ぬえには以前から大きな疑問があった。
聖白蓮が魔界に封印される原因となったのは、彼女が人妖に分け隔てなく接することに人々が恐れたからだと聞いている。
寅丸星とナズーリンが封印されず迫害もされなかったのは、彼女達が自分達が妖怪だということを明かさず毘沙門天を演じきったからだ。
ならば、
村紗水蜜と雲居一輪と雲山は何故地底に封印されるに至ったのだろうか?他の妖怪達はどうなったのだろうか?
「それは簡単なことです。彼女達は強く、他の者達は弱かったのです」
「強かったから封印されたということ?」
「そういうことです」
星は少し息を吐くと、手の中の湯のみに映る自分の顔をじっと見つめ、またその視線をぬえに戻す。
彼女の眼からはまだ興味の色が失われておらず、早く続きをと急かしているように見えた。
「話すのは構わない……いえ、やはりよろしくはありませんが。
貴方は地底にいた時から村紗や雲居とは友達だと聞いています。本人達には聞かないのですか?」
「『なんであんた達だけ封印されたの?』って聞ける?私、引っ掻き回すのは好きだけど、そこに巻き込まれるのは御免だよ」
「いい性格です。……まぁ、確かに本人達に直接聞かれるよりは、私から話した方がいいでしょう」
「プライバシーとかはいいの?」
「これから話すのはただの昔話ですよ。本人達とは所縁もないただの昔話です」
「はいはい。それじゃあ一つ、昔話を聞かせてもらえるかしら」
「ええ。それはむかしむかしのことです」
*
千年前の聖白蓮の下にいた多くの同胞達。
毘沙門天の弟子になったことで聖の下から離れた自分を除けば、聖の仲間の妖怪達の中には桁外れの力を持つ二匹の大妖がいました。
水難事故の念縛霊 と 守り守られし大輪
聖の仲間の妖怪の多くは人間達に虐げられるほど弱く傷ついた者達でした。
その中でも、多くの人間を殺して妖怪としての格を上げていた村紗と、聖を疎ましく思う外敵から弱き妖怪達を守っていた雲居は、別格とも言える存在だったのです。
*
「凄く意外。あのムラサと一輪がねえ」
「あの二人よりも遅く聖の下に来た私にも、当時の二人は憧れでもあり畏れの対象でした。今の私の力は毘沙門天の弟子として手に入れたものですから」
「そんな二人も地底の妖怪達から見れば、そこいらの妖怪と変わりないからねえ」
「それこそ、こちらには意外ですよ」
星は愉しそうに小さく笑うと、
「考えてください」
ぬえに尋ねた。
*
村紗の『水難事故を引き起こす程度の能力』、貴方はこれを『どういう能力』だと思いますか?
えっ、そんなの、あの背中の錨で舟を沈めてたって意味じゃないの?それとも、あの底の抜けた柄杓で水を入れたとか?くすくす
当然、錨、いえ力ずくで舟を沈めたこともあったでしょう。ですが、彼女は『舟幽霊』であり『念縛霊』です。
彼女の『舟を沈めたいという思い』はもはや呪(のろ)いや呪(まじな)いに近かったと思います。
彼女はありとあらゆる手で舟を沈め、人を沈めたのです。
山の河童みたいな感じ?水を操るとか。
正しくもあり違います。彼女が願えば、波が立ち、渦が起こり、海が荒れます。
何の理由もなく、舟は壊れ、砕け、割れ、人は手足が動かなくなり、全てのものが水の中に引きずり込まれていくのです。
それが『水難事故を引き起こす程度の能力』です。
……海上や水上の戦いなら、最強に近くない?その能力。
ええ。ですが、さすがに空を飛ぶものにはどうしようもありません。そもそも、千年前に空を飛ぶものなど鳥か妖くらいのものでしたが。
じゃあ、水面にさえ近づかなければいいのね?
いいえ、一輪がいます。
*
「それも前からの疑問の一つだったんだけど、一輪って強いの?強いのはあくまでも雲山じゃん」
「確かに雲山は強いです。彼はまさしく『雲』と同じように形や大きさを自由に変えることができるのですから。
しかし、彼は意思があります。真っ直ぐ芯が一本通っている、言うなれば、頑固な性格を持つ雲山には、自然の雲と同じように、その力を最大限まで生かすことはできません。
『柔軟な発想を持ち、彼を意のままに操る者』がいない限りは」
「それが、一輪ね」
「はい」
星はまた愉しそうに口を開き、語り始めた。
*
雲山は入道雲の妖怪ですが、そもそも入道雲は大きいものなら一万メートルを超えるものもあり、その高さは成層圏まで達すると言います。
それは普通の入道雲の話でしょ?雲山もそうとは……
彼が何を自身の体として成長しているかはわかりませんが、その可能性があるという話です。
そして、入道雲はその内外で激しい雨、雹、雷、竜巻を発生させます。
『操れる者』がいれば天候も操ることができるっていうこと?
局所的でしょうが、雲を操るとはそういう意味も含まれます。空を飛ぶものにとって、『意思がある雲』というだけでも十分な脅威のはずです。
雲居の力は、わかりやすく言えば、
「『意思がある雲』を自由自在に形や大きさを変えさえ、その行動を操り、時には分裂させ、拡散させ、その存在を薄めさせ、気付かれないように自分や敵の周囲を覆わせ、
また時には集めて、堅固な拳や鎧を作り出し、天候すらも操ることができる力」というわけです。
一輪がいれば、ムラサは無敵っていうのはそういう意味?
ええ、そうです。聖が封印されたあの時、村紗と雲居は封印することしかできないほど、敵が無かったのです。
*
*
聖が封印され、弱き妖怪達は皆退治され、それでも海へと逃げた聖輦船は近づく舟を全て沈めました。
空から近づく者も堅牢な拳に阻まれ、嵐に巻き込まれ、落とされていきました。
村紗は聖を封印した者達を皆殺しにするために、雲居は暴走している村紗を守るために、
初めて二人は全力で己の能力を使ったのです。
その結果、聖を封印するに至ったあの秘法を食らい、二人は魔界とは違う、暗き地底へと封印されてしまいました。
さっき封獣は言いましたね。あの二人も地底のそこらの妖怪と変わらないと。
私は思うのです。
地底には、海ほど広く深い水場もなく、雲を生かすほどの高さもないのではないかと……
*
*
「ちょっと、人のことを夏の夜のホラーみたいに話さないでくれる?」
「あいてっ。雲居、いつからそこにいたのですか」
「ぬえもこんなホラ話、信じなくてもいいからね」
「えっ、嘘なの?ムラサ」
星の頭を雲山の小さな拳でポカリと殴った一輪は呆れた顔をして二人を眺めている。
そんな一輪をどうどうとなだめるとムラサはぬえの問いに答えた。
「嘘に決まってるじゃない。私をそんな血生臭い話の登場人物にしないでほしいわね」
「私もそうよ。私はともかく、雲山はシャイな性格なの。一万メートルの大きさなんかになったら、恥ずかしくてきっと死んでしまうわ」
「……」
雲山は顔を赤く染めウンウンと無言で頷いている。
「私は最初から、本人達とは所縁もないただの昔話だと言っています」
「えーっ。それじゃあ、最初の私の質問の答えは?」
「それはプライバシーの問題ですから、本人達に直接聞いてください」
「ムラサ、教えて」
「い、や、よ」
ぬえは思う。
結局、自分の疑問が晴れることはなかったのだが、星の話、どこまでが『嘘』でどこからが『真実』だったのだろうか?
もしかしたらあの二人は、自分以上に「正体不明」なのかもしれないと、
彼女はますます二人に対する興味を持ちつつも、夜を眠るのであった。
*
「きゃあ、ぬえったらおねしょしてる。恥ずかしい奴ねえ」
「ち、違うわ。こんなことが起きるはずが……」
「現に起きてるじゃない、恥ずかしい『水の事故』が」
「ムラサ、まさかあんたが」
「ぬえ、またやったのね。たまには反省なさいっ」
「ぬえーん、一輪が雲山で殴ったぁーっ」
「やれやれ、二人とも能力の持ち腐れですね」
「君が言うことじゃないな、ご主人様」
聖白蓮が魔界に封印される原因となったのは、彼女が人妖に分け隔てなく接することに人々が恐れたからだと聞いている。
寅丸星とナズーリンが封印されず迫害もされなかったのは、彼女達が自分達が妖怪だということを明かさず毘沙門天を演じきったからだ。
ならば、
村紗水蜜と雲居一輪と雲山は何故地底に封印されるに至ったのだろうか?他の妖怪達はどうなったのだろうか?
「それは簡単なことです。彼女達は強く、他の者達は弱かったのです」
「強かったから封印されたということ?」
「そういうことです」
星は少し息を吐くと、手の中の湯のみに映る自分の顔をじっと見つめ、またその視線をぬえに戻す。
彼女の眼からはまだ興味の色が失われておらず、早く続きをと急かしているように見えた。
「話すのは構わない……いえ、やはりよろしくはありませんが。
貴方は地底にいた時から村紗や雲居とは友達だと聞いています。本人達には聞かないのですか?」
「『なんであんた達だけ封印されたの?』って聞ける?私、引っ掻き回すのは好きだけど、そこに巻き込まれるのは御免だよ」
「いい性格です。……まぁ、確かに本人達に直接聞かれるよりは、私から話した方がいいでしょう」
「プライバシーとかはいいの?」
「これから話すのはただの昔話ですよ。本人達とは所縁もないただの昔話です」
「はいはい。それじゃあ一つ、昔話を聞かせてもらえるかしら」
「ええ。それはむかしむかしのことです」
*
千年前の聖白蓮の下にいた多くの同胞達。
毘沙門天の弟子になったことで聖の下から離れた自分を除けば、聖の仲間の妖怪達の中には桁外れの力を持つ二匹の大妖がいました。
水難事故の念縛霊 と 守り守られし大輪
聖の仲間の妖怪の多くは人間達に虐げられるほど弱く傷ついた者達でした。
その中でも、多くの人間を殺して妖怪としての格を上げていた村紗と、聖を疎ましく思う外敵から弱き妖怪達を守っていた雲居は、別格とも言える存在だったのです。
*
「凄く意外。あのムラサと一輪がねえ」
「あの二人よりも遅く聖の下に来た私にも、当時の二人は憧れでもあり畏れの対象でした。今の私の力は毘沙門天の弟子として手に入れたものですから」
「そんな二人も地底の妖怪達から見れば、そこいらの妖怪と変わりないからねえ」
「それこそ、こちらには意外ですよ」
星は愉しそうに小さく笑うと、
「考えてください」
ぬえに尋ねた。
*
村紗の『水難事故を引き起こす程度の能力』、貴方はこれを『どういう能力』だと思いますか?
えっ、そんなの、あの背中の錨で舟を沈めてたって意味じゃないの?それとも、あの底の抜けた柄杓で水を入れたとか?くすくす
当然、錨、いえ力ずくで舟を沈めたこともあったでしょう。ですが、彼女は『舟幽霊』であり『念縛霊』です。
彼女の『舟を沈めたいという思い』はもはや呪(のろ)いや呪(まじな)いに近かったと思います。
彼女はありとあらゆる手で舟を沈め、人を沈めたのです。
山の河童みたいな感じ?水を操るとか。
正しくもあり違います。彼女が願えば、波が立ち、渦が起こり、海が荒れます。
何の理由もなく、舟は壊れ、砕け、割れ、人は手足が動かなくなり、全てのものが水の中に引きずり込まれていくのです。
それが『水難事故を引き起こす程度の能力』です。
……海上や水上の戦いなら、最強に近くない?その能力。
ええ。ですが、さすがに空を飛ぶものにはどうしようもありません。そもそも、千年前に空を飛ぶものなど鳥か妖くらいのものでしたが。
じゃあ、水面にさえ近づかなければいいのね?
いいえ、一輪がいます。
*
「それも前からの疑問の一つだったんだけど、一輪って強いの?強いのはあくまでも雲山じゃん」
「確かに雲山は強いです。彼はまさしく『雲』と同じように形や大きさを自由に変えることができるのですから。
しかし、彼は意思があります。真っ直ぐ芯が一本通っている、言うなれば、頑固な性格を持つ雲山には、自然の雲と同じように、その力を最大限まで生かすことはできません。
『柔軟な発想を持ち、彼を意のままに操る者』がいない限りは」
「それが、一輪ね」
「はい」
星はまた愉しそうに口を開き、語り始めた。
*
雲山は入道雲の妖怪ですが、そもそも入道雲は大きいものなら一万メートルを超えるものもあり、その高さは成層圏まで達すると言います。
それは普通の入道雲の話でしょ?雲山もそうとは……
彼が何を自身の体として成長しているかはわかりませんが、その可能性があるという話です。
そして、入道雲はその内外で激しい雨、雹、雷、竜巻を発生させます。
『操れる者』がいれば天候も操ることができるっていうこと?
局所的でしょうが、雲を操るとはそういう意味も含まれます。空を飛ぶものにとって、『意思がある雲』というだけでも十分な脅威のはずです。
雲居の力は、わかりやすく言えば、
「『意思がある雲』を自由自在に形や大きさを変えさえ、その行動を操り、時には分裂させ、拡散させ、その存在を薄めさせ、気付かれないように自分や敵の周囲を覆わせ、
また時には集めて、堅固な拳や鎧を作り出し、天候すらも操ることができる力」というわけです。
一輪がいれば、ムラサは無敵っていうのはそういう意味?
ええ、そうです。聖が封印されたあの時、村紗と雲居は封印することしかできないほど、敵が無かったのです。
*
*
聖が封印され、弱き妖怪達は皆退治され、それでも海へと逃げた聖輦船は近づく舟を全て沈めました。
空から近づく者も堅牢な拳に阻まれ、嵐に巻き込まれ、落とされていきました。
村紗は聖を封印した者達を皆殺しにするために、雲居は暴走している村紗を守るために、
初めて二人は全力で己の能力を使ったのです。
その結果、聖を封印するに至ったあの秘法を食らい、二人は魔界とは違う、暗き地底へと封印されてしまいました。
さっき封獣は言いましたね。あの二人も地底のそこらの妖怪と変わらないと。
私は思うのです。
地底には、海ほど広く深い水場もなく、雲を生かすほどの高さもないのではないかと……
*
*
「ちょっと、人のことを夏の夜のホラーみたいに話さないでくれる?」
「あいてっ。雲居、いつからそこにいたのですか」
「ぬえもこんなホラ話、信じなくてもいいからね」
「えっ、嘘なの?ムラサ」
星の頭を雲山の小さな拳でポカリと殴った一輪は呆れた顔をして二人を眺めている。
そんな一輪をどうどうとなだめるとムラサはぬえの問いに答えた。
「嘘に決まってるじゃない。私をそんな血生臭い話の登場人物にしないでほしいわね」
「私もそうよ。私はともかく、雲山はシャイな性格なの。一万メートルの大きさなんかになったら、恥ずかしくてきっと死んでしまうわ」
「……」
雲山は顔を赤く染めウンウンと無言で頷いている。
「私は最初から、本人達とは所縁もないただの昔話だと言っています」
「えーっ。それじゃあ、最初の私の質問の答えは?」
「それはプライバシーの問題ですから、本人達に直接聞いてください」
「ムラサ、教えて」
「い、や、よ」
ぬえは思う。
結局、自分の疑問が晴れることはなかったのだが、星の話、どこまでが『嘘』でどこからが『真実』だったのだろうか?
もしかしたらあの二人は、自分以上に「正体不明」なのかもしれないと、
彼女はますます二人に対する興味を持ちつつも、夜を眠るのであった。
*
「きゃあ、ぬえったらおねしょしてる。恥ずかしい奴ねえ」
「ち、違うわ。こんなことが起きるはずが……」
「現に起きてるじゃない、恥ずかしい『水の事故』が」
「ムラサ、まさかあんたが」
「ぬえ、またやったのね。たまには反省なさいっ」
「ぬえーん、一輪が雲山で殴ったぁーっ」
「やれやれ、二人とも能力の持ち腐れですね」
「君が言うことじゃないな、ご主人様」
いいお話を有難うございました
星メンバーは能力だけ見たら今までの作品よりも強さを表現した能力は少ないですが
こういう解釈も出来るんですねー。
村紗も一輪さんもいいコンビだなー、ぬえも可愛らしい。
いやあ、凄いの一言です!
このコンビはマジ最強だと思う。
なぜ封印されたのが地底だったのかなるほど納得。確かに二人が力を揮えない場所ですよね。
ところで星が一輪のことを雲居って呼んだのに何か少し違和感が。