寒い。冷たい。指先がきんと冷える。
これからの季節、水仕事はだんだん辛くなっていく。
指先の感覚がなくなって、手を拭いた後、両手を握り合わせる。
でも、まだ、室内仕事が多いから、平気だ。
冷たい風に一日さらされることもない。
私よりも、彼女のほうが、きっと寒い。
寒がりのくせに、薄着をする、彼女。
動けば暖かいなんて言って、からだを冷やして。
だけど、暖かい服を着ろだなんて、私は絶対に言わない。
今日も、水筒に温かい紅茶を入れて、外に出る。
お湯に手のひらを浸して、しっかり芯まで温めてから。
暖かいストールを巻いて、靴をコツコツ鳴らして。
何事もないように。いつも通り平然と。
今日は、朝から冷えるなぁ。
こんなにも晴れているのに、何で寒いんだろ。
えぇと、確か、ほーしゃれいきゃく、なんちゃら? って現象だって、誰かが言ってた。
誰だっけ? 最近、館に色んな人が訪れるようになったから、覚えてないなぁ。
とにかく、そういう現象によって、晴れていても寒いらしい。
うーん、謎だ。晴れてるんだから、素直に暖かくなれば良いのにね。まったく。
はぁ、そろそろ、もっと暖かい格好をしたほうが良いかな?
この前、魔理沙に「見てるこっちが寒いんだよ」とか言われちゃったしなぁ。
いや、だけど、まだいける。まだ頑張れる! 寒さと張り合うのもどうかと思うけど。
だけど、寒い! ってしてたほうが、温かさに触れたとき、嬉しさも倍増する。
はぁ……でも、寒い。指先とか、氷水で冷やしたみたいになってる。
何だかチルノの手みたい。そういえば、そろそろ活発に動き出す時期だなぁ。
今年は、あんまりちょっかい出してこないと良いけど……寒いしね。
「美鈴」
「あ、咲夜さん。お疲れ様です」
「お疲れ様。あいかわらず、薄着してるのね」
「あはは……鍛えてるんですよ」
「ふぅん。まぁ、良いけど。風邪は引かないでよね」
「はい。そこは、ちゃんと体を動かして、寒さに負けないように頑張ります!」
「まぁ、それだけ元気なら、大丈夫かしら。……はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
カップを手渡す、一瞬だけ、触れ合う指先。冷たい、美鈴の指先。
ほんの一瞬、触れ合うだけなのに、冷たさと、指先の感触がやけにリアルで。
もう少しだけ触れたいという欲を掻き立てる。
けれど、今日もこれ以上は触れられなかった。
一体何のために手のひらを温めてきたのか……。
まだまだ私は、あれだ。ヘタレってやつだ。
本当は、触れたり、手のひらを包むだけじゃなくて、抱きしめたいのに。
あぁ、そんなこと、いつ実行出来ることやら……。
「温かいです。あったまります」
「そう。良かった」
咲夜さんの指先は、いつも温かい。
あれなのかな? 子供体温……って言ったらきっと咲夜さん怒りそう。
一瞬しか、触れられないけど、その一瞬が、私にはかけがえのないもので。
その一瞬のためなら、少しくらい薄着しても平気。
咲夜さんの温かさが、冷たい指先に沁みこんで、心を温かくする。
本当は、もう少しだけ、触れていて欲しいなんて、我侭な気持ちもあるけど。
でも、温かい指先を冷やすのは、良くないもんね。
そんな我侭は言わない。こうしていられるだけで、十分満足だ。
「じゃあ、私、仕事に戻るから」
「はい。お仕事頑張ってください」
「……貴女も頑張るのよ?」
「あ、はは……もちろんですよ」
美鈴に、水筒を手渡す。これが、今日触れるラストチャンス。
ラスト……って言っても、二回目だけど。
美鈴の左手に向かって、両手で水筒を差し出した。
綺麗に切り揃えられた爪。
けれど、それ以上の手入れは何もしてなさそうな爪。
もし、貴女を手に入れられたなら、何色のマニキュアを塗ってみようかなんて。
そんなことを夢想する。……馬鹿らしい。夢想するだけじゃ、駄目なのに。
触れたい。もっと、触れたい。
一瞬で離れる冷たさと、確かな感触を心に刻みつける。
「それじゃあね」
「はい! また後で」
「えぇ」
あぁ、咲夜さん、行っちゃった……。
寂しいなぁ。でも、咲夜さん特製の温かい紅茶があるし!
全部飲んだら、後で水筒洗って返しに行けるもんね。
返しに来ました! って口実で。咲夜さんのところに行こう。
自然と笑みが零れる。心が温かくなる。
うん。だから、もう少しだけ、薄着で頑張ってみようかな、なんて。
真冬になる前の、冬の始まりの、ほんの短い期間のやり取り。
そんな期間限定のやり取りを、私は特別に思っているから。
咲夜さんは、どう思っているか分からないけど……。
でも、どう思われていても、思われてなくても、私は特別に思っているから良いんだ。
触れた指先を、水筒ごと握り締める。
「ふふ、温かいなぁ……」
「……あの子が厚着になる前に、言わないとね」
呟きながら仰いだ空は、高く澄み切った青空。
茜色に染まる頃、あの子は私の元へやって来る。
……もし、このまま、曇ることなく夕焼けが見れたら、そうしたら……。
そうしたら、この想いを伝えてみようか。
黄昏時、それは私たちにとって、一番ふさわしい時だと思うから。
いつまでも、ヘタレでなんていられない。今の私は、瀟洒からは程遠い。
早く美鈴に、暖かくしなさいよ、って言えるようにならないとね。
徐々に冷えてきた指先を握り締めながら、前を向いて館へ入る。
ストールを脱いで、靴をコツコツ鳴らして。
何事もないように。いつも通り平然と。
……明日は、暖かなストールも一緒に渡せますように。
これからの季節、水仕事はだんだん辛くなっていく。
指先の感覚がなくなって、手を拭いた後、両手を握り合わせる。
でも、まだ、室内仕事が多いから、平気だ。
冷たい風に一日さらされることもない。
私よりも、彼女のほうが、きっと寒い。
寒がりのくせに、薄着をする、彼女。
動けば暖かいなんて言って、からだを冷やして。
だけど、暖かい服を着ろだなんて、私は絶対に言わない。
今日も、水筒に温かい紅茶を入れて、外に出る。
お湯に手のひらを浸して、しっかり芯まで温めてから。
暖かいストールを巻いて、靴をコツコツ鳴らして。
何事もないように。いつも通り平然と。
今日は、朝から冷えるなぁ。
こんなにも晴れているのに、何で寒いんだろ。
えぇと、確か、ほーしゃれいきゃく、なんちゃら? って現象だって、誰かが言ってた。
誰だっけ? 最近、館に色んな人が訪れるようになったから、覚えてないなぁ。
とにかく、そういう現象によって、晴れていても寒いらしい。
うーん、謎だ。晴れてるんだから、素直に暖かくなれば良いのにね。まったく。
はぁ、そろそろ、もっと暖かい格好をしたほうが良いかな?
この前、魔理沙に「見てるこっちが寒いんだよ」とか言われちゃったしなぁ。
いや、だけど、まだいける。まだ頑張れる! 寒さと張り合うのもどうかと思うけど。
だけど、寒い! ってしてたほうが、温かさに触れたとき、嬉しさも倍増する。
はぁ……でも、寒い。指先とか、氷水で冷やしたみたいになってる。
何だかチルノの手みたい。そういえば、そろそろ活発に動き出す時期だなぁ。
今年は、あんまりちょっかい出してこないと良いけど……寒いしね。
「美鈴」
「あ、咲夜さん。お疲れ様です」
「お疲れ様。あいかわらず、薄着してるのね」
「あはは……鍛えてるんですよ」
「ふぅん。まぁ、良いけど。風邪は引かないでよね」
「はい。そこは、ちゃんと体を動かして、寒さに負けないように頑張ります!」
「まぁ、それだけ元気なら、大丈夫かしら。……はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
カップを手渡す、一瞬だけ、触れ合う指先。冷たい、美鈴の指先。
ほんの一瞬、触れ合うだけなのに、冷たさと、指先の感触がやけにリアルで。
もう少しだけ触れたいという欲を掻き立てる。
けれど、今日もこれ以上は触れられなかった。
一体何のために手のひらを温めてきたのか……。
まだまだ私は、あれだ。ヘタレってやつだ。
本当は、触れたり、手のひらを包むだけじゃなくて、抱きしめたいのに。
あぁ、そんなこと、いつ実行出来ることやら……。
「温かいです。あったまります」
「そう。良かった」
咲夜さんの指先は、いつも温かい。
あれなのかな? 子供体温……って言ったらきっと咲夜さん怒りそう。
一瞬しか、触れられないけど、その一瞬が、私にはかけがえのないもので。
その一瞬のためなら、少しくらい薄着しても平気。
咲夜さんの温かさが、冷たい指先に沁みこんで、心を温かくする。
本当は、もう少しだけ、触れていて欲しいなんて、我侭な気持ちもあるけど。
でも、温かい指先を冷やすのは、良くないもんね。
そんな我侭は言わない。こうしていられるだけで、十分満足だ。
「じゃあ、私、仕事に戻るから」
「はい。お仕事頑張ってください」
「……貴女も頑張るのよ?」
「あ、はは……もちろんですよ」
美鈴に、水筒を手渡す。これが、今日触れるラストチャンス。
ラスト……って言っても、二回目だけど。
美鈴の左手に向かって、両手で水筒を差し出した。
綺麗に切り揃えられた爪。
けれど、それ以上の手入れは何もしてなさそうな爪。
もし、貴女を手に入れられたなら、何色のマニキュアを塗ってみようかなんて。
そんなことを夢想する。……馬鹿らしい。夢想するだけじゃ、駄目なのに。
触れたい。もっと、触れたい。
一瞬で離れる冷たさと、確かな感触を心に刻みつける。
「それじゃあね」
「はい! また後で」
「えぇ」
あぁ、咲夜さん、行っちゃった……。
寂しいなぁ。でも、咲夜さん特製の温かい紅茶があるし!
全部飲んだら、後で水筒洗って返しに行けるもんね。
返しに来ました! って口実で。咲夜さんのところに行こう。
自然と笑みが零れる。心が温かくなる。
うん。だから、もう少しだけ、薄着で頑張ってみようかな、なんて。
真冬になる前の、冬の始まりの、ほんの短い期間のやり取り。
そんな期間限定のやり取りを、私は特別に思っているから。
咲夜さんは、どう思っているか分からないけど……。
でも、どう思われていても、思われてなくても、私は特別に思っているから良いんだ。
触れた指先を、水筒ごと握り締める。
「ふふ、温かいなぁ……」
「……あの子が厚着になる前に、言わないとね」
呟きながら仰いだ空は、高く澄み切った青空。
茜色に染まる頃、あの子は私の元へやって来る。
……もし、このまま、曇ることなく夕焼けが見れたら、そうしたら……。
そうしたら、この想いを伝えてみようか。
黄昏時、それは私たちにとって、一番ふさわしい時だと思うから。
いつまでも、ヘタレでなんていられない。今の私は、瀟洒からは程遠い。
早く美鈴に、暖かくしなさいよ、って言えるようにならないとね。
徐々に冷えてきた指先を握り締めながら、前を向いて館へ入る。
ストールを脱いで、靴をコツコツ鳴らして。
何事もないように。いつも通り平然と。
……明日は、暖かなストールも一緒に渡せますように。
悶えるわちくしょう