東風谷早苗は専ら楽しむ訳でも無く、境内からぼんやりと青白い月夜を愛でていた。
霊夢の影響である。彼女は暇になってもせかせかしないし、そういう時はお茶を飲んで境内でぼんやり。今の早苗の様に月を眺めている事もあるし、風が舞うのをじっと受け止めている事もある。何か意味はあるのかと聞いても
「何となく。癖かしら」
と生返事をされるばかりで、それを見た早苗は何時からか真似する様になった。
理由は自分でもはっきりしない。穏やかなあの海の如く静に身を委ね、あらゆる俗事を離れて世界を見渡す。そんな姿に憧れたのかも知れない。少なくとも巫女さん業は、そんな感じの方が似合っている気がした。動かざる事山の如く腰が重いのも事実だが、かっこいいと感じたのは決してその時の気分だけでは無い。
昼は昼なりに(神社らしく)忙しいので、その時間帯は今までの早苗とは変わらない。月が綺麗な夜は必ず、境内に出て霊夢の真似をしていた。二人の神様も、そういう時は邪魔をしなかった。
「……──」
不思議と彼女は飽きなかった。仕事柄、霊的なものや神妙なものには人一倍の感覚がある。これと言って悟りを開いたりする事は無かったが、日本の原風景とはこの事だろうかとよく考えた。
和、とはただこれだけで成り立つ様だ。
彼女は、もう子一ツ刻になっただろうかと区切りをつけようとした。仰向けに倒れ、ずるずると背後の座敷に体を伸ばす。大きなのっぽの古時計を覗くためだ。
「んー……ん?」
だいたい子一ツ刻だが、それよりも早苗は月明かりを隠された事に気付いた。今さっき正面に月を迎えていた。その青白い光が急に遮断されたのだから、とすれば誰かが自分の前を塞いでいる事になる。
再びずるずると体を引きずり、まず視界を正面に戻した時だった。
「こんばんは、私が」
「わーっ!!って痛いっ!!」
とある茄子傘よりも遥かにインパクトの強いものがいきなり飛び込んできて、早苗はストレートに心臓が飛び出す感覚を味わった。天井から変なものがぶらさがっていて、しかも急に声を掛けられたのだから当然である。挙げ句、一瞬だけ確認したのが何故か般若の顔だったので尚更驚いた。
仰向けだった早苗は反射的に後ろへ逃げようとして、勢い良く頭を床にぶつけてしまったのである。
「あやややや、失礼しました」
「痛い痛い……ってその声は」
「ご無沙汰してます~」
もう一度正面に向き直すと、やはりさっきと同じように般若フェイスが天井からぶらさがっている。声に聞き覚えがあったのでそれと分かったのだが、最近見掛けなかったあの天狗だった様だ。自らお面を外すと、悪戯っぽい笑顔が下に隠れていた。
「こんばんは、私が射命丸文でございます」
「ですよねぇ……何ですかその顔」
「先日の豊穣祭で見つけた般若のお面ですよ?ひょっとこもありましたが、こちらの方が良いかなーと思ったので」
「もー……」
ひりひり痛む後頭部を押さえながら早苗は漸く体を起こそうとした。それに合わせ、文のシルエットはくるりと空を舞い、身軽に飛び降りる。軒に足を引っ掛けていた様だ。
「よっこいしょ。素晴らしいリアクションでしたよ」
「ちょっ、ちょっと何を」
「まあまあ」
文は起きかけた早苗の体を無理矢理仰向けに押し戻すと、スムーズに彼女の体に馬乗りになった。早苗からは文の何やら恍惚とした表情を上に、文からは早苗の混乱した表情を見下ろす事が出来る。
「んっふー、やっと捕まえました」
「はい?」
「おっと、動かないで下さい。貴女は私に捕まったんですから」
急な出来事だが、早苗にはそれとなく文が考えている事が推測出来た。こんな夜分に人にまたがって恍惚な表情を浮かべたら、する事は自然と限られてくる。とりあえず振り落とさなければ、あんな事やこんな事をされてしまうのは免れられまい。
「……ってそれマズイです!!下りてください下りてください!!」
「おろろ、仕方ありませんね。貴女はもう動けなーい、はい」
「うっ……」
「おお、えろいえろい」
じたばたともがく早苗に対し、文はさっさと神通力を掛けてしまった。こうなってしまうと早苗は金縛りに遭った様に身動きが取れないのである。目を合わせると、そこにはただの変態が一人。とんでもなく不利な状況だ。
ほぼ思惑通りに進んだとほくそ笑む文が唯一誤算だったと感じたのは、早苗が強い目で睨むのをやめなかった事だった。無抵抗は従う意思、断じてあり得ないというのか。
「良い目ですねぇ、東風谷さん」
「……」
「貴女が置かれている状況は分かりますよね」
だが結果はもう見えている。にんまりと笑みを浮かべる文は、早苗の露出した肩に両手を添えた。
「そんな感じです。では早速」
「待った!ちょーっと待った!!」
「何か足りないものでも?」
寸での所を思い止まらせた早苗は、神通力を破るのは不可能だと判断し、その上でストップを掛けた。
「足りないと言うか、何故いきなりこんな手段に出たのかくらい聞かせてくれても」
「好きだからです。では」
「待ったーっ!!」
この犯罪者、と早苗は嘆きながら再度ストップを掛けた。流石に文も不満そうだが、妥協したら本当に負けの状況である。
「そりゃ無差別だったら逆に困りますよ。せめて私の意思くらい……。聞いてくれたって、今さらどうなるものでも無いじゃないですか」
「仕方無いですよ。豊かな胸、ボンキュッボン、そしてこの腋。えろい、超えろいです、トリプルえろいです。トリプルE」
「あんまり人をえろいで統一しないで下さい」
「とにかくそういう事で私は好きだから、貴女の意志は必要無い」
「そんな無茶な我が儘が通る訳……」
はふーっ、と文は疲れた様なため息を漏らした。
「……貴女が悪いんですよ」
「へっ?」
「貴女が悪いんですよ。自業自得です」
「えっと……何かしましたっけ……?」
「!!」
その瞬間、文は物凄い力で早苗の肩を掴み、鼻がぶつかる様なギリギリの距離まで顔を近付けた。
「何もしてくれなかったじゃ無いですか!!」
「近い近い!鼻息荒いです!」
「そう、貴女は何もしてくれなかった!!」
早苗の悲鳴を無視し、嗚呼、と文は天(井)を仰いだ。その間力は入れっぱなしで、生身の人間には少々痛みを伴った。
「分かりますかこの痛み!私は東風谷さんを見る度にこんな痛みを覚え、打ち拉がれていたのです!」
「……」
「──失礼、貴女に痛みを与えても意味はありませんね」
早苗は解放された両肩への圧力の残りを感じながら、文が少し泣きそうな顔をしていた事に気が付いた。もう彼女は目を合わせようとはせず、馬乗りのまま首を真横に向けている。横顔のシルエットは墨染で、先程までの不合理の塊とは一線を画するものがあった。
「私はここに立ち寄ったら必ず東風谷さんに挨拶しました。貴女は何時も同じように挨拶を返してくれて、凄く嬉しかった。でもやがてそれでは足りないと思うようになって、神社に上がり込むようになりました。貴女が出掛けるようなら偶然を装ってついていきました。貴女の隣をキープしながら」
「そ、それってストーカーじゃ……」
文はそれを耳にせず、真剣な横顔を崩さず尚も語り続けた。
「でも、何も変わらなかった。貴女は笑顔ばっかりで、私を悩ませた。何時もギリギリの所にいながら手が届かない、そんなもどかしさに苦しみました。何とかしてハートを掴めないかと思案して、辛かったのですが一週間程──今日まで貴女に会わないようにしました。それでも貴女には変化も無く、恋い焦がれてくれない。だから、こういう最終手段に出たんです」
「それで自業自得なんて、幾ら何でも納得する訳がありません。これだけははっきりさせておきます」
それを聞いた文は、漸く視線を早苗の目に向け直した。再びシルエットになってしまうのだが、早苗には何となく目が見えた。
良いですか、と彼女は人差し指を立てた。
「天狗は昔から人攫いの種族です。正直言って、テリトリー内に生きる貴女を攫っても良かった。しかしそれでは、好いて貰える筈もありませんね」
「じゃあ一体……」
「合法的に貴女を攫う方法を探しました。でも見つからなかった」
「……!?」
再びため息を漏らした文は、どうぞと言って馬乗りをやめてしまった。同時に神通力も解除し、早苗を自由へと帰属させる。
否、もう良いと言っていた。すくと立ち上がり、早苗にはその墨染シルエットだけを見上げさせる。
「──貴女の心を攫ってみようかと思ったんですけどね」
────
。
霊夢の影響である。彼女は暇になってもせかせかしないし、そういう時はお茶を飲んで境内でぼんやり。今の早苗の様に月を眺めている事もあるし、風が舞うのをじっと受け止めている事もある。何か意味はあるのかと聞いても
「何となく。癖かしら」
と生返事をされるばかりで、それを見た早苗は何時からか真似する様になった。
理由は自分でもはっきりしない。穏やかなあの海の如く静に身を委ね、あらゆる俗事を離れて世界を見渡す。そんな姿に憧れたのかも知れない。少なくとも巫女さん業は、そんな感じの方が似合っている気がした。動かざる事山の如く腰が重いのも事実だが、かっこいいと感じたのは決してその時の気分だけでは無い。
昼は昼なりに(神社らしく)忙しいので、その時間帯は今までの早苗とは変わらない。月が綺麗な夜は必ず、境内に出て霊夢の真似をしていた。二人の神様も、そういう時は邪魔をしなかった。
「……──」
不思議と彼女は飽きなかった。仕事柄、霊的なものや神妙なものには人一倍の感覚がある。これと言って悟りを開いたりする事は無かったが、日本の原風景とはこの事だろうかとよく考えた。
和、とはただこれだけで成り立つ様だ。
彼女は、もう子一ツ刻になっただろうかと区切りをつけようとした。仰向けに倒れ、ずるずると背後の座敷に体を伸ばす。大きなのっぽの古時計を覗くためだ。
「んー……ん?」
だいたい子一ツ刻だが、それよりも早苗は月明かりを隠された事に気付いた。今さっき正面に月を迎えていた。その青白い光が急に遮断されたのだから、とすれば誰かが自分の前を塞いでいる事になる。
再びずるずると体を引きずり、まず視界を正面に戻した時だった。
「こんばんは、私が」
「わーっ!!って痛いっ!!」
とある茄子傘よりも遥かにインパクトの強いものがいきなり飛び込んできて、早苗はストレートに心臓が飛び出す感覚を味わった。天井から変なものがぶらさがっていて、しかも急に声を掛けられたのだから当然である。挙げ句、一瞬だけ確認したのが何故か般若の顔だったので尚更驚いた。
仰向けだった早苗は反射的に後ろへ逃げようとして、勢い良く頭を床にぶつけてしまったのである。
「あやややや、失礼しました」
「痛い痛い……ってその声は」
「ご無沙汰してます~」
もう一度正面に向き直すと、やはりさっきと同じように般若フェイスが天井からぶらさがっている。声に聞き覚えがあったのでそれと分かったのだが、最近見掛けなかったあの天狗だった様だ。自らお面を外すと、悪戯っぽい笑顔が下に隠れていた。
「こんばんは、私が射命丸文でございます」
「ですよねぇ……何ですかその顔」
「先日の豊穣祭で見つけた般若のお面ですよ?ひょっとこもありましたが、こちらの方が良いかなーと思ったので」
「もー……」
ひりひり痛む後頭部を押さえながら早苗は漸く体を起こそうとした。それに合わせ、文のシルエットはくるりと空を舞い、身軽に飛び降りる。軒に足を引っ掛けていた様だ。
「よっこいしょ。素晴らしいリアクションでしたよ」
「ちょっ、ちょっと何を」
「まあまあ」
文は起きかけた早苗の体を無理矢理仰向けに押し戻すと、スムーズに彼女の体に馬乗りになった。早苗からは文の何やら恍惚とした表情を上に、文からは早苗の混乱した表情を見下ろす事が出来る。
「んっふー、やっと捕まえました」
「はい?」
「おっと、動かないで下さい。貴女は私に捕まったんですから」
急な出来事だが、早苗にはそれとなく文が考えている事が推測出来た。こんな夜分に人にまたがって恍惚な表情を浮かべたら、する事は自然と限られてくる。とりあえず振り落とさなければ、あんな事やこんな事をされてしまうのは免れられまい。
「……ってそれマズイです!!下りてください下りてください!!」
「おろろ、仕方ありませんね。貴女はもう動けなーい、はい」
「うっ……」
「おお、えろいえろい」
じたばたともがく早苗に対し、文はさっさと神通力を掛けてしまった。こうなってしまうと早苗は金縛りに遭った様に身動きが取れないのである。目を合わせると、そこにはただの変態が一人。とんでもなく不利な状況だ。
ほぼ思惑通りに進んだとほくそ笑む文が唯一誤算だったと感じたのは、早苗が強い目で睨むのをやめなかった事だった。無抵抗は従う意思、断じてあり得ないというのか。
「良い目ですねぇ、東風谷さん」
「……」
「貴女が置かれている状況は分かりますよね」
だが結果はもう見えている。にんまりと笑みを浮かべる文は、早苗の露出した肩に両手を添えた。
「そんな感じです。では早速」
「待った!ちょーっと待った!!」
「何か足りないものでも?」
寸での所を思い止まらせた早苗は、神通力を破るのは不可能だと判断し、その上でストップを掛けた。
「足りないと言うか、何故いきなりこんな手段に出たのかくらい聞かせてくれても」
「好きだからです。では」
「待ったーっ!!」
この犯罪者、と早苗は嘆きながら再度ストップを掛けた。流石に文も不満そうだが、妥協したら本当に負けの状況である。
「そりゃ無差別だったら逆に困りますよ。せめて私の意思くらい……。聞いてくれたって、今さらどうなるものでも無いじゃないですか」
「仕方無いですよ。豊かな胸、ボンキュッボン、そしてこの腋。えろい、超えろいです、トリプルえろいです。トリプルE」
「あんまり人をえろいで統一しないで下さい」
「とにかくそういう事で私は好きだから、貴女の意志は必要無い」
「そんな無茶な我が儘が通る訳……」
はふーっ、と文は疲れた様なため息を漏らした。
「……貴女が悪いんですよ」
「へっ?」
「貴女が悪いんですよ。自業自得です」
「えっと……何かしましたっけ……?」
「!!」
その瞬間、文は物凄い力で早苗の肩を掴み、鼻がぶつかる様なギリギリの距離まで顔を近付けた。
「何もしてくれなかったじゃ無いですか!!」
「近い近い!鼻息荒いです!」
「そう、貴女は何もしてくれなかった!!」
早苗の悲鳴を無視し、嗚呼、と文は天(井)を仰いだ。その間力は入れっぱなしで、生身の人間には少々痛みを伴った。
「分かりますかこの痛み!私は東風谷さんを見る度にこんな痛みを覚え、打ち拉がれていたのです!」
「……」
「──失礼、貴女に痛みを与えても意味はありませんね」
早苗は解放された両肩への圧力の残りを感じながら、文が少し泣きそうな顔をしていた事に気が付いた。もう彼女は目を合わせようとはせず、馬乗りのまま首を真横に向けている。横顔のシルエットは墨染で、先程までの不合理の塊とは一線を画するものがあった。
「私はここに立ち寄ったら必ず東風谷さんに挨拶しました。貴女は何時も同じように挨拶を返してくれて、凄く嬉しかった。でもやがてそれでは足りないと思うようになって、神社に上がり込むようになりました。貴女が出掛けるようなら偶然を装ってついていきました。貴女の隣をキープしながら」
「そ、それってストーカーじゃ……」
文はそれを耳にせず、真剣な横顔を崩さず尚も語り続けた。
「でも、何も変わらなかった。貴女は笑顔ばっかりで、私を悩ませた。何時もギリギリの所にいながら手が届かない、そんなもどかしさに苦しみました。何とかしてハートを掴めないかと思案して、辛かったのですが一週間程──今日まで貴女に会わないようにしました。それでも貴女には変化も無く、恋い焦がれてくれない。だから、こういう最終手段に出たんです」
「それで自業自得なんて、幾ら何でも納得する訳がありません。これだけははっきりさせておきます」
それを聞いた文は、漸く視線を早苗の目に向け直した。再びシルエットになってしまうのだが、早苗には何となく目が見えた。
良いですか、と彼女は人差し指を立てた。
「天狗は昔から人攫いの種族です。正直言って、テリトリー内に生きる貴女を攫っても良かった。しかしそれでは、好いて貰える筈もありませんね」
「じゃあ一体……」
「合法的に貴女を攫う方法を探しました。でも見つからなかった」
「……!?」
再びため息を漏らした文は、どうぞと言って馬乗りをやめてしまった。同時に神通力も解除し、早苗を自由へと帰属させる。
否、もう良いと言っていた。すくと立ち上がり、早苗にはその墨染シルエットだけを見上げさせる。
「──貴女の心を攫ってみようかと思ったんですけどね」
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>※忘れちゃならないのは、文ちゃんが終始馬乗りだった事をお忘れなく「創想話向けのネタ」としてお楽しみ頂けたらと思います。
言い回しに気を使わないばかりか、重複表現も、ですね。
それと作者が自分でサイトへのリンクをしているので見てみたら何の前触れも無く責任を押し付けられました。死ねばいいのに。
文章はけっこう面白かっただけにちと消化不良。
あと批判されただけで拗ねるなら二次創作なんてやらないほうがいいですよ。
っていうか別に誰もお前の作品なんて待ってないから二度と帰ってくるな。
楽しんでみられましたし。
というか、諦めるの早ぇよw
書き続けていけば上達もすると思いますよ~。
ただ、熱くなっているのはわかりますが、そのHPの文章はやめておいた方が良いと思います。
読んで楽しかったと思っても、それで不快にさせられるのでは、良い感想も書けないと思いますよ。
後書きの傍若無人さには頭が下がる
いいぞもっとやれいb