「はぁ……疲れた」
門番の仕事も楽じゃぁない。
一日中立ちっぱなしだし、雨風吹いても傘一本。
何かの罰ゲームなのかれっきとした仕事なのかがいまいちわからない。
いや、仕事なんだけども。
それでも、雨風凌げる場所と、ご飯が貰えてるのだから文句は言えないし言うつもりもなかった。
ただ私には、休息の時間が存在しなかった。
疲れた体を風呂で癒し、私室の前まで戻ると、中に誰かがいる気配を感じた。
それが誰かなんて、シフトを見れば鈍い鈍いと言われ続けている私でさえも一目瞭然。
私が休む時間帯に、今日も休憩がきっちり合わせられていた。
嬉しくないかと言えばそうでもないけど、もう立派な大人なんだから独り立ちしてくださいよ。
ねぇ、咲夜さん?
「ただいま……」
「おかえり美鈴、遅かったね!」
扉を開けると、お下げを解いて寝巻き姿になった咲夜さんが飛びついてきた。
相変わらず、か細い体をしているけれど、昔に比べればずっと女性らしくなったと思う。
「今日は何する? トランプ? ああでも、私はなんでもいいんだけど」
「うーん、まぁ私も別にやりたいことはないっていうか……」
「もう、美鈴って昔っから優柔不断じゃないの」
咲夜さんが紅魔館に来てからしばらくの期間、私が教育係を務めた。
グングン私の教えを吸収して、すぐにメイドとして一人前になり、半年足らずでメイド長にまで上り詰めてしまった。
手ほどきしていた戦いのほうも、今では弾幕ゴッコで勝てる気がしない……。
ああ、全然懐いてくれなかったときが、今ではひどく懐かしいよ。懐いだけに。
初めは何度も、逃げ出そうとしたりナイフをお嬢様に向けたり……酷かったもの。
尖がっていたのが収まったと思ったら、今度は一緒のベッドじゃないと寝れないって駄々をこねだして。
まるで、仔猫の相手をしているみたいだった。
他の人たちの前では決して本心を見せない咲夜さん。
プライベートの時間はこうしてベッタリしてきてワガママ言いたい放題。
これ、他の人が見たらどう思うだろう?
「美鈴ー、肩こっちゃった、揉んで」
「はいはい、せっかくだし全身ほぐしてあげますよ。咲夜さんったら働き詰めでくたくたでしょうしね」
「わぁい、美鈴大好き」
そう言ってからベッドに身を投げ出す咲夜さん。足をバタバタさせる辺り、到底他の人に見せられる姿じゃない。
私だけに見せてくれると言ったら気分はいいけれど、うっかりこれが他の人の前で出るんじゃないかと、いつも冷や冷やさせられる。
「はやくーはやくー」
「はいはい、すぐ準備しますから上着を脱いでくださいね」
「やっぱり、脱ぐの?」
「そりゃ脱ぎます。マッサージなんですから」
素肌を通してでないと、マッサージの効能が100%は通らない。
このやり取りも慣れたもので、咲夜さんは文句も言わずに上着を脱いで、うつ伏せに寝転がった。
これってやっぱり、絵的にはちょっとまずいのかなぁ、下着なんて当然つけてないし。
「ほら、服を通すと……」
「そこはあんまり関係ないんですけど」
「でもほら、前よりおっきくなったっていうか」
「はいはいわかりましたから前を隠してください」
咲夜さんからしてみれば、親に自分の成長を見せているつもりなのだろう。
それだけ信頼されているのは悪い気分ではないけど、やっぱりどこか危なっかしいところがある。
ぶーぶーほっぺを膨らませてうつ伏せに寝転がるところを見ると、普段よりも猛烈に幼く見える。
「じゃぁ揉みますから、痛かったら言ってくださいね」
「はーい」
くにくにと背中を押すと、とくに抵抗は感じられない、お餅みたいな肌だ。
先日マッサージをしたときはガチガチに凝り固まっていただけに、なおさら今日は遊びにきただけなんだとわかった。
それにしても、白くってキメの細かい。手を滑らせたらさぞかし気持ちのいいことだろう、しないけど。
「気功マッサージがいー、あれ気持ちいいからー」
だるーんと蕩けきった声で咲夜さんが呟いた。相当眠そうだ。
「気功練るのって、案外骨なんですよ? 治療用の気って私あまり得意じゃないですし」
「うそつけー、散々私で練習したくせにー」
そう、咲夜さんがメイドの仕事を始めた頃は慣れないこともあって、すぐに疲労を溜めて倒れそうになっていた。
それを見兼ねて私は独学で、癒すための気功を学んだ。外の世界に居た頃ならいざ知らず。
今ではこっちの気功のほうが使う頻度が高い。
長い間戦いの中に身を置き、敵を屠るためだけに練ってきた気功が、今では少女の疲れを癒しているとは。
いや、いいけどね。平和大好きだよ。
こんな風に性格が丸くなったのは、どう考えたって幻想郷に来てから。
他の妖怪の襲撃を恐れなくても良いし、人間たちに付け狙われる心配もない。
汝、武器を捨てて鍬を取れって感じですね。
「うーあー」
「どうしました?」
「ねむい」
咲夜さんの言葉がいよいよ短文になってきた。
もうロクに、頭も回ってないんだろう。
大体咲夜さんが部屋に遊びにくると、私のベッドを占領して寝てしまう。
そうなると、私はソファーで寝るか一緒に寝るかの2択を迫られる。
でもあれだ。
この選択肢は重大なトラップが仕込まれている。
ソファーで寝ると、次の日仕事中咲夜さんが冷たい。
ベッドで寝ると、よく寝れなくて次の日うとうとしてしまって叱られる。
どうすりゃいいのさ。
「うー」
「どうしたんですか咲夜さん、眠いんですか」
「寝る」
ついに2文字しか喋れなくなってしまった。
「咲夜さん咲夜さん、寝るのはいいですけどせめて上を着てください。風邪、引きますから」
「う」
心底めんどくさそうに、咲夜さんが上着を着始めた。もぞもぞと腕を出そうとするけど、そのまま横になってしまった。
「咲夜さんダメですよ。ちゃんと着ないと」
「さんづけやだー」
もう今日は店仕舞いのつもりらしい。瞼のシャッターが降りてしまった。
はみででいたわき腹を上着を引っ張って隠し、頭のところに枕を置いて布団をかける。
まるで、子供を寝かしつけているみたいだ。
「おやすみ……美鈴」
「はいはい、おやすみなさい咲夜」
こうなってしまったら、何かをするわけにもいかないわけで。
寝息を立て始めた咲夜さんの手前、起こしてしまったら可哀想だ。
それに、私もくたくたに疲れている。
「寝ますか……」
どうせ私に選択肢なんてない。
それに今日は疲れているし、ひょっとしたらその勢いでしっかり睡眠が取れるかもしれない。
そうと決まれば。
もぞもぞと布団の中にもぐりこむと、中は咲夜さんの体温でもう温かった。
まさに人間ホッカイロだ。
「ふぁーあ」
史上最大にでっかいあくびが出てしまった。さっさと寝よう。
油断してると人間ホッカイロが抱きついてきて寝苦しくなるから。
「むぎゅー」
「う……」
思った傍からこれだよ。心読める機能でもついてるのか。
何かしてやろうかと思ったけど、あまりに幸せそうに寝ているもんだからその気も失せてしまった。
「ま、今日のところはこれぐらいで寝ましょ」
腹いせ半分、愛しさ半分。
ほっぺを人差し指でつついてから、布団を被って目を閉じる。
すぐに、睡魔が
◆
「うぁー眠……」
昨晩はなんだかんだでよく眠れた。でも、眠いもんは眠いのだ。
あくびを口を思いっきり開いてしたあとに、全身の骨がまっすぐシャッキリなるぐらいに大きく伸びをした。
この瞬間って、最高に気持ちいい。
目を覚ますと隣にはもう、咲夜さんの姿は見えなくなっていた。
メイドの仕事は不定期で、本当に体調が辛いときには時間を止めて仮眠を取るような生活を咲夜さんはしている。
次休みが被るのは、果たしていつになるだろうなぁ。
ぼんやーりと考えていると、風切り音が聞こえた。
見ずに頭を少しずらすと、その横をナイフが通り過ぎていった。
おお、怖い怖い。
「こらっ、美鈴眠そうにしない。そうやってぼーっとしてるから紅魔館が舐められるんじゃないの」
「あー、そうですね」
腕を組んだ咲夜さんは大層ご立腹の様子だ。
すみませんすみませんとペコペコ頭を下げると、上から少女の甲高い声が降ってきた。
振り向くと、霧雨魔理沙が箒に乗ってフワフワ飛んでいた。
「まーたやってるぜ、まったくお前の所の門番も懲りないな。どうせ昼寝でもしてたんだろ」
「懲りないのはあなたのほうじゃない。何度も何度も押しかけられるとこっちが困るのよ。
まぁ、いいわ、美鈴。適当に追っ払っちゃいなさい」
「はい」
咲夜さんは時間を止めて屋敷に戻ったようだ。
次の瞬間には影も形も見えなくなっている。
「んじゃま、メイド長に叱られる回数を一回増やしてやるとするか」
「それは困りますね。今日こそ何も盗らずに帰ってもらいますよ」
たしかに負けたら咲夜さんは怒るだろう。
それはもう完膚なきまでに。
でも、知らないんだろうなぁみんな。
プライベートの、咲夜さんのこと。
「最初から飛ばしてくぜ。」
魔理沙さんが八卦炉を真上に放り投げた。
この人との開戦は大抵、出会い頭のマスタースパークからはじまる。
やれやれ、怒られないようにしっかり門番やりますか。
「吹っ飛べええええええ」
「いーやーでーすー」
極太レーザーを怠惰にかわしながらチラっと屋敷のほうに目をやると、咲夜さんが心配そうに窓から見てた。
そんなことしてたら、他の人に気づかれますよ? ほら、仕事戻って戻って。
「隙あり!」
「わざとですって」
弾丸みたいに突っ込んできた魔理沙さんを身を捻らせてかわし、交差の瞬間に手刀を叩き込む。
これで、今日のところは引いてくれないかなぁ。
勢い余って門まで突っ込んでいった魔理沙さんは、ぶつかるギリギリのところで急停止。
やっぱり、そう甘くはないか。
「いっだぁぁぁぁ……くっそ、油断したぜ」
「いやーまぁ、そのまま帰ってくれると私としては非常にありがたいんですが」
「ないな。一撃入れられたら百倍返しだぜ」
「そんなこと言われても、明らかに逆恨みじゃないですかそれって」
もう一度屋敷の窓へと目をやると、咲夜さんの姿は消えていた。
お仕事に戻ったのだろう。
「さ、構えろよ紅美鈴。真正面から撃ち抜いてやるから」
「できればそれだけは遠慮していただきたいです」
傍から見れば瀟洒なメイド。
だけどその実は甘えん坊の普通の少女。
プライベートのさくやの時間は、いつまで続けられるのだろうか。
「じゃぁ、行くぜ!」
「どうぞどうぞ」
悠長に考えているほどの余裕は、目の前の相手のせいでなくなってしまった。
門番の仕事も楽じゃぁない。
一日中立ちっぱなしだし、雨風吹いても傘一本。
何かの罰ゲームなのかれっきとした仕事なのかがいまいちわからない。
いや、仕事なんだけども。
それでも、雨風凌げる場所と、ご飯が貰えてるのだから文句は言えないし言うつもりもなかった。
ただ私には、休息の時間が存在しなかった。
疲れた体を風呂で癒し、私室の前まで戻ると、中に誰かがいる気配を感じた。
それが誰かなんて、シフトを見れば鈍い鈍いと言われ続けている私でさえも一目瞭然。
私が休む時間帯に、今日も休憩がきっちり合わせられていた。
嬉しくないかと言えばそうでもないけど、もう立派な大人なんだから独り立ちしてくださいよ。
ねぇ、咲夜さん?
「ただいま……」
「おかえり美鈴、遅かったね!」
扉を開けると、お下げを解いて寝巻き姿になった咲夜さんが飛びついてきた。
相変わらず、か細い体をしているけれど、昔に比べればずっと女性らしくなったと思う。
「今日は何する? トランプ? ああでも、私はなんでもいいんだけど」
「うーん、まぁ私も別にやりたいことはないっていうか……」
「もう、美鈴って昔っから優柔不断じゃないの」
咲夜さんが紅魔館に来てからしばらくの期間、私が教育係を務めた。
グングン私の教えを吸収して、すぐにメイドとして一人前になり、半年足らずでメイド長にまで上り詰めてしまった。
手ほどきしていた戦いのほうも、今では弾幕ゴッコで勝てる気がしない……。
ああ、全然懐いてくれなかったときが、今ではひどく懐かしいよ。懐いだけに。
初めは何度も、逃げ出そうとしたりナイフをお嬢様に向けたり……酷かったもの。
尖がっていたのが収まったと思ったら、今度は一緒のベッドじゃないと寝れないって駄々をこねだして。
まるで、仔猫の相手をしているみたいだった。
他の人たちの前では決して本心を見せない咲夜さん。
プライベートの時間はこうしてベッタリしてきてワガママ言いたい放題。
これ、他の人が見たらどう思うだろう?
「美鈴ー、肩こっちゃった、揉んで」
「はいはい、せっかくだし全身ほぐしてあげますよ。咲夜さんったら働き詰めでくたくたでしょうしね」
「わぁい、美鈴大好き」
そう言ってからベッドに身を投げ出す咲夜さん。足をバタバタさせる辺り、到底他の人に見せられる姿じゃない。
私だけに見せてくれると言ったら気分はいいけれど、うっかりこれが他の人の前で出るんじゃないかと、いつも冷や冷やさせられる。
「はやくーはやくー」
「はいはい、すぐ準備しますから上着を脱いでくださいね」
「やっぱり、脱ぐの?」
「そりゃ脱ぎます。マッサージなんですから」
素肌を通してでないと、マッサージの効能が100%は通らない。
このやり取りも慣れたもので、咲夜さんは文句も言わずに上着を脱いで、うつ伏せに寝転がった。
これってやっぱり、絵的にはちょっとまずいのかなぁ、下着なんて当然つけてないし。
「ほら、服を通すと……」
「そこはあんまり関係ないんですけど」
「でもほら、前よりおっきくなったっていうか」
「はいはいわかりましたから前を隠してください」
咲夜さんからしてみれば、親に自分の成長を見せているつもりなのだろう。
それだけ信頼されているのは悪い気分ではないけど、やっぱりどこか危なっかしいところがある。
ぶーぶーほっぺを膨らませてうつ伏せに寝転がるところを見ると、普段よりも猛烈に幼く見える。
「じゃぁ揉みますから、痛かったら言ってくださいね」
「はーい」
くにくにと背中を押すと、とくに抵抗は感じられない、お餅みたいな肌だ。
先日マッサージをしたときはガチガチに凝り固まっていただけに、なおさら今日は遊びにきただけなんだとわかった。
それにしても、白くってキメの細かい。手を滑らせたらさぞかし気持ちのいいことだろう、しないけど。
「気功マッサージがいー、あれ気持ちいいからー」
だるーんと蕩けきった声で咲夜さんが呟いた。相当眠そうだ。
「気功練るのって、案外骨なんですよ? 治療用の気って私あまり得意じゃないですし」
「うそつけー、散々私で練習したくせにー」
そう、咲夜さんがメイドの仕事を始めた頃は慣れないこともあって、すぐに疲労を溜めて倒れそうになっていた。
それを見兼ねて私は独学で、癒すための気功を学んだ。外の世界に居た頃ならいざ知らず。
今ではこっちの気功のほうが使う頻度が高い。
長い間戦いの中に身を置き、敵を屠るためだけに練ってきた気功が、今では少女の疲れを癒しているとは。
いや、いいけどね。平和大好きだよ。
こんな風に性格が丸くなったのは、どう考えたって幻想郷に来てから。
他の妖怪の襲撃を恐れなくても良いし、人間たちに付け狙われる心配もない。
汝、武器を捨てて鍬を取れって感じですね。
「うーあー」
「どうしました?」
「ねむい」
咲夜さんの言葉がいよいよ短文になってきた。
もうロクに、頭も回ってないんだろう。
大体咲夜さんが部屋に遊びにくると、私のベッドを占領して寝てしまう。
そうなると、私はソファーで寝るか一緒に寝るかの2択を迫られる。
でもあれだ。
この選択肢は重大なトラップが仕込まれている。
ソファーで寝ると、次の日仕事中咲夜さんが冷たい。
ベッドで寝ると、よく寝れなくて次の日うとうとしてしまって叱られる。
どうすりゃいいのさ。
「うー」
「どうしたんですか咲夜さん、眠いんですか」
「寝る」
ついに2文字しか喋れなくなってしまった。
「咲夜さん咲夜さん、寝るのはいいですけどせめて上を着てください。風邪、引きますから」
「う」
心底めんどくさそうに、咲夜さんが上着を着始めた。もぞもぞと腕を出そうとするけど、そのまま横になってしまった。
「咲夜さんダメですよ。ちゃんと着ないと」
「さんづけやだー」
もう今日は店仕舞いのつもりらしい。瞼のシャッターが降りてしまった。
はみででいたわき腹を上着を引っ張って隠し、頭のところに枕を置いて布団をかける。
まるで、子供を寝かしつけているみたいだ。
「おやすみ……美鈴」
「はいはい、おやすみなさい咲夜」
こうなってしまったら、何かをするわけにもいかないわけで。
寝息を立て始めた咲夜さんの手前、起こしてしまったら可哀想だ。
それに、私もくたくたに疲れている。
「寝ますか……」
どうせ私に選択肢なんてない。
それに今日は疲れているし、ひょっとしたらその勢いでしっかり睡眠が取れるかもしれない。
そうと決まれば。
もぞもぞと布団の中にもぐりこむと、中は咲夜さんの体温でもう温かった。
まさに人間ホッカイロだ。
「ふぁーあ」
史上最大にでっかいあくびが出てしまった。さっさと寝よう。
油断してると人間ホッカイロが抱きついてきて寝苦しくなるから。
「むぎゅー」
「う……」
思った傍からこれだよ。心読める機能でもついてるのか。
何かしてやろうかと思ったけど、あまりに幸せそうに寝ているもんだからその気も失せてしまった。
「ま、今日のところはこれぐらいで寝ましょ」
腹いせ半分、愛しさ半分。
ほっぺを人差し指でつついてから、布団を被って目を閉じる。
すぐに、睡魔が
◆
「うぁー眠……」
昨晩はなんだかんだでよく眠れた。でも、眠いもんは眠いのだ。
あくびを口を思いっきり開いてしたあとに、全身の骨がまっすぐシャッキリなるぐらいに大きく伸びをした。
この瞬間って、最高に気持ちいい。
目を覚ますと隣にはもう、咲夜さんの姿は見えなくなっていた。
メイドの仕事は不定期で、本当に体調が辛いときには時間を止めて仮眠を取るような生活を咲夜さんはしている。
次休みが被るのは、果たしていつになるだろうなぁ。
ぼんやーりと考えていると、風切り音が聞こえた。
見ずに頭を少しずらすと、その横をナイフが通り過ぎていった。
おお、怖い怖い。
「こらっ、美鈴眠そうにしない。そうやってぼーっとしてるから紅魔館が舐められるんじゃないの」
「あー、そうですね」
腕を組んだ咲夜さんは大層ご立腹の様子だ。
すみませんすみませんとペコペコ頭を下げると、上から少女の甲高い声が降ってきた。
振り向くと、霧雨魔理沙が箒に乗ってフワフワ飛んでいた。
「まーたやってるぜ、まったくお前の所の門番も懲りないな。どうせ昼寝でもしてたんだろ」
「懲りないのはあなたのほうじゃない。何度も何度も押しかけられるとこっちが困るのよ。
まぁ、いいわ、美鈴。適当に追っ払っちゃいなさい」
「はい」
咲夜さんは時間を止めて屋敷に戻ったようだ。
次の瞬間には影も形も見えなくなっている。
「んじゃま、メイド長に叱られる回数を一回増やしてやるとするか」
「それは困りますね。今日こそ何も盗らずに帰ってもらいますよ」
たしかに負けたら咲夜さんは怒るだろう。
それはもう完膚なきまでに。
でも、知らないんだろうなぁみんな。
プライベートの、咲夜さんのこと。
「最初から飛ばしてくぜ。」
魔理沙さんが八卦炉を真上に放り投げた。
この人との開戦は大抵、出会い頭のマスタースパークからはじまる。
やれやれ、怒られないようにしっかり門番やりますか。
「吹っ飛べええええええ」
「いーやーでーすー」
極太レーザーを怠惰にかわしながらチラっと屋敷のほうに目をやると、咲夜さんが心配そうに窓から見てた。
そんなことしてたら、他の人に気づかれますよ? ほら、仕事戻って戻って。
「隙あり!」
「わざとですって」
弾丸みたいに突っ込んできた魔理沙さんを身を捻らせてかわし、交差の瞬間に手刀を叩き込む。
これで、今日のところは引いてくれないかなぁ。
勢い余って門まで突っ込んでいった魔理沙さんは、ぶつかるギリギリのところで急停止。
やっぱり、そう甘くはないか。
「いっだぁぁぁぁ……くっそ、油断したぜ」
「いやーまぁ、そのまま帰ってくれると私としては非常にありがたいんですが」
「ないな。一撃入れられたら百倍返しだぜ」
「そんなこと言われても、明らかに逆恨みじゃないですかそれって」
もう一度屋敷の窓へと目をやると、咲夜さんの姿は消えていた。
お仕事に戻ったのだろう。
「さ、構えろよ紅美鈴。真正面から撃ち抜いてやるから」
「できればそれだけは遠慮していただきたいです」
傍から見れば瀟洒なメイド。
だけどその実は甘えん坊の普通の少女。
プライベートのさくやの時間は、いつまで続けられるのだろうか。
「じゃぁ、行くぜ!」
「どうぞどうぞ」
悠長に考えているほどの余裕は、目の前の相手のせいでなくなってしまった。
砕けた文章が、読み易さを増していました。
そして咲夜さんの地は天然で純情なパーフェクト乙女。これは全宇宙の絶対的真理である。
ごちそうさまでした。
フランドールの犬って、あとがきかー(笑)
あと、咲夜さんの胸はいまだ発展途上だと信じております。
いくらかの血液を流失してしまいました・・・
フランドールの犬をカテゴリ欄に入れんなw