「あ~の日、あ~の時、あ~のば~しょで、きぃみに会え~なかあったらぁ~♪」
小○和正は余りにも有名。幻想郷にだって知らない者などいない……たぶん。
それにしても境内で鼻歌なんて歌うのいつ以来かしら。これはきっと自分自身の気持ちの高揚を表しているのね。
──そう決してびびっているからなどではない。
私は今、お昼の買い出しに出掛けている早苗を待ちながら、そわそわする自分の心を必死に落ち着かせようとしている。
どうしてそんなことをしているのかって?
理由は簡単。今日こそ私は早苗に告白すると決心をしたからだ。
しかし──
ひそひそ
「何でラブ・ス○ーリーは突然に?」
ひそひそ
「告白は偶然を装う事に決めたんだとさ。」
私の決意に水を差すように、聞こえるひそひそ声が二つ。
ひそひそ
「何それ?」
ひそひそ
「早苗を傷付けない為の配慮だとさ……私にもよくわからん。」
振り返ると後ろでひそひそ話をしているのは魔理沙と萃香だった。
神社の縁側に腰をおろして遠めにこちらを覗っている。
「ちょっと、あんたらまだ居たの!?」
私は二人の所までずかずかと大またで歩み寄った。
事情をよく知る二人には帰ってくれるようお願いしたというのに……。
今から人生でも大事な一歩を踏みだそうという私を笑い者にしたいのかこやつらは。
「そんなつれない事言うなよ。」
「そうそう。私ら言ってみれば影の立役者なんだからさ。」
だからなに? といってやりたいが流石に無碍にも出来ない。
しかし魔理沙は兎も角、萃香が私よりも無い胸を張って堂々としている事に、私は首を傾げた。
「確かに魔理沙には相談に乗って貰ったりしたけど、萃香は何もして無いじゃない。」
「霊夢が知らないだけさ。多分魔理沙より私の方が貢献してると思うなぁ。」
(紫の説得、大変だったんだから。)
何故か自信ありげな表情を浮かべている萃香。全く身に覚えは無いが鬼である彼女がそう言うのだ、きっと嘘では無いのだろう。
「それに、だ──」
「な、なによ……?」
不敵にも含み笑いを浮かべて見せる魔理沙。
何か背中に冷たいものを感じた私は、思わずしり込みをしてしまった。
「──本当に私たち、帰っちまってもいいのか?」
「は……? 何言ってんのよ、あんたは。そんなの…………」
魔理沙に言われて初めて、一人になった自分をちょっと想像してみる。
…………無理無理無理っ!
今一人になんてされたら私がどうにかなっちゃうわ!
早苗が戻るまでくらいなら、二人には居て貰ったほうがいいだろう……きっとそう。そうに違いない。
「……やっぱり居て下さいお願いします。」
私はがっくりと膝を折った。今の己のなんと女々しい事か……。
正直、告白一つにこんなにびびってる自分が忌々しい。
折角暖めていた決心が、今のやり取りで一気に冷めてしまったのを感じた。
「こんな時に早苗が帰って来たらどうするのよ──」
「私が、どうかしました?」
その声にはっとなって振り返ると早苗が不思議そうな顔で私を見下ろしていた。
「ささささ早苗っ!? いいいいつの間に!?」
どもりまくる声。心臓もバクンバクンだ。
尻餅をついて後ずさり、顔を引きつらせる。
だ、大丈夫よね? 聞かれて不味い話なんてしてなかったわよね?
「どうしちゃったんですか、霊夢さん。何か変ですよ?」
「べべべ別にへへへ変じゃないわ!」
いや、誰がどう見ても今の自分がおかしいのだと言うのは分かっている。
取り繕うとして、その場で勢い良く立ち上がるも、逆に挙動不審を際立たせるだけだった。
しかしそれも高鳴る鼓動が、私から平常心を奪っているのが原因なのだ。
──言わなきゃ言わなきゃ言わなきゃ言わなきゃ言わなきゃ!
「ぐすんっ……何も隠さなくってもいいじゃないですかぁ……。」
ズキューン──!
涙目で拗ねる早苗の姿に立ち直り掛けてた私の決心は、脆くも崩れ去り、突如体を駆け巡った謎の電流によって、私はその場で固まってしまった。
「お~い、霊夢~。生きてるかー?」
「……死んでもいい。」
幸せの絶頂の中にいる私に向かって魔理沙が手を振っているのが確認出来た。
「あの……霊夢さんは大丈夫なんですか?」
私の事を心配する早苗の声が聞こえたが、視界には魔理沙しか映らない。
ちょっとそこを退きなさいよ魔理沙! 早苗が見えないじゃない!
心の声で叫ぶも、もちろん伝わらない。
「ああ、問題ない。すぐにもとに戻るから、早苗は先に飯作っててくれ。」
「私達の分もね~。」
「は、はぁ……それじゃあ霊夢さんのこと、お願いしますね?」
魔理沙に促され、不承不承ながらも先に神社へと入って行く早苗──
「はっ……私は一体!?」
早苗の姿が見えなくなったとたん、弾かれたように動き出した私の体に、私自身が戸惑ってしまった。
「あー……平気か、霊夢?」
心配そうに、というよりかはどこかめんどくさそうに魔理沙が言った。
早苗とはえらい違いだ。
だが今はそんなことも気にならない。
それより──
「どうしよう…………早苗が可愛い。」
「こりゃ駄目だな。重症だ。」
重症……? そうかこれが恋の病というものか……。
想像以上の強敵を前に、私は一人、戦慄するのだった。
その後は、何時も通り昼食どころか夕食まで早苗の手料理を満喫。
──無論、その間、告白なんて出来なかったチキンな私。
博霊霊夢は、いつからこんな弱者になってしまったというのか──!?
そう自分を叱咤するも、早苗のお膝から放たれる誘惑に勝つことが出来ないでいるのが現状だ。
──ただいま夕食後の休憩と銘打って、絶賛膝枕中。はい。私は今、幸せです。
骨の随まで駄目人間な私……いや完全に骨抜きにされたと言うべきか。
「……悪いわね。何時も、色々と世話焼かせちゃって。」
仰向けの姿勢から早苗の顔がすごく近くで見える。
せめてもの償いとでも思ったのか、優しく微笑む早苗に向かって、気付けば私はそんなことを口走っていた。
私だって悪いとは思っているのだ。まだ付き合ってもいない女の世話を甲斐甲斐しくさせてしまっていることや、中々進展しない2人の関係など。
全て私が悪いのだ。だからこそ、たまに不安になる。
いつか早苗はこんな私に愛想を尽かさないだろうか? そもそも早苗は私のどこが良くて慕ってくれているのかも分からない。
今の私が相当らしくないのだろうという事は私だって分かっている。そんな私が何時までも早苗の心を繋ぎとめて置けるのだろうか……?
いや、だからこそ私は早苗に伝えなくちゃいけない──早苗に、そばに居て欲しいから。
「良いんですよ、私のことは。好きでやってるんですから。」
早苗の“好き”が重く感じたのは私の罪悪感からか……。
絶えず微笑んでいるものの、その笑みもどこか寂しそうに見えるのも、ひょっとしたら私の勘違いかもしれない。
だって早苗はずっと前から、私に“好き”と言ってくれているし…………じゃあ私は?
只の一度だって伝えた事が無かった私の気持ち……。
きっと早苗は、私の気持ちなんてお見通しでずっと待っていてくれてるんじゃ……。
そう思うと、居ても立ってもいられなくなってきた。
言わなきゃ……!
「早苗っ……!」
勢いで立ち上がってみたものの、この場には魔理沙と萃香も居たんだった。
気になってそちらを見る。
すると──
(しっかり決めてこいよ。)
(健闘を祈る。)
居間で無駄話をしていた筈の2人が、気付けば私に向かってそんな事を言っていた。
(……大きなお世話よ。)
全て目だけのやり取りだったが、精一杯の強がりを返して、心の中でお礼を言った。
「あの……霊夢さん? 突然立ち上がってどうしたんですか? ちょっ、ええぇ!?」
キョトンとしている早苗の手を無理やりとって、私は空へと飛び立った。
兎に角高く、誰の目にも届かない場所へ──
「霊夢さ~ん! ど、どこまで行くんですかぁ!?」
風に逆らいながらのためか、早苗が叫ぶように問いかけてくるのをきっかけに私は急ブレーキを掛けた。
無我夢中だったため、結構なスピードでかなり高くまできてしっまっていた。
──いけない、目的を見失うところだった。
「ひゃあ!? い、いきなり止まらな──霊夢さん?」
バランスを崩した早苗を慌てて抱き止める。必然ながら、早苗の顔がすぐ近くにあった。
ドキ。
心臓が跳ねる。早苗と一緒に居る時間が増えてからというもの、幾たび悩まされたこの胸の痛み……これの正体が分からない程、私だってもう子供じゃない。
「早苗……。」
名を呼ぶ。すると彼女は、はい、と存在を示すように応えてくれた。
──言わなきゃ。
でも何て……?
──早苗、今までありがとう。
馬鹿、それじゃあまるで別れの挨拶じゃない。
──遅くなってごめんなさい。
誤解招くでしょうが。相手は早苗なのよ?
お礼も言いたい、これまでのこと。謝罪もしなきゃね、いい加減待たせたのだもの……。
伝えたい事がいっぱいあり過ぎて自分でも戸惑ってしまう。
──違う。あんたはただ、びびってるだけ。
本当に私で良いの?
こんな私で早苗を幸せにできるの?
不安は尽きない。でも……ここで自分を疑うのは、早苗を疑うって事に他ならない。
分かってる……本当は全部分って要るのだ。
伝えたい事。私が早苗に一番言いたい事、伝えなきゃいけないこと。
ありがとうでも、ごめんなさいでもない。それは──
「大好きよ、早苗……だから……私と付き合って。」
──言えた。
「………………はい。」
私の決死の告白に、早苗は大粒の涙をポロポロこぼしながらも応えてくれた。
「もう……どうして泣くのよ。」
(泣かせない、つもりだったのに)
目元を必死に拭いながらも、懸命に笑おうとする早苗が逆に痛々しかった。
「無理ですよぉ……霊夢さんにこんな嬉しいこと言われたら、誰だって泣いちゃいますよぉ……。」
「そんなこと、無いわよ……」
無理にでもいい。あんたには笑っていて欲しい。
「有りますよぉ……だってこんな幸せなこと……ぐすっ……他に有りませんから。」
「……有るわよ。」
だから探す。あんたに笑って貰えるように──言葉を。
「有りませんっ……私は、幻想郷いちの幸せ者です。」
「有るわよ……幾らでも。あんたが私の側にいてくれるなら、何度だって。」
尚も食い下がる早苗に私が見つけ出した答えは、我ながら言ってて恥ずかしい気障っぽいものだった。
だけど早苗は照れながらも、嬉しそうに「えへへ……そう、ですね。」なんて言ってくれた。
──良かった。笑ってくれた。
「早苗……キス、してもいいかしら……?」
突然だっただろうか? でも……月明かりに照らされて微笑む早苗を見ていたら、どうしてもしたくなったのだから仕方ない。
「その誘いを……待ってました。」
そんな私の要求を早苗はすんなり受け入れてくれた。
早苗の手が私の腰に回る。私も習うように早苗の腰を抱く。
「早苗……。」
「霊夢さん……。」
静かに唇を重ねた私達を月だけが見下ろしていた……なんて言うのは、ちょっと格好付けすぎかしらね?
「あいつら居なくなってるわね。」
時を経つのも忘れ、互いを抱き締めあいながら、あれから数え切れない程のキスを交わしたが、流石に何時までもいられないので神社に戻ってきた。
二人して居間を見渡すも、ひとっこひとりいやしない。
「ホントですね……あっ、テーブルに手紙が有りますよ?」
「手紙?」
早苗が見つけてくれたそれは確かに手紙だった。
早速手にとって、内容を確認する。
──あんまり気を使わせるなよな。バカップルさん。 魔理沙
──お熱いのは結構だけど、風邪ひかないでね~。 萃香
「なっ!? あいつら!!」
怒りよりも恥ずかしさの方が首をもたげ、私の顔は否が応でも真っ赤になってしまった。
両手で手紙を握りしめながら、わなわなと震える私の後ろで、クスクスと笑う早苗の声。
「ちょっと早苗? あんた何笑ってんのよ。」
「す、すいません。でも……霊夢さんは本当に素敵な友人に恵まれましたね。」
……んなこと、いちいち言われなくても分かってるわよ。それに──。
「そうね……あと、素敵な恋人にも、ね?」
「…………はい。」
照れくさそうに笑う早苗。
私も釣られて、ふっと笑みが零れた。
次第に意味も無く、二人してクスクスと笑いあった。
──ただそれだけの事が、本当に幸せに感じられて……。
笑顔も膨れっ面も…………泣き顔も。
みんな見て来たけれど。
やっぱり笑顔が一番素敵だと思うから。
そんな早苗の笑顔を守れるように強くなりたいと、願う私だった。
二人には幸せになってほしいな……今でも十分幸せだと思いますが。早苗さんはこれで存分にいつでもどこでもちゅっちゅできますね。よかったよかった。
今後の展開も楽しみにしております。でも、時々は「一人娘が嫁に行って寂しくなってしまったかなすわ」もお願いします。
このレイサナを糧に午後の仕事もがんばるぞー!
顔の筋肉が意識しない内に緩んでやがる。
おみごとっ!
お二人は幸せに
君がこの手紙を読んでいるということは、
私はヘルツ氏に砂糖漬けにされて、
東京湾あたりに沈められているのだろう。
どうか君だけでも(この先は砂糖水で汚れていて見えない
霊夢おめでとー! 早苗さんもおめでとー!
続きも楽しみにしてます。