「よし、ここは終わりっ、と」
秋というには些か寒さ厳しい今日、私、東風谷早苗はもはや日課と化した境内の掃除をしている。
掃いても掃いても、落葉は一向に減る兆しが見えない。
意味が無いのでは、と思われるかもしれないが、日課である境内の掃除をしないと一日が始まった気がしないのだ。
それに幻想郷での暮らしに慣れてしまった私は特にする事もなく、暇を持て余している。
「霊夢さんの所にでも行ってみましょうか」
掃除が一区切りついた所で、ふとそんな事を思いついた。
幻想郷では時間に縛られる事もないが、思い立ったらすぐに行動、早速、博麗神社へと向かう。
こういう所はまだ幻想郷に慣れてないんだなぁ、と思いながら博麗神社へと向かう。
博麗神社へは飛んで行けば、さほど時間もかからない。
暫くして博麗神社に近づくと見慣れた紅白の巫女服が目に入る。
どうやら縁側でお茶をしているようだ。
私はそこに降り立った。
(まずは、挨拶しないと…ね。うぅ、いつもながら霊夢さん、凄く喋りにくいオーラが出てる…。)
いつもながらというのは、この頃暇さえあれば博麗神社に入り浸っているからだ。
「こ、こんにちは。霊夢さん」
しばしの沈黙の後、霊夢さんはこっちを見向きもしないで言う。
「なんだ早苗じゃないの、また来たの。先に言っておくけど、お茶菓子なんか出せないわよ?」
相変わらずつっけんどんな態度だなぁと思いつつも、それを嫌と感じずに、心地よいと感じてしまうから不思議だ。
「お茶菓子目当てに訪ねたんじゃありませんよ、霊夢さん」
「じゃあ一体何の用なのよ?」
「そ、それは…特に用事があった訳では」
答えられないのも無理はない。
ただ霊夢さんに会いたかったからなんて言える訳がない。
いままで誰かに対して恋心抱いた事はなかった。
正直、自分でもこの気持ちに少し戸惑い気味だ。
霊夢さんの前に立つとそれだけで頬が紅潮してしまうし、はっきりと喋る事が出来なくなってしまう。
それに、曲がりなりにも霊夢さんはライバルでもある。
少しの間の後、私の気持ちなんかお構い無しに霊夢さん。
「まぁ、いいわ。お茶でも飲む?」
お茶菓子はないらしいが、お茶は出して貰えるらしい。
「あ、頂きます」
私の返事を聞く前に、霊夢さんは台所に向かう。
秋が過ぎ去り、冬がやって来るこの時期、木々は裸に、空は低く、彩りの無い世界、蕭蕭としていて私はあまり好きではない。
早く暖かい季節がやって来ないものか。
そんな事をぼんやりと考えていると、霊夢さんがお茶を持って来て私に差し出す。
「ほら」
「あ、ありがとうございます」
「ん」
お茶はいつもの出涸らしだが、ここまでの飛行で冷えきってしまった体は十分暖まるし、霊夢さんと二人で飲むのなら出涸らしでも何でも美味しく感じてしまうから問題は無い。
二人で隣り合って、お茶をすすりながら、特に会話も無くただただ時間は過ぎる。
沈黙、ただ嫌な沈黙じゃない。
暫くするとその沈黙は破られる。
「早苗は…その、現実の世界からこの幻想郷にやって来てまだ短いわよね?」
「そうですね、月にすると3ヶ月程です。向こうでは色々と大変でして」
「そう。いきなり…なんだけど、あ、あの早苗は…やっぱり向こうでは想い人とかは、いたの?」
「えっ、そんなのいる訳ないですよ、私はその…」
手を顔の前でバタバタさせながら答える、そうなるのも無理はないだろう。
「そう、早苗はその…ほら、この頃良く来るじゃない?此処に。それって少なからず私に好意を持っているって事なのかしら?」
霊夢の声は澄んだ空気に溶けてゆく。
霊夢さんには申し訳ないが、いつもの霊夢さんらしくない小声だったため、全く聞き取れなかった。
「あの、霊夢さん。もう一度お願いできますか?」
「えっ、あ、いいのよ、何でもないわ」
心なしか霊夢さんの頬が紅潮しているような気がする。
風邪だろうか?
(熱でもあっては困ります、ね。)
そう思った私は霊夢さんの額に手を伸ばし、その額に触れた瞬間。
「ひゃうっ!」
霊夢さんらしからぬとても可愛いリアクションだったため私も驚いてしまった。
「ど、どうしました?」
「いきなり何してんのよ!」
そう叫ぶ霊夢さんの顔はまるで林檎のように真っ赤だ。
怒らせてしまっただろうか、そんな不安が募る。
「あの霊夢さん、ごめんなさい。怒らせてしまいましたか?やっぱりここに訪ねてくるのは迷惑でしょうか?」
長い沈黙。
さっきまでの沈黙とは違い、気まずい沈黙が流れる。
「別に、迷惑なんかじゃないわ。来てもいいわよ。その、ほら、なんと言うかあんたも暇なんでしょう?」
(良かった…)
「はい、ではまた来ますね!」
嫌われたかと思ったがそんな事は無かったらようで安心した。
「霊夢さん、そろそろ」
気がつくと、もう日が暮れる時間だ。
「そうね、気をつけて帰りなさい。この頃、見たこと無い妖怪が里を襲ったり、何やら良くない事が起こりそうな雰囲気だから」
「まぁ、あんたがそこらへんの妖怪にやられるとは思わないけどね」
霊夢さんはため息混じりにそう付け加える。
つっけんどんな態度でも、なんだかんだ私の心配をしてくれるのは、本当に霊夢さんらしいと思う。どこか暖かい気持ちになったのが自分でも分かった。
一つ気掛かりなのはあの時、霊夢さんは何と言ってたかだ。
「まぁ、また明日にでも訪ねてみましょうか」
そんな事を考えながら、妖怪の山の頂にある守矢神社へと帰宅の途を辿る。
一方、博麗神社では。
「早苗、明日も来てくれるかしら」
誰にも聞こえないような小声で呟く霊夢がいた。
早苗の来訪があった日の翌日、霊夢はすこぶる機嫌が良い。
鼻歌を歌いながら境内の掃除をしている霊夢を妖精が目撃したというのは、また別のお話。
完
さっくりにやにやさせて頂きました、これからも期待です。