「そういえば、聖とひじきって似てますよね。発音が」
命蓮寺の食卓が凍りつく。おい馬鹿やめろ。小さな賢将が己の主を諫めようとしたが、とてつもない怒気に当てられ、何もできなかった。
発信源は上座に座る、封印されていた大魔法使いその人。慈母を思わせるアルカイック・スマイルは崩さないまま、噴火間際の怒りを湛えている。他の妖怪、すなわち舟幽霊や入道使いや正体不明(それと雲親父)は、成り行きをただ見守るしかなかった。
似たことはかつて、人間の里の童子童女を招いた時もあった。名前をもじってからかう子供に対し、朗らかな笑顔で窘めた。軽い冗談のつもりでも、人を傷つけてしまうことはある、と。傍目には微笑ましいことこの上ない。しかし後で聞いたところによると、幼心にも生命の危機を感じるような、迫力のある微笑みだったという。所謂、目だけが笑っていない、という状態だ。不正を正さずにはいられない性が、少々行き過ぎたらしい。
招いた客にも厳しい尼僧が、身内に甘いわけがない。暢気な顔で食事を続ける毘沙門天の代理に対し、口火が切られる。柔らかな笑顔から急転直下、修羅の形相となりながら。
「口にモノ入れたまま喋るんじゃねええええぇぇぇ!!」
食卓を揺らす大音声。食器と灯火が震える、妖怪達が首を竦ませる。さしもの鈍感な虎も、ようやく過ちに気付く。
怒声の余韻が消えた頃、いつものような穏やかな声で、説教が始まる。
「妖怪も神様も人間も、みな平等です。そして私たちが普段食べているものもまた、等しく生きているもの。いや正確には、かつて生きていたものです」
皿に乗った精進料理に、華やかさはない。米に野菜に汁物、焼き魚があるだけだった。
そんな食物にも、かつては命が宿っていたものである。
「私たちは生命を奪わずに生きていくことはできません。人間は言うに及ばず、妖怪だってそうです。生粋の魔法使いとて、生まれつき捨虫の法を会得している者はまずいません。生きることは、他の何者かに犠牲を強いることなのです」
それはどうしようもない理だった。禁呪に手を伸ばしても抗えないものだった。それでも尚、大魔法使いは逃避せず、自棄にもならない。
「ならばせめて、食する時は敬意を忘れてはいけません。咀嚼中の様子を見せて人を不快にさせるのは、私たちを生かすために命を投げ打ってくれたものへの冒涜でもあります。私は皆さんに、そんな妖怪になってほしくない。不出来や罪を抱えていてもいい。それでも、これからは悔い改め、よりよい生き方に近づいていってほしいんです」
これでこその聖白蓮。広く衆生のために手を差し伸べる現代の聖人である。賢将、舟幽霊、入道使い、正体不明(それと雲親父)が揃って敬服する。過ちに気付かされた虎妖怪に至っては、机に額が付きかねないくらいに顔を伏せていた。それは羞恥からというより、申し訳なさからくるものだった。
無論、仲間を見捨てるような尼公ではない。席を立ち、うなだれる肩をそっと撫でた。
「だから、ね?」
顔を上げると、慈愛に満ちた僧侶の笑みが出迎えた。嗚呼、また過ちを犯した私でさえ、再び受け入れてくださるのか。彼女は眦が熱くなるのを感じながら、次の言葉を待つ。
そして般若が顕現した。
「人の名前で遊んでんじゃねえええぇぇぇ!!」
「やっぱ覚えてたぁ!?」
阿鼻叫喚は誰にも止められず、遂には命蓮寺の食卓がひっくり返された。
命蓮寺の食卓が凍りつく。おい馬鹿やめろ。小さな賢将が己の主を諫めようとしたが、とてつもない怒気に当てられ、何もできなかった。
発信源は上座に座る、封印されていた大魔法使いその人。慈母を思わせるアルカイック・スマイルは崩さないまま、噴火間際の怒りを湛えている。他の妖怪、すなわち舟幽霊や入道使いや正体不明(それと雲親父)は、成り行きをただ見守るしかなかった。
似たことはかつて、人間の里の童子童女を招いた時もあった。名前をもじってからかう子供に対し、朗らかな笑顔で窘めた。軽い冗談のつもりでも、人を傷つけてしまうことはある、と。傍目には微笑ましいことこの上ない。しかし後で聞いたところによると、幼心にも生命の危機を感じるような、迫力のある微笑みだったという。所謂、目だけが笑っていない、という状態だ。不正を正さずにはいられない性が、少々行き過ぎたらしい。
招いた客にも厳しい尼僧が、身内に甘いわけがない。暢気な顔で食事を続ける毘沙門天の代理に対し、口火が切られる。柔らかな笑顔から急転直下、修羅の形相となりながら。
「口にモノ入れたまま喋るんじゃねええええぇぇぇ!!」
食卓を揺らす大音声。食器と灯火が震える、妖怪達が首を竦ませる。さしもの鈍感な虎も、ようやく過ちに気付く。
怒声の余韻が消えた頃、いつものような穏やかな声で、説教が始まる。
「妖怪も神様も人間も、みな平等です。そして私たちが普段食べているものもまた、等しく生きているもの。いや正確には、かつて生きていたものです」
皿に乗った精進料理に、華やかさはない。米に野菜に汁物、焼き魚があるだけだった。
そんな食物にも、かつては命が宿っていたものである。
「私たちは生命を奪わずに生きていくことはできません。人間は言うに及ばず、妖怪だってそうです。生粋の魔法使いとて、生まれつき捨虫の法を会得している者はまずいません。生きることは、他の何者かに犠牲を強いることなのです」
それはどうしようもない理だった。禁呪に手を伸ばしても抗えないものだった。それでも尚、大魔法使いは逃避せず、自棄にもならない。
「ならばせめて、食する時は敬意を忘れてはいけません。咀嚼中の様子を見せて人を不快にさせるのは、私たちを生かすために命を投げ打ってくれたものへの冒涜でもあります。私は皆さんに、そんな妖怪になってほしくない。不出来や罪を抱えていてもいい。それでも、これからは悔い改め、よりよい生き方に近づいていってほしいんです」
これでこその聖白蓮。広く衆生のために手を差し伸べる現代の聖人である。賢将、舟幽霊、入道使い、正体不明(それと雲親父)が揃って敬服する。過ちに気付かされた虎妖怪に至っては、机に額が付きかねないくらいに顔を伏せていた。それは羞恥からというより、申し訳なさからくるものだった。
無論、仲間を見捨てるような尼公ではない。席を立ち、うなだれる肩をそっと撫でた。
「だから、ね?」
顔を上げると、慈愛に満ちた僧侶の笑みが出迎えた。嗚呼、また過ちを犯した私でさえ、再び受け入れてくださるのか。彼女は眦が熱くなるのを感じながら、次の言葉を待つ。
そして般若が顕現した。
「人の名前で遊んでんじゃねえええぇぇぇ!!」
「やっぱ覚えてたぁ!?」
阿鼻叫喚は誰にも止められず、遂には命蓮寺の食卓がひっくり返された。
元ネタのあれは、広有(ひろあり)って名前の人であって、この場合は「有」が余計なんだと思います。
見当違いなこと言ってたら申し訳無い。