「らーん、らーん?」
「なんですか?」
紫様が呼んでいる。まず間違いなくロクでもない用事だ。
しかし返事をしてしまった以上……いや、返事をしなくたって無理やり召還される。
理不尽な上司を持つと苦労するよ、な? 橙。
洗濯物を干す手を止め、居間へ出向くと紫様がこたつと合体していた。
いい加減片付けさせろ。
「藍ー。私暇だからアスレチック作ったのよ。ちょっとやってきて」
「意味がわかりません」
というか遊んでる暇があるのなら、もう少し家のこととか結界の管理とかをがんばってもらいたい。
式は道具っていうのは構わないけど、式を家政婦代わりにするのはどうなんだ。
「ちなみにゴール地点にチェンがいるわ」
「なんで?」
「ご褒美?」
紫様の目はとても澄んでいらっしゃる。
自分のしていることに何の疑いも持っていない、そんな目だ。
役立たずの目は廃品回収に出してしまえばいいのに。
「まぁどうせ拒否してもやらせるんでしょうしさっさと送ってくださいよ」
「ほいほい、がんばってくるのよー」
「おわっ!」
したたかに尻を打ってしまった。なんで真下に隙間作るかなぁ。人の気持ちを少しは考えろって親に言われなかったのか。
親の顔を見てみたいと思ったが、自分の親が紫さまみたいなもんだから憂鬱になった。近くに川とかないものか。
「んー……」
辺りを見回してみても、あるのは規則正しく並んだ木と、手入れのなされた芝。そして、大きなお城。
何をさせたいんだ紫様は。寝ているときにコタツと縫い付けてやろうか。
「らーん、聞こえるかしら?」
「あーはいはい、聞こえますよ」
空いっぱいに紫様の顔がドアップに映し出されている。私はそれに向かって思いっきりレーザーをぶっぱなしたくなった。
「お城が見えるでしょ? そこにたくさんアスレチックがあるから適当にクリアして。わからないことがあったらNPCか私が答えるから」
「どうやったら紫様が死にますか?」
「さー、退屈が延々続いたらゆかりん、死んじゃうかも」
村八分にするように頼んで回ろうか。
「さあ行くのよ藍!」
「はいはい」
「がんばれー藍さまー」
だらだら歩きつつ空を見ると、橙が私に向かって手を振っていた。
「あのー紫さま、橙はゴール地点にいるじゃないんですか?」
「いるわよ?」
「なんでそこに居るんですか?」
「NPCキャラのチェンに決まってるじゃないの。案外馬鹿ね」
馬鹿はあんただと言いたいのを、橙の手前グッと堪えた。
無邪気に手を振っている橙の笑顔を壊してなるものか、そのためならば私はいくらでも道化になろう。
「で、どこにいきゃいいんですか」
お城の中にはたくさんの扉が設置されていて、どれに入ればいいのか見当もつかない。
片っ端から開けてもいいんだけど、そこまでがんばる気にもなれないのだった。
「藍、困ったら人に聞く! よ」
「そうですよー、いつも紫様に頼ってばっかりじゃダメですよ?」
橙、お前は紫様に何を吹き込まれた。
これ以上橙に悪影響を及ぼすつもりならば紫様、あなたとも雌雄を決しなければいけないようですね。
「そこにNPCのキノコ頭がいるはずよ、そいつから話を聞きなさい」
「はーい……ってどこにいるんだろう」
ホールにそれらしい人影は見当たらない……。と思ったら壁のへりに薄い人が立っていた。
というかこれ魔理沙だ。いいのか勝手に登場させて。
「お、おはよう」
「藍! きてくれたんだね! 実は紫様が霊夢に捕まっちゃっていろいろ大変なんだ!」
そのまま葬ってほしい。
「霊夢は紫様の力を細かく砕いて、アスレチックの中にそれぞれ8個ずつばら撒いたんだ!
それを集めて、どうにか霊夢の野望を打ち砕いてくれ!!」
この魔理沙、帽子の代わりにデカイキノコを被ってる。
本人が見たら絶対怒るよこれ。
「というわけよ。霊夢に捕まっちゃった私を助け出してね!」
「あのー? これいつまでやれば出れるんですか?」
「まだ一面しかできてないから、すぐに出れるわよ」
よかった。延々こんなことをやらされていたら頭がおかしくなって死ぬところだった。
「完成したら霊夢にやってもらうの」
悪役が霊夢じゃん。なんで霊夢にやらせるの?
「ちなみに幽々子が捕らわれて、それを妖夢が助けに行くゲームも製作中よ」
可哀想に、主がロクな頭の中身をしていないせいでこんな酷いことに付き合わされるだなんて。
いつか私たちはストライキを起こすかクーデターを起こすべきだ。閉鎖した幻想郷社会に変革の風を。
「藍さまー、そこの扉に入って絵に飛び込むらしいですよ」
「そうそう、気合入れて作ったんだからがんばってクリアしてね!」
橙が説明書らしきものを一生懸命読んでる。ありがとう、私の味方はお前だけだよ。
「えーと、クリアしたらあぶりゃーげあげるのでがんばれ、だそうです」
「あぶりゃーげだぁ!」
言ってしまってから、全身から汗が噴出してきた。
紫様はぷくくと笑いを堪えているし、橙はなんだかとんでもないものを見てしまったような顔をしている。
いけない、これは実にいけない。
「藍って昔っから、ご褒美に油揚げあげると大喜びするのよ」
「そ、そうなんですか……。いえ、いいと思いますよ、私もまたたび、好きですし」
橙が絶対引いてる。視線も泳いでるし。
こうなったらさっさとクリアをして、紫様のケツを蹴って鬱憤を晴らすしかない。
「がんばって霊夢の野望を打ち砕いてくれよな!」
うるせえキノコ頭。
絵の中に飛び込むとか言ってたけど、額縁には明らかに隙間が展開されてた。なんだこの手抜き。
「予算が降りなかったのよ」
予算関係ないだろ。とかいう野暮なツッコミを入れてたらそれだけで日が暮れる。紫様は無視の方向で行こう。
「飛び込むのよ! 八雲藍!」
「はいはい」
めんどくさいのでモタモタ入ってみたら。
尻打った。
「もー、飛び込み前転を前提として作られてるんだから当たり前でしょ?」
この隙間葬りたい。
「やった来た! ついに暴虐の限りを尽くすチルノを倒す勇者が!」
なんだかよくわからないけど、妖精が三匹跳ねてる。
「なんかよくわからないけどすっごくおっきくなって山の頂上に陣取ってるの!
お願い! チルノをやっつけて!」
すごくどうでもいい。
「聞いたわね藍。第一のミッションはチルノを倒すことよ」
「あれですね? 結構高いですね」
「がんばったのよ」
胸を張る紫様。その労力をもう少しだけ別のところに回してくれないもんかなぁ。
「んじゃ飛びますか」
「残念ね藍。その世界ではあなたの力は制限されてるわ。
空を飛ぶことはおろか、弾幕を張ることもできない。
ためしに、そこらへんを歩いているチビ萃香で試してみなさい」
見ると、小さい萃香が行ったり来たりしてる。雑魚キャラで登場することに抗議はしなかったんだろうか。
「えいっ」
ぽかりと頭を叩いたら、涙を大きな瞳に溜めてどこかへ逃げていってしまった。
なんかすごい罪悪感湧くんだけど。
「やーいやーい泣かしたー」
どうしろっていうのさ。
紆余曲折を経て、頂上までやってくることができた。
途中鉄球を拳で砕いたり、杭に繋がれていた犬(妖怪の山で拾ってきたらしい)を開放したりと骨が折れた。
ルール違反だと騒いでいた紫様も、一度睨むとすっかり大人しくなった。ずっとそうしとけばいいのに。
さて、残るは目の前にいる巨大チルノを倒すだけだ。
その背丈、約20m。でかっ!!
「あたい」
「ちょっと、大きくしすぎたかな?」
「何を思って作ったんですか」
てへっと舌を出す紫様。その舌引っこ抜いてやろうか。
「とりあえず三回その子を転ばせれば、チェンが飛び出す仕組みよ。チェンを見事ゲットしたらクリアね」
「はいはい、とりあえずやりますよっと」
しかしどうしたものか。正攻法で戦ってもらちが明かない気がする。
幸いでかチルノはこちらを敵として認識してはいないようだった。
「なぁチルノ」
「あたい」
「……お前ほかに喋れないのか」
「あたい」
頷くでかチルノ。なんだか不憫に思えてきた。
「ちょっとそこまで手が回らなかったのよ」
言い訳はいい。
「チルノ。受身の練習しようか。私の真似をしてみてくれ」
これでライフが減るかはわからないが、物は試しだ。
オーソドックスな受身をその場でとって、でかチルノにもそれを促す。
「あたい」
ものすごい地響きが起きた、と同時に、頭の上に何かが表示されている。
「あ、それライフポイント。なくなったらゲームオーバーね」
なんかやたらすごい速度で減ってるんですけど。
「でかチルノの振動攻撃ね」
あーはいはい。
目の前がまっくらになった!!
ってまた尻打ったよ。いい加減にしようよ。
「お帰りなさい藍。残念ながらクリアならずね」
「お疲れ様ですー」
橙が濡れタオルを渡してくれた。絞ってない。
でもニコニコしてる辺り悪気はないんだろうな、うん。
「ちょっと難しくしすぎたわね。難易度調整が必要かしら」
指を頬に当てて思案顔の紫様。
私は何も言わず、開いたままの隙間に金髪でか乳女を投げ込んだ。
次回はみょんとゆゆ様でwww
1 やまのうえのきょだいチルノ
と頭に画像が・・・・