No.1:素直な人同士の場合
「寒いですねえ……」
私はは雪かきをする手を休め、白い息と呟きを吐き出した。
今日も今日とて雪は降る。飽きずに降り続ける雪で真っ白な境内は、眺める度にため息しか出ない。
早く春が来てほしい。さっきから思い浮かぶのはそればかりだった。
「というか去年もこんなことしてたような……」
ああ、私ってば不憫な風祝。神様二柱は炬燵の領有権争いを繰り広げているし、心が乾いて砕けてしまいそう。
バッ、とオペラっぽく腕を広げて空を仰いでみるが、スポットライトなんて当たるはずもなく。寒風が脇を撫でて余計寒くなっただけだった。
ああもう、さっさと終わらせて私も炬燵に入りましょう。私が若干やさぐれた思いで、手を動かし始めようとした時、
「驚けー!」
「きゃっ」
間の抜けた声とともに腰辺りに何かがぶつかってきた。
こんなことをするのは一人しかいません。彼女に向き直り、私は呆れ混じりに言う。
「はいはい驚きましたよ小傘ちゃん」
「えー本当に驚いてるの、それ?」
腰にしがみついた小傘ちゃんは、私の反応に不満そうに口を尖らせる。
「驚いてますよ? コナンの正体が新一だったときくらいに」
嘘くさい、とジト目を向ける小傘ちゃんでしたが、腰に回していた腕を外すと一転して不敵な笑みを浮かべる。
またしょうもないことを考えているのかな、と私が考えていると彼女は、スカートのポケットからラッピングされた包みを取り出して言う。
「これなら早苗だって驚くでしょ?」
ふふん、と自信たっぷりにそれを突き出す小傘ちゃん。
えーと、これは……。
「あ、バレンタインプレゼントですか? ありがとうございます」
私はお礼を言って受け取る。
わー綺麗にラッピングできてる。誰に教わったんだろう、聖さん辺りかな?
私が出来にちょっと感動していると、小傘ちゃんはがっかりしたように言う。
「……驚かないの?」
「ええ、小傘ちゃんはきっとプレゼントしてくれると思っていたので」
「そっか……」
ですが。
私の応えに肩を落とす彼女に続けて言って、空色の髪を撫でてやる。
「驚いてはいませんが、嬉しいことに変わりありませんよ。改めてありがとうございます、小傘ちゃん」
「そ、そう? な、なんだかちょっと照れくさいな……」
髪を撫でられながら照れくさそうに笑う小傘ちゃんに、私も笑顔になります。
やっぱりプレゼントは喜んでもらってこそですからね。
ですので、私もお返しをしましょうか。
「私もチョコケーキを作ったんですが、食べませんか?」
「ホント!? 食べる食べる!」
子どものようにはしゃぐ小傘ちゃんは、ぐいぐい私の手を取って引っ張る。
私の家なんですからすぐ傍なのに。そんなに嬉しかったんでしょうか。
「早く早く!」
「そんなに慌てないでくださいって。私の家ですよ?」
「だって楽しみだし! 早苗の手作りなんでしょ?」
「そうですよ。期待しててくださいね」
満面の笑顔を浮かべる小傘ちゃんに、私も笑顔で応えて彼女の手を握り返す。
私は指と指を絡めて境内から玄関までの短い道を彼女と歩いて行く。
さっきまでは早く炬燵に入りたかったのに、今はこの時間がもっと続いて欲しい。
そんなことを考えてしまうくらいに、詩的な気分で幸せでした。
◇
No.2:ツンデレな人と鈍い人の場合
よし行くぞ。そう難しいことじゃない、誰にだって出来る簡単なことだ。
私はドアノブに手を掛けたまま深呼吸をする。平常心平常心と心のなかで復唱し、一気にドアを開く。
「あ、ぬえ。どうしたの? 随分気張ってるけど」
船長帽子にセーラー服を着た少女――ムラサは私を見て不思議そうに首を傾げる。
私は、いや大したことじゃないんだけどね、と前置きをし、出来る限り自然な笑顔を浮かべ続ける。
「えっと、今日ってバレンタインじゃん」
「うん? そうだね?」
「ところで私はチョコが苦手なんだ」
「えっ? そうなの?」
「うん、そうだよ。前世からの因縁と過去の確執から分かり合えない関係なの」
「ふーん……?」
よしパーフェクトに自然な流れが出来た。
ムラサも何も訊かないということはそういうことのはずだ。
「そ、それでだな。偶々貰ったチョコがここにあるんだけど……」
私は後ろ手に隠していた薄い箱を取り出す。一輪がラッピングの仕上げをしてくれただけあって、リボンは緩んだりしていない。
貰ったというのは嘘だし、チョコは大好きだが、素直に『ムラサのために作った』なんて言えるほど真っ直ぐな性格をしていないという自覚はある。
だってコイツのことだ、そんなことを言ったら三日はそれだけでだらしない顔をしているに違いない。
それは恥ずかしい。嬉しいけど恥ずかしい。なので、ここは妥協案として『仕方なくムラサにチョコをあげた』ということにした。
それだったらたぶん、彼女が三日もだらしない顔をするようなことはないはずだ。
完璧な計画である。あとはムラサが大人しくチョコを受け取りさえすればいい。
私は『仕方なくムラサにあげる』と口を開きかけ、
「でも、そっか……。贈ろうと思ってチョコ作ったけど、それじゃあ食べれないか」
「はっ?」
思わずマヌケな声が漏れた。
言葉を失う私に、ムラサは胸ポケットからチョコの包みを取り出し、気落ちしたように言う。
「だって前世からの因縁と過去の確執から食べれないんでしょ? 残念だけど、自分で食べることに――」
「いや待って待って!」
しゅん、と目を伏せて落ち込むムラサの肩を掴んで私は叫ぶ。
しまった。ムラサが私にくれることは想定してなかった。どうするどうする……!
「ぬ、ぬえ? 急にどうしたの?」
目を白黒させるムラサに何を言えばいいのかわからない。思考は空回りを続けるばかりで答えが出ない。
ああもう、こうなったら勢いで押し切ってしまえ!
「ムラサ! たった今私とチョコは前世からの因縁と過去の確執から解放されたの!」
「へっ? えっ?」
「過去ばかり見つめてもそこには足跡しか無い! 大事なのはこれから歩んでいく道を見ていくこと! 今それに気がつくこと出来た!」
「お、おめでとう?」
「だから、チョコは大好きになったから! そのチョコとこのチョコを交換しよう!」
「え、いや別に交換じゃなくてもいいけど――」
「いいから! はい、交換成立! これは有りがたくいただきます!」
半ばひったくるようにチョコを受け取り、代わりに私のチョコをムラサに押し付ける。
ムラサは何か言いかけていたが、それを聞く余裕はない。私は背を向け部屋から飛び出す。
後ろは振り向けない。何故って、絶対に私の顔は真っ赤だし、にやついているに違いないから。
「なんだったんだろう……」
私はあっという間に見えなくなったぬえの背中を見送り、ぽつりと呟く。
妙に気張っていたかと思えばチョコが苦手だと言い出し、要らないかと思えば急に大好きになったと言う。
これは彼女が正体不明である所以だろうか。
いまいちわからないが、とりあえず手元には彼女がくれたチョコがある。
どうしてこれを貰ったのかもよくわからないけど、せっかくだし頂くことにしよう。
「んっ?」
ラッピングのリボンを解き、蓋をあける。そこにはあったのは等間隔に並べられたチョコ。その上に二つ折りされた紙が置かれていた。
広げてみると、それには写真が挟まれていた。写っているのは、エプロンをしてチョコを前に悪戦苦闘しているぬえだ。
紙の方を見てみると『ぬえが作りました』という一文が簡潔に書かれている。この字は多分一輪のものだろう。
「ということは」
ぬえはこれを『偶々もらった』と言っていたが、それは嘘だということになる。
では、どうしてわざわざ嘘をついたのか。それは私にはわからない。
波は読めても女心は読めない船長とナズーリンに揶揄されるくらいだ。たぶん、私が考えても見当違いなことになるだろう。
なので、素直に結果だけを受け止める。私のためにぬえが作ってくれたという結果を。
「……えへへ」
うん、とっても嬉しい。これはホワイトデーは気合を入れないといけないな。
写真の中の彼女を前に、私はそう思うのであった。
◇
No.3:白黒な人たちの場合
「魔理沙ー。寝てるのー?」
「……見ればわからないか?」
「起きてるじゃん」
それは誰のせいだと思っているのか。気持よく昼寝をしていたというのに。
私はそう言い返す代わりにため息をついて、ベッドから上半身を起こそうとして――失敗する。
馬乗りになっていたルーミアに肩を押さえつけられたからだ。
「人を起こしておいて、一体何のつもりだ?」
「今日はバレンタインだから、魔理沙にチョコをあげようと思って」
手作りじゃないけど我慢してね。
そう言って、ルーミアは取り出した包みを見せる。少し開いた口からはチョコとリキュールの香りが漂っていた。
随分高そうなチョコである。それは有り難いし、嬉しいことなのだけど、
「それとこれに何の関係がある?」
「逃げられたら困るんだもん」
そう言って、無邪気そうな笑顔を浮かべるルーミア。
『そう』と言ったのは、笑顔の裏に何か怪しいものを感じたから。身の危険というか、そういった感じのものだ。
それよりも、私が逃げ出すようなチョコってなんだ。それは人間が食べられるものだよな?
「……本当に食べてしまったのか?」
「おいヤメロ馬鹿。お前が言うと洒落にならんぞ」
「大丈夫だってば。全部美味しいよ」
はい、あーんして。
ルーミアは一つチョコを取り出し、私の口元まで運んでくる。
正直、親鳥に餌付けされている雛みたいで恥ずかしいが、上に乗られているせいで逃げ出すことは出来ない。
……色んな意味で彼女に『襲われている』状況に今更ながら羞恥心が湧き上がってきた。
見上げても視界に入るのは彼女ばかり。赤くなっているだろう顔をそらそうとすると、
「恥ずかしがってないでほら、口に入れる」
「むぐっ」
頭を手で抑えられ、押し込まれるようにチョコを食べさせられる。
歯を立てるとすぐに砕けて中空に閉じ込められていたウイスキーが溢れだす。
口の中で広がる焼けるような香りと味にむせながらも、溶けきったチョコを呑み込んだ。
それでも消えない香りの余韻に顔をしかめていると、にやにやとした笑顔のルーミアと視線が合う。
「やっぱり、魔理沙は甘いほうが好き?」
明らかにからかうようなニュアンスが含めている質問だった。私はふいっ、と彼女から顔をそらす。
ああ、そうですよ。私はブラックコーヒーも飲めない子どもですよ。
というか、それを知っていたのにこれを買ったのか?
「そうだよ」
朗らかな笑顔で応えるルーミア。
私をからかうためにわざわざ買ってきたのか。この暇人め。
そう私が言う前に、ルーミアは自分の口にチョコを放り妖しい笑みを浮かべる。
「だから、今甘いのもあげるね」
「……? どういう」
言葉はそこで途切れる。ルーミアは上半身を倒して私に覆いかぶさり、首に腕を回してきた。
突然過ぎる出来事に冗談かと思った。夢かとも思った。しかし、見つめ合う紅い瞳に混じりっけはなく。全身で感じる彼女の重みは夢ではなかった。
鼓動が直に伝わるゼロ距離に彼女がいる。それに支配されて思考と、動揺に固まる体は動かしようがなく、ただ体温だけを上昇させていった。
視界を埋め尽くすルーミアの顔が闇に消える。私が目を閉じたのか、彼女が闇を出したのか。それすらもわからない。
「っ……ルっ……ミ……」
何か言おうと震える唇が柔らかい何かで塞がれる。
口の中にとろけたチョコが流れ込み、焼ける香りが広がっていく。それと別に何かが舌に絡んで、舐るように撫でていく。
背筋に走る未知の感覚に跳ねる体を安心させるようにルーミアは強く抱きしめてくれる。知らず、私も震える腕で彼女を抱きしめる。
粘っこい水音だけが聞こえる音の全てだった。その時間はどれだけ続いただろう。時間の感覚が曖昧になった時、回されていた腕は緩み、唇に触れていたものは離れていく。
闇が晴れ、再び視界をルーミアが埋める。
「……甘かった?」
そう上気した笑顔で訊ねる彼女に、私は何も言えず荒い息を漏らすだけだった。
ルーミアは、無言のまま微笑み私の口にチョコを入れると、耳に唇を近づけて囁く。
「……今度は魔理沙が私に食べさせて」
私の髪を撫でる彼女が艶やかな笑みを浮かべると、世界は再び闇に包まれた。
「寒いですねえ……」
私はは雪かきをする手を休め、白い息と呟きを吐き出した。
今日も今日とて雪は降る。飽きずに降り続ける雪で真っ白な境内は、眺める度にため息しか出ない。
早く春が来てほしい。さっきから思い浮かぶのはそればかりだった。
「というか去年もこんなことしてたような……」
ああ、私ってば不憫な風祝。神様二柱は炬燵の領有権争いを繰り広げているし、心が乾いて砕けてしまいそう。
バッ、とオペラっぽく腕を広げて空を仰いでみるが、スポットライトなんて当たるはずもなく。寒風が脇を撫でて余計寒くなっただけだった。
ああもう、さっさと終わらせて私も炬燵に入りましょう。私が若干やさぐれた思いで、手を動かし始めようとした時、
「驚けー!」
「きゃっ」
間の抜けた声とともに腰辺りに何かがぶつかってきた。
こんなことをするのは一人しかいません。彼女に向き直り、私は呆れ混じりに言う。
「はいはい驚きましたよ小傘ちゃん」
「えー本当に驚いてるの、それ?」
腰にしがみついた小傘ちゃんは、私の反応に不満そうに口を尖らせる。
「驚いてますよ? コナンの正体が新一だったときくらいに」
嘘くさい、とジト目を向ける小傘ちゃんでしたが、腰に回していた腕を外すと一転して不敵な笑みを浮かべる。
またしょうもないことを考えているのかな、と私が考えていると彼女は、スカートのポケットからラッピングされた包みを取り出して言う。
「これなら早苗だって驚くでしょ?」
ふふん、と自信たっぷりにそれを突き出す小傘ちゃん。
えーと、これは……。
「あ、バレンタインプレゼントですか? ありがとうございます」
私はお礼を言って受け取る。
わー綺麗にラッピングできてる。誰に教わったんだろう、聖さん辺りかな?
私が出来にちょっと感動していると、小傘ちゃんはがっかりしたように言う。
「……驚かないの?」
「ええ、小傘ちゃんはきっとプレゼントしてくれると思っていたので」
「そっか……」
ですが。
私の応えに肩を落とす彼女に続けて言って、空色の髪を撫でてやる。
「驚いてはいませんが、嬉しいことに変わりありませんよ。改めてありがとうございます、小傘ちゃん」
「そ、そう? な、なんだかちょっと照れくさいな……」
髪を撫でられながら照れくさそうに笑う小傘ちゃんに、私も笑顔になります。
やっぱりプレゼントは喜んでもらってこそですからね。
ですので、私もお返しをしましょうか。
「私もチョコケーキを作ったんですが、食べませんか?」
「ホント!? 食べる食べる!」
子どものようにはしゃぐ小傘ちゃんは、ぐいぐい私の手を取って引っ張る。
私の家なんですからすぐ傍なのに。そんなに嬉しかったんでしょうか。
「早く早く!」
「そんなに慌てないでくださいって。私の家ですよ?」
「だって楽しみだし! 早苗の手作りなんでしょ?」
「そうですよ。期待しててくださいね」
満面の笑顔を浮かべる小傘ちゃんに、私も笑顔で応えて彼女の手を握り返す。
私は指と指を絡めて境内から玄関までの短い道を彼女と歩いて行く。
さっきまでは早く炬燵に入りたかったのに、今はこの時間がもっと続いて欲しい。
そんなことを考えてしまうくらいに、詩的な気分で幸せでした。
◇
No.2:ツンデレな人と鈍い人の場合
よし行くぞ。そう難しいことじゃない、誰にだって出来る簡単なことだ。
私はドアノブに手を掛けたまま深呼吸をする。平常心平常心と心のなかで復唱し、一気にドアを開く。
「あ、ぬえ。どうしたの? 随分気張ってるけど」
船長帽子にセーラー服を着た少女――ムラサは私を見て不思議そうに首を傾げる。
私は、いや大したことじゃないんだけどね、と前置きをし、出来る限り自然な笑顔を浮かべ続ける。
「えっと、今日ってバレンタインじゃん」
「うん? そうだね?」
「ところで私はチョコが苦手なんだ」
「えっ? そうなの?」
「うん、そうだよ。前世からの因縁と過去の確執から分かり合えない関係なの」
「ふーん……?」
よしパーフェクトに自然な流れが出来た。
ムラサも何も訊かないということはそういうことのはずだ。
「そ、それでだな。偶々貰ったチョコがここにあるんだけど……」
私は後ろ手に隠していた薄い箱を取り出す。一輪がラッピングの仕上げをしてくれただけあって、リボンは緩んだりしていない。
貰ったというのは嘘だし、チョコは大好きだが、素直に『ムラサのために作った』なんて言えるほど真っ直ぐな性格をしていないという自覚はある。
だってコイツのことだ、そんなことを言ったら三日はそれだけでだらしない顔をしているに違いない。
それは恥ずかしい。嬉しいけど恥ずかしい。なので、ここは妥協案として『仕方なくムラサにチョコをあげた』ということにした。
それだったらたぶん、彼女が三日もだらしない顔をするようなことはないはずだ。
完璧な計画である。あとはムラサが大人しくチョコを受け取りさえすればいい。
私は『仕方なくムラサにあげる』と口を開きかけ、
「でも、そっか……。贈ろうと思ってチョコ作ったけど、それじゃあ食べれないか」
「はっ?」
思わずマヌケな声が漏れた。
言葉を失う私に、ムラサは胸ポケットからチョコの包みを取り出し、気落ちしたように言う。
「だって前世からの因縁と過去の確執から食べれないんでしょ? 残念だけど、自分で食べることに――」
「いや待って待って!」
しゅん、と目を伏せて落ち込むムラサの肩を掴んで私は叫ぶ。
しまった。ムラサが私にくれることは想定してなかった。どうするどうする……!
「ぬ、ぬえ? 急にどうしたの?」
目を白黒させるムラサに何を言えばいいのかわからない。思考は空回りを続けるばかりで答えが出ない。
ああもう、こうなったら勢いで押し切ってしまえ!
「ムラサ! たった今私とチョコは前世からの因縁と過去の確執から解放されたの!」
「へっ? えっ?」
「過去ばかり見つめてもそこには足跡しか無い! 大事なのはこれから歩んでいく道を見ていくこと! 今それに気がつくこと出来た!」
「お、おめでとう?」
「だから、チョコは大好きになったから! そのチョコとこのチョコを交換しよう!」
「え、いや別に交換じゃなくてもいいけど――」
「いいから! はい、交換成立! これは有りがたくいただきます!」
半ばひったくるようにチョコを受け取り、代わりに私のチョコをムラサに押し付ける。
ムラサは何か言いかけていたが、それを聞く余裕はない。私は背を向け部屋から飛び出す。
後ろは振り向けない。何故って、絶対に私の顔は真っ赤だし、にやついているに違いないから。
「なんだったんだろう……」
私はあっという間に見えなくなったぬえの背中を見送り、ぽつりと呟く。
妙に気張っていたかと思えばチョコが苦手だと言い出し、要らないかと思えば急に大好きになったと言う。
これは彼女が正体不明である所以だろうか。
いまいちわからないが、とりあえず手元には彼女がくれたチョコがある。
どうしてこれを貰ったのかもよくわからないけど、せっかくだし頂くことにしよう。
「んっ?」
ラッピングのリボンを解き、蓋をあける。そこにはあったのは等間隔に並べられたチョコ。その上に二つ折りされた紙が置かれていた。
広げてみると、それには写真が挟まれていた。写っているのは、エプロンをしてチョコを前に悪戦苦闘しているぬえだ。
紙の方を見てみると『ぬえが作りました』という一文が簡潔に書かれている。この字は多分一輪のものだろう。
「ということは」
ぬえはこれを『偶々もらった』と言っていたが、それは嘘だということになる。
では、どうしてわざわざ嘘をついたのか。それは私にはわからない。
波は読めても女心は読めない船長とナズーリンに揶揄されるくらいだ。たぶん、私が考えても見当違いなことになるだろう。
なので、素直に結果だけを受け止める。私のためにぬえが作ってくれたという結果を。
「……えへへ」
うん、とっても嬉しい。これはホワイトデーは気合を入れないといけないな。
写真の中の彼女を前に、私はそう思うのであった。
◇
No.3:白黒な人たちの場合
「魔理沙ー。寝てるのー?」
「……見ればわからないか?」
「起きてるじゃん」
それは誰のせいだと思っているのか。気持よく昼寝をしていたというのに。
私はそう言い返す代わりにため息をついて、ベッドから上半身を起こそうとして――失敗する。
馬乗りになっていたルーミアに肩を押さえつけられたからだ。
「人を起こしておいて、一体何のつもりだ?」
「今日はバレンタインだから、魔理沙にチョコをあげようと思って」
手作りじゃないけど我慢してね。
そう言って、ルーミアは取り出した包みを見せる。少し開いた口からはチョコとリキュールの香りが漂っていた。
随分高そうなチョコである。それは有り難いし、嬉しいことなのだけど、
「それとこれに何の関係がある?」
「逃げられたら困るんだもん」
そう言って、無邪気そうな笑顔を浮かべるルーミア。
『そう』と言ったのは、笑顔の裏に何か怪しいものを感じたから。身の危険というか、そういった感じのものだ。
それよりも、私が逃げ出すようなチョコってなんだ。それは人間が食べられるものだよな?
「……本当に食べてしまったのか?」
「おいヤメロ馬鹿。お前が言うと洒落にならんぞ」
「大丈夫だってば。全部美味しいよ」
はい、あーんして。
ルーミアは一つチョコを取り出し、私の口元まで運んでくる。
正直、親鳥に餌付けされている雛みたいで恥ずかしいが、上に乗られているせいで逃げ出すことは出来ない。
……色んな意味で彼女に『襲われている』状況に今更ながら羞恥心が湧き上がってきた。
見上げても視界に入るのは彼女ばかり。赤くなっているだろう顔をそらそうとすると、
「恥ずかしがってないでほら、口に入れる」
「むぐっ」
頭を手で抑えられ、押し込まれるようにチョコを食べさせられる。
歯を立てるとすぐに砕けて中空に閉じ込められていたウイスキーが溢れだす。
口の中で広がる焼けるような香りと味にむせながらも、溶けきったチョコを呑み込んだ。
それでも消えない香りの余韻に顔をしかめていると、にやにやとした笑顔のルーミアと視線が合う。
「やっぱり、魔理沙は甘いほうが好き?」
明らかにからかうようなニュアンスが含めている質問だった。私はふいっ、と彼女から顔をそらす。
ああ、そうですよ。私はブラックコーヒーも飲めない子どもですよ。
というか、それを知っていたのにこれを買ったのか?
「そうだよ」
朗らかな笑顔で応えるルーミア。
私をからかうためにわざわざ買ってきたのか。この暇人め。
そう私が言う前に、ルーミアは自分の口にチョコを放り妖しい笑みを浮かべる。
「だから、今甘いのもあげるね」
「……? どういう」
言葉はそこで途切れる。ルーミアは上半身を倒して私に覆いかぶさり、首に腕を回してきた。
突然過ぎる出来事に冗談かと思った。夢かとも思った。しかし、見つめ合う紅い瞳に混じりっけはなく。全身で感じる彼女の重みは夢ではなかった。
鼓動が直に伝わるゼロ距離に彼女がいる。それに支配されて思考と、動揺に固まる体は動かしようがなく、ただ体温だけを上昇させていった。
視界を埋め尽くすルーミアの顔が闇に消える。私が目を閉じたのか、彼女が闇を出したのか。それすらもわからない。
「っ……ルっ……ミ……」
何か言おうと震える唇が柔らかい何かで塞がれる。
口の中にとろけたチョコが流れ込み、焼ける香りが広がっていく。それと別に何かが舌に絡んで、舐るように撫でていく。
背筋に走る未知の感覚に跳ねる体を安心させるようにルーミアは強く抱きしめてくれる。知らず、私も震える腕で彼女を抱きしめる。
粘っこい水音だけが聞こえる音の全てだった。その時間はどれだけ続いただろう。時間の感覚が曖昧になった時、回されていた腕は緩み、唇に触れていたものは離れていく。
闇が晴れ、再び視界をルーミアが埋める。
「……甘かった?」
そう上気した笑顔で訊ねる彼女に、私は何も言えず荒い息を漏らすだけだった。
ルーミアは、無言のまま微笑み私の口にチョコを入れると、耳に唇を近づけて囁く。
「……今度は魔理沙が私に食べさせて」
私の髪を撫でる彼女が艶やかな笑みを浮かべると、世界は再び闇に包まれた。
そして読み終えたときにさらに大きなガッツポーズをとった。
それはそうと、この砂糖まみれのPCどうしようか