「ここよ、ここ。」
私は早苗を連れ添って、神社のすぐ裏にある蔵にやって来た。
ここには歴代の博麗の巫女が残していったガラクタ(少なくとも私にはそう見える)が沢山眠っているが、
私はただの酒蔵としか思っていない。
その理由は、宴会の度に持ち込まれては残ったものは次ぎ飲めばいいとか言って、みんな残していきやがるからだ。
そんなお酒しか置いてない様な蔵にきた理由など決まっている。
そう、はた迷惑なことに、今宵もまたここ博麗神社で宴会が開かれるのだ。
「へぇ~、こんなものも有ったんですね。私、全然知りませんでした。」
物珍しそうに蔵を見上げる早苗に私はそっと苦笑い。
別にそんな珍しいものでも無いでしょうに。
「よい……しょっと。」
見た目にもどっしりとした扉を開けるのにちょっぴり力が要るため、私の口からは思わずそんな掛け声が出てしまった。
すると後ろでは、早苗の「おおー」という感嘆とした声が聞こえたりもした。
べ、別に早苗に良い所見せようなんて考えてた訳じゃないけど……それだけで妙に胸が高鳴った。
ここのところ、早苗と一緒にいると妙に調子を狂わされる。
──別にやましい事なんてないのに。
「さてと、此処埃っぽいのよ。ちゃちゃと終わらせるわよ。」
素振りだけは平然とした振りをしつつ私は蔵に入ろうとしたのだが、何故か早苗にぴったりとくっ付かれてドキッとしてしまった。
「さ、早苗!? アンタ一体何すんのよ!?」
いまだにこういった早苗のスキンシップに慣れない……。
いちいち敏感に反応してしまう自分がホント恥ずかしい。
「だって……なんか怖いじゃないですか……。」
上目遣いなうえに若干瞳を潤ませる早苗に、不覚にも私は可愛いと思ってしまった。
「お、大袈裟ねっ。中はそんなに広くないから……!」
ぶっきらぼうになってしまった自分の声に、ちょっと自己嫌悪しながらも、私は気恥ずかしさから早苗を置いてズカズカと1人蔵に入ってしまう。
するとすぐに後ろから、早苗の「ま、待って下さい!」の声。
全く仕方ないわね。そう思って振り返った、その時──
「きゃっ!」
何かに躓いたのか、それとも引っかかったのか。
そこまでは視認出来なかったが、前のめりになって倒れようとしている早苗だけがやけに鮮明に映った。
「早苗っ!?」
早苗が床に衝突するのだけは防ごうと思い、私はとっさに自分の身を滑り込ませた──
までは良かった。
むにゅう
「ああぁん。」
やわらかな感触と、早苗から紡がれた妙に甘い声から、何事かとよくよく自分達の置かれた状況を確認する事に。
するとあろうことか、私の両手はばっちり早苗の両胸を鷲掴みにしていたのだ。
「もう……霊夢さんのえっち……。」
「じ、事故よ事故よ! 私は別にわざとやったわけじゃ──あ!」
己の無実を主張するよりも先に、災いは立て続けにやってきた。
バターン!
入ってきたばかりの蔵の扉が派手な音をたてて閉じてしまったのだ。
一体どうして……?
早苗が転んだ時にでも引っ掛けたか、それともこんな所で私が暴れたせいか。
理由はともかく、私達は仲良く蔵の中へ閉じ込められてしまったわけだ。
これは不味いわね。
灯りなんてない為、暗くなった蔵の中では目の前にいる筈の早苗の顔すら見えない。
「早苗、扉まで動くからちょっと前通してちょうだい。」
「は、はい!」
上ずった声と共に早苗がさっと横に動いたのを気配で察すると、私は膝立ちで扉の前まで進むことにした──
のだが。
むにゅゅう
「はぁぁんっ……!」
(なっ……!?)
再びやわらかな感触に包まれることになった私は、今度は顔面でその温もりを甘受することとなった。
いや! 今度は私悪くないでしょ!?
「ちょっ!? 早苗アンタ狙ってやってない!?」
「てへっ♪」
まったくこの非常事態に何を考えてんだか……。
とか、文句を言いたかったが余りの恥ずかしさにそれ以上言葉も出なかった。
気を取り直して扉へと辿り着くと、私は扉が開かないか確認してみる。
「やっぱり……ダメね。」
「えっ……? 開けられ無いんですか?」
すぐ後ろから早苗の不安そうな声。そうか、早苗は知らないんだった。
私は振り返らずに、適当に扉を調べながら状況を説明してやることにした。
「この扉は外からしか開けられないようになってんのよ。全く、手抜きも良いところよね。」
こうなっては外から開けて貰う他ない。幸いにも今は萃香が来てる。大声で呼べば聞こえるだろう。
「早苗、大声出すから、耳塞いどきなさい。すぅ……萃香ぁぁぁあああ!!!」
我ながら大した声量である。
程なくして、とたとたと歩いてくる音がする。
──まだ遠いか。
「もう一回行くわよ、すぅ……んっ!??」
声を出そうと大きく息を吸ったその時。
突然後ろから口を塞がれて、私は声を出せなくなった。
思いもよらぬ事体に、パニックに陥る私。そこへ──
『あれ~~? おっかしいなぁ。霊夢の声が聞こえた気がしたんだがねぇ……もっとあっちか?』
萃香の声が、すぐ近くで聞こえたと思うと、すぐに遠ざかってしまう。
「んっ、んんっ! んんーー!?」(まっ、待って! 私たちは此処よ!?)
私は必死になって言葉を紡ごうとするが、口を塞がれたままでは萃香に届く筈は無かった。
『……おーい、れいむ~? ……むってばぁ~? …………』
私達に気付くことなく、萃香の声は完全に聞こえなくなってしまった。
タイミングを計っていたかの様に、漸く口を開放された私はばっと後ろを振り返った。
後ろにいるのは早苗一人だ。ならば早苗が犯人に決まっている。
「ちょっと早苗!? あんたさっきから一体どういつもり──」
問い詰めようとした私だったが、しっーと人差し指を立てる早苗に何故か逆らえず押し黙ってしまった。
どうやら、暗闇に慣れてきたらしい。早苗の顔が今ではしっかりと見えるようになっていた。
こんな事態にも関わらず彼女は何故か悠然と微笑んでいる。
「だって……暗闇で二人きりなんて、なんだかドキドキしませんか……?」
そういう早苗の顔はすでにほんのり紅潮していた。
「なっ!? なによ唐突に!?」
私は顔を真っ赤にして怒鳴るが、早苗の二度目のしっーに今度は咄嗟に自らの手で口を塞いだ。
(っていうかなんで従ってるのよ、私……。)
訳も分らないが、早苗にだって意図することがあるのだろう……。
いや、先程からの言動から嫌な予感しかしないけど……。
「よかった、霊夢さん私の事見えてるんですね?」
──当たり前じゃない。
そう答えようとした私の目に飛び込んできたのは、四つん這いの姿勢で衣服から零れんばかりに大きくはだけた早苗の胸元だった。
ごくっ。
思わず生唾を飲むその光景に私は顔が赤くなるのを自覚した。
先程のやわらかな感触が蘇る。
──わ、わたしたら何考えてんのよ!?
不思議そうにこちらを見ている早苗を直視すること叶わず、私は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
やば、鼻血でそう……。
「……んもう、どうするのよ……萃香行っちゃったじゃない……。」
気まずさを誤魔化そうと文句を言ってみたが、自分で言ってて妙に弱弱しい。
──やだ、なんかドキドキする……!
先程の早苗の言葉じゃないが、やけに意識してしまう自分がいて──
ふと、早苗が私の手を取ったのにも、思わず悲鳴が零れそうになったほどだ。
「良いじゃないですか……いざとなったら扉を壊してしまえば。」
なんとも暢気なことを言う早苗。まるで他人事のようだ。
「あんたね……暗くてなんにも見えないのよ? こんなところでどうしようって言うのよ?」
全く理解できない早苗の行動に、私は呆れるばかりだ。
──相変わらず、顔は妙に熱かったが。
なんだろう……妙な雰囲気が漂いつつある。
「私には……最初から霊夢さんしか見えてませんよ……?」
艶っぽい早苗の声に私の心臓が、またドキリと一際大きく跳ねた……気がした。
(え…………?)
──いつも冗談だと思っていた。
私の事が好きだなんて言って、きっと私の事からかってるんだって……
ううん、今のだって本気かどうかんて分らない。
でもそういう時、決まって私はドキドキしてしまう。
まるで心のどこかで本当であって欲しいと望んでいるように……。
「ねぇ……霊夢さん? キス、しませんか……?」
突然の申し出に、ごちゃごちゃになっていた私の頭は完全に固まってしまった。
え? キスって接吻……? いや、どうして?
話に追いつけていない私に構わず、早苗は私に跨るように覆いかぶさってきた。
──私の視線は、早苗の唇に釘付けだった。
「聞きましたよ……紫さんとはしたそうじゃないですか……キス。」
「ど、どうしてアンタがそれを……!?」
「ずるいです……紫さんとはして、私とはしてくれないなんて……。」
「え、いやだってあれは……」
どうしてこうも劣勢に追いやられてるのか全く理解の範疇を越えていたが、
このままでは色々と不味いということだけは理解できる。
何とかしなくちゃ……!
「霊夢さんには……私だけを見ていて欲しいんです……。」
しかし、気持ちとは裏腹に、私の身体は言う事を聞いてはくれなかった。
まるで早苗にされるのを待ち焦がれているかのようにぴくりとも動いてくれない。
やがて早苗の手によって、完全に顎を捉えられ、ゆっくりと顔を上げさせられることに──
あっ……!?
「なんだ、こんな所に居たのか……何してるんだ、二人とも?」
不意に差し込まれた日差しに目が眩み、固まっていた筈の身体が動いて私は片手で目を覆った。
声を聞くに萃香が戻ってきてくれたらしい。
──助かった。
あのままでいたら、私たちは間違いなくキスしていただろう。
でも──
「……残念でしたね。この続きはまたいつか。」
早苗が私から離れる時に残したその言葉に、ついに私の頭は沸点を迎えた。
「助かりました、萃香さん。いや~災難でしたね、霊夢さん♪」
私が照れているのを知って何がそんなに嬉しいのか…………笑顔で私に振り返る早苗が恨めしかった。
「……っ、本当よ、全く!!」
それでも赤くなった顔を隠すすべも無く、せめてこれ以上見られない様にと二人を置いて私は早足に蔵から離れた。
後ろでクスクス笑う、早苗の声がやけに耳に響く……。
「ちょっと霊夢、お酒は~?」
「あんたが適当に選んどいて!」
「本当!? ラッキー!」
一刻も早くこの場から立ち去りたいと思う一心で、蔵への用事は萃香に押し付ける事にした。
いや……違う。本当は──
「よっ、霊夢! 手伝いに来たぜ! ……どうした? 唇なんて押さえて?」
「なっ何でもないわよ!!?」
惜しい事をしたなんて思ってるのかもしれない。
「娘が嫁に行って静かになり新婚生活を思い出して頑張ってしまったのか、久々に実家に戻ったら歳の離れた兄弟ができてしまったことの報告をうけて気まずい親子」みたいなかなすわを期待してます。もちろんその過程も。
誤字報告です。「萃香が着てる」
とか思ってたら見事な寸止め、よくわかってらっしゃる!
いいぞ、もっとやれ!
いあすいません