「へぇーいそこの彼女ぉ、一人かえ? そんな寂しく飲んでないで、私と一緒に楽しく飲もうぜぇ」
「なぁに馬鹿みたいなこと言ってるのよ」
「にはは、まさかこんなとこでパルスィに会うなんて、思ってなかったから。嬉しくてつい、本気で口説きにかかっちゃったよ」
「とりあえずあんたにセンスが無いことだけは分かったわ」
がやがやと騒がしい店内の隅っこで、パルスィはお酒の入ったジョッキを傾けていた。
そしてそんなところにヤマメが現れたのは、偶然だ。別に一緒に飲む約束をしていたわけでも、会う約束をしていたわけでもない。たまたまふらりと足を運んだ居酒屋に、パルスィが居ただけだ。
まるで当たり前のようにパルスィの横に腰掛けるヤマメに、パルスィはジトっとした目つきを送る。
「誰が隣に座って良いって言った?」
「え、何? まさかそれは隣じゃなくて、パルスィの膝の上に乗れってこと?」
「店員さーん、生一つ追加で!」
「わーお、露骨に無視だぁ。あ、私も生一つ!」
近くを通りかかった店員に、注文をする二人。騒がしい店内ではあるが、店員はしっかりと声を聞き逃すことなく返事をした。
「さて、お酒が来るまでパルスィと楽しくお喋りといこうかー」
「あんた、少しは静かにしてられないの?」
「え? つまりそれは、あんまり煩いとその唇を私の唇で塞いじゃうわよ、的な?」
「早くお酒来ないかしら」
「わぁい本日二度目の露骨な無視だー」
構ってよぉ構ってよぉ、とヤマメがパルスィの膝を両手でぽんぽんと叩く。
初めは無視していたパルスィだが、次第に鬱陶しくなってきたので、その手を軽くはたく。だが、すぐにまたぽんぽんと叩いてくる。はたく叩くのやりとりを何度か繰り返した後、キリが無いので両手を掴んだ。
するとヤマメはわざとらしく顔を赤くし、上目遣い。
「パルスィ……こんな人の多い場所で手を握るなんて、恥ずかしい」
「……」
「って、痛い痛い痛い!? ちょ、無言で力込めるのやめて!」
ぎりぎりめきめきと嫌な音を立て始めたところで、店員がお酒を持って来た。助かった、とホッと息を吐くヤマメ。
二人はジョッキを受け取り、そして一応乾杯。別に何かめでたいことがあるわけでもなければ、特別テンションが高いわけでもないが、なんとなくだ。
ヤマメはぐいっと一気にジョッキを傾けるのに対し、パルスィは少し口に含むだけ。パルスィが一口二口飲む頃には、ヤマメは既に半分近く飲んでいた。
「ぷはぁ! キンキンに冷えてやがる! 良いね、実に美味しい!」
「そうね、これであんたが居なければより美味しかったわ」
「そういえば私さ、パルスィって一人静かに飲むのが好きなタイプだと思ってた。だから、こーいう騒がしい居酒屋で飲んでるの、正直意外だったよ。たまたま? それとも、いつもこんな感じなのかえ?」
「もはや常連に近いくらい、来てるわよ。一人で飲むのが好きではあるけど、こういう場所で一人というのがベストなのよ。ほら、周りを見てみなさい。みんな楽しそうに飲んでいるでしょう?」
そう言われて周囲を見ると、どこを見ても楽しそうな空気だった。賑やかすぎて一つ一つの声を聞きとることは難しいが、それでも雰囲気でなんとなく楽しんでいるなということが分かる。
「うん、確かに楽しそうだね」
「でしょう? 妬ましいことこの上ないわ。あの集団が妬ましい、あのカップルが妬ましい、そんなことを思いながら飲むお酒は格別なのよ」
「……暗っ!? いやそれ、むしろ不味くならない?」
「私にとっては最高ね。けどまぁそれも、ヤマメのせいで台無しだけど」
「そんなに私の存在邪魔!? 別に私が居たって、好きに妬んで飲めば良いじゃんー」
「あんた馬鹿なの? ヤマメが隣に居る、ヤマメと二人っきりって時点で、私は逆に周りから妬まれる立場になっちゃってるの。地底のアイドルよ? 人気者よ? そんなやつを私は今、独り占めって状態なのよ? 妬まれる立場であって、妬む立場じゃあないわ」
「い、いやぁ、私そんな大層なもんじゃないよ?」
「そういう謙虚なところも妬ましい。それともあんた、自分の魅力に本当に気付いてないわけ?」
「魅力って言われても……」
「可愛い、愛想が良い、実は密かに胸が小さいことを気にしている乙女さ、笑顔が反則なところ、面倒見が良い、良い匂い、普段頼りになるお姉さんぶってるのに好む下着は結構子どもっぽいのが多くてそのギャップがまた良かったり――」
「うわーうわーうわー!? 何言ってんの!? というか、なんで胸のことや下着のこと知ってるの!?」
「とまぁ、パッと思い付くだけでもこれだけの魅力があるわけ。少しは自覚しなさい」
「いくつか変質的な視点からの魅力があった気もするんだけど……」
ヤマメはジトっとした目で、少し恥ずかしそうに睨む。しかしパルスィはそんな視線を気にすることなく、ゆっくりとお酒を口に運んだ。
うーうーと軽く唸ってみせるが、パルスィすれば小動物のようにしか思えない。ヤマメにとっては威嚇のようなもののつもりなのだろうが、その様子はただ可愛いだけだった。
なんとなく、パルスィは片手をヤマメの頭に乗せてみる。そして軽く撫でてみた。
「ちょ、何するのさっ」
「いや、犬みたいだなぁって思って、つい」
「噛み付いて良い?」
「躾が必要?」
「パルスィの躾なら受けてみたいかも」
「ばっかじゃないの」
ぎゅーっと抱き付いてくるヤマメを、手で押しのける。
うざい、鬱陶しい、暑い。
わぁい、私パルスィに鬱陶しがられるの好きー。
くたばれ。
だが断る!
ぐいぐいと引き剥がそうとするが、ヤマメはがっちりとパルスィの腰に手を回したまま離れない。
しばらくそんなやり取りを繰り返した後、諦めることにした。
えへへ、と笑うヤマメ。
「あんたって、いつも楽しそうよねぇ」
「そりゃあねぇ。何事も前向きに楽しんだもん勝ちでしょ。あ、それにほら、パルスィが一緒に居てくれるとより楽しいし」
「何よその、あ、って。明らかに今思い付きました感がバリバリじゃない」
「そこはあれだよ、私なりの照れ隠し表現だよ。それにしても、気付いたことあるんだけど、言ってもいい?」
「ろくでもないことだったら、殴るけどね」
「こう抱き付いてみて分かったんだけど、パルスィ前よりお腹のあたりぷにぷにして――ってすみませんちょっとふざけてみました冗談です!」
ヤマメが言い終わるよりも先に、パルスィがヤマメの首にそっと手を添えた。笑顔で。超笑顔で。普段見せない、とびっきりの笑顔で、首をきゅっと。
身の危険を感じ、慌てて抱き付くのを止めて、離れるヤマメ。
「そ、そうだ! なんか食べ物注文する? 私の奢りだよ?」
「つまり食べさせて私をより太らせようと」
「ち、違うからね!? じゃあお酒にしよう! ほら、奢りだからなんでも好きなお酒頼んで良いよ?」
「食べ物じゃなくてお酒の方で太らせようと」
「どんだけ気にしてるのさ!? 冗談だってば、パルスィはむしろもうちょっと体重増やした方が良いよ。痩せすぎだって」
「私より軽いあんたに言われたくないわ」
「私の方がパルスィより身長小さいし、そりゃあそうだよ」
「ついでに胸もね」
「パルスィって結構性格キツイよね」
「大丈夫、こういう対応するのはあんたにだけよ」
「きゃーそれって私は特別扱いってこと? うーれしーいなー」
「そろそろ帰ろうかしら」
「待って待って、私一人は寂しい」
立ち上がったパルスィのスカートをきゅっと掴み、ごめんごめんと軽く謝罪をする。パルスィも別に、本気で帰ろうだなんて思っていなかったので、すぐまた座った。
パルスィはため息を零しながら、ヤマメはにははと笑いながらお酒を飲む。といっても、ヤマメの方は既にジョッキはほとんど空に近い。
「店員さーん! 生追加でー! パルスィは?」
「私はまだ良いわ。っていうか、ヤマメ飲むペース早くない? このまま飲み続けて、酔い潰れたらどうすんのよ」
「どうって……そりゃあパルスィが面倒をみるでしょ?」
「え、何、そのいかにも常識当たり前当然のことだみたいな言い方」
パルスィは心底面倒臭そうに、顔をしかめる。だが、既になんとなく、多分面倒をみる羽目になるんだろうなと感じていた。
するとヤマメは少し目を細め、無駄に色っぽい声で言葉を紡ぐ。
「その代わりと言っちゃなんだけど、酔い潰れた私を好きにしてもいいよ」
「え? 本当に? 酔い潰れたヤマメに火をつけても良いの?」
「怖っ! ちっがーう! そうじゃなくて、こう、なんていうか……私を求めても良いのよ的なー」
「ヘタレのくせに、何言ってんのよ」
「なっ、ヘタレじゃないし! そういうパルスィこそ、ヘタレなんじゃないの!」
「あんたよりはマシよ」
「失礼な! 私、パルスィが積極的なトコなんて見たことないよ!」
「……もーちょっと、こっち寄ってみなさい」
「え?」
ぽえっと首を傾げるヤマメに、パルスィはそっと手を伸ばす。肩に右手を置き、ぐいっと抱き寄せた。
突然のことに驚くヤマメだが、そんなヤマメを無視してパルスィは続ける。左手を顎に添え、少しだけ上を向かせる。視線が交わる。
互いの熱い吐息を感じるくらいに、近い距離。ヤマメは思わず顔をかぁっと赤くし、パルスィに「何をするのさ」と声をかけようとした。だが、それは不発に終わった。
次の瞬間には、互いの唇が重なり合っていたから。
少し触れるだけの、幼い口付け。柔らかい、驚き、心地良い、羞恥、いろんな思いがぐるぐると頭を駆け巡る。
ヤマメにはもはや、店内の騒がしい声などは耳に入っていなかった。まるで時間が止まったかのような、そんな錯覚に陥った。
数秒して、やっと動き出す。パルスィの肩を、両手でぐいっと押し返した。
「な、なな何をっ!?」
「んー? ヘタレじゃない証明?」
「ばっ!? なんていうか、えっと、うぅ~……もうっ! パルスィのばかっ!」
「嫌だった?」
「い、嫌なんて、そんなことは全然……ないけど」
「あのーお客様、ビールを……」
「……あ」
ヤマメがわたわたと落ち着きを無くし、そんなヤマメの様子をにやにやっと意地悪い笑みを浮かべて見ているパルスィ。
そんな空間に、いつの間にやら店員が居た。困った表情を浮かべて、立っていた。作り笑いを浮かべようと必死の様子で、立っていた。
その店員を見た瞬間、ヤマメはもっと顔を赤くした。慌ててビールを受け取ると、店員は何も言わずにそっと去った。
ヤマメはジョッキを持ったまま、ぷるぷると震えている。
パルスィが顔を覗きこむと、ひゃあっと声を上げた。顔が近かったから、さっきのことをより鮮明に思い出したのだろう。
「えっと、大丈夫?」
「誰のせいさ!?」
「あー……ごめん」
「……良いよ、もう。その、ぅ、嬉しかったし」
「そ、そう。嫌じゃないなら、良かったわ」
「うぅ~もう今日は飲む! たくさん飲む! 超飲む! パルスィは責任持って、もし私が酔い潰れたら面倒みること! いいね?」
「はいはい、分かったわよ」
勢い良く、ビールを飲むヤマメ。
結局その日は、本当に酔い潰れるまで飲んだ。
「……酔い潰れたら好きにして良いって、言ってたわよね」
ほのぼのと甘くて良かったです。
この二人の関係たまらないなあ。
ヤマパルいいね、パルヤマいいね!
面白かったです。ありがとうございました。
やー、これは、ニヤけた顔が戻りませんや
むう、ニヤニヤがとまらない。
口の中の甘いの打ち消したい
ニヤニヤしてる俺キモい…それくらい破壊力が有りました
この後……気になるなぁ
パルスィさんはいざというときにSっ気を発揮すると信じてます!
>>2様
そう言っていただけると嬉しいですっ。
こちらこそ、読んでいただきありがとうございました!
>>私は店員になりたい様
さあ早くもっとヤマパル妄想をするのです!
>>4様
可愛いは正義っ。
>>奇声を発する程度の能力様
ありがとうございます。
>>6様
良いですよね、この組み合わせっ。
>>7様
ありがとうございますありがとうございますっ!
>>8様
にこっ。
>>文次様
この後はヤマメさんとパルスィさんのみが知っています、はい!