんな事を考えながら読書に勤しんでいると、扉の鈴が控えめに鳴り来客を告げた。
「いらっしゃ……ん?」
誰かと思い顔を上げると、そこには誰の姿も無い。
――悪戯か。
思い、読書に戻ろうとした時だ。
「……ん?」
見慣れた僕の城である香霖堂店内。
その真ん中辺りの風景が、ゆらりと動いた。
「……?」
一瞬何事かと思ったが、その正体はすぐに現れた。
「やぁ、香霖堂の旦那」
「何事かと思えば、君か」
景色が揺らいだ場所から現れたのは、河童のにとりだ。恐らく光学迷彩を使用したのだろう。
「入った時に思ったんだけど、此処は暖かいね。どうしてだい?」
「それだよ」
言って、ストーブを指差す。
「ほー、これのお陰って訳か……これも外の道具?」
「あぁ、妖怪の賢者と交渉して動く様にしている」
そういえば、にとりにストーブを見せるのは初めてだったか。
「はぁ、暖かい……」
そう呟くと、にとりはストーブに手をかざし暖を取り始めた。
彼女は何をしに来たのだろうか……暖まりに来たとは考えにくいな。暖まりに態々寒い中やって来るなんて本末転倒もいい所だ。
「……で、今日はどういった用事かな?」
「ん、あぁそうそう。用事はこれだよ」
言って、にとりは背負っていた風呂敷を下ろした。
「さっき拾ったんだけど、これを弄るのは初めてだからね。旦那に協力してもらおうと思ったんだ」
「ほぅ、パソコンか」
「うん。山で見つけたんだ。旦那みたいに沢山手に入ればいいんだけどねー」
「僕が仕入れている場所は君にはお勧めできないよ」
何しろ、無縁塚は人妖が行けば自己の存在が希薄になる場所だ。簡単に教えた後行って消えられたでは夢見が悪い。
他にも仕入先は幾つかあるが、外の道具という点においてはどこも微妙だ。
「ま、そんな私の勝手な理由で来たんだけど……迷惑、だったかい?」
「いや、構わないよ。外の道具を研究すればまた一つ知識が身につく。歓迎こそすれ断る理由は見つからないな」
「そっか。アリガトね、旦那」
「あぁ。……さて、話はこれくらいにして始めようか」
「ん、そうだね」
頷いてドライバーを取り出すにとりの横に腰を下ろし、パソコンの解体が始まった。
***
「……さて、こんなものか」
「うわぁ……!」
パソコンの解体を始めて数時間。大体を解体(バラ)したパソコンを前に、にとりはその内部構造にすっかり見とれていた。
「これは……凄いね。外殻の精密加工技術も凄いけど、それに覆われた内部もまた」
「まぁ、それに関しては同意だね。外界の技術には恐れ入る」
「それにさ、見てよココ。こんなにごちゃごちゃしてるのに無駄が全く無い。計算され尽くした形状だよ」
「これが大量に生産され、新しい物が現れれば破棄……悲しい事だ」
外の人間は余り道具を大切にしない。無縁塚の有様を見ればそれは一目瞭然だ。
物を簡単に捨てれば、その道具は九十九神となり捨てた者を祟る。人は昔からそれを恐れ道具を大切に使ってきた。
それが今は忘れ去られたと言う事なのだろうか。物を大切にするという習慣が幻想入りする日もそう遠く無いかも知れない。
「ほらほら、見てよ旦那!」
「うん? あぁ」
そんな事を考えていた僕の意識は、にとりによって思考の海から引き上げられた。
「ここがさ、私としては一番重要な部分だと思うんだけど!」
「成程、君もそう考えるか」
「も、って事は旦那もかい?」
「あぁ。恐らく此処は何かを逃がす所だろう」
「逃がす?」
「あぁ」
ずれた眼鏡を戻しながら、説明を続ける。
「外殻部分と照らし合わせると、此処が当てはまる部分の外殻は穴がある。これは何かを逃がすと見て間違いないだろうね」
「その、何かって?」
「それは流石に動かさないと分からないさ。僕が作った訳じゃないしね」
「むぅ、ココを知れれば前進できると思ったんだけどなぁ」
動かないんじゃ仕方ないか、残念。
そう言って、にとりは溜息を吐いた。
「ま、もう少し調べてみるかね……」
「あぁ、だが、少し休憩しないかい?」
昼からかれこれ少なくとも三時間は続けている。少し目が疲れていた。
「ん、それもそうだね」
言って、にとりは両手に持っていた工具を下に置いた。
その時だった。
「ふぅ、付き合わせちゃって悪いね、旦……那……」
「ん?」
横から聞こえるにとりの声が、段々と弱くなった。
何事かと思い、にとりの方を振り向くと、
「……!」
「ぁ……ぇ?」
視界一杯に、驚愕の色に染まるにとりの顔が映った。
パソコンが少し小さかったのが原因だろう。
作業を進めるうちに、僕とにとりの顔の間は幅一寸も無くなっていた。頬が擦れ合うような距離、という表現が一番しっくりくるだろう。
「………………」
「………………」
暫く無言のままその状態が続いたが、やがてにとりの顔が赤く染まった。
「ひゅ、ひゅいぃ!??」
そう叫び、にとりは磁石が反発する様に後ろへと下がった。
「な……なぁ……っ!?」
「……顔が赤いが、大丈夫かい?」
「へっ? あ、だ、大丈夫! 大丈夫だよ!」
本人はそう言うが、そう言う口が付いている顔は未だ赤く染まっている。
恐らくは疲れが現われでもしたのだろう。
「疲れたなら無理はしない方がいい。かれこれ三時間近く作業していたからね」
「え、あ、ぅ……」
僕がそう言うとにとりは何か言いたそうに口を動かしたが、言葉にならない言葉を発して俯いてしまった。
どうしたものかと窓の外に目を向けると、傾き始めた日輪が目に入った。
「ム、もうこんな時間か」
冬は日が落ちるのが早いから無理も無いが、そうなると問題はにとりだ。
解体したパソコンを元に戻すとして、中を結構ごちゃごちゃにしてしまったし最低でも一時間は掛かるだろう。
そうなると、日は完全に落ちてしまう。
日が落ちることは光が無くなる事と同義だ。つまり(これは僕の勝手な予想だが)光学迷彩が使用できなくなる。人見知りが激しいにとりにとって、それは辛いものがあるだろう。
「フム……にとり」
「ひゅいっ!?……な、何?」
「日も落ちてきた、此処から山までは遠いし、今日は泊まっていくといい」
「はっ、え、ぅええっっ!?」
僕がそう提案すると、にとりは顔を耳の端まで赤くして狼狽えてしまった。
「無理にとは言わないが、どうだい?」
「い、いや、その……旦那の気持ちは嬉しいよ? でも、私なら大丈夫だから!」
「ん……そうかい?」
「う、うん!」
「ならいいが……」
「じ、じゃ! そういう事だから!」
そう言うと、にとりは店を出て行ってしまった。
「あ、おい!?」
呼び止めるもその声は彼女に届かず、開け放たれた扉が閉まる。
カラァンという、激しい鈴の音が店内に響いた。
「……やれやれ」
……取り敢えず、これを直しておくか。
思い、再びパソコンと向き合った。
最高のにと霖ありがとうございます。
野暮ですが誤字報告。
>その招待
正体、じゃないでしょうか。
なので、まさにこんなお話を待っていた…!
>にと霖は恋愛より親愛の方が強くて、それが恋愛に変わる時が一番悶える。
余りにも同意過ぎてどうしようもないですね、ええ。
>>奇声を発する程度の能力 様
にと霖もあるんです!
>>2 様
にと霖はいいものです。えぇ。
>>投げ槍 様
仲の良い異性って関係がどうしてこうもしっくりくるんでしょうね?w
全然野暮なんかじゃないですよ! 誤字報告感謝です!
>>淡色 様
むしろ自分にはそれ以外の話の作り方が浮かびませんw
同意してくれますか! やった同士が見つかった!
読んでくれた全ての方に感謝!