まいったなぁ。
魔理沙はそう言いたげに渋い顔をするが、実際には言わない。
いや、言えないのだ。
魔理沙はキノコ料理が好きだ。
特に魔法の森には大変美味なキノコが群生している所もあり、魔理沙はしょっちゅう採集しては、澄まし汁やキノコステーキにして舌鼓を打っていた。
でも魔法の森のキノコは玉石混交。色や形が食べられるキノコそっくりの毒キノコだってある。
それらを見極めるには、魔理沙の様に森とキノコに精通していなければならない。
それが昨日、にとりが川で溺れて阿求が誤字をしたのか、魔理沙は毒キノコを誤って採り、あろうことか口にしてしまったのだった。
幸い毒性は低く、一晩ベッドでうんうん唸っただけで体調はあらかた回復した。
だがまだ万全には及ばず、手と舌にひどい痺れが残っている。
したがって目下のところ簡単な発音も喋れなくて、筆跡が乱雑に震えるほど細かい作業ができない壮絶な不器用になってしまった。
でも本人は、不覚だが仕方ないんだぜ、と泰然としていた。
キノコ図鑑の情報と勘で、時間が経てば勝手に治るだろうと判断したからだ。
だが、魔理沙は今困っていた。
それは、買い物。
特に毎日の食事の大部分は人里で手に入れている。糧食が尽きたら買い物に行かねばならない。
しかし、うまく喋れないのに店員へ注文はできない。メモを渡そうにも、意味が伝わる文字を書ける自信がない。
魔法で自動筆記しようと試みたが、呪文がうまく唱えられず軽くヘコんでしまった。
でも魔理沙は立ち直るのも早い。
ま、身振り手振りでどうにかなると気を取り直して、愛用の箒で人里までカッ飛ばした。
――◇――
今日の買い物はお肉。魔理沙は肉屋の前に着地する。
店に入ると妙齢で長い黒髪を束ねた、ここらでも気立てがよいと評判の看板娘が店番をしていた。
「いらっしゃいませ」と明るい挨拶がはじける。
普通なら「オゥみーちゃん、今日もべっぴんなんだぜ」と定例的な返しをするところだが、軽く片手を挙げるだけに留める。
さて、魔理沙はナマモノのため陳列棚に置いておけない精肉を買うために、みーちゃんへ注文せねばならない。
そのために、店内でくねくねと奇妙な動きをする。
口の前に指でバッテンを作り、喋れないことをアピール。
次にちょっと悩んだが、まず手のひらを頭の上に立たせて左右に振る。かと思えば、両手を広げて羽ばたく様な動作。
そして最後に小さく前ならえをして、自分の小ぶりな胸をグイと突き出す。
初め戸惑っていたみーちゃんは、得心したようにポンと手を打ち店の奥に引っ込む。
戻ってくると、手には鶏ムネ肉の包み。
魔理沙はそれを見て、グッと親指を立てた。
みーちゃんもうまく読み取れてよかったと、ホッと息を漏らすのだった。
――◇――
次の日。魔理沙はまた肉屋の前に降り立った。
みーちゃんに片手で挨拶したら、「まだ話せないんですか?」と心配してくれた。
とりあえず苦笑いを答えとして、魔理沙はジェスチャーをし始める。
まず人差し指で鼻を押し上げて、フンフンと息を吹き出す。
反対の手は尻に当てて、曲げた指を一本小さな尻尾のように小刻みにふりふり。
そして、思い切ってスカートをたくし上げて、細身で白い自らのフトモモをパンパンっと叩いた。
一部始終をつぶさに見ていたみーちゃんは、うんうんと自信ありげに頷き店の奥へ。
持ってきたのは、豚モモ肉。
魔理沙は満面の笑みでそれが正解であると示し、みーちゃんもクイズが当たったかの如く嬉しそうに豚肉を包んだ。
――◇――
明くる日。
魔理沙は悩んでいた。
今日はどうしても、太めのソーセージが欲しかったのだ。
まだ喋れない魔理沙は家で腕を組んでうーん、と考え込む。
そして、ピーンとある場所が閃いた。
箒を駆り、やってきたのは香霖堂。
シンと静まり返って、明るい挨拶が期待できない店内では、店主である森近 霖之助が読書をしていた。
魔理沙はおおよそこちらに興味のない店主の肘かける机をノックして、意識を向けさせる。
そして、件のジェスチャー。今回はやや複雑である。
出来る限り分かり易く、魔理沙は己の表現力を駆使して霖之助に無言の訴えを行う。
しばらく霖之助は珍奇なヨガを見守る様な表情をしていたが、やがて意味が通じたらしく席を立つ。
二人連れ立ってやってきたのは、おなじみの肉屋。
「いらっしゃーい。あら、今日はお二人なんですか?」と意外と耳年増なのか、羨ましそうに挨拶するみーちゃん。
でもすぐにみーちゃんは魔理沙をじっと注視する。
今日もちゃんと当てるぞ、というある種の気概と使命感が芽生えていた。
すると魔理沙はニッコリ微笑んで、霖之助の腰に手を当てみーちゃんの前に押し出す。
そして
「あー、彼女が『太いソーセージが欲しいんだぜ』だそうだ。ひとつ包んでくれないか」
魔理沙は思った。最初からこうすればよかった、と。
霖之助は普通に喋れて、なおかつ魔理沙の不可思議なジェスチャーを汲み取る洞察力を兼ね備えている知り合いだと気が付いたのだ。
みーちゃんは些か拍子抜けした様だったが、すぐに柔和な笑みを浮かべ特大の腸詰を包んでくれた。
――◇――
帰り道。魔理沙は霖之助を香霖堂に送っていく道すがらに、またボディーランゲジーを敢行した。
霖之助は顎に手を置き、静かに解読する。
「ふむ……『完治するまでしばらく買い物よろしくなんだぜ』か?」
霖之助の至極あきれた口調の回答に、魔理沙はわかってんじゃん、と図々しさを感じさせない明朗闊達な表情で霖之助の背中をポンポン叩く。
「まったく。この手間賃はツケに足しておくからな」
そう不承不承に答えつつ、二人は暮れなずむ幻想郷を帰途につくのだった。
【終】
魔理沙はそう言いたげに渋い顔をするが、実際には言わない。
いや、言えないのだ。
魔理沙はキノコ料理が好きだ。
特に魔法の森には大変美味なキノコが群生している所もあり、魔理沙はしょっちゅう採集しては、澄まし汁やキノコステーキにして舌鼓を打っていた。
でも魔法の森のキノコは玉石混交。色や形が食べられるキノコそっくりの毒キノコだってある。
それらを見極めるには、魔理沙の様に森とキノコに精通していなければならない。
それが昨日、にとりが川で溺れて阿求が誤字をしたのか、魔理沙は毒キノコを誤って採り、あろうことか口にしてしまったのだった。
幸い毒性は低く、一晩ベッドでうんうん唸っただけで体調はあらかた回復した。
だがまだ万全には及ばず、手と舌にひどい痺れが残っている。
したがって目下のところ簡単な発音も喋れなくて、筆跡が乱雑に震えるほど細かい作業ができない壮絶な不器用になってしまった。
でも本人は、不覚だが仕方ないんだぜ、と泰然としていた。
キノコ図鑑の情報と勘で、時間が経てば勝手に治るだろうと判断したからだ。
だが、魔理沙は今困っていた。
それは、買い物。
特に毎日の食事の大部分は人里で手に入れている。糧食が尽きたら買い物に行かねばならない。
しかし、うまく喋れないのに店員へ注文はできない。メモを渡そうにも、意味が伝わる文字を書ける自信がない。
魔法で自動筆記しようと試みたが、呪文がうまく唱えられず軽くヘコんでしまった。
でも魔理沙は立ち直るのも早い。
ま、身振り手振りでどうにかなると気を取り直して、愛用の箒で人里までカッ飛ばした。
――◇――
今日の買い物はお肉。魔理沙は肉屋の前に着地する。
店に入ると妙齢で長い黒髪を束ねた、ここらでも気立てがよいと評判の看板娘が店番をしていた。
「いらっしゃいませ」と明るい挨拶がはじける。
普通なら「オゥみーちゃん、今日もべっぴんなんだぜ」と定例的な返しをするところだが、軽く片手を挙げるだけに留める。
さて、魔理沙はナマモノのため陳列棚に置いておけない精肉を買うために、みーちゃんへ注文せねばならない。
そのために、店内でくねくねと奇妙な動きをする。
口の前に指でバッテンを作り、喋れないことをアピール。
次にちょっと悩んだが、まず手のひらを頭の上に立たせて左右に振る。かと思えば、両手を広げて羽ばたく様な動作。
そして最後に小さく前ならえをして、自分の小ぶりな胸をグイと突き出す。
初め戸惑っていたみーちゃんは、得心したようにポンと手を打ち店の奥に引っ込む。
戻ってくると、手には鶏ムネ肉の包み。
魔理沙はそれを見て、グッと親指を立てた。
みーちゃんもうまく読み取れてよかったと、ホッと息を漏らすのだった。
――◇――
次の日。魔理沙はまた肉屋の前に降り立った。
みーちゃんに片手で挨拶したら、「まだ話せないんですか?」と心配してくれた。
とりあえず苦笑いを答えとして、魔理沙はジェスチャーをし始める。
まず人差し指で鼻を押し上げて、フンフンと息を吹き出す。
反対の手は尻に当てて、曲げた指を一本小さな尻尾のように小刻みにふりふり。
そして、思い切ってスカートをたくし上げて、細身で白い自らのフトモモをパンパンっと叩いた。
一部始終をつぶさに見ていたみーちゃんは、うんうんと自信ありげに頷き店の奥へ。
持ってきたのは、豚モモ肉。
魔理沙は満面の笑みでそれが正解であると示し、みーちゃんもクイズが当たったかの如く嬉しそうに豚肉を包んだ。
――◇――
明くる日。
魔理沙は悩んでいた。
今日はどうしても、太めのソーセージが欲しかったのだ。
まだ喋れない魔理沙は家で腕を組んでうーん、と考え込む。
そして、ピーンとある場所が閃いた。
箒を駆り、やってきたのは香霖堂。
シンと静まり返って、明るい挨拶が期待できない店内では、店主である森近 霖之助が読書をしていた。
魔理沙はおおよそこちらに興味のない店主の肘かける机をノックして、意識を向けさせる。
そして、件のジェスチャー。今回はやや複雑である。
出来る限り分かり易く、魔理沙は己の表現力を駆使して霖之助に無言の訴えを行う。
しばらく霖之助は珍奇なヨガを見守る様な表情をしていたが、やがて意味が通じたらしく席を立つ。
二人連れ立ってやってきたのは、おなじみの肉屋。
「いらっしゃーい。あら、今日はお二人なんですか?」と意外と耳年増なのか、羨ましそうに挨拶するみーちゃん。
でもすぐにみーちゃんは魔理沙をじっと注視する。
今日もちゃんと当てるぞ、というある種の気概と使命感が芽生えていた。
すると魔理沙はニッコリ微笑んで、霖之助の腰に手を当てみーちゃんの前に押し出す。
そして
「あー、彼女が『太いソーセージが欲しいんだぜ』だそうだ。ひとつ包んでくれないか」
魔理沙は思った。最初からこうすればよかった、と。
霖之助は普通に喋れて、なおかつ魔理沙の不可思議なジェスチャーを汲み取る洞察力を兼ね備えている知り合いだと気が付いたのだ。
みーちゃんは些か拍子抜けした様だったが、すぐに柔和な笑みを浮かべ特大の腸詰を包んでくれた。
――◇――
帰り道。魔理沙は霖之助を香霖堂に送っていく道すがらに、またボディーランゲジーを敢行した。
霖之助は顎に手を置き、静かに解読する。
「ふむ……『完治するまでしばらく買い物よろしくなんだぜ』か?」
霖之助の至極あきれた口調の回答に、魔理沙はわかってんじゃん、と図々しさを感じさせない明朗闊達な表情で霖之助の背中をポンポン叩く。
「まったく。この手間賃はツケに足しておくからな」
そう不承不承に答えつつ、二人は暮れなずむ幻想郷を帰途につくのだった。
【終】
ジェスチャーで上手く伝わった事って余り無いなぁ
すいません!
感想:以心伝心?
すまない!