さなーりん

※この作品は創想話86、「ナズーリン」の表のような作品です。
　月曜夜成分あり、早苗さんファンちゅうーちゅっちゅ。









　巨大な赤い弾が『東風谷　早苗』の身体を激しく撃つ。その衝撃に声すら上げることもできず
地面に倒れ伏した。落ちていく意識の中、対手の冷たい笑顔がかすんでいった。












　どれだけの時間気絶していたのだろうか。始めに感じたのは頬についた土の冷たさ。やがて
全身あちこちから痛みを知らせるサイン。満身創痍ってやつかな、そうぼんやりと思いつつ
身体を起こそうとした。無理だった。どうやら後ろ手に縄か何かで縛られて地面に転がされて
いるらしいと思い至り、早苗は眉をひそめた。

「ようやくお目覚めかい？」

　頭上から飄々とした声。間違いなく早苗が先まで戦っていた相手、”ダウザーの小さな大将”
こと『ナズーリン』。空飛ぶ宝船の異変を知って真っ先に飛び出した早苗。弾幕道中で出会った
彼女の雰囲気から、事件の鍵を握るものと知り戦いを挑んだ。それはいいものの、見事な
ロッドやペンデュラムさばきから繰り出される攻撃に手も足も出ず叩き落されたのである。

「言ったろう？　ネズミを甘く見ると死ぬよ、って」

　ふふ、と余裕じみた笑いと、チィチィという小ネズミたちの声。バカにされているのだと
理解して頭に血が昇る早苗だが、今の自分は敗戦の将と怒りを噛み潰す。なんとか身を
よじって顔を上げた。

「……私をどうする気ですか」

　人間としてのなけなしの尊厳を怒りの視線にこめてナズーリンを睨みつける。弾幕勝負
とはいえ、よほどの無茶でなければ敗者は勝者の言う事を聞く必要がある。そして、
人を食らう妖怪が、
「お前を今日の晩飯にしよう」
と言うのはこの幻想郷では無茶でもなんでもない摂理なのだ。そして、ナズーリンとその
小ネズミたちは人を食らう妖怪の種である。そんなネズミの妖怪であるナズーリン、手を
顎に当てふうむと考え込む。

「そうだね……ふむ、小ネズミたち、お腹はすいているかい？」

　早苗に向けていた言葉に比べ、数万倍の慈愛に溢れた声で尻尾に掲げた籠の中や足元を
走り回るネズミたちに声を投げかける。あれは子どもに愛情を捧げる母の目だと早苗は
直感した。ほほえましいと思ったのもつかの間、先のナズーリンの言葉をよくよく吟味して
背筋が凍る思いの早苗。もし小ネズミ達が空腹であれば、それらの食料となってしまう事に
気づいてしまったのだ。

　チィチィ、チッチとあちこちから聞こえる小ネズミ達の声は死神の囁きのよう。吐き気さえ
する寒気に包まれ、奥歯を噛み締める早苗だがどうすることもできない。やがてその声が
止み、早苗の側に近づく足音。しゃがんで敗者の顔を覗き込む勝者たる妖獣。

「君の処遇を決定したよ」

　笑みと共に投げかけられた言葉を受けて、早苗はナズーリンを睨みつける。敵意丸出しの
視線を受けてもナズーリンの笑みは変わらない。いや、それどころか子ネズミに向ける
優しい母の笑みとなる。

「そんなに睨まないでほしい。……安心したまえ、小ネズミたちは腹はすいてないらしいよ」

　その言葉に、初めてほっと安心したような溜息をつく早苗。いくら覚悟を決めてもネズミに
食べられて人生を終えるなどというのは想像だにしたくない。しかし、である。

「その代わり君には……」

　続くナズーリンの言葉に身を硬くする早苗。喰われる危険性は無くなったとはいえ相手は
妖怪、どのような要求をされるのか想像もつかない。そんな早苗をよそに、ナズーリンは
籠の中身を漁る。少しして目的のものを見つけたらしくその手が止まり、そして……。

「なっ、何を？！」

　急に何かを頭に乗せられ驚く早苗。重みはほとんどなく、感触だけで考えればまるで
カチューシャのようだ。だが、目で見たわけではないので、早苗としては不気味でしょうがない。

「なに、そんなに驚くことはない。似合ってるよ、それ」

　そういって眼前に差し出されたのは鏡。その中の自分の姿を見て初めて、涙をこぼしそうな
くしゃくしゃの表情だと気付かされる。それを情けなく思いつつも、鏡を覗き込んで、頭上に
置かれたものが何かを知ろうとする。それを視認して、早苗の目が見開かれた。

「え、こ、これ……って」

「そう、耳だ。私たちネズミの持つ、誇りある丸い耳だ」

　思わず早苗は遥か昔を思い出す。風祝の重責を背負う前、幼い日に両親と行った大きな大きな
遊園地。親にせがんで買ってもらった、キャラクターのカチューシャ。それによく似たものが
自分の頭の上に鎮座ましましている。懐かしい思い出に浸るのもつかの間、この”耳”が
何を意図しているものか分らず早苗は戸惑う。上げた視線の先で、ナズーリンが慈母の笑みを
投げかけていた。

「早苗……といったね、君。君は私の子どもになるんだ」

「……へ？」

　優しく紡がれた言葉が一瞬理解できず、なんとも間の抜けた声を上げてしまう早苗。

「あれ、伝わらなかったかな？」

「え、いや……。え、え？」

「もう一度言おう。君は私の小ネズミのひとりとなって、私と共に暮らし、私と共に仕事を
するんだ。まぁ、君にも保護者がいるようだし気が向いたら家に帰そうとは思うがね」

　ナズーリンの言葉は耳に（勿論頭に乗せたカチューシャについているものではない、自前の
ものだ）入ってはいるのだが、それでもぽかんと口を開けつつぐるぐると思考を回転させ、
ようやくまともな言葉を口に出来るようになったのは一分ほども経ってから。

「……断る、と言ったら？」

　優しい笑顔のままだったナズーリンの表情が変わる。ほ、とひとつ驚くような声を出して、
ついで少し困ったような眼差し。

「弾幕勝負って言うのは敗者に決定権があるとは知らなかったよ。まぁ、そうだね。断るのなら……」

　少しだけ考え込むナズーリン。ややあって、やはり少し困ったままの顔で早苗に告げる。

「……すまない。いい案が思いつかないね。せいぜい君を保存食にでもするくらいしかないけど、
煙にまぶされるのは嫌だろう？」

「そ、そりゃ嫌ですよ！」

「じゃあ、私の子どもになってもらう。……君にとっても悪い話じゃないと思うがね、少なくとも
食べられるのよりは」

　反射的に答えた早苗に一言返し、くすりと微笑むナズーリン。その笑顔に薄ら寒くなる
感情を殺しつつ、早苗は努めて冷静に考えようとする。

　スペルカードルールで妖怪が人の命を意味なく奪うのはご法度だ。しかし、飢えを満たす
ために、となると非常にグレーゾーンである。命とまでは行かずとも、手足の一つ二つほど
失えば……それすら考えたくない。その代償が彼女の子となれ、である。いささか突拍子も
ない申し出ではある。どうすればよいかは分らないが命を奪われるのよりはマシだ。生きてさえ
いれば隙を見て逃げ出すこともできよう。

　そんな考えをまとめて早苗は覚悟を決めた。

「分りました。なってやろうじゃないですか。あなたの子どもにでもなんにでも」

　その言葉を受けて、ナズーリンはそれこそ花が咲くように麗しい笑顔となる。なぜかその
笑顔に魅入ってしまう早苗。

「オーケイ。さ、エイブラハム、セオドア、手の空いてる子は縄を解いてあげるんだ」

　ナズーリンがそう言えば、大きな白ネズミ二匹を先頭にして他の小ネズミが早苗の背中側に
集まってくる。縄を齧られる感触しばし、いきなりふつりと音がすれば手の戒めが解かれる。
ようやく自由になった手を顔の前に持ってくる。手首についた縄の跡が赤く残っていた。

　一瞬、早苗の脳裏に、このまま攻撃を加え、逃げ出してしまおうかというずるい考えが浮かんだ。
機を窺うかのように、チラッとナズーリンの顔を覗く。そこに一切の翳りもない笑みを見て、
逃げようと言う気が雲散霧消してしまう。なぜだか急に自分が恥ずかしくなってしまったのだ。

　そんな早苗を気にもせず、優しい声でナズーリンは語りかける。

「君に名前を与えないといけないな。……確か早苗といったね。ならば私の名前とあわせて
”サナーリン”と名乗るがいい」

「う……、分りました」

　酷いセンスだ、と心の中で思う早苗だが、敗者である以上何も言えない。苦々しい思いの
早苗とは裏腹に、ナズーリンは満足そうに頷く。

「そこでだ、サナーリン」

「……、……え、あ、は、はい？」

　当然ながら一瞬自分が呼ばれたことを認識できなかった早苗、いや、サナーリン。きょとんと
した表情で仮初めの母、ナズーリンの顔を見た。

「サナーリンも好きなように私を呼ぶといい。お母さんでも母上でもママでも、好きに呼ぶといい」

「え……」

　笑顔でとんでもないことを言われた。思考が凍りつくサナーリン。しかし時まで凍りつかせる
ような能力は、悲しいかな紅魔館のメイド長ではないから出来るわけもない。思わず漏れるのは
なんとも間の抜けた声。

「え？」

「あれ、伝わらなかったかな？」

「え、いや、そうじゃないですけれど、え、えー……」

　落ち着きを取り戻したとはいえ、そう簡単に納得できるものではない。しかし目の前の
ナズーリンはにこやかに答えを待っている。どうしてかそのまま待たせるのが心苦しく思えて、
意を決したサナーリンの口が開く。

「わ、わかりました。お……お母、さん」

「うん、お母さん、か。……まぁ、いいだろう。さ、サナーリンおいで。ねぐらへと帰るよ。
ほら、皆もだ！」

　ゆるゆると立ち上がるサナーリン。ネズミ達を集めて帰ろうとするナズーリンの小さな背中が、
何故だかやけに大きく感じられた。





















　一週間後。

「ちゅー、ちゅぅちゅー！！　（ママ！　宝を見つけてきました！）」

「はは、流石だね」

「ちゅちゅぅー、ちぅー（またサナーリンかよ、ちぇー）」

「こら、リチャード。そんな事は言うもんじゃないよ」

「ちゅちゅー、ちゅぅちゅっちゅ（でも本当にサナーリンは凄いなぁ。僕たちもがんばらないと）」

「そうだね、ジョン・Ｆ」

「ちゅ……ちゅー（マ、ママ……）」

「ん？　サナーリン、どうしたの？」

「……ちゅちゅぅ、ちゅうーちゅー（……頭、なでなでしてください）」

「……甘えん坊だね、君は。いいよ、ほら、こっちおいで」

「ちゅー……（ママ……）」



　そこにはナズーリンの子どもとして、立派に仕事を手伝うサナーリンの姿が！



　サナーリンはこう語る。

「最初は戸惑うこともありました。けれど、ママは本当に優しくて、素敵で……それが分ったら
もう、自分のいる場所はここなんだなって思ったんです」

「あの子は母性を求めていたんです。本来なら二柱の神がその役割だったはずですが、彼女らは
父の立場で早苗を厳しく修行させていたんです。その歪みが妖怪退治という方向へと彼女を導いて
いました。しかし、そのままでは彼女の身に悲惨なことが起こっていたでしょう。そこで、
私が母親となったんです」

　母親となったナズーリンの元でサナーリンは笑顔を取り戻した。奇跡の力で問題だった言葉の
壁も乗り切ったサナーリン。

「今では奇跡の力を使って、ママの仕事を手伝うことが楽しくて仕方ありません。もう、
妖怪退治だなんて絶対にしません」

　最後にサナーリンはそう言って、素敵な笑顔を浮かべるのであった。

　










　守矢神社。
「さ゛な゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ー！　悪かったから帰ってきてえ゛え゛え゛え゛え゛え゛ー！　
ひ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ん゛！！」

「これからはお酒も控えるしもっと優しくするから帰ってきてえ゛え゛え゛え゛え゛え゛！」












　ナズーリンがかわいくてかっこよくていろっぽい。

　僕も今から小ネズミぱくーりんになってきます。ぱくーりんでした。