桜の花も舞い散り、すっかり緑色に染まった頃の昼下がりである。これを書き始めた頃は夏だったからだ。
雲一つない晴天ということもあって、霧雨魔理沙は鼻歌の一つも歌いながら博麗神社へと飛び掛けていた。
箒で飛んでくるのだから、当然飛びかけると表記するのが正しいだろう。
その際、魔理沙は、賽銭箱に向かって小銭を投げることを忘れない。
以前は魔法の森で取れたキノコを夜な夜な詰め込んでいたのだが、大繁殖によりねっちょねちょの事態を引き起こしたため、それからは自重することにしている。
ちなみに、その時の主な被害者は八雲紫であった。
自ら飛び込んでいったのは、乱れて見たかった17歳(自称)だからという意味不明な供述をしており、関係者を不安の渦に叩き込んだのは幻想郷の黒歴史。
この時を博麗霊夢はこう語った。
「味噌汁の具が豪華になった」
と。
心配の一つもされなかった八雲紫はその日から一週間ほど枕を濡らし、それと同時期に、藍と橙が尻尾を揺らしながら散歩する姿が目撃されている。
無常である。
とまぁそんな回想が回送電車で通り過ぎて行く中、チャリン、と小気味良い音が賽銭箱から響いた。
空っぽの賽銭箱、初めてを蹂躙するという背徳感が魔理沙を興奮させる。
アリスに話したとき初めて、何かに目覚めていることに気づいた魔理沙であるが。
それでも、魔理沙は賽銭を放り込む行為を止めることができなかった。
初物はなんでも良いものである。
「ふぅ……」
今日の天気のように晴れ晴れとした気分になった魔理沙は、そのまま寝室へと転がり込んだ。当然挨拶などしない。
どうせまだ寝てると踏んでいたのだが、その姿はどこにも見当たらない。布団が敷かれているだけ妙だった。
「あー?」
布団を敷いたままでかけてしまったのか。
まさかそこまでものぐさだったとは、魔理沙はうむぅ、と顎を引いた。
「仕方がない、寝るしかないな」
やることがないのならば寝るのが道理である。
ましてやその布団が、先ほどまで霊夢を暖めていたものであるならばなおさら。
魔理沙はいそいそと、敷きっぱなしの布団を捲った。
今見たものはすべて幻である。太陽が見せた白昼夢である。
布団の中には親友である博麗霊夢ではなく、幼さの残る黒髪の幼女。
どこか霊夢と似た雰囲気を持っているところを見るに、血縁であることは間違いないだろう。
幸せくれるお布団が私を呼んでいるからと、魔理沙は全力で家に帰りたかったけれども、そうは問屋が卸さない。
帰る代わりに魔理沙は布団へと潜り込み、しばらく幼女を抱き締めることにした。
ああまさか、朋友であると信じていた霊夢がいつのまにか人妻になっていただなんて。
相手は誰だ、まさかアリスか。あの百合狂いならばやりかねない。
なんせ、つい数ヶ月前まではおままごとを毎日のようにやりこみ、上海や蓬莱に「お父さん」や「お母さん」の役を割り振っていたほどだ。
「この魔理沙人形は間男役で、アリス人形に刺されて死んでしまうの。でも最期の瞬間、魔理沙は真実の愛に気づくのよ」
なんて淡々とした口調で言われたときには、友達を辞めようかと思ったぐらいだ。
それもアリかと思ったから、やめはしなかったけれど。
魔理沙が、平常であればパートナーは男性であるべし、と気づくまでにほんの10分足らずの時間が消費された。
決して、自身が霊夢と結婚した場合、どちらが旦那でどちらが嫁かだなんていうスウィートな妄想を働かせていたわけではない。
決してだ。
「くそっ! 霊夢の奴、子供を置いてどこに行きやがったんだ!」
魔理沙はとりあえず、よだれを垂らしてる幼女を抱き上げて天井のシミに向かって慟哭した。
数えている間に終わるよ、だなんて言うけれど、博麗神社の天井のシミを数えていたら一晩どころじゃ済まない。
三日三晩に渡る饗宴の始まりだ。
「おお可哀想に、お母さんはお前を置いてどこに消えちまったんだろうなぁ」
魔理沙は何かを必死で隠したがっているようだ。
「……ぷえぇ」
「どうしたんだよ、頬を膨らませたりして。どこか痛いのか? なぁ」
ちび霊夢(暫定)はその問いには答えず、不機嫌そうに眼を擦っている。
ああ、大事な親友の娘であるならば、この子は自分の娘であるも同然。
つまりはお持ち帰りも許される、と、魔理沙が危ない決意をしかけたときだった。
「まりさ、なんであんた大きいの?」
「は?」
「ねっむぅ……。おやすみ」
そのまま魔理沙に抱きつくようにして、すやすや寝息を立て始めるちび霊夢(仮)。
「も、もしかしてお前、霊夢か?」
「うるさい、黙れ」
この傍若無人な物言い。魔理沙もよく知る親友、博麗霊夢その人である。
姿形が違えど、他の誰であるはずがない。
「……で、なんなんだその姿。どうせ紫か?」
「当たり前じゃないの、どうせ紫でしょ」
身も蓋もない。一体誰の仕業だ!? だとか、新たな異変の予感!? だとか騒ぐほど、この二人はアグレッシブではない。
とりあえず変なことが起きれば紫の仕業にすればいいし、そうでなかったら永琳である。
紅魔館は事あるごとに鼻血で紅く染まり、守矢はいつだって早苗が暴走超特急。アリスは百合よりももっとおぞましい何かであり、地霊殿の面々は暑さで全裸。
たとえこの理から外れ、紫以外が犯人であっても、二人はとりあえず紫を〆るつもりでいた。だって、日頃の行いが悪いから。
どうせ大したこともないと踏んだ二人はそのまま一つの布団でたっぷり午睡を取り、起きては煎餅を齧りつつ夜を待った。
八雲紫が犯人であるならば、どうせ奴は夜になるまで起きてこない。
「煎餅でかい」
「お前が小さいだけだ」
「お得感が凄いわ、完璧すぎて裏があるみたい!」
魚の裏側を食べない殿様がいたというが、裏側も食べたほうがお得だと思う。
煎餅は表と裏をわけて食う物ではないと思うが、この博麗神社ではその理を平気で破る。
ビスケットを叩けばビスケットが二つ、萃香を叩けば萃香が二人、である。
永遠に割っていけば、煎餅も永遠になくならない。
「どこにでも潜む空間の隙間、それを見つけられればお煎餅の裏表などという境界線はうんたらこうたら」
結界術の講義よりも一枚のお煎餅のほうが大事だ。
魔理沙は講釈を聞いているフリをしてお煎餅を齧っていた。
霊夢は涙目でそれに抗議をした。
「講義をしている側が抗議をするなんて洒落てるな」
「そんな言葉遊びをして喜ぶのなんてさつまいもみたいな髪したあいつぐらいよ」
へくちゅん、という声が人里から博麗神社まで聞こえた気がした。
彼女は出番のためならばこれぐらい平気でするのだ。
「あー、だから止めろって言ったんだ。阿求は出番に関してはあざといんだぞ」
「そういうあんただって、名前出してるじゃないの」
「いいんだよ。会話の中に名前が出ればあいつだって浮かばれるさ」
浮かばれるという言葉に反応してか、落ち始めた夕日の空に、阿求のシルエットらしきものが浮かび上がった。
もしかしたら寿命を迎えたのかもしれないが、それを確認するつもりなど、二人にはサラサラなかったのだった。
日が落ちた。
今夜は現れないかと二人は半ば諦めつつ布団に入ると、縁側からキシリ、キシリと床が軋む音が聞こえた。
「夜這いをかけるのならば、隙間など野暮なものは使わない」
今夜は満月でもなんでもないため、現れる客は八雲紫のほかにありえないだろう。
二人はこっそりと布団を抜け出ると、身代わりに香霖堂から持ち帰った空気人形を設置した。
この空気人形、パッケージと中身が似ても似つかないもので、人里の長からは大変不興を買ったそうだが、こうして役に立ったのならば浮かばれることだろう。
二人がビシっと敬礼を決めると同時に、障子戸の向こうに人影が映った。
シルエットだけ見たら、ヤマンバかナマハゲか何かだなぁ、と魔理沙は煎餅が食べたくなった。
何度も何度も懲りないなぁ、三回に一回は成功しているから、それで満足なのかなぁと霊夢はお茶が飲みたくなった。
音も無く開く障子。現れた顔は予想通り、八雲紫であった。
普段の装いとは違い、簡素な白装束一枚。下着を着けているかさえ怪しい。
彼女にとっては起き掛けだろうし、朝からハッスルできるのは羨ましいなと二人は思う。
いや、もしかして朝ごはんがこの行為なのか、そうだとしたら紫はよっぽどの変態だなと呆れつつもその姿を見守った。
野生動物の生態観察のようなものである。
「こんばんは霊夢」
布団に添い寝をし、語りかける紫。
霊夢、魔理沙の両名が部屋の隅で正座しているのには気づいていないようだ。
「今夜も、来ちゃった。びっくりしたわよね? 急に体が小さくなっちゃってて……。そう、私がしたのよ」
知ってる、と二人は無言で頷いた。
いまさらこんなことで驚いていたら、三日で心臓が動悸のしすぎで役目を終えてしまう。
そこらへんを未だに理解していないのか、紫は息を荒くしてピロートークを繰り広げている。
霊夢はお茶が飲みたいと思った。
魔理沙はとりあえず、横にいるちびっこい霊夢をどう持ち帰るかの算段をつけていた。
果てしなくどうでもいいが、阿求は睡眠薬を大量に摂取したところをお手伝いに発見され、一命を取り留めた。
幻想郷とはどうもこう、平和なのだろうか。
「それでどうして下着を着けてこなかったの?」
「ごめんなさい」
「謝罪の言葉は聞き飽きたの」
論点がズレているなぁと思いつつ、魔理沙は慈母の笑みを浮かべつつ叱っている霊夢を眺めていた。
背丈が低くて、若干舌っ足らずなのを除けば、とりあえずそんなものどうでもいいから持ち帰りたい。
叱られているはずの紫も、頭は下げているくせに口元が嬉しそうに歪んでいる。
小さい女の子に叱られたい欲求を満たすために、わざわざこんな手の込んだことをしたのだろうか。
「いつも言ってるでしょ。外す楽しみもあるんだってこと。そういう機微が紫は理解できないの?」
「私が悪かったわ……そう、そうよね。秘するが花、私のほうからこうして出向くんじゃなくて、霊夢から外してもらえるように」
天才とは、何を考えているかわからないな。
魔理沙は凡人の自分を自嘲しつつ、初めてではない賽銭箱へと普段よりも多目のお金を放り投げた。
静かな境内に金属音が響いた瞬間。
霊夢の服が、豊かに育った体に負けて弾け飛んだ。
これは一応爆発落ちなのか?
幻想郷は 今日も 平和です。
賢者様がこんなんでも務まるなら明日も明後日も幻想郷は平和なのだなと確信できるぜ
待ってたんだぜ。
でもなんか安心しまし。
うん、いつもどおりですね。
でもこの手の作品は減ってきたなぁ、と思い調べてみたら元々書き手はそんなに多くなかったりして妙な気分になった。
何はともあれNTRは良いものです。最後で寝取らせでしたなんてオチはいらん!
相変わらず素晴らしいカオスです。
だがその属性に反逆する!
さあ、どうなる…?