陽の光が暖かい。
穏やかな風は心地よい。
膝の上で眠る子猫も愛らしい。
うたた寝日和ね――と、妖は思った。
彼女は口に手を当て欠伸をし、静かに瞼を閉じる――。
寸前。
膝の猫が駆けだす。
風が強く吹き付ける。
雨までもが降ってきた。
今年一番の瞬間降水量。
「んが! それが世界の選択か!?」
土砂降りの雨に吹き付けられ、マヨヒガに訪れていた八雲紫は握り拳を作ってそう吠えた。
「洗濯物洗濯物っ」
「や、貴女は外に出ない方がっ」
「椛の言う通りだぞ、橙。私に任せなさい」
順に、橙、椛、藍。椛は遊びに、藍は紫に従いやってきていた。
室内から出てきた三名が見たのは、けれど、ずぶ濡れの紫だけ。
寒さからか怒りからか、肩がプルプル震えている。
くちゅん、とくしゃみを一つ。
真っ先に、藍が口を開いた。
「おぉ。虹が美しいぞ、フタリとも」
「他に言う事はないの、藍っ!?」
「わざとらしいくしゃみですね、紫様」
目を逸らしたのは紫。自覚があるようだ。
干してあったタオル――何故か水滴の一粒もかかっていなかった――を橙が取り、椛と二匹がかりで紫の髪や衣装を拭く。
式の式である橙のみならず、椛にさえ、濡れた紫は普段よりも一層美しく思えた。
感嘆の念をあげそうになるが、出過ぎたマネかと押し黙る。
暫くして、紫は笑みながら二匹の頭を撫でた。
「ありがとう、フタリとも。もう結構よ。――離れていなさい」
一転、鋭い眼差し。
二匹に向けていた笑みも、形を変えた。
好敵手を迎え撃つ、そんな挑発的な微笑を浮かべる。
気迫に、橙と椛は身を震わせた。
藍が、二匹の肩を掴み、やんわりと引き寄せる。
紫の溢れんばかりの妖力が、更に増す。
「貴女がどれだけ私の意思を否定しようと、私は私を貫くわ――」
眼差しは、大地に、空に――『世界』に向けられていた。
「フタリとも。紫様はあぁ見えてな」
主の覚悟を読み取り、式は身を遠ざける。
「――『幻想郷』。私は、必ず寝てみせるわ!」
「物凄く大人げないんだ。物凄く」
万感の思いが込められた溜息に、二匹は顔を見合わせ、結局、口を開けなかった。
光よし。
風もよし。
小猫は逃がしていた。降りかかるであろう自然現象に小さな命を巻き込むのは、彼女の本意ではない。
紫は小さく伸びをし、ゆっくりと瞳を細める。
直前。
震動。
雷鳴。
発火。
「や、やってくれるわね、幻ちゃんっ!?」
体を揺らされつつ身を貫かれながら炎に包まれる紫。
「どうして紫様の周りだけ、色々凄い事になっているんだろう……」
「いやいや、全て自然現象。起こり得るものさ」
「ところで『幻ちゃん』って何方でしょう?」
「幻想郷」
でも、めげない。
「くー! すぴー! すやすや!」
途端、紫を直撃する宇宙の意思。
もとい、石。
隕石。
「げはぁ!? ちょっとおイタし過ぎよ! ゆかりん、真面目に結界張っちゃうんだから!」
穿たれた腹部を再生させつつ、紫は妖力を解放し結界を結ぶ。
範囲は彼女個人を包む程度のものだったが、その分、防御効果は絶大だ。
如何な自然現象に妨げられようと防ぐ自信があった。仮に、ビックバンが巻き起こされようと。
陣を結び終え、いからせた肩を沈める。
呼吸はすぐに収まり、心拍も落ち着いた。
頭を数度指で弾く。睡眠を催すデルタ波を呼び起こす為だ。
蚊帳の外で三名が見守る中、万全の状態を整え、紫は四度目の正直とばかりに瞳を閉じた。
瞬間。
向かい来る旋風。
紫のみを狙う風は、疾く鋭い。
けれど、結界の大妖は薄く笑う――。
「甘いわ、幻ちゃん。
私の結界にとってその程度はそよ風。
いいえ、自然現象ならば、全ての……ふぇ?」
――吹き飛ばされながら。
「ラ・ヨダソウ・スティアーナぁぁぁ!?」
飛んでった。
「結界の特性を限定し過ぎたんだろうなぁ……なぁ?」
「あややややぁぁぁぁぁ!?」
「――文、っと」
旋風に遅れ、突っ込んできたのは射命丸文。
縁側に激突する寸前、両手を広げ、藍が押し留める。
必要はなかったのかもしれない――などと思いながら。
心配げに駆け寄る椛に手を振りながら、文は首を捻る。
「なんか、急に妖力が溢れた……なんなのよ……」
驚きの為か、珍しく素の口調での発言。
「制御を狂わせる陣でも張られていたんだろう。気にするな」
「あー、確かに今はどうともないわねぇ。……なんでよ」
「話すとややこしいんだが……」
藍は微苦笑を浮かべつつ、事の始めからを文へと伝えた。
タイトル。
寝ようとする紫。
妨げるのは世界――幻想郷。
聞き終え、文は藍へと半眼を投げつける。
「……タイトル?」
「うむ。まぁ、余り真面目に語るつもりもない」
「自然現象の風じゃなくて妖力が沁みた風を利用したって事?」
頷く藍。
投げやり極まりない解説から自身に関する事だけを掴み、文はとりあえず納得した。
仮に今、突っ込んで尋ねてもはぐらかされるだけだろう。
既に解説者は、弾幕ごっこに興じる二匹に釘付けだった。
「迎えに来たんだろう?」
「まぁね。ちょっと早かったみたいだけど」
藍が座る縁側の隣に腰を下ろし、文も二匹を眺める。
「どっちが優勢?」
椛と橙。前者は単体だが、後者には前鬼と後鬼、加えて、式がついてる。
「椛だな。以前よりも、また力が増してないか?」
「超エリートですもの。スペルカードはまだだけどね」
「とは言え、通常弾がスペルカード並じゃないか」
「避けにくいのよねぇ。――賭ける?」
「橙一択」
「早!?」
――数時間後。
遊び疲れた橙と椛はすやすやと寝息をたて、藍と文も促されたように欠伸する。
陽の光は未だ暖かい。
風も優しく彼女達を覆う。
そして、狐と鴉の膝には愛しい猫と狼。
「んぅ。紫様ではないが……」
「うたた寝日和ではあるわねぇ。ふぁ……」
呟きの様に零し、彼女達は合わせたように、瞳を閉じた。
同時。
震動。
雷鳴。
発火。
「私達もあかんのか、幻想郷ぉぉぉ!?」
「少女! 『風神少女』! 同期の藍も!」
納まる自然現象。
「文、お前……!」
「ふん。貸し一つよ、藍」
「む……体で返そうか?」
「あら、じゃあ今からくんずほぐれつね」
「はっはっは、寝かせないぞぉ、文ぁ!」
荒ぶる大地。
轟く雷。
業火。
巻き起る、暴風。
「うぉぉぉ、下ネタも駄目と申すか!?」
「カマトト! この、カマトげふぁ!?」
加えて、隕石も降ってきた。
直撃を受け、仰向けに沈む狐と鴉。
つまるところ、残されたのは――。
「ふにゃ……」
「わぅぅ……」
――健やかに眠る、愛らしい寝顔の少女二匹だけだった。
<了>
穏やかな風は心地よい。
膝の上で眠る子猫も愛らしい。
うたた寝日和ね――と、妖は思った。
彼女は口に手を当て欠伸をし、静かに瞼を閉じる――。
寸前。
膝の猫が駆けだす。
風が強く吹き付ける。
雨までもが降ってきた。
今年一番の瞬間降水量。
「んが! それが世界の選択か!?」
土砂降りの雨に吹き付けられ、マヨヒガに訪れていた八雲紫は握り拳を作ってそう吠えた。
「洗濯物洗濯物っ」
「や、貴女は外に出ない方がっ」
「椛の言う通りだぞ、橙。私に任せなさい」
順に、橙、椛、藍。椛は遊びに、藍は紫に従いやってきていた。
室内から出てきた三名が見たのは、けれど、ずぶ濡れの紫だけ。
寒さからか怒りからか、肩がプルプル震えている。
くちゅん、とくしゃみを一つ。
真っ先に、藍が口を開いた。
「おぉ。虹が美しいぞ、フタリとも」
「他に言う事はないの、藍っ!?」
「わざとらしいくしゃみですね、紫様」
目を逸らしたのは紫。自覚があるようだ。
干してあったタオル――何故か水滴の一粒もかかっていなかった――を橙が取り、椛と二匹がかりで紫の髪や衣装を拭く。
式の式である橙のみならず、椛にさえ、濡れた紫は普段よりも一層美しく思えた。
感嘆の念をあげそうになるが、出過ぎたマネかと押し黙る。
暫くして、紫は笑みながら二匹の頭を撫でた。
「ありがとう、フタリとも。もう結構よ。――離れていなさい」
一転、鋭い眼差し。
二匹に向けていた笑みも、形を変えた。
好敵手を迎え撃つ、そんな挑発的な微笑を浮かべる。
気迫に、橙と椛は身を震わせた。
藍が、二匹の肩を掴み、やんわりと引き寄せる。
紫の溢れんばかりの妖力が、更に増す。
「貴女がどれだけ私の意思を否定しようと、私は私を貫くわ――」
眼差しは、大地に、空に――『世界』に向けられていた。
「フタリとも。紫様はあぁ見えてな」
主の覚悟を読み取り、式は身を遠ざける。
「――『幻想郷』。私は、必ず寝てみせるわ!」
「物凄く大人げないんだ。物凄く」
万感の思いが込められた溜息に、二匹は顔を見合わせ、結局、口を開けなかった。
光よし。
風もよし。
小猫は逃がしていた。降りかかるであろう自然現象に小さな命を巻き込むのは、彼女の本意ではない。
紫は小さく伸びをし、ゆっくりと瞳を細める。
直前。
震動。
雷鳴。
発火。
「や、やってくれるわね、幻ちゃんっ!?」
体を揺らされつつ身を貫かれながら炎に包まれる紫。
「どうして紫様の周りだけ、色々凄い事になっているんだろう……」
「いやいや、全て自然現象。起こり得るものさ」
「ところで『幻ちゃん』って何方でしょう?」
「幻想郷」
でも、めげない。
「くー! すぴー! すやすや!」
途端、紫を直撃する宇宙の意思。
もとい、石。
隕石。
「げはぁ!? ちょっとおイタし過ぎよ! ゆかりん、真面目に結界張っちゃうんだから!」
穿たれた腹部を再生させつつ、紫は妖力を解放し結界を結ぶ。
範囲は彼女個人を包む程度のものだったが、その分、防御効果は絶大だ。
如何な自然現象に妨げられようと防ぐ自信があった。仮に、ビックバンが巻き起こされようと。
陣を結び終え、いからせた肩を沈める。
呼吸はすぐに収まり、心拍も落ち着いた。
頭を数度指で弾く。睡眠を催すデルタ波を呼び起こす為だ。
蚊帳の外で三名が見守る中、万全の状態を整え、紫は四度目の正直とばかりに瞳を閉じた。
瞬間。
向かい来る旋風。
紫のみを狙う風は、疾く鋭い。
けれど、結界の大妖は薄く笑う――。
「甘いわ、幻ちゃん。
私の結界にとってその程度はそよ風。
いいえ、自然現象ならば、全ての……ふぇ?」
――吹き飛ばされながら。
「ラ・ヨダソウ・スティアーナぁぁぁ!?」
飛んでった。
「結界の特性を限定し過ぎたんだろうなぁ……なぁ?」
「あややややぁぁぁぁぁ!?」
「――文、っと」
旋風に遅れ、突っ込んできたのは射命丸文。
縁側に激突する寸前、両手を広げ、藍が押し留める。
必要はなかったのかもしれない――などと思いながら。
心配げに駆け寄る椛に手を振りながら、文は首を捻る。
「なんか、急に妖力が溢れた……なんなのよ……」
驚きの為か、珍しく素の口調での発言。
「制御を狂わせる陣でも張られていたんだろう。気にするな」
「あー、確かに今はどうともないわねぇ。……なんでよ」
「話すとややこしいんだが……」
藍は微苦笑を浮かべつつ、事の始めからを文へと伝えた。
タイトル。
寝ようとする紫。
妨げるのは世界――幻想郷。
聞き終え、文は藍へと半眼を投げつける。
「……タイトル?」
「うむ。まぁ、余り真面目に語るつもりもない」
「自然現象の風じゃなくて妖力が沁みた風を利用したって事?」
頷く藍。
投げやり極まりない解説から自身に関する事だけを掴み、文はとりあえず納得した。
仮に今、突っ込んで尋ねてもはぐらかされるだけだろう。
既に解説者は、弾幕ごっこに興じる二匹に釘付けだった。
「迎えに来たんだろう?」
「まぁね。ちょっと早かったみたいだけど」
藍が座る縁側の隣に腰を下ろし、文も二匹を眺める。
「どっちが優勢?」
椛と橙。前者は単体だが、後者には前鬼と後鬼、加えて、式がついてる。
「椛だな。以前よりも、また力が増してないか?」
「超エリートですもの。スペルカードはまだだけどね」
「とは言え、通常弾がスペルカード並じゃないか」
「避けにくいのよねぇ。――賭ける?」
「橙一択」
「早!?」
――数時間後。
遊び疲れた橙と椛はすやすやと寝息をたて、藍と文も促されたように欠伸する。
陽の光は未だ暖かい。
風も優しく彼女達を覆う。
そして、狐と鴉の膝には愛しい猫と狼。
「んぅ。紫様ではないが……」
「うたた寝日和ではあるわねぇ。ふぁ……」
呟きの様に零し、彼女達は合わせたように、瞳を閉じた。
同時。
震動。
雷鳴。
発火。
「私達もあかんのか、幻想郷ぉぉぉ!?」
「少女! 『風神少女』! 同期の藍も!」
納まる自然現象。
「文、お前……!」
「ふん。貸し一つよ、藍」
「む……体で返そうか?」
「あら、じゃあ今からくんずほぐれつね」
「はっはっは、寝かせないぞぉ、文ぁ!」
荒ぶる大地。
轟く雷。
業火。
巻き起る、暴風。
「うぉぉぉ、下ネタも駄目と申すか!?」
「カマトト! この、カマトげふぁ!?」
加えて、隕石も降ってきた。
直撃を受け、仰向けに沈む狐と鴉。
つまるところ、残されたのは――。
「ふにゃ……」
「わぅぅ……」
――健やかに眠る、愛らしい寝顔の少女二匹だけだった。
<了>
千歳越えでもみんな少女で良いじゃない!