※「冬妖怪は夏に眠れない」「動けない」のびみょんに続きです。
幻想郷を包んでいたうだるような暑さも、少しずつ通り過ぎようとしていた。
「暑気払いには、やっぱり熱いお茶よねえ」
ほう、と一息ついて、霊夢は凶暴さを潜めた陽射しを縁側から見上げる。
まだまだ暑いが、少なくとも巫女服を着ていられないとか、人肌クーラーに頼らないと死ねるとか、そういうレベルの話ではない。これからは異常気象でもない限りは、少しずつ幻想郷も秋の気配を纏っていくはずだ。
要するに、夏の終わりが近いのである。
「……すぅ」
不意に、肩にもたれかかる重み。霊夢は振り向くと、その額を小突いた。
「こら、勝手に人を枕にして寝るな」
「……んぅ、うぅ~……」
眠そうに目を擦るのは、夏の真っ盛りに拾ってきた冬妖怪、レティである。
冷房代わりにするはずが、人肌クーラーぐらいにしか使い道の無かった冬妖怪は、なぜかこの夏の間中、博麗神社に居座っていた。
まあ、あの殺人的な炎天下に雪女を放り出して、溶けて水たまりにしてしまうのも忍びないというのは確かにあったのだが。実際に溶けるのかどうかはともかく。
「眠いなら、お茶でも飲む?」
「……冷ましてなら~……」
うつらうつらとしながら、レティはゆるゆると首を振る。
霊夢はため息混じりに、その傍らに出がらしを注いだ湯飲みを置いた。
「ん~……ふぁぁ」
「眠そうねえ」
「誰かさんのせいで、寝不足だもの~……」
だらしない大あくびをするレティに、霊夢は肩を竦める。
「自分のこと棚に上げるな」
「寝かせてくれなかったのは霊夢じゃない~」
「ついてきたのはあんたでしょうが」
「連れてこられたのよ~」
頬を膨らませてレティはこちらを睨むが、その顔はまた眠そうに歪んだ。
とろんと瞼が落ちそうになるのを、レティは目を擦って堪える。
「――帰れって何回も言ったでしょ」
霊夢の言葉に、レティがぐっと押し黙って、霊夢の巫女服の袖を掴んだ。
「あんな炎天下に放り出されたら、溶けちゃうから~」
「だったらほら、もう涼しくなったでしょ」
実際はまだ蝉はうるさいし、充分暑いのだけれども。
それでも、レティを連れてきたときよりは涼しいぐらいだ。
「眠いんだったら、寝床に帰って寝なさいよ、冬まで」
「…………」
霊夢の袖を掴んだまま、レティは俯いて沈黙する。
――どうしたいのだ、この冬妖怪は。
真夏に起こされ、ねぐらから連れ出されたことに文句を言いながら。
自分が「じゃあ帰れ」と言えば、こうして押し黙って、結局ここから去ろうとしない。
レティに聞こえないようにため息を漏らして、霊夢はひとつ首を振った。
「……霊夢」
「あによ」
「眠いわ~……いつも、寝てる季節だから、すごく、眠いの」
俯いたまま、レティはそう呟く。
「だったら――」
「……眠くて、寝床まで帰れないわ~」
霊夢の肩にもたれるようにして、レティは目を閉じた。
「あんたね――」
暑苦しいから離れなさいよ。――そう言ってレティの身体を引きはがそうとして。
自分の袖口を掴んだ手が、微かに震えていることに気付いてしまう。
「…………」
目を細め、それからゆるゆると首を振って、霊夢は。
「ほら」
その膝を叩いてみせると、「ふえ」とレティは間抜けな声をあげた。
「眠いんでしょ?」
「……れいむ?」
「寝てなさいよ。あの洞穴みたいに涼しくはないけど」
目をしばたたかせるレティを肩から引き離して、引きずり倒すようにその頭を膝の上に乗せた。「れ、れいむ~」と悲鳴のような声があがったのはとりあえず無視。
起きようとしたレティの髪にふれると、「はふ」と吐息を漏らして、レティはそのまま力を抜いた。そのまま、縁側で膝枕をしている格好になる。
「……暑いわ~」
「そりゃあ、夏だもの」
「暑いし、眠いし……全部、霊夢のせいよ~……」
「はいはい、悪かったわね」
「……れいむの、ばか」
それだけ呟いて、レティは目を閉じた。
その髪を撫でながら――霊夢は思う。
どうして、本気でこの冬妖怪を追い出す気になれないのだろう、と。
間延びした喋りでこっちまで眠くなりそうで、夏場だというのに暑苦しい格好をして。
夏場に役に立たない、拾ってきたのが失敗だったはずの居候。
帰れ、なんて口では言っているけれど、本気で追い出すなら力ずくで神社の外にけり出すことだって出来るのに、なんやかんやで彼女はまだこの神社にいる。
「…………レティ」
眠るレティの頬に触れて、その名前を呟いてみた。
――得体の知れない感情に襲われた気がして、霊夢はゆるゆると首を振った。
レティ・ホワイトロックという少女が何なのか――自分の中で、答えが出ないのだ。
◇
実際のところ、眠れるわけもなかった。
霊夢の膝に頭を乗せて、ぎゅっと目を閉じて。
――こんな暑い中で、眠れるはずなんてない。
そう自分を納得させようとしてみたけれど、それが嘘なことぐらい解っていたから。
レティはただ、眠ったふりを続けているしか出来なかった。
「…………レティ」
霊夢が不意に自分の名前を呟いて、その手が頬に触れる。
それだけで大きく心臓が跳ねて、身体が熱くて、変な声が漏れてしまいそうで。
――その熱の理由は、きっとこの夏の暑さのせいだけじゃないのだ。
れいむ。霊夢。三文字の名前。
呟き返したいけれど、言葉は声になってくれない。
そのことに、どうしてかレティは泣き出したくなる。
自分がいったい、どうしたいのか。
何を、霊夢に言いたいのか。
――頭の中がぐるぐるで、答えが出ないままなのだ。
れいむ、と口の中だけでまた呟く。
そのたびに、心臓が痛いほどに音をたてる。
触れている霊夢の温もりに、なぜだか胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
――眠いのは本当なのに、やっぱり眠れるはずもない。
博麗霊夢。
洞穴で眠っていた自分を叩き起こして、冷房代わりに神社まで連れてきた巫女。
勝手なことを言って、こっちを振り回して、レティとしては大迷惑なはずなのに。
それを、嫌と思えない自分がいる。
ひどく無防備な格好で、自分の前で眠ったり、くっついてきたり。
そうして見せられる霊夢の行動のひとつひとつが、レティの中に処理しきれない情報として溜め込まれていくのだ。
れいむ。
目を開けて、そう口にして、――そして自分は、何を言えばいいのだろう。
いや、たぶんきっと、とっくにその答えは、自分でも解っているのだ。
――ここにいたい。
霊夢と一緒にいたい。
冬が来るまで――いや、冬が来ても。
連れてこられたこの博麗神社で、霊夢の近くにいたい、と。
どういうわけか、自分は思ってしまっているのだ。
だけど、それを口にしていいのかが、レティには解らなくて。
博麗霊夢という人間の少女のことが、ちっとも解らないままで――。
帰れ、と言うくせに、自分を本気で追い出そうとはせず。
くっつくな、と言いながら、自分にこうして膝枕をして。
無防備な寝顔を、自分の前にさらけ出したりして。
――霊夢にとって、自分はいったい何なのだろう?
それが計れない。こんな風に自分を扱う人間になんて会ったことが無いから。
どうしていいか解らないまま、レティは神社に居座って、結論を先送りにして。
そしてもうすぐ、夏が終わる。
――れいむ。
目を開けて、その名前を呼びたかった。
――レティ、と呼び返して貰えたら、たぶんきっと。
夏の暑さのせいではなく、自分は溶けてしまうのだろう。
「レティ」
また、霊夢が自分の名前を呼んで、レティはびくりと身を竦めて。
その手がひどく優しく、髪を撫でて――。
いつまでもこうしていたいのに、どうしようもなく切なくて。
ゆるやかな夏の陽射しが照りつける下で、レティはただ、得体の知れない感情を持て余しながら、霊夢の膝の温もりに頬を寄せていた。
幻想郷を包んでいたうだるような暑さも、少しずつ通り過ぎようとしていた。
「暑気払いには、やっぱり熱いお茶よねえ」
ほう、と一息ついて、霊夢は凶暴さを潜めた陽射しを縁側から見上げる。
まだまだ暑いが、少なくとも巫女服を着ていられないとか、人肌クーラーに頼らないと死ねるとか、そういうレベルの話ではない。これからは異常気象でもない限りは、少しずつ幻想郷も秋の気配を纏っていくはずだ。
要するに、夏の終わりが近いのである。
「……すぅ」
不意に、肩にもたれかかる重み。霊夢は振り向くと、その額を小突いた。
「こら、勝手に人を枕にして寝るな」
「……んぅ、うぅ~……」
眠そうに目を擦るのは、夏の真っ盛りに拾ってきた冬妖怪、レティである。
冷房代わりにするはずが、人肌クーラーぐらいにしか使い道の無かった冬妖怪は、なぜかこの夏の間中、博麗神社に居座っていた。
まあ、あの殺人的な炎天下に雪女を放り出して、溶けて水たまりにしてしまうのも忍びないというのは確かにあったのだが。実際に溶けるのかどうかはともかく。
「眠いなら、お茶でも飲む?」
「……冷ましてなら~……」
うつらうつらとしながら、レティはゆるゆると首を振る。
霊夢はため息混じりに、その傍らに出がらしを注いだ湯飲みを置いた。
「ん~……ふぁぁ」
「眠そうねえ」
「誰かさんのせいで、寝不足だもの~……」
だらしない大あくびをするレティに、霊夢は肩を竦める。
「自分のこと棚に上げるな」
「寝かせてくれなかったのは霊夢じゃない~」
「ついてきたのはあんたでしょうが」
「連れてこられたのよ~」
頬を膨らませてレティはこちらを睨むが、その顔はまた眠そうに歪んだ。
とろんと瞼が落ちそうになるのを、レティは目を擦って堪える。
「――帰れって何回も言ったでしょ」
霊夢の言葉に、レティがぐっと押し黙って、霊夢の巫女服の袖を掴んだ。
「あんな炎天下に放り出されたら、溶けちゃうから~」
「だったらほら、もう涼しくなったでしょ」
実際はまだ蝉はうるさいし、充分暑いのだけれども。
それでも、レティを連れてきたときよりは涼しいぐらいだ。
「眠いんだったら、寝床に帰って寝なさいよ、冬まで」
「…………」
霊夢の袖を掴んだまま、レティは俯いて沈黙する。
――どうしたいのだ、この冬妖怪は。
真夏に起こされ、ねぐらから連れ出されたことに文句を言いながら。
自分が「じゃあ帰れ」と言えば、こうして押し黙って、結局ここから去ろうとしない。
レティに聞こえないようにため息を漏らして、霊夢はひとつ首を振った。
「……霊夢」
「あによ」
「眠いわ~……いつも、寝てる季節だから、すごく、眠いの」
俯いたまま、レティはそう呟く。
「だったら――」
「……眠くて、寝床まで帰れないわ~」
霊夢の肩にもたれるようにして、レティは目を閉じた。
「あんたね――」
暑苦しいから離れなさいよ。――そう言ってレティの身体を引きはがそうとして。
自分の袖口を掴んだ手が、微かに震えていることに気付いてしまう。
「…………」
目を細め、それからゆるゆると首を振って、霊夢は。
「ほら」
その膝を叩いてみせると、「ふえ」とレティは間抜けな声をあげた。
「眠いんでしょ?」
「……れいむ?」
「寝てなさいよ。あの洞穴みたいに涼しくはないけど」
目をしばたたかせるレティを肩から引き離して、引きずり倒すようにその頭を膝の上に乗せた。「れ、れいむ~」と悲鳴のような声があがったのはとりあえず無視。
起きようとしたレティの髪にふれると、「はふ」と吐息を漏らして、レティはそのまま力を抜いた。そのまま、縁側で膝枕をしている格好になる。
「……暑いわ~」
「そりゃあ、夏だもの」
「暑いし、眠いし……全部、霊夢のせいよ~……」
「はいはい、悪かったわね」
「……れいむの、ばか」
それだけ呟いて、レティは目を閉じた。
その髪を撫でながら――霊夢は思う。
どうして、本気でこの冬妖怪を追い出す気になれないのだろう、と。
間延びした喋りでこっちまで眠くなりそうで、夏場だというのに暑苦しい格好をして。
夏場に役に立たない、拾ってきたのが失敗だったはずの居候。
帰れ、なんて口では言っているけれど、本気で追い出すなら力ずくで神社の外にけり出すことだって出来るのに、なんやかんやで彼女はまだこの神社にいる。
「…………レティ」
眠るレティの頬に触れて、その名前を呟いてみた。
――得体の知れない感情に襲われた気がして、霊夢はゆるゆると首を振った。
レティ・ホワイトロックという少女が何なのか――自分の中で、答えが出ないのだ。
◇
実際のところ、眠れるわけもなかった。
霊夢の膝に頭を乗せて、ぎゅっと目を閉じて。
――こんな暑い中で、眠れるはずなんてない。
そう自分を納得させようとしてみたけれど、それが嘘なことぐらい解っていたから。
レティはただ、眠ったふりを続けているしか出来なかった。
「…………レティ」
霊夢が不意に自分の名前を呟いて、その手が頬に触れる。
それだけで大きく心臓が跳ねて、身体が熱くて、変な声が漏れてしまいそうで。
――その熱の理由は、きっとこの夏の暑さのせいだけじゃないのだ。
れいむ。霊夢。三文字の名前。
呟き返したいけれど、言葉は声になってくれない。
そのことに、どうしてかレティは泣き出したくなる。
自分がいったい、どうしたいのか。
何を、霊夢に言いたいのか。
――頭の中がぐるぐるで、答えが出ないままなのだ。
れいむ、と口の中だけでまた呟く。
そのたびに、心臓が痛いほどに音をたてる。
触れている霊夢の温もりに、なぜだか胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
――眠いのは本当なのに、やっぱり眠れるはずもない。
博麗霊夢。
洞穴で眠っていた自分を叩き起こして、冷房代わりに神社まで連れてきた巫女。
勝手なことを言って、こっちを振り回して、レティとしては大迷惑なはずなのに。
それを、嫌と思えない自分がいる。
ひどく無防備な格好で、自分の前で眠ったり、くっついてきたり。
そうして見せられる霊夢の行動のひとつひとつが、レティの中に処理しきれない情報として溜め込まれていくのだ。
れいむ。
目を開けて、そう口にして、――そして自分は、何を言えばいいのだろう。
いや、たぶんきっと、とっくにその答えは、自分でも解っているのだ。
――ここにいたい。
霊夢と一緒にいたい。
冬が来るまで――いや、冬が来ても。
連れてこられたこの博麗神社で、霊夢の近くにいたい、と。
どういうわけか、自分は思ってしまっているのだ。
だけど、それを口にしていいのかが、レティには解らなくて。
博麗霊夢という人間の少女のことが、ちっとも解らないままで――。
帰れ、と言うくせに、自分を本気で追い出そうとはせず。
くっつくな、と言いながら、自分にこうして膝枕をして。
無防備な寝顔を、自分の前にさらけ出したりして。
――霊夢にとって、自分はいったい何なのだろう?
それが計れない。こんな風に自分を扱う人間になんて会ったことが無いから。
どうしていいか解らないまま、レティは神社に居座って、結論を先送りにして。
そしてもうすぐ、夏が終わる。
――れいむ。
目を開けて、その名前を呼びたかった。
――レティ、と呼び返して貰えたら、たぶんきっと。
夏の暑さのせいではなく、自分は溶けてしまうのだろう。
「レティ」
また、霊夢が自分の名前を呼んで、レティはびくりと身を竦めて。
その手がひどく優しく、髪を撫でて――。
いつまでもこうしていたいのに、どうしようもなく切なくて。
ゆるやかな夏の陽射しが照りつける下で、レティはただ、得体の知れない感情を持て余しながら、霊夢の膝の温もりに頬を寄せていた。
いいですねいいですね霊レティww
求めて止まなかった霊レティの馴れ初め話にちょー歓喜ですー。
なんか今日は暑いな…
9月になって少しは涼しくなったと思ったんだが…
なんで冬の妖怪がこんなに暑いんだろう
やはりくろまくみこを普及する作業に移らなくてはww
異聞拾遺2でくろまくみこに激ハマリ。
超応援してます!