一匹のコウモリが私の大図書館を飛んでいる。私は本を畳んで机に置いた。
「レミィ、普通に扉から入って来なさいよ」
そう言うと目の間にまで飛んできていたコウモリは瞬く間に吸血鬼へと変わる。
「おはようパチェ」
「おはようレミィ」
ちなみに時刻は夕方を過ぎていた。
「久々にこんなに寝たわ……ファァ……」
あらあら可愛い大あくびだこと。
「昼に活動しているからでしょうよ。それでレミィ? どうしたのかしら?」
紅魔館のキングがここに来るのは大抵が用事がある時のみ。暇つぶしという理由も多いが……
キングという比喩はチェスから取っている。紅魔館の女王で頂点であるのでキングはレミィ。クイーンが妹のフラン。ナイトが美鈴と咲夜。小悪魔はポーンレベルだろう。時々ナイトとして認めてもいい。かくなる私は──
「私は皮肉たっぷりだけれどビジョップかしら。魔女狩りにあった魔女が司祭だなんて」
「何を言っているんだパチェ? 確かにビジョップかもしれないけれどパチェはルークだ」
「……ルーク? どうして私が城なのよ?」
「だってパチェはここを動かない。そうして私を何かと守ってくれているだろう? それならば私がキャスリングする相手はパチェだけだ。だからルークなんだよ。確かにビジョップでもあるがね」
「……呆れた。それならば私はビジョップ兼ルークになるじゃない」
「そうだ、それでいいんだパチェ」
と、このように言われてしまったため、ビジョップ兼ルークなのである。
「……チェ、パチェ?」
少し考えすぎていたらしい。レミィの声が聞こえた。
「ああ、ごめんなさいレミィ。少し考え事をしていたわ」
「考え事? 何を考えていたんだ?」
レミィは不思議そうにしている。
「私たちをチェスの駒に当てはめたらどうなるかのお話の時のことよ」
「それか。また懐かしいことを」
随分と昔の事なのだ。幻想郷に来る前のお話になる。咲夜もいなかった頃、美鈴がまだメイドだった頃のお話。
「それで紅魔館のキングが私に如何様で?」
あえて私は茶化す。この話が出ればこうしか話すしかあるまい。礼節を尽くすように私は座った状態でお辞儀をするのだ。
「ビジョップ兼ルークのパチェにお話をしたくてね」
それに応えるかのようにレミィは私の椅子の隣に来る。レディをエスコートするかのようにするのである。
「さて、何の話でしょうか? キング?」
こうやって遊び心ある夜の王は好きである。
「パチェ、あなた私と一緒に死なないかしら?」
にこりとした笑顔のままで言うので驚いた。
「キングよ、あなたは何を仰っている?」
「そのままの意味よ?」
困った夜の王だ。私に困惑を投げつけてくる。
「口調を戻すわよ。レミィ、本当にあなた何を言っているの?」
このまま遊びながら続けていくのは無理だと判断し、私は口調を戻した。
「あら、楽しかったのに。まあいいわ、さっきも言ったけれどそのままの意味よ」
レミィは私の隣に椅子を持ってきて座った。どうにもいつものレミィの行動と噛み合わない。
「ふふ、パチェ困惑してる」
「困惑もするわよ。いきなり言われたら」
「なら、なおさら嬉しいわ」
……何なのだろう。時々レミィが分からなくなる。分からなくて当たり前なのだけれど。
「それでパチェ? 答えはどうかしら」
これはただ一つ。
「答えはノーよ。私はあなたとは一緒には死ねないわ。研究もずっとしたいし、まだまだ探求し足りないから」
「やっぱり、パチェならそう言うわね」
分かっていて言ったのか。
「レミィ? 何かを夢でも見たのかしら?」
「パチェは、鋭いな。そうだ、悪夢を見た。私が真っ先に死ぬ夢、咲夜も死んでいないのに私だけが死ぬ夢を」
珍しい。レミィは夢などあまり見ないものなのに。
「それでレミィは何を思ったの?」
これを聞くしかあるまい。
「私は死んでいるけれど死ぬ前にパチェと死にたいと思った。だから今誘った。けど振られたな」
そっとレミィが私の肘置きの手をそっと握った。少しくすぐったいと思った。
「ねえ、レミィ? 先にあなたが死んだとて私は死なないだろうけれども、死に際にはあなたの棺の前で死にたいと思うわ」
私が思い、レミィに対して言えるこれだけのこと。私はこれしか言えないのである。
「ははっ、一緒には死ねないけど嬉しいな、パチェ! ありがとう」
「あらあら、夜の王が一介の魔法使いにお礼なぞ言ってもいいのかしら?」
「パチェだからいいんだ。私が認めた魔法使いよ。それで良いのだから」
ふふ、強引ねぇ。私もそれならば聞いてみようか。
「それならばレミィ。私が死んだらあなたは一緒に死んでくれるのかしら?」
レミィはにやりと笑った。
「死ねるわけがなかろうに。まだ私だってやりたいことがある。フランドールのことも気になるし、これからの幻想郷だって楽しみだ。そんな世界で死ねるとでも?」
「ふふ……はは。レミィならそうだろうと思うわ」
楽しいものが好きなレミィはそう簡単には死なないだろう。どこに行っても強いレミィは大丈夫なのだから。
「……でも、ね。パチェ」
「どうしたの、レミィ?」
レミィの細々とした綺麗な手が私の本にまみれた手を捕まえる。
「パチェが先に死んだとしたら私はあなたの棺に入るわ。ぜったいに。最後死ぬとして、私はパチェと一緒に入りたいのよ」
……とても嬉しかったのだ。 そうやって言ってもらえたのが。
「本当に? 嬉しいわ! レミィ! 私のわたしの棺に入ってくれるなんて。あなたなら大歓迎よ」
私は少し興奮しすぎていたのだろう。レミィの行動に気が付かなかった。気が付いたとしても対処は出来るはずがないのだが。
「パチェ、可愛いわね……」
そんな麗しい声で私の耳元で呼ぶ。その声に私は行動を停止させてしまっていた。
「私の愛しい愛しいルーク。いつまでもあなたを留めておきたいの」
そんなに愛おしい声で、私を、呼ばないで。
「レミィ……あなた……」
「パチェ……やっぱり大好きよ……振られたって愛してるのかもしれない」
私はレミィの少しの思考が読めた気がした。
「『それならば私のことをルークとは呼ばない』……そうでしょ?」
「分かってるじゃない。ね、ほらキャスリングはそこにあるのかもしれないわよ……」
「ふふふ……変なレミィ……良いわよ私はそれでも。死んでも死ななくても、ね」
「ははははは! 面白いなあ……パチェ」
「それを言うならレミィもね」
二人の笑い声が大図書館に響き渡っていた。
「レミィ、普通に扉から入って来なさいよ」
そう言うと目の間にまで飛んできていたコウモリは瞬く間に吸血鬼へと変わる。
「おはようパチェ」
「おはようレミィ」
ちなみに時刻は夕方を過ぎていた。
「久々にこんなに寝たわ……ファァ……」
あらあら可愛い大あくびだこと。
「昼に活動しているからでしょうよ。それでレミィ? どうしたのかしら?」
紅魔館のキングがここに来るのは大抵が用事がある時のみ。暇つぶしという理由も多いが……
キングという比喩はチェスから取っている。紅魔館の女王で頂点であるのでキングはレミィ。クイーンが妹のフラン。ナイトが美鈴と咲夜。小悪魔はポーンレベルだろう。時々ナイトとして認めてもいい。かくなる私は──
「私は皮肉たっぷりだけれどビジョップかしら。魔女狩りにあった魔女が司祭だなんて」
「何を言っているんだパチェ? 確かにビジョップかもしれないけれどパチェはルークだ」
「……ルーク? どうして私が城なのよ?」
「だってパチェはここを動かない。そうして私を何かと守ってくれているだろう? それならば私がキャスリングする相手はパチェだけだ。だからルークなんだよ。確かにビジョップでもあるがね」
「……呆れた。それならば私はビジョップ兼ルークになるじゃない」
「そうだ、それでいいんだパチェ」
と、このように言われてしまったため、ビジョップ兼ルークなのである。
「……チェ、パチェ?」
少し考えすぎていたらしい。レミィの声が聞こえた。
「ああ、ごめんなさいレミィ。少し考え事をしていたわ」
「考え事? 何を考えていたんだ?」
レミィは不思議そうにしている。
「私たちをチェスの駒に当てはめたらどうなるかのお話の時のことよ」
「それか。また懐かしいことを」
随分と昔の事なのだ。幻想郷に来る前のお話になる。咲夜もいなかった頃、美鈴がまだメイドだった頃のお話。
「それで紅魔館のキングが私に如何様で?」
あえて私は茶化す。この話が出ればこうしか話すしかあるまい。礼節を尽くすように私は座った状態でお辞儀をするのだ。
「ビジョップ兼ルークのパチェにお話をしたくてね」
それに応えるかのようにレミィは私の椅子の隣に来る。レディをエスコートするかのようにするのである。
「さて、何の話でしょうか? キング?」
こうやって遊び心ある夜の王は好きである。
「パチェ、あなた私と一緒に死なないかしら?」
にこりとした笑顔のままで言うので驚いた。
「キングよ、あなたは何を仰っている?」
「そのままの意味よ?」
困った夜の王だ。私に困惑を投げつけてくる。
「口調を戻すわよ。レミィ、本当にあなた何を言っているの?」
このまま遊びながら続けていくのは無理だと判断し、私は口調を戻した。
「あら、楽しかったのに。まあいいわ、さっきも言ったけれどそのままの意味よ」
レミィは私の隣に椅子を持ってきて座った。どうにもいつものレミィの行動と噛み合わない。
「ふふ、パチェ困惑してる」
「困惑もするわよ。いきなり言われたら」
「なら、なおさら嬉しいわ」
……何なのだろう。時々レミィが分からなくなる。分からなくて当たり前なのだけれど。
「それでパチェ? 答えはどうかしら」
これはただ一つ。
「答えはノーよ。私はあなたとは一緒には死ねないわ。研究もずっとしたいし、まだまだ探求し足りないから」
「やっぱり、パチェならそう言うわね」
分かっていて言ったのか。
「レミィ? 何かを夢でも見たのかしら?」
「パチェは、鋭いな。そうだ、悪夢を見た。私が真っ先に死ぬ夢、咲夜も死んでいないのに私だけが死ぬ夢を」
珍しい。レミィは夢などあまり見ないものなのに。
「それでレミィは何を思ったの?」
これを聞くしかあるまい。
「私は死んでいるけれど死ぬ前にパチェと死にたいと思った。だから今誘った。けど振られたな」
そっとレミィが私の肘置きの手をそっと握った。少しくすぐったいと思った。
「ねえ、レミィ? 先にあなたが死んだとて私は死なないだろうけれども、死に際にはあなたの棺の前で死にたいと思うわ」
私が思い、レミィに対して言えるこれだけのこと。私はこれしか言えないのである。
「ははっ、一緒には死ねないけど嬉しいな、パチェ! ありがとう」
「あらあら、夜の王が一介の魔法使いにお礼なぞ言ってもいいのかしら?」
「パチェだからいいんだ。私が認めた魔法使いよ。それで良いのだから」
ふふ、強引ねぇ。私もそれならば聞いてみようか。
「それならばレミィ。私が死んだらあなたは一緒に死んでくれるのかしら?」
レミィはにやりと笑った。
「死ねるわけがなかろうに。まだ私だってやりたいことがある。フランドールのことも気になるし、これからの幻想郷だって楽しみだ。そんな世界で死ねるとでも?」
「ふふ……はは。レミィならそうだろうと思うわ」
楽しいものが好きなレミィはそう簡単には死なないだろう。どこに行っても強いレミィは大丈夫なのだから。
「……でも、ね。パチェ」
「どうしたの、レミィ?」
レミィの細々とした綺麗な手が私の本にまみれた手を捕まえる。
「パチェが先に死んだとしたら私はあなたの棺に入るわ。ぜったいに。最後死ぬとして、私はパチェと一緒に入りたいのよ」
……とても嬉しかったのだ。 そうやって言ってもらえたのが。
「本当に? 嬉しいわ! レミィ! 私のわたしの棺に入ってくれるなんて。あなたなら大歓迎よ」
私は少し興奮しすぎていたのだろう。レミィの行動に気が付かなかった。気が付いたとしても対処は出来るはずがないのだが。
「パチェ、可愛いわね……」
そんな麗しい声で私の耳元で呼ぶ。その声に私は行動を停止させてしまっていた。
「私の愛しい愛しいルーク。いつまでもあなたを留めておきたいの」
そんなに愛おしい声で、私を、呼ばないで。
「レミィ……あなた……」
「パチェ……やっぱり大好きよ……振られたって愛してるのかもしれない」
私はレミィの少しの思考が読めた気がした。
「『それならば私のことをルークとは呼ばない』……そうでしょ?」
「分かってるじゃない。ね、ほらキャスリングはそこにあるのかもしれないわよ……」
「ふふふ……変なレミィ……良いわよ私はそれでも。死んでも死ななくても、ね」
「ははははは! 面白いなあ……パチェ」
「それを言うならレミィもね」
二人の笑い声が大図書館に響き渡っていた。