紅魔館の朝。
この日、幻想郷の天気は吸血鬼のである主にとっては忌々しいほどの快晴。それなのに何故か朝に起きてしまった。
二度寝しようにも目が冴えてしまい、全く寝れない。全く眠気が無いから寝れない。
1時間が経っても夢の世界へと誘われる気配は皆無だった。
「あぁ~、もうっ。落ち着かないわね。よりにもよってこんな天気の日に目が覚めるなんて…。最悪だわ……。」
思わず口から漏れる言葉。勿論誰も聞いてやしない。それでも口に出さずには居られなかった。
昼食まではあと数時間だろうか。咲夜を呼べばすぐにでも食事を用意させられるだろうが、生憎とそんな気分でもない。
図書館にちょっかいでも出しに行こうか、と考えたが、魔女は確か昨日の昼から何かの実験をしていたはずだ。おそらくそのまま徹夜しているだろう。最近昼夜逆転の傾向があるようで、吸血鬼であるレミリアと似た生活サイクルになりつつある。
──いっそ吸血鬼に誘ってみようかしら。どうせ外になんて出ないんだし、吸血鬼になっても問題なさそうよね。むしろ逆に身体が丈夫になったりして。今度聞いてみようかな。
本人は名案だと思っているが、おそらく却下される。
とりあえず、眠れないのならば暇つぶしでもするしかない。そう結論したレミリアは館内の散歩に向かった。
◆
部屋から出て数分。特に目的は決めてないので、ぶらぶらしているだけだが、掃除をしているメイド達に軽く挨拶をすると様々な反応が返ってくる。笑顔で挨拶を返すもの、珍しいものを見たと言わんばかりに目を丸くするもの、それを口に出すもの、慌ててバケツをひっくり返すもの、爽やかな挨拶の後、颯爽と走り去るもの。見ていて実に面白いものだった。これだけでも散歩を始めた意味があったかもしれない。
そうして反応を楽しんでいると、なにやら上下逆さまの奇妙な生き物が正面から歩いてきた。
「あら、珍しく早起きねお姉様。」
「まずは挨拶をしなさい、フラン。」
「はいはーい。おはよーおねーさまー。」
奇妙な生き物の正体は妹のフランドールだった。
いい加減に挨拶を済ませる妹に、レミリアは溜息を一つ。
「……まあいいわ。ところであなたは何をしているのかしら?」
「これはね、お姉様を下から見下ろしているの。」
「ただの逆立ちでしょうそれ。」
「そうとも言うね。」
ただの逆立ちを下から見下ろすときたか。なるほど、新しい発想だ。
勿論逆立ち状態なので、スカートは重力に従って捲くれてしまっている。しかしドロワーズ着用済みなため、健全である。レミリアと一部のメイドがちょっと残念そうな顔をした。
「ねぇねぇお姉様。」
「何かしら?」
禁忌『フォーオブアカインド』
直後に発せられるスペルカード宣言。咄嗟に身構える。
館内を自由に歩けるほどには落ち着いているとはいえ、フランドールの思考は非常に読みにくい。それ故いきなり決闘を申し込まれることがあった。
何度か経験があっても、何の脈絡もなしに宣言されると戸惑いが生まれ、反応が遅れる。しかしそれでも、弾幕の展開よりも早く迎撃の態勢を取るのは流石といえる。
しかし、いつまで経っても弾が来る気配はなかった。
いつ攻撃が来ようとも対応できるよう、警戒を緩めず、ゆっくりと周囲の状態を確認する。
前後左右を逆立ち状態の妹に囲まれていた。インペリアルクロス。
そしてレミリアを取り囲むフランドール4人は一斉に口を開いた。
「「「「お腹空いたー」」」」
「普通に言いなさい。」
「私チャーハンがいいー。」
「お茶漬けー。」
「卵焼きー。」
「シュールストレミングー。」
「統一しなさい。あと一番最後のやつは却下。」
仕方なく咲夜を呼ぶことにする。
「おはようございますお嬢様。今日は早起きですね。」
「ええ、それより何か食べるものは無いかしら?」
「今から何か作りしましょうか?」
「何か残り物があればそれでいいわ。」
「部屋へ届けさせましょうか?」
「食堂までいくわ。」
「かしこまりました。」
そういって姿を消す。先ほどまで経っていた場所にはトランプが何枚か散らばり、即座にどこからともなく来た妖精メイドが片付ける。この妖精、かなりできる。
「「「「咲夜何作ってくれてるんだろうなー♪」」」」
「とりあえずあんたはスペル解除しなさい、逆立ちやめなさい、手でスキップするのはやめなさい。器用ね。あとこの陣形解きなさい。」
「「「「一つずつ言って欲しいな。全くわがままで困ったお姉様だよっ!」」」」
「うるさいだまれ。」
◆
結局そのまま食堂まで行くこととなった。
食堂では流石に逆立ちはしなかったが、陣形はそのままの状態で、出されたサンドイッチを食べることになった。全く落ち着かない。
しかも出されたサンドイッチは味噌汁を寒天にしたのが具だったり、白菜漬けや焼き鮭が挟まったりしてた。和食をわざわざサンドイッチにしなくてもいいのに。厨房担当の妖精メイド曰く、最近の咲夜はサンドイッチがマイブームなんだとか。結構なことだが、やめて欲しい。
見た瞬間食欲が一気に消え去ったレミリア。その隣には自信作ですと言わんばかりの、素晴らしい笑顔を浮かべた咲夜。
味見したのかお前と言いたくなったが、やめておいた。『しました。』なんて言われたら逃げ場が無くなる。そのため、結局は
「やっぱり紅茶だけでいいわ……。」
「はあ、そうですか……」
もの凄く残念そうだった。尻尾や耳がついていたら力なく垂れ下がっているだろう。
しかしその表情も一瞬。即座に紅茶とビスケットを用意してくる。立ち直りに一体どれほど時間を止めたのか。
食べ残したサンドイッチは4人のフランが平らげた。
「「「「咲夜ー。お昼ごはんまだ~?」」」」
「今午前10時頃ですから、あと2時間ほどとなりますわ妹様。」
「わ」「か」「っ」「た」
「普通に言いなさいと言っているでしょう。」
「「「「じゃあ探険してるから、ご飯になったら呼んでねー。」」」」
そう言い残し、食堂から出て行く。食堂には咲夜とレミリアが取り残された。
「お嬢様、最近自由すぎませんか? 妹様は。」
「まあ今までずっと閉じ込めて来たんだし、これくらいはいいだろう?」
「しかしあまり自由にしすぎるのも」
「限度は私が決めるわ。あなたは余計な口出ししなくていい。」
「失礼しました。」
「でも、あの子が危険なことをしたらすぐ私に知らせること。」
「わかりました。」
紅茶を飲み終え、自分も散歩を続けようと思い席を立ったところで、咲夜が何かを思い出したかのように口を開いた。
「あ、お嬢様。」
「なにかしら?」
「最近日傘がいくつか無くなっているのですが、何かご存知ではありませんか?」
「さあ、知らないわね。日傘の管理はあなた達がしているのだから、ちゃんと管理しなさい。日傘が無くなったら外出できなくなってしまうわ。」
「そう、ですか。ではメイド達に探させてみます。万が一見つからなかった場合は、新調致します。」
「そうして頂戴。」
今度こそ、レミリアは食堂を後にする。
◆
昼を過ぎ、太陽が昇りきった後も一向に眠気は訪れない。
館内の散歩にも飽き、図書館で本を読む気にもならない。暇を持て余し、何かするわけでもなく、ぶらぶらと館を歩いていく。ふと、窓から外を覗くとよく手入れされた庭が映った。
いくつもの花壇がある、広い庭。その多くを門番である美鈴が手入れしている。他にも、暇なメイドが趣味で造る花壇もある。
レミリア自身、花は嫌いではない。むしろ好きなほうだ。それを知っているのか、美鈴は暇を見つけては庭をいじっている。
(いっそ門番から専属の庭師にしてしまおうかしら……。)
何度そう思ったことか。しかし、どちらも彼女の生き甲斐なのだろう。門番をしているときも、庭造りをしているときも、活き活きとしている姿を見ていたら、そんな考えはすぐさま消えていった。
外を眺めていると、丁度作業中の美鈴と目が合った。
どうせやることもないし、今度は散歩するのも良いかもしれない。そう思い、日傘を取りに行く。お気に入りの日傘は、無かった。
◆
太陽の下、日傘を差して庭を眺める。するとお気に入りの日傘を見つけた。誰かが、その日傘を持っている。その持ち主は誰なのか、レミリアは既にわかっていた。
「こんな昼間にどうしたのかしら? フラン。」
声を掛けると、悪戯が見つかった子供のように一瞬身を竦ませ、振り返らずに返事が来た。
「内緒。」
「姉に隠し事とは、感心しないわね。」
「乙女に隠し事はつきものですわ。」
その一言に思わず苦笑する。
フランは何か慌てた様子でその場から離れようとしていた。
「待ちなさいな。」
レミリアが掛けた声に、再び身を竦ませた。後ろを向いているため、その表情はわからなかったが、おそらく苦い顔をしているだろうとレミリアにはわかった。
さらに言葉を続ける。
「これから『こっそりと』散歩でもしようと思ったのだけれど、あなたもこっそり一緒に出掛けないかしら?」
その言葉に、フランはとうとう振り返る。その顔は、驚愕の表情だ。
予想すらしていなかった言葉。まさか姉のほうから誘うなど、ありえないとすら思っていたからだろう。
「こんな昼間に出掛けるなんて、正気?」
「あなたよりはね。」
「ふん、どうだか。」
「それにあなたも出かけようとしていたのでしょう? 私に内緒で。」
「ばれたからもう内緒じゃないわよ。」
「それもそうね。」
そんなやり取りをしていたら、次第に笑いが込み上げてきた。
丁度門番は庭で作業中のようだ、メイド達も、近くに見当たらない。
それを確認したレミリアはフランの手を取る。
「さあ、今のうちに皆には内緒で、こっそりと散歩に行きましょう?」
「うん、お姉ちゃん。」
日傘を広げて、並んで歩く姉妹は言葉を交わすわけでもなく、太陽の下をただ歩いていく。
遠ざかる二人の後姿を従者と門番は見送る。
「まったく、あなたも気を使いすぎじゃない?」
「あっはっは、それが私の能力ですからね。」
「はぁ……、まあいいわ。大丈夫かしらね、お嬢様達。」
「心配しすぎですよ、咲夜さんは。妹様も昔に比べて随分落ち着かれましたからね。姉妹の絆を強める良い機会ですよ。」
「ふーん。あ、そうそう。門番全員サボった罰を与えなきゃいけないわね。」
「えぇー、やっぱり受けなきゃダメ?」
「当たり前でしょう? じゃあ、罰だけど、お嬢様が帰ってくるまで、蟻一匹すら侵入者を許さないこと。それと私にばれないように『こっそり』館内へご案内すること。いいわね?」
「はーい。」
既に姉妹の姿は見えなくなっていたが、門番は「晩御飯までには帰ってきてくださいねー」と、声を掛けた。
青い空の下、吸血鬼の姉妹は歩いていく。
「さて、何処に行こうかしら?」
「折角だから色々回りたいな~。久しぶりの外出だもん。」
「ふふ、そうね。でも夕食までには帰るわよ。あくまでも『お忍び』なんだから。」
「あはは、そうだね。」
よいレミフラでした。