レミリアは歩いていた。
場所は紅魔館。時刻は深夜。
私の時間である今は、いつもならそこそこの数のメイドが仕事に掛かっているはずだった。
しかしながら、今私がいる廊下には一匹もメイドはいない。
たまたまこういう日があるとしても、側にメイド長がいない夜など本来はありえない。
目的地に着く。結局誰とも会わなかった。
思わず口元がゆがむ。
うまくいった。
先月から私が始めた昼型生活によって、館の活動は朝起きて夜眠るという不健康極まりない状態となっていた。
昼は滝のようにコーヒーを飲み、猛る体を抑えながら夜眠った。
なんのためか。
それは今にわかる。
私は目の前のドアを慎重に開け、そのまま前方のベッドに飛び込んだ。
「ハロウィンよ咲夜!お菓子を貰うからイタズラさせなさい!」
渾身の力で獲物を抱きしめ、その首筋に牙を剥く。
まずはお菓子から頂くとしましょう。
「……それではトリックアンドトリートですわ、お嬢様」
「スカーレットは強欲なのよ」
声の主は我が胸におらず、甘く滴るはずの牙は苦い味を舌に伝える。
我が愛しのお菓子は、ベッドではなく部屋の隅で待ち構えていた。
ボロボロになった身代わりの枕を放り出し、立ち上がる。
「そもそもお嬢様のほうが圧倒的に年上じゃないですか」
「あら、お菓子が欲しいの?私の血が欲しいなんて、贅沢ねぇ」
「いや、そうじゃないです」
「でも駄目よ、人間には強すぎるから。朝の紅茶に混ぜてる分で我慢しなさい」
「オイ今テメェなんて言った」
ちなみにたくさん飲むと吸血鬼になるわ。
ポットに忍ばせる私の腕が見えるようになったら、彼女も立派な夜の支配者だ。
無防備な寝巻きだったメイドは一瞬でメイド服を纏い、次の瞬間には刃物で完全に囲まれた。
背後に投擲されたナイフごと窓を蹴破り、私は夜空に踊り出た。
☆
「私考えたの。お菓子を貰う前にイタズラすればいいじゃない」
「とりあえず揉むの止めてくれませんかね」
館のもう一人の吸血鬼、フランドールは珍しく外にいた。
外といっても館の門前であるが、図書館と地下くらいにしか行かない私にとっては、ここでも結構な大冒険なのだ。
「揉むのが駄目ならボタン外すわね」
「止めてください。ほら、飴あげますから」
門番が差し出した飴を、触れぬまま一握りで粉砕する。
そう、触れなければお菓子を渡したことにはならない。
つまりこれは超接近状態での新型弾幕ごっこなのだ。
「はい、どうぞ」
「む」
気配を感じさせぬまま、赤い飴が直接口に入れられる。
新型弾幕ごっこは10秒経たずに終了した。
さすが美鈴、なかなかのテクニシャンだ。
抵抗しようにも、お菓子を貰ってしまったので私はここまで。吸血鬼は約束事に弱いのだ。
美鈴から手を離し、一歩下がる。
そして、三人の私が美鈴にしがみついた。
「『フォーオブアカインド』」
「うわ、ズルい!汚い!」
「スカーレットは貪欲なのよ」
暇になった私は、イチゴ味の飴を舐めながらなんとなく上を見た。
すると館から姉が飛び出してきて、やがて咲夜も出てきた。
混ざって遊んでもいいかなと思ったが、まぁ今日はいいやと思い直した。
今日は素敵なおもちゃも居るしね。
☆
「……あの、パチュリー様」
「……何」
私はいつものように本を読んでいた。
特に今日が何の日だろうと関係ない。
私は知識の魔女。本を読む事以外に意味なんて無いわ。
隣の椅子に置いたバスケットに手を伸ばす。中身が多めなのは気のせいだ。
レミィは毎年ちょっかい出しに来てたし、フランドールもここしか知らない頃は眠くなるまで入り浸っていた。
たまたま今回は来なかっただけだ。
3人分のクッキーは、ちょっとしょっぱかった。
パッチェさんは落ち担当か…