春の陽気が麗らかなお昼時。
鴉天狗の射命丸文は、庭と言っても過言ではない妖怪の山を歩いていた。
ただ、無為に散策しているのではない。
とは言え、山の警備をしている訳でもなかった。
何時も通りと言えば何時も通りだが――文は、新聞のネタを探している。
博麗神社付近ほどではないが、山にも、外の世界の色々な物が落ちていた。
大概の品は利用方法がわからず、わかっても使えない物が半数以上を占める。
けれど、極稀に、文にも価値がある物が落ちていた。
書籍や雑誌――本の類だ。
無論、雨や風が強い日は話にならない。
しかし、今日は快晴で、絶好の探索日和だった。
歌の一つも口ずさみ、文は山を進む。
「何かないかしら……何かないかしら……!?」
随分と必死だった。
そんな文を、天は見放さなかった。
大木の根元に、数冊の本が落ちている。
固めた拳を振り上げながら、文は跳んだ。
拾得物は、学術誌、週刊誌、そして――
「わーぉX指定。文、困っちゃう」
――成人誌。
可愛らしい少女が表紙を飾る、所謂エロ漫画だ。
動じることなく、その場で読みだす文。
ぺらぺらと数頁めくる。
数秒後、閉じ、溜息をついた。
「私が外にいた頃と人間は変わっていないな。
誠に儚く、軟体動物である。
あ、サバ読みました」
江戸時代には既に、蛸との絡みを描いた絵、春画が存在している。日本人って凄いね。
加えて、文は別に賢者モードになった訳でもない。
ともかく――。
「んー、私には必要ないけど、と」
全ての本を鞄に収め、文は、空へと舞い上がった。
再び文が地面へと足をつけたのは、人の里の近くだった。
ほどほどに伸びた木々の中を進み、いっとう大きな木に近づく。
その根元、ぽっかりと空いた穴に、瓢箪と手紙が置かれていた。
鞄を降ろして、文は双方を手に取る。
手紙には、文への要望、相談、そして、感謝が記されていた。
『ばいんばいんなおねーちゃんの本が欲しいです』
『リリカちゃんのチケットが欲しいねんけど、どうすれば手に入るやろか』
『報告が遅れ、申し訳ありません。
先日、私たちは式を挙げ、夫婦となりました。
これまで、様々な助言、本当にありがとうございます』
一つ一つ、丁寧に返答を書く。
『楽しみにしておきなさい』
『個人ライブの予定はなかったと思うわ。でも、地底との合同ライブの話があるから、お金は溜めておくようにね』
『おめでとう――いいえ、おめでとうございます。
これからの出来事は、私では助言もできません。
ですが、お二人ならば乗り越えて行けるでしょう。p.s.二人の愛の結晶、早く見せてね♪』
そして、ペンを胸ポケットに収め、鞄の本を一冊、穴の中へと置いた。
『上級者向けにつき閲覧注意 by 山からきた淑女』
文がまだ、むっつりだった時代。
その手の本の捨て場所に困った彼女は、この場所に不法投棄する。
幾日か過ぎた頃、そこには、本の代わりとばかりに酒が供えられていた。
――それから数百年続いている、彼女にしては珍しい、何の打算もない秘められた交友であった。
閑話休題。
ネタ探しに他の二冊を読もうと、文は山へと戻った。
九天の滝を通り過ぎようとしたその時、視界の隅に映る影。
三つの影は、文も馴染みの、三名の少女だった。
「……!」
「……?」
「……~」
何事か話しているようだが、瀑布の音で捉えられない。
「あやや、これはこれは、皆さんお揃いで」
挨拶とともに、文はひらりと舞い降りた。
「あ! ……射命丸様」
「文さん、こんにちは」
「よっす文」
順に、‘哨戒天狗‘犬走椛、‘風祝‘東風谷早苗、‘念記者‘姫海棠はたての三名だ。
椛は、耳をぴんと立て、威嚇するような表情を向けてくる。
早苗は、そんな椛の態度に微苦笑を浮かべていた。
残るはたては、全くもって普段通りだった。
話を聞くならば早苗かはたてだろう――思いつつ、文は口を開く。
「なに、話してたの?」
椛が完全に威嚇の姿勢を取った。
おいそれと尋ねるような話題ではないらしい。
眦を釣り上げる椛に、文はそう推測を立てる。
或いは、自身に聞かれたくないのだろうか。
視線を他二名に移し、文は首を傾けた。
「早苗さん! はたてさん!」
「そう吠えるようなことでも」
「だよねぇ。どったの、椛?」
どうやら、そうでもないようだ。
両手を握り上下に振る椛を早苗が抑え、文にははたてが続ける。
「どこに隠しているかって話してたのよ」
「隠し場所、ねぇ」
「うん」
確かに大した話題ではない――が、文は内心驚いていた。
同族のはたては納得できる。
早苗もなんだかんだ言ってそういう年頃だ。
しかしまさか、生真面目で知られる椛が持っているなどとは。
「いや……、その話の主語ってぅわおう!?」
大剣の切っ先が文の髪を掠める。
早苗の抑えを振り切った椛からの一撃だ。
当てるつもりはなかったのだろう、椛自身が一番目を丸くしていた。
つまりは、それほど動揺しているのだろう。
「がぅあー!!」
「や、椛、落ち着いて!?」
「……と言う訳で聞かないでください」
苦笑する早苗の瞳に、『わかるでしょう?』と問う色が見受けられた。
文は頷き、促す。
「それで皆さん、何処に?」
「一応聞いておきますけど、新聞に書きませんよね?」
「こんな普遍的なネタ、ででんと載せてどうするんですか」
早苗の問いに、文はにこりと笑み、答えた。
「あ、コラムにでもするつもりだ」
はたての閃きに、文はにごりとした笑みを浮かべた。濁っている。
「ばぅあーっ!」
再び振り落とされる大剣。
どうということもなく、文は避ける。
体を密着させ、ぽんと椛の頭に手を置いた。
固まる椛の髪を二三度撫で、多少澄んだ笑みに戻った文が、言う。
「それぞれの名前は……うーん、そう、特定されるような書き方はしないわ。
さっきも言ったけど、どこにでも転がっている話だし。
だから、お願い、ね」
片手をあげてウィンクする文に、早苗とはたてが顔を見合わせ、頷き合う。
一瞬後、はたては椛に視線を向けた。
早苗は首を横に振る。
『聞く必要はない』、もしくは『聞いてもしょうがない』だろうか――頭から煙を出しそうな椛の表情に、文はそう読み取った。
「じゃあ、椛から」
「わ、私からですか!?」
「……まぁ、早めに言っといた方が楽ですし」
姦しくなる三名。
その様子に文は小さく苦笑する。
人妖問わず、この手の話は転がり出せば止まらないだろう。
「えぇ……と。
引き出しの、奥です。
鍵をかけているので、ばれません」
「またベタな……。それに、そう言う所ってばれやすいんですよ?」
「……多分、見つかっていないでしょう。
次、続けさせていただきますね。
私は……あの、枕の下に」
「布団に入って即模擬練習!? さ、流石は現代っ子の風祝……!」
「? よくわかんないけど、可愛いじゃん。
フタリにゃさっきも言ったけど、私はそもそもいないんだよねぇ。
でも、もしできたら、こん中に入れるかな。シールにして貼るのもいいね」
「嘘つけカマトト。……って、そのカメラに? そんな小さいのでいいの!?」
ぽろっと本音を零す文。
はたてがコメカミに青筋を浮かべる。
先ほどのお返しとばかりに、椛が抑えに回った。
「ふーん……最近はそうなんだぁ」
文ははたてが持つカメラを凝視する。
自身の愛機の二分の一程度の大きさだろうか。
目測で、高さは十五六センチ、幅は五センチほど。
絶対満足出来ねぇ――思う文の視界に、ひょいと挙げられる手が一つ。
「はい」
「なんです、早苗さん?」
「『なんです』じゃないです。文さんの番ですよ?」
ガールズトークに引っ張り込むつもりなのだろう。
聞きたいのは早苗だけではないようだ。
椛は言わずもがな、暴れていたはたても静かになった。
尤も、後者は単なる下世話な興味、もとい好奇心によるものなのだが。
少女三名の視線を平然と受け止め、文は笑む。
「期待外れで申し訳ないんですけどね。
皆さんと違って、隠したりはしないんですよ。
まぁ、来客がある時はてきとーな場所に移しますが」
ちらりと椛を見る。
此処最近の来客と言えば、ほぼ彼女だったからだ。
夢見る乙女だと侮っていたが、少しずつ大人の階段を歩んでいるんだろう――思い、文は微笑みを浮かべた。
数秒の間、視線が絡む。
「……はっ!? あ、や、う、素敵――じゃなくて!」
「いえ……私も、そう思います」
「ちょっと格好いいかも」
動揺する椛の言葉に早苗が同意し、続けて、はたてが唸る。
憧憬が込められた視線。
慣れているとは言え、やはり、くすぐったさを感じた。
黒い翼をゆっくり、けれど、大きく広げ、文は空へと浮かび上がる。
「とは言え、ここまでなってしまうのも考えものかもね。
だから、貴女たちはそのままでいなさいな。
私のようになっちゃ駄目よ?」
ぱちりと贈ったウィンクは、少女たちの感嘆が込められた溜息で返されるのだった――。
「――と言う感じでさぁ、もーおぅ皆可愛い! 私ったらいい女!」
「心配せんでも、お前のような奴にゃそうそうなれんだろう」
「うふ、私がいい女って言う所は否定しないのね」
わざとらしい媚を含んだ笑みに返ってきたのは、隠すつもりもさらさらない胡乱気な視線だった。
三名と別れた後、文は自宅へと戻り原稿を書き上げた。
ストックしていたネタをどうにか形にしたのだ。
結局、山で拾った書籍は役に立たなかった。
「内容自体は面白かったんだけどねぇ。卵子だけで子どもができるとか」
「眉つば……でもないか。永遠亭の薬師殿ならやってくれそうだな」
「ずっこんばっこんするのが醍醐味がぼぼぼ!?」
湯に沈められる文。自業自得。
整えたものを印刷所に届けた文は、執筆の疲れを取るために博麗神社付近の温泉へとやってきた。
酒を煽りつつ刷ってもらったゲラを見直していると、もうヒトリの来訪者。
文の次に来たのは、昔馴染みの八雲藍だった。
押さえる手を払いのけ、文は浮上する。
「飛ばし過ぎだ馬鹿もの」
「飲みねい飲みねい」
「うむうむ」
杯を満たし、藍へと回す。
注いでいるのは、文と人との交流の証。
つまるところ酒であり、燃料注入であった。
ぐびりぐびりと杯を煽る藍を横目に、文はゲラを開く。
「そう言えば少し前、貴女とも話したわねぇ」
「確か……一月半ほど前か」
「そーそ」
頷きつつ、該当の記事を指差しながら、ゲラを藍へと手渡す。
はたての指摘通り、その件はコラムとして仕上げた。
珍しくも宣言通り彼女たちの名前は出していない。
少女の秘密は記すべきではないと思っていた。
……以前に少女たちのドロチラを一面フルカラーで掲載したこともあったが、それはまた別の話。あれは真実だし。
「はたてが持ってないってのも驚いたけど、何より椛が持ってる方にびっくりしたわ。
あの子も年頃だから、まぁ納得できなくはないんだけど。
んでも、実施はまだまだ先からしらねぇ」
上機嫌で語る文。
「……少しばかり尋ねるが」
そんな彼女に、自身の顎に手を当てつつ藍が切り出した。
「んぁ、なんかミスでもあった?」
「誤字の類じゃない」
「……あによ?」
言葉を選んでいるような口ぶりに、文は訝しげに質問を待つ。
実際、藍は言葉を選んでいた。
浮かんだ指摘に自信が持てない。
記事だけでは、どちらとも読みとれた。
「はたての抜粋は、聞いたままか?」
「うぅん。だって、『貼る』っておかしいでしょう」
「やはり変えているか。そうだよなぁ……おかしいもんなぁ……」
呟きに、文は更に怪訝な顔をした。
空咳を打ち、藍が続ける。
「恐らく、だが……。
椛たちはエロ本の話なんぞしていない。
あの子たちが隠しているものは、そう、それこそ少女の秘密」
もったいつけた言い方だったが、それでも、文にはとんと解らなかった――。
「――想い人の写真、じゃないか?」
カクン、と文の顎が落ちる。
「早苗の相手は知らぬがな。
はたてもまぁ、今は仕事が恋人だろう。
決定的なのは椛だ。だから、お前に聞かせたくはなかったんだろうし」
ぽんと手を打つ小気味よい音が、湯に波紋を広げる。
しかし、打った文は未だに目を見開いたままだった。
「……辻褄は合うと思うが、どうだ?」
「ものすごく納得してる」
「うむ」
頷き、藍が杯を一気にあおる。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
ぷはぁ。
同じく、文も瓢箪を口に付けた。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
ぶはぁ。
虚空に視線を漂わせ、鴉と狐は同時に呟いた。
「……汚れたなぁ、私たち」
<幕>
《幕後》
あ、さて。
刷ったもんはしょうがねぇと、文は新聞を何時も通りばら撒いた。
そして、藍が思った通り、件のコラムはどちらとも読みとれるものだった。
次の新聞を配る際、色々と愉快なことになっているのだが――
「ねぇね、妖夢はこういうの、持ってるの?」
「な、なにを突然うどんげさん!? この魂魄妖夢、そのような不埒な物には一切の興味もなき所存!」
「そうなんだ。私は、そういう想いが持てる人、ちょっと羨ましいな」
「マジで!? あ、いやいや、こほん。……人里近くの雑木林に、落ちているとかいないとか」
「へ? 道端に落ちているものなの?」
「隠したりなんかしませんよー。と言うか隠せませんし。私のはほら、動かないエロ本ですから」
「ノーコメント。……土水符‘ノエキアンデリュージュ‘」
「うっきゃー!?」
「私が、そう言うのに興味あると思う?」
――それはまた、別のお話。
《幕後》
嫁である半霊ががどどーんと!
もう可愛いすぎて縛り上げげふぼふぅ!
で、この少女たちのアレ(文試行的な意味で)の隠し場所はどこだろう~♪
むっつりあややのお話も見てみたい。機会があれば是非お願いします。
最近は便利になったよね、うん
いやまあ、アレは美談ですけど。
>「私が、そう言うのに興味あると思う?」
誰だろう、霊夢かなあ。