夏の日差しが燦々と降り注ぐ中、紅魔館の住人は苦しんでいた。
風が通らない上に、埃っぽい図書館では、
パチュリーが倒れそうになりながらも、本を読んでいたり。
門前では、普段仕事中の筈の美鈴が木陰で昼寝をしていたりと、
クーラー等の物が存在しない為、皆暑さで苦しんでいるのだった。
それはこの館の主人であるレミリアも例外ではなく、
「暑い…」と、魘されていた。
暑すぎて眠れない。といった感じである。
フランはどうか分からないが…。
陽射しではなく気温上昇なだけのため、肌が気化することもないので、
「暑いわ…」
陽射しを避ける為、窓が無い紅魔館では、
ハッキリ言って拷問のようなものである。
涼む方法を考えなかったわけではなかった。
最初はチルノを呼び出し、近くにいてもらい冷気で涼むという方法だったが…。
「さいきょーったらあたいね!」
などと、暑さで頭がやられ冷気を出すどころか鬱陶しいだけだった。
もう1つの手は、外の世界の物を売っている「香霖堂」で、
涼める物を買うというのもあったのだが…。
店の主人曰く「動力源が分からない」などと、
店主かどうか疑う発言をし、これも失敗に終わった。
「咲夜」
レミリアは涼む方法を考えるべく、自分の従者を呼んだ。
「はい、何でしょう。お嬢様」
瞬きをする前に、咲夜は目の前に現れていた。
この登場の仕方は慣れているので驚きはしないが。
「暑くて死にそうよ…。何かいい方法はないの?」
部下の手前、取り敢えず姿勢だけでも威厳を保とうと足を組むも、
「お嬢様。楽にしてくださって構いませんよ」
とっくにバレバレだったらしい。
「そういうのは気にしなくていいの。何かいい案はあるかしら?」
最早、自分で考えず人に考えさせる程限界だった。
「そうですね。怪談なんてどうでしょう?」
確かにそれで、涼むという話もあるが…。
「それって人間が考えた作り話でしょ?くだらないわ」
吸血鬼のレミリアにとって、例え怖い話でも人間が作り出した話など、
怖くないと高を括っていた。しかし…。
「いえ、私が実際に経験した話ですので大丈夫ですよ」
その言葉だけで、レミリアの顔が少し青くなったような気がした。
「え?作り話じゃなくて?」
作り話なら怖くはなかったが実際に起きた話、しかも身内の話となると、
レミリアの顔に不安の色が宿るのも、無理はないだろう。
「ええ。つい最近ですね」
「ふ、ふーん。何があったの?話してみなさい」
自分から聞いておいて身内の話になった途端、
やっぱりやめた、だのとなれば自分が怖がっていることを意味する。
部下の手前、それだけはやりたくなかった。
「では話しますね。1週間程前の…そう、今日のような暑さの日でした」
と言って、話し出した。
「お嬢様がお休みになられていた、夕刻の頃です」
その時間は、レミリアはまだ休んでいた時間なので、
館内には咲夜1人だったという。
確かに部下のメイドもいるが、仕事を任せてあり、
ちらほら見かけるのが精々だった。
「私はトイレに行ったのですが、一番奥の4番目のトイレが閉まっていました」
それだけだと、誰かが使っている、という話で終わってしまう。しかし…。
「私が用を足した後も、そのドアは閉ざされたままで、私は気になり…ドアをノックしたのですが」
「そ、それで…?」
「怖いもの見たさ」という言葉通り、
一度聞いてしまえば怖いと分かってるのに聞いてしまうのが悲しき本能である。
「ノックしたら「開かないよー…」と小さな声で呟いていたのです」
「メイドか誰かが閉じ込められていたの?」
そう思うのも無理はない。だが思い出してほしい。
咲夜は怪談を話しているのだ。
「私もそう思い、失礼ながら上から覗かせていただきました。すると…」
ごくん。という生唾を飲み込んだレミリアは、緊張のピークだった。
「全身が焼け爛れた小さな女の子がこちらを向き、「開かないよー!!」と叫んだのです。私は怖くて逃げ出そうとしました。しかし…」
この時点でレミリアの顔色は真っ青と言うに相応しかった。
それもそのはず、普段ポーカーフェイスの咲夜が怖くて、逃げ出す程なのだ。
話を聞いただけでも、怖くなるというものだ。
「あなたならナイフでも刺して、逃げれるでしょう?」
普段の彼女なら、ナイフを刺して終わりだろうが…。
「ええ、私もそうしましたが、どういうわけか刺しても効かなかったのですよ」
そうなったら、例え強くても人間の彼女は、怖くなるものだ。
「ドアは開き、私にどんどん迫ってきて…、出口のドアは鍵なんてないはずなのに、閉まっていくら壊そうとしても、びくともしなかったのですよ」
妖怪の類だとしても、紅魔館に住み着くのなら誰かに気づかれるはずだ。
しかも咲夜のナイフが効かないとあった以上これは亡霊の類なのか。
「叫んでも誰か来る気配はなく、その女の子もどんどん近づいてきました」
こうなってしまったら私でも失神してしまうかもしれない。
そうレミリアは思ってしまった。
「とうとう足元まで来て、最後に「開けて!助けてよー!!」という言葉で失神してしまいました」
と、言って話は終わってしまった。
「どうでしたか?お嬢様」
そんな恐怖体験をして、どうして涼しい顔が出来るのか。
「まったく、どんな話かと思えば…くだらないわ」
建前でそうは言っていても、本心は怖いのである。
ほんの少し前に、紅魔館で起こった恐怖体験、とあっては、
平然としていれるわけなかった。
「それで?その少女は御祓いでもしたの?」
霊夢に頼めば、亡霊の類であれ、妖怪の類であれ退治してくれるだろう。
「それが…頼んだのですが、彼女は「そんなのいない」と言っていました」
最早レミリアの顔は恐怖そのものだった。
涼しくはならない代わりに背筋が震えて止まらなかった。
そして真夜中。
レミリアはトイレに行こうとしたが…、
昼間の話もあり、1人で行けなかったのだ。
「咲夜」
「はい、何でしょう。お嬢様」
従者を呼び出した理由は…。
「トイレに付いてきてほしいの」
予想できる答えだった。
「分かりました」
咲夜は何も言わないが、分かっているのだろう。
「では私は入り口で待っていますので」
入り口で待つとなれば、トイレの中はレミリア1人だけ。
つまり咲夜の恐怖体験の条件に当てはまることになる。
「な、中まで付いてきて…」
「分かりました」
用も足し、奥のトイレを見ないままレミリアは出た。
人間でなくとも、怖い時は怖いのだ。
「咲夜…明日の買出し、私も行くからね」
たとえ、昼間でも自分1人だと怖くなる。
ほかのメイドに頼っても、
申し訳ないが、頼りにならない。
フランはトイレを壊してしまいそうで、論外だった。
美鈴は…想像にお任せしよう。
「咲夜は休んでいいわよ」
いつもの時間、普段ならそう言っていたが…。
「咲夜。わ、私も一緒に寝ていいかしら?」
どう考えても、怖がっているようにしか見えない。
「喜んで」
営業スマイルではあったものの、
本心では笑っているだろうとレミリアは思った。
「ではお休みなさいませ。お嬢様」
「お休み、咲夜」
咲夜の体温を感じ、レミリアは眠りにつくのでった。
後日、話を聞いた美鈴は、
「それって本当に起きたのですか?」と聞くと…。
「もちろん想像に決まってるじゃない」
主人であるレミリアに何故嘘をついたのか聞くと…。
「人間の想像話は怖くないと言ったから、というのと…」
そう言いながら顔を赤らめ、
「お嬢様の怖がって私に寄ってくる姿が可愛いだろうと思ったからよ」
そして咲夜について美鈴はこう語る…。
咲夜…恐ろしい子!
あと夏の半年前で夏みたいに暑い日っておかしくね?
訂正しておきます。