言うまでも無く、釣瓶落としの本懐は「落ちる」事である。
目標へ向かって直上から自ら降り注ぐ。
突然の出来事に獲物は対処することも出来ずに、その脳髄をブチ撒けるはめになるのだ。
それこそが釣瓶落としである私の在り方というものだが、この地底ではひとつ、問題点が発生していた。
住人の大半が「鬼」なのである。
あいつらの頭には角がある。
それが二本か三本かなんてことはこの際どうでもいいことだ。
頭上から奇襲をかけても、結末は串刺しになった私の姿であることに変わりは無い。
おまけにアイツらの石頭っぷりは私にはどうにもならないレベルなのだ。
以前、星熊勇儀の頭を撫でさせてもらった事があったのだが、多少の固さを持ちながらも綺麗に伸ばされたその髪の毛も、その下の頭皮も、私の餌食になってきた人間それとはレベルが違った。
人間の頭部を木だとするならば、鬼のそれはオリハルコン。
運良く角の串刺しを免れたとしても、次の瞬間私の愛用の桶は無残にも粉々になっていることだろう。
そういった理由から地底世界にやってきてからというもの、私はいつも欲求不満なのである。
誰かの頭に降り注いであげたい。
頭かち割ったりしたい。
胸のうちでそんな欲求が渦巻いている。
そんなある日の出来事だった。
地底と地上を繋ぐ長い長い縦穴。
私はいつものようにその上部でふらふらと身を揺らしていたのだが、ふと下を見た瞬間、それは私の目に飛び込んできた。
角の付いていない綺麗な頭頂部。
どこかひ弱そうなその体躯。
そしていつもボーっとどこかを眺めている彼女。
水橋パルスィが私の直下、縦穴に飛び出した足場に膝を抱えていたのである。
私達の距離は約30メートルほど。
全力で落下すれば彼女は避けることが出来ない、そんな距離。
どうする、と私は自分に問いかける。
本能のままにその頭に強襲を掛けるべきと力説する私。
一応の知り合いである彼女にそんなことをするなんて出来ないと説得する私。
どちらに従うべきか。
早く決断しなければ彼女は去ってしまうかもしれない。
こんな絶好の機会、もう二度と訪れないかもしれない。
身体をゆらりと揺らしながら私の気持ちも揺れ動く。
ジーっとパルスィを眺めながら悩む。
「…………」
目が、合った。
不意に顔をあげたパルスィ。
その視線と彼女を凝視していた私の視線が当然のように絡み合う。
ほら見ろ、迷ってたから気付かれたじゃないか、と悪い私。
いや、これでよかったんだ、と優しい私。
振り子のように揺れていた私の身体はピタリと静止する。
「………………」
パルスィはその場を動くわけでも、こちらに何かするでもなく、ただ私を見ていた、
その意図、その瞳が何を言っているか、私にはなんとなく分かるような気がした。
──来てみなさいよ。
挑発。
いつも引っ込み思案の私に対する挑発だ。
──どうしたの?
もう諦めるんでしょう? って。
性格の360度捻じ曲がっている橋姫はそう言っている。
間違いない。
桶を握る手に力が入るのがわかった。
私だって釣瓶落としだ。誰かの頭上に降り注いでこその存在だ。
優しい自分を心の奥底へ封じ込み、釣瓶落としとしての私が顔を出す。
橋姫は薄ら笑いまで浮かべ始めている。
積年の欲求不満の限界だった。
私は、私だって──
時には、欲張りに生きる事だってあるんだ……!
全速力で、パルスィの頭のつむじ目指して、落下を開始した──。
酷い目に遭った。
まさかパルスィが爆発するなんて。
弾幕に飲み込まれてボロボロになった私に横から本物のパルスィが近づいてきて「あんた少しは警戒しなさいよね」なんて言いながらケタケタ笑ってた。
やっぱり罠だったのだ。
純粋な妖怪の心を弄んで笑っている橋姫を見ていたらなんだか泣けてきた。
そうしてグズグズと鼻を鳴らして目元に涙を溜め込んで必死に泣かないよう耐えていると、流石に悪く思ったのかパルスィはごめん、って一言だけ謝った。
単純なやつだ。
しかしながら、結局私の欲求は満たされないままである。
それならもう藁にもすがる思いでパルスィに相談してみたところ、
「それなら地底で一番のろまでどん臭い奴の所へ案内してやるわ。私が状況を作ってあげるからあんたは思う存分釣瓶落としを楽しみなさい」
だそうだ。
案外いいやつなのかもしれない。
さて、そう言わたまま彼女についていってどこへたどり着いたかといえば、なんと地底の最奥である。どうやらこの場所に件の人物がいるらしい。
慣れた様子で館を歩くパルスィの後ろに浮かんで付いていくと、ある部屋の前で彼女は私に言った。
「いい? 私が注意を逸らすからその間に配置に付きなさい」
彼女の脳髄をぶち撒けなくてよかったと今更になって思う。
なんて優しい橋姫なんだろうか。
感謝の意思を込めて頷いた私を見てから、パルスィは部屋の中へ入っていった。
ドアには名前の書いてあるハート型の札が掛けられていた。
「さとりのへや」
超難易度のミッションを前に、私のテンションはフォルッテシモだった。
どたん、と何かが倒れるような物音を合図に、私は少しだけ開けっ放しになっていたドアを広げ、室内へ入る。
───しているふたりの視界に入らないよう、壁に沿うようにして移動し、天井へ張りつく。
しばらくしてパルスィは部屋を出て、室内には私とさとりのふたりだけになった。
位置関係は先ほどのパルスィの時と似ていた。
さとりの部屋はやたらと天井が高く、部屋を覆うようにして本棚が並べられている。
そのお陰で再び彼女の頭上20メートルという距離を得ることが出来たのだが。
ともあれ、第一目標はクリアである。
しかしここでひとつ、問題が発生した。
当然ながらさとりは覚り妖怪である。
彼女にこちらの思考を読まれてはこの釣瓶落としの成功は無いだろう。
問題はその有効範囲だ。
20メートル。
遠いのか近いのか微妙な距離だ。
もしかしたらこちらの考えは既に筒抜けなのかもしれないし、有効範囲外で全くの無防備なのかもしれない。
その答えの確実な確認方法は私には無い。
ということは、推理しなければならない。
彼女の行動から。
とりあえず今のところさとりは目立った動きは見せない。
ただベットに座って惚けているだけ。
もうひとつの手がかりはパルスィ。
彼女の行動などから部屋の構造、さとりの能力などへの知識は深いように思われる。
そもそもこれは彼女の立てた計画だ。
それならばこの距離は安全圏?
そして彼女の言った「地底一どん臭い」。
もし私の存在を感知されていたとしても、さとりが避けきれる確証が無いことからの言葉のように思われる。
証言と状況がこのミッションの成功を予言していた。
心を読むさとり妖怪に釣瓶落としを決めた者としての名声を得られるのかもしれない。
そんな誘惑が、胸のうちに湧き上がる。
ちろりと、無意識に舌なめずりした。
私は誓ったはずだ、もっと本能に素直に生きると。
それならば、と考えて──
フラッシュバックする。
先ほどの光景。
パルスィにしてやられた数時間前の出来事が。
同時に私の中の優しい橋姫の笑顔が歪んだものに変わっていく。
またか、と。
また私は騙されたのかも知れない。
あぁでも。
でも、だ。
過程はどうであれ、思惑がどうであれ。
私は今さとりに釣瓶落としをブチかませる位置にいるのだ。
それならばもう何も考えることは無い。
この欲求とパルスィへの鬱憤を、ぶつける。
それだけでいい。
それこそが、私が釣瓶落としである証明。
それだけが、私が釣瓶落としとしてするべきこと。
そうだ、私は今こそ──
トラウマを、乗り越えるのだ──。
あなたの書くキャラは皆良い性格してますねww
さて、と……ではパルスィがさとりに何をしていたのかを100KB以内にまとめてご説明頂きましょうか。
と、言いたいが、落ちたとしたら勉強しないでSS読んでる俺が悪いんだよな。済まない。良いSSだったよ。
で、パルスィとさとりは何をしてたのか教えてほしいな。このままだと気になって試験どころではなくなってしまうなあ?
そして先ほどの行為を思い出して惚けているさとりん可愛いよ。