うららかな陽光に照らされる幻想郷。
霧が立ち込めている為に、盗撮をするには絶好のポイントと天狗の間で噂のこの霧の湖も、今日は清らかに晴れ渡っている。
盗撮が丸見えな為に、どこからか聞こえてくる天狗の舌打ちも、今日は小鳥のさえずりと共に、滑らかなBGM(バック・グラウンド・ミュージコゥ)の一部だ。
「チルノちゃん、寒い」
「あたいの近くにいると低温火傷するよ」
「一瞬かっこいいと思ってしまった私が愚かだったよ」
「なんで大ちゃんは素直にあたいの事褒めないの!?」
そんな霧の湖には、今日も仲良し妖精のチルノと大妖精が遊んでいる。
まるで絵に描いたような仲の良さである。(間違っても『絵に描いた餅』などと言ってはいけない)
「天気は異様なまでに良いのに、今日はホンッッッと寒いね!」
「そんな強調するほど寒くないのに……まだ雪も降ってないし」
「チルノちゃんがいるから寒い気がする」
「あたいの近くにいると、凍傷になるよ」
「えっ……怖い」
別に凍傷にならないのだが、夏場、暑いからと言ってチルノにベタベタ触っていると、チルノが怒って手が凍りついたという事例も報告されている。
「それって凍傷よりヤバくね?」と思った人は常識に囚われているようですね。
「でもレティを触るとね、意外にも冷たくなく、程良く暖かい。これ、豆知識ね」
「スッゴクどうでも良い豆知識だね、チルノちゃん!」
「やだぁ、今日の大ちゃんやたらと好戦的」
そこに、『冬の忘れ物』と呼ばれるレティ・ホワイトロックが現れた。
彼女はこの二つ名をあまり気に入ってはいない。
「チルノ、私の噂をしたでしょう?」
「現れるのが唐突過ぎでしょ」
「『冬の忘れ物』だからね」
「冬の忘れ物って別に関係ないじゃん? え、あたい何か間違ってる?」
チルノがレティと仲睦まじく会話している間、大妖精はモジモジしていた。
そう、彼女は人見知りなのだ。
ピュアなのだ。
「れ、レティさんチッス」
「大ちゃん……何その、体育会系みたいな挨拶……」
「チルノが『体育会系』って言葉を知ってるのが驚きだわ」
「あ、レティ今あたいのこと馬鹿にしたでしょ」
「レティさんチッス」
「大ちゃん、もういいよ……」
「ピュアな友達ね」
やはり大ちゃんはピュアだった。
「妖精って皆ピュアじゃね?」と思う人も常識に囚われているんですね。
「ところでレティ、あたいに喧嘩を売りに来たのなら止めた方がいいよ。今日のあたいは一撃で卓袱台をたたき割るぐらい気力が充実してるからね」
「いや、なんかね、そこの茂みの所に変な天狗が二匹いたから」
「天狗許さねぇ」
「チルノちゃんどうしたの!?」
チルノは鼻息荒く、勇猛果敢にレティが指差した茂みの方に突っ込んでいった。
その様子に、大妖精は戸惑いを隠せないでいた。
「行かせてやりなさい」
「でも……相手は天狗ですよ?」
「チルノは……昔の借りを天狗に返してやるため、一人で闘っているのよ」
「一体何があったのです?」
「下着を盗撮されたのよ」
「天狗……」
ちなみに盗撮された写真の使い道は天狗本人しか知らない。
何に使うのだろうか。
変なことに使っていないといいのだが。
「あちゃー、ばれてしまったわ」
「どうすんのよ文」
「はたて、ここで逃げたら天狗の名が廃れるわ」
茂みの中には射命丸文と姫海棠はたてが隠れていた。
そう、冒頭の『どこからか聞こえてくる天狗の舌打ち』はこいつらのものだったのだ。
隠れているつもりが隠れていない。
むしろ隠れるつもりがない、それが天狗クオリティなのだ。
「大体さぁ、わざわざ湖が晴れている時に盗撮しようだなんて言う文が悪いと思うんだよね!」
「晴れている時の方が良い写真が撮れるのよ?」
「でもバレバレなんだよね、この体勢!」
「はたて、一々声が大きい」
「見つけたァ」
「「ハッ……!!」」
喧嘩をしている間にとうとうチルノに見つかってしまう二体の天狗。
なんと間抜けな光景だろうか。
「あ゛や゛や゛や゛や゛チルノさん。これはこれは」
「そのカエルが潰れたみたいな苦しい声出すの止めてくれない?」
「はたて、黙ってなさい」
「お前ら倒す」
「やだ、私達倒されちゃうのですかぁ?」
「そのいやらしい笑顔どうにかならないの?」
「はたて、黙ってなさい」
「お前らを、絶対に、倒す」
「倒すんだって」
「はたて、黙ってなさい」
追い詰められた文。
黙らないはたて。
復讐に燃えるチルノ。
意外にも程良く暖かいレティ。
ピュアな大妖精。
先程まで穏やかだったここの空気も、今では殺伐としたものに変っていた。
「逃げるが勝ちですね」
「さっき『逃げたら天狗の名が廃れるでござる』とか言ってたのは何だったの?」
「『ござる』は言ってない。はたて、貴方には少し妄想癖があるようね」
「アンタにだけは言われたくなかった」
軽口を叩き合いながら、急加速で飛び去って行こうとする天狗たち。
だが、チルノの怒りの炎は収まることを知らない。
「見えたッッ!」
「「馬鹿なッッッ」」
チルノの起死回生の一言。
女性には、まさに呪文と言っても良い恥辱の言葉。
そう、「貴方のスカートの中が丸見えですよ」……略して「見えたッッ!」である。
特にスカートが主流の幻想郷では最強の呪文でもある。
呪文をかけられ、慌ててスカートの裾を抑える天狗×2。
「今だッ」
その隙を狙ってチルノは叫んだ。
「アイシクルフォールっちゃうわよ!」
チルノが形成したつららは、見事天狗コンビの尻に刺さったのだった。
※『アイシクルフォールっちゃう』とは……「今から貴方のお尻に向かってアイシクルフォールを宣言致しますが覚悟はよろしいですね」という意味であるが、別に卑猥な意味で使われる訳ではないということをここに明記しておく。
「ひぃ!? 痛い、痛過ぎます」
「うわあぁぁぁ痛いよぉぉぉ」
天狗二匹は痛みに耐えながらフラフラと去っていった。
「チルノ!」
「チルノちゃん!」
疲れが一気に出たのか、急に倒れ込んだチルノに駆け寄るレティ。
そしてピュアな大妖精。
「レティ、大ちゃん……あたい、勝ったんだよ……天狗に、勝ったんだよ……」
「チルノ……」
「チルノちゃん……」
「だからね、レティも安心してどこか涼しい所に帰れるね……」
「うん……」
「大ちゃんも……安心して未来の世界に帰れるね……」
「別に私未来人じゃないよ」
「えっ」
「こっちが『えっ』だよ」
「今日の大ちゃんやっぱり好戦的」
親友の辛辣な「さでずむ」に項垂れつつ、レティの頬をつつくチルノ。
癒されるのだ。
「ちょっとチルノ……なんで私の頬を……」
「冷たいと思ったら意外にも程良く暖かい……と思ったらやっぱり冷たいんだけど。どういうことなのレティ?」
「私冷え症だから」
「えっ」
「程良く暖かいとでも思ったの? 甘いわよ」
「なんか今日はレティも好戦的……フッ、最強に味方はいないということね」
全てを悟ったチルノ。
『最強』はいつも孤高の存在でなければならないと。
紅魔館のパーティで一人寂しく呑んでいた幽香の言っていたことを、彼女は今やっと理解した。
行け! チルノ!
やるんだ! チルノ!
本当の強さを目指して―――
いやそらナニn(ry
腹筋が死んだ
やっぱりチルノは最強だ。
笑うのを堪えてたけど程良く暖かくないレティに負けたでござる。